12話
「ノイン、あまりお姉ちゃんを心配させないでくれ」
夜。
就業時間が間近に迫っていた。
『まおうじょう』スタッフルーム。
ここは本来お客様が来ることのない場所なので、狭苦しく、暗い雰囲気だ。
人が三人も入ればいっぱいになってしまうようなこの場所が――
未だかつてなくギチギチだった。
なにせ、四人いる。
一人はテーマパーク『まおうじょう』の支配人たる魔王。
一人は、先ほどまで『妖精と不思議なお茶屋さん』で遊んでいたノイン。
そしてもう一人は家出したノインを連れ戻しに来た、エルフの姫にしてノインの姉の、胸の大きい方、ティアで――
もう一人、というか一匹は、『まおうじょう』マスコットの漆黒のドラゴンの子供、ドラコだった。
ドラコの手とノインの手は、まだつながれている。
ノインは、『竜の守護セット』をつけたままだ。
「……超かわいくて鼻血出る」
「えっ?」
また心の声が漏れてしまった。
慌ててドラコは『僕じゃないダンス』をする。
この動作にびっくりしたのは、ティアだった。
彼女は慌てたように腰の剣に手をかけて――
「なんなのだ、その珍奇な存在は」
「……」
ドラコはしゃべってはいけないので、答えられない。
ただ、ほっぺたに手を当てて、尻尾をフリフリするだけだ。
これは『かわいくない』とか『奇妙』とか言われた時に、『えー? 僕、とってもかわいいよ、ほら、ほら!』という意思を示す振り付けだった。
伝わるわけあるか。
しゃべることのできないドラコの代わりに――
魔王が、口を開く。
「クックック……これは我が『まおうじょう』のマスコット、ドラコだ! かつて大陸を支配した古代竜の子であり、元気でやんちゃな男の子なのだ……!」
まだいちおう就業中なので、スタッフルームでも魔王口調だった。
魔王モードの支配人と素の支配人はだいぶキャラが違うので、一度キャラを崩すと戻すまで時間がかかるらしい。
支配人本人は魔王役のキャストを雇いたがっている。
まあ、従業員が他の人物を『まおうさま』と呼ぶことに納得しないので、今もこうしてキャストとして表舞台に立っているのだが……
ティアは魔王の説明を受けて、妙な顔をしていた。
首をかしげつつ――なにかに気付いたように、ハッとする。
「つまり、ノインは男と手をつないでいるというのか!? なんとはしたない……! サラならともかく、かわいいノインにまでそのよこしまなる手をのばすか……! おのれ魔王!」
「いや、男の子だが、こいつは3号なので、中身は女の子なのだ……!」
「男なのか女なのかどちらなのだ!?」
「クックック……それよりも、出迎えご苦労! 勇者ノインは貴様の元へ返そう……! そろそろ『まおうじょう』の閉城時間なのでな……!」
そうなのだった。
たっぷり遊んだ。
支配人にその後もいくつかのアトラクションを用意してもらって、ノインはたっぷり遊ぶことができた。
子供の体力というのは、ものすごい。
むしろ、ドラコの方が体力切れで大変だったぐらいだ。
もともと三時間が限度と言われる着ぐるみで、七時間ぐらいがんばったのだから。
中の人はもう汗だくで、今すぐシャワーを浴びて寝たい気分だった。
しかし――まだ、終わっていない。
ノインの家族がお迎えに来た。
これからノインは帰るのだろう。
だから、帰るところまで、お見送りだ。
それまでは、なんとしても耐える。
決意するドラコのすぐ横で――
ノインが、うつむいて、口を開く。
「……おねえさま、ごめんなさい」
「……なぜ、こっそり出て行った? 王宮の門番に『黙っててね』とお願いしてまで……それがなければもう少し早く、お前の行方がわかったというのに」
「……だって、遊びに行きたいって言ったら、きっと、だめだって、言われると思ったから」
「……」
「わたし、お外に出たらだめだって、いつも、言われてるから……」
「……まあ、そうだな」
「でも、行きたかったの。『動画』を見て、遊んでみたかったの。かわいくて、すてきで、行ってみたかったの。だから……」
「…………そう思ったなら、次は私に言ってくれ」
