13話
これはサラがテーマパーク『まおうじょう』で働くより少し前の話。
とある夜、王宮を抜け出そうとしていた時のことだ。
サラは別に名誉や功績がほしかったわけではない――単純にエルフの王宮にいるよりも、魔王城なる場所に出向いた方が面白いと思っただけだった。
きらきらで。
ぴかぴかで。
なに不自由なくて――
自由も、なくて。
いつか来る『王族が役立つ日』のために閉じ込められてるだけの暮らしだった。
しかし世には魔王なる者が現れていて、そいつはまさに全世界を敵に回して戦いをしている最中だというのだ。
いつ城を出るの?
今でしょ。
そう思ったサラはいてもたってもいられずエルフの王宮を飛び出すことにしたのだが――
「待て」
エルフ王宮の出口――
夜も更けた花園。城門から王宮入口までを彩る満開の花と、精霊たちのきらめきに満ちた幻想的なその場所で――
王宮から脱出しようとするサラの前に立ちふさがる人物がいた。
そいつはおっぱいを放り出したエルフであった。
金髪、碧眼、長い耳――このあたりの特徴はなにぶん種族が同じエルフなのは一緒で、顔立ちだって似ているところがあるのに、なんでこうもあの人は自分と違うんだろう、とサラは不思議に思う。
たぶん一番違うのは胸のあたりで――
次に違うのは、その性格だろう。
とにかく生真面目なのだ。
いやもう、生真面目っていうか、嫌気が差すぐらいクソ真面目。その性格が顔立ちから立ち姿から表れていて、見ているだけで頭が固くなるような気がする。
「お姉ちゃん」
お姉ちゃん。エルフ王家三姉妹の長女、ティア。
サラの実姉であり、当然エルフ王家である。
状況を整理すれば、サラは現在、王宮から出て行こうとしているところである。
そしてティアの性格からして、『気をつけて』とか言うためにわざわざ立ちふさがったわけではないだろう――絶対邪魔しに来たのだ。
「サラ、こんな夜更けになにをしている。王宮へ戻れ」
ほら来た。
サラは唇をとがらせる――それから、姉の体を見つめた。
簡素な革鎧、それから腰には剣を帯びていた。
しかも王家の宝剣『オベイロン』である。
絶対力尽くで止める気だ、とサラは冷や汗を垂らした。
サラも帯剣はしている――これもまたエルフ王家に伝わる宝剣、『ティターニア』。
『オベイロン』とは対になる宝剣であり、この世で唯一互角に打ち合える剣である。
「……お姉ちゃんこそ、なにしてるの?」
「お前が妙にそわそわしていたのが気になってな。念のため見張っていれば――これだ」
「……よく、今日あたしが出て行くってわかったね」
「いや、お前がそわそわしだしてから毎日見張っていた。今日で七日目だ」
生真面目というか不器用というか……
なににせよ余計なところで余計な粘り強さを発揮する姉だった。
「サラ、暴力的な手段に出る前にもう一度だけ言ってやろう。――王宮へ戻れ。さもなくば力尽くでも戻す」
「お姉ちゃんはいいの? 今、世界は『魔王』の出現で混乱してるのよ? エルフ王家がその力を発揮するなら、今じゃないの?」
「世界のことはよくわからん。我らが出る必要があるならば、父上か母上がそのように命じられるであろう」
「このわからずや……!」
「つまり、戻る意思はないということか」
ティアが剣を抜いた。
闇夜の中、無気味に白く輝く『オベイロン』。
斬ったものを消滅させる――こちらも『ティターニア』を抜かない限り、全裸にされてお外を歩けない状態にされ、王宮に戻ることを余儀なくされるだろう。
だいたいサラが脱出を企てた時は、このように姉妹で壮絶な脱がせ合いが行われるのだ。
そして悲しいかな――ティアは強い。
初代エルフ王にあった才能――そのうち『強さ』をもっとも色濃く受け継いでいるのが、長女ティアなのである。
「王宮の敷地内とはいえ、屋根のない場所でお前を全裸にするのはしのびないという私の配慮が伝わらんらしい。ならば――今度もまた、脱がせて部屋に送り返してやる」
「ふっふっふ……お姉ちゃんは甘いわね」
「なんだと?」
「あたしが毎回なんの策もなく、お姉ちゃんに脱がされるままだと思うの?」
「策があろうがなかろうが、関係ない。――まとめて否定するのみ。我が意に応えよ、『オベイロン』」
剣が白い輝きを増す。
姉は生真面目なので手加減を知らない。――妹を裸に剥こうという時だって、全力だ。
それにしても立ちふさがる姉は本当に怖ろしくて、美しい。
剣を持った時が一番輝くという、戦うために生まれてきたような存在だった。
しかし――
「お姉ちゃんが本気なら、あたしだって本気なんだから」
「ほう」
「見せてあげるわ、あたしの本気――」
サラは腰に帯びた『ティターニア』の柄に手をかける。
そして、今にも斬りかかろうというような、真面目な顔で姉を見て――
不意に視線を逸らしてから、
「――あっ、ノイン!?」
「なに!?」
ノインというのは、エルフ王家三姉妹の三女である。
『誰にでも愛される』という初代エルフ王の才能の一つをもっとも色濃く受け継ぐ少女であり――長女であるティアは、ノインにぞっこんだった。
ティアがノインの姿を探してキョロキョロする。
しかし見つかるはずがない――ノインはとっくに部屋で寝ているのだ。姉の意識を逸らすためサラがついた嘘である。
ともあれ隙ができた。
サラは一気に間合いを詰めつつ、『ティターニア』を抜き放った。