「……でも、わたしが言ったら、その通りになっちゃうから」
ノインのお願いを断れる者はいない。
かわいいから。
かわいすぎて――人を洗脳してしまうから。
そのことをノインは嫌がったのだ。
しかし、ティアは笑う。
「馬鹿者。私はお前の姉だ。初代エルフ王の力ならば、私とて受け継いでいる。お前の力になど影響されてはいない」
「……でも」
「私がお前のことをかわいいと思うのは、お前が私の妹だからだ」
「……サラちゃんは?」
「アレはかわいくない。生意気だ。けれど――心配はしている。妹だからな」
「……」
「だから、お前とサラの面倒なら、私がみる。遊びに行きたいなら、私に言ってくれ。駄目ならば駄目と言う。いいならば、いいと言うし、協力する。……知っていると思うが、私は鈍感でな。お前の悩みにも、サラの悩みにも、言われるまで気付けない愚か者だ。だから言葉にしてもらわねばわからん」
「……悩み?」
「お前が、自分のかわいさに――『愛されてしまう』という力に悩んでいるのは、初めて知った」
「……」
「お願いが必ず通るのは、嫌だったか」
「…………うん」
「そうか。ならば配慮しよう。私は一般的な価値観の持ち主なのでな。お願いが通れば気分がいいと思うし、かわいいと扱われれば気持ちがいいと思うし、みんなから愛されるのはいいことだとしか、思えない。それで悩むなど、考えてもみなかった」
「……うん」
「次から気をつけよう。私も、私以外のすべても」
「…………うん」
「そういうことで、お姉ちゃんと一緒に帰ってくれるか?」
ティアが手を差し出す。
その行為は。
……エルフならば、その行為がどういう意味を持つのかを、知っているはずだった。
ノインに対して手を差し出すということが、どんなに重いのか、理解しているはずだ。
それでもティアは真っ直ぐに手を伸ばしていた。
ノインはドラコを見上げた。
そして、ドラコとつないだ自分の手を見た。
「……ドラコさん、また、遊んでくれる?」
――こんなわたしでも。
最後に小さくそう言い添えたのを、ドラコは聞き逃さなかった。
そのつぶやきにどのような意味がふくまれているのか、すべてを察するのはとても困難だ。
でも、ドラコの答えは決まっていた。
うなずく以外に、ない。
だって――ドラコは悪夢と絶望の園『まおうじょう』のマスコットなのだから。
遊びたい子がいて、その子が望むならば、一緒に遊ぶのは、当たり前だ。
「……ありがと、ドラコさん。……また、来るね」
はにかんだように笑って、ノインはドラコとつないだ手を放す。
そして――ティアへ駆け寄り、ちょっとだけためらってから、その手を、握った。
ティアが深く礼をしてから、スタッフルームを出て行く。
魔王とドラコはその姿を見送り――
バタン、と扉が閉まってから。
「……支配人」
「どうした、ドラコ」
「なんか、自分、切ないです。あの子とお別れするの……」
「だが、また会えるぞ。貴様ががんばったから、あの子は『また来る』と言ってくれたのだ」
「……」
「胸を張れ。ドラコは『やんちゃな男の子』だ。そんなにうつむいていては――次にあの子が来た時、『ドラコさん、このあいだと違うね?』と言われてしまうだろう」
「……そうですね」
「今日はご苦労だった。……貴様がもしもすんなりとあの子を帰そうとしていたならば、我も準備が間に合わず、あの子を遊ばせずに帰すことになったであろう」
「そうなんですか?」
「アトラクションを作るのは一瞬でも、キャスト、スタッフを選出し、移動させるのはそうもいかんからな」
「……」
「あの子の笑顔は、貴様の功績だ。誇るがいい、ドラコ3号」
魔王はそんな言葉を残して、スタッフルームを出て行った。
ドラコは顔を上げる。
それから――スタッフルームにいる場合じゃないな、と思い出した。
もうすぐ閉城だ。
しかし、まだ閉城しては、いない。
ならば城内をうろうろしなければという、自分の役割を思い出した。
だって、ドラコは、悪夢と絶望の園『まおうじょう』のマスコットで――
子供を笑顔にする、やんちゃな竜の男の子なのだから。