「その服、もらった!」
「しまっ――」
サラが『ティターニア』を一閃する。
と、抜き放たれた刀身が輝き、秘められた魔力を解放する。
ただの一閃――しかし、ティアの服がバラバラに破けた。
『ティターニア』は斬ったものをあるべき姿に戻す力があるのだ。服は、革と布と糸へと別れ、地面に落ちる。
ティアが『オベイロン』を落とし、胸を隠す。
その隙に――サラは、姉の横を通り過ぎて、王宮を抜けた。
「サラァッ!」
「お姉ちゃん、あたし魔王城に行って一旗あげるから! あたしの活躍を祈ってて!」
言い残し、走り去る。
そうしてサラはまんまとエルフの王宮を抜け出し――
世界に混沌をもたらす元凶である『魔王城』へと向かうこととなった。
↓
一旗あげる。
そう言ったからには、当然『魔王討伐』を目指すつもりでサラは『魔王城』を目指した。
しかし――
「……すっごい城なんだけどお」
『魔王城』からやや離れた丘の上から、彼の地を見下ろし――ボヤいた。
それは遠目に見るだけでやる気が削がれるようなすさまじい城塞であった。
高くそびえる城壁は円形に城を囲んでいる。
いや、もう、なんていうか――城じゃない。城壁の中にはさらに七つの城らしき建物がある。規模も防御網も色々と広大すぎる。これはもう、一つの街だ。
一気にやる気が萎えていく。こんな広い場所で、どうやって魔王を見つけ出して倒せばいいというのだ。
「……やっぱやめようかなあ」
チラリ、とここまでたどった道を振り返る。
戻ろうと思えば、まだ戻れるだろう――しかし、それもそれで気が進まない。だって帰ったら絶対に姉のお説教が待っているはずなのだ。姉は生真面目なので説教が長い。
進むも面倒、退くも面倒。
いつもこうだ――考えなしでとりあえず行動して、途中で面倒くさくなってしまう。
その時にはだいたい、やめてもやってもとにかく面倒という、どうしようもない状況になっているのが常だった。
「……こんなんだから、お姉ちゃんに怒られるのよね……」
自己嫌悪。
そんなものに陥って、立ち止まっていると――
「あの、『まおうじょう』になにか御用ですか?」
背後から、男性の声がした。
サラはおどろきのあまり飛び上がった――だって、男性に声をかけられるなど、エルフの森では一度もなかったのだ。
なんなら父親以外の『男性の声』というものを今初めて聞いたぐらいだ。
逃げ出しそうになるのをこらえて、声の方向を振り返る。
するとそこにいたのは、女性のような顔立ちをした――
「あ、先ほどからジッと『まおうじょう』を見ていらっしゃいましたよね、それで……」
――気弱そうな、男性だった。
男性、だろう。だって声があきらかに男だし、体つきも小柄だけれど、なんとなく女性っぽくはない。
しかし顔立ちが女性みたいというのは、話しやすい。
サラは少しだけ安心して、男性の問いかけに応じる。
「別に、行こうとしてたけど、いざ本物を見て、どうしようか迷ってただけ。あんたは、目指してるの?」
男性は大きなリュックを背負っていた。
服だって旅装だし、たぶん彼も『魔王城』を目指して来たのだろう。
ただ――種族が、人間だ。
人間は個々の能力があまり高くないので、常に複数人でつるんでいるというような話をよく聞く。
だというのに、彼はたった一人だ。……それが少し、気になる。
「僕はええと……まあ、向かってはいますけれど……『まおうじょう』へは初めてですか?」
「あんたは初めてじゃないの?」
「まあ、ええと……初めてというわけではないですね」
「何度か行ってるの?」
「その質問に答える前に、あなたはけっきょく、『まおうじょう』へは行くのですか? それともやめるのですか?」
思わぬところで決断を迫られ、サラはひるむ。
だが――
「……行くわ。まあ、少なくとも――ここまで来て戻るよりは、面倒じゃないでしょうし」
「そうですか。では行きましょう。案内役は僭越ながらこの僕がつとめさせていただきます」
「……大丈夫なの?」
「大丈夫です。内部構造は把握していますから」
「あんた、何者? 人間の軍の、斥候かなにか?」
「僕が何者かなんて、どうでもいいじゃないですか」
「……言っておくけど、あたしはエルフよ? エルフの強さ、知ってる?」
「この世に存在する人種の中で一番神に近く、一番強い――『質』のエルフ、ですよね」
「そうよ。……なにかおかしなことをしようと思ってるんなら、やめた方がいいわよ」
「変なことはしませんよ。ご案内するだけです。進むも戻るも、僕と行くも、一人で行くも、選択肢はあなたにあります。僕はあなたになに一つ強制いたしません」
「……」
「僕は前を歩きますから、あなたはついて来たければ、ついて来てください。振り返った時あなたの姿がなかったら、いなくなったものと思いますから」
「……」
「どうされます?」
「それでいいわよ」
決断の理由は色々あった。
たしかに『魔王城』に挑むのに案内役が必要だろうこと。その案内役がエルフでない限り騙されても力尽くでどうにかできること――
でも、一番大きな理由は、意地だったかもしれない。
なんとなく、この男の物言いにカチンときた。
それがきっと、サラに『進む』という決断をさせる、もっとも大きい理由だっただろう。
「では、行きましょうか――悪夢と絶望の園『まおうじょう』へ」
男が笑う。
なんとなく無気味な笑顔だと、サラには思えた。