表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テーマパーク『まおうじょう』へようこそ!  作者: 稲荷竜
二章 迷子のご案内 ~まおうじょうのマスコットを紹介いたします~
12/16

12話

「ノイン、あまりお姉ちゃんを心配させないでくれ」



 夜。

 就業時間が間近に迫っていた。


『まおうじょう』スタッフルーム。

 ここは本来お客様(ゆうしゃ)が来ることのない場所なので、狭苦しく、暗い雰囲気だ。


 人が三人も入ればいっぱいになってしまうようなこの場所が――

 未だかつてなくギチギチだった。


 なにせ、四人いる。

 一人はテーマパーク『まおうじょう』の支配人たる魔王。

 一人は、先ほどまで『妖精と不思議なお茶屋さん』で遊んでいたノイン。


 そしてもう一人は家出したノインを連れ戻しに来た、エルフの姫にしてノインの姉の、胸の大きい方、ティアで――

 もう一人、というか一匹は、『まおうじょう』マスコットの漆黒のドラゴンの子供、ドラコだった。


 ドラコの手とノインの手は、まだつながれている。

 ノインは、『竜の守護セット』をつけたままだ。



「……超かわいくて鼻血出る」

「えっ?」



 また心の声が漏れてしまった。

 慌ててドラコは『僕じゃないダンス』をする。


 この動作にびっくりしたのは、ティアだった。

 彼女は慌てたように腰の剣に手をかけて――



「なんなのだ、その珍奇な存在は」

「……」



 ドラコはしゃべってはいけないので、答えられない。

 ただ、ほっぺたに手を当てて、尻尾をフリフリするだけだ。

 これは『かわいくない』とか『奇妙』とか言われた時に、『えー? 僕、とってもかわいいよ、ほら、ほら!』という意思を示す振り付けだった。

 伝わるわけあるか。


 しゃべることのできないドラコの代わりに――

 魔王が、口を開く。



「クックック……これは我が『まおうじょう』のマスコット、ドラコだ! かつて大陸を支配した古代竜の子であり、元気でやんちゃな男の子なのだ……!」



 まだいちおう就業中なので、スタッフルームでも魔王口調だった。

 魔王モードの支配人と素の支配人はだいぶキャラが違うので、一度キャラを崩すと戻すまで時間がかかるらしい。

 支配人本人は魔王役のキャストを雇いたがっている。

 まあ、従業員が他の人物を『まおうさま』と呼ぶことに納得しないので、今もこうしてキャストとして表舞台に立っているのだが……


 ティアは魔王の説明を受けて、妙な顔をしていた。

 首をかしげつつ――なにかに気付いたように、ハッとする。



「つまり、ノインは男と手をつないでいるというのか!? なんとはしたない……! サラならともかく、かわいいノインにまでそのよこしまなる手をのばすか……! おのれ魔王!」

「いや、男の子だが、こいつは3号なので、中身は女の子なのだ……!」

「男なのか女なのかどちらなのだ!?」

「クックック……それよりも、出迎えご苦労! 勇者ノインは貴様の元へ返そう……! そろそろ『まおうじょう』の閉城時間なのでな……!」



 そうなのだった。

 たっぷり遊んだ。


 支配人(まおうさま)にその後もいくつかのアトラクションを用意してもらって、ノインはたっぷり遊ぶことができた。

 子供の体力というのは、ものすごい。

 むしろ、ドラコの方が体力切れで大変だったぐらいだ。

 もともと三時間が限度と言われる着ぐるみで、七時間ぐらいがんばったのだから。


 中の人はもう汗だくで、今すぐシャワーを浴びて寝たい気分だった。

 しかし――まだ、終わっていない。


 ノインの家族がお迎えに来た。

 これからノインは帰るのだろう。


 だから、帰るところまで、お見送りだ。

 それまでは、なんとしても耐える。


 決意するドラコのすぐ横で――

 ノインが、うつむいて、口を開く。



「……おねえさま、ごめんなさい」

「……なぜ、こっそり出て行った? 王宮の門番に『黙っててね』とお願いしてまで……それがなければもう少し早く、お前の行方がわかったというのに」

「……だって、遊びに行きたいって言ったら、きっと、だめだって、言われると思ったから」

「……」

「わたし、お外に出たらだめだって、いつも、言われてるから……」

「……まあ、そうだな」

「でも、行きたかったの。『動画』を見て、遊んでみたかったの。かわいくて、すてきで、行ってみたかったの。だから……」

「…………そう思ったなら、次は私に言ってくれ」

「……でも、わたしが言ったら、その通りになっちゃうから」



 ノインのお願いを断れる者はいない。

 かわいいから。

 かわいすぎて――人を洗脳してしまうから。


 そのことをノインは嫌がったのだ。

 しかし、ティアは笑う。



「馬鹿者。私はお前の姉だ。初代エルフ王の力ならば、私とて受け継いでいる。お前の力になど影響されてはいない」

「……でも」

「私がお前のことをかわいいと思うのは、お前が私の妹だからだ」

「……サラちゃんは?」

「アレはかわいくない。生意気だ。けれど――心配はしている。妹だからな」

「……」

「だから、お前とサラの面倒なら、私がみる。遊びに行きたいなら、私に言ってくれ。駄目ならば駄目と言う。いいならば、いいと言うし、協力する。……知っていると思うが、私は鈍感でな。お前の悩みにも、サラの悩みにも、言われるまで気付けない愚か者だ。だから言葉にしてもらわねばわからん」

「……悩み?」

「お前が、自分のかわいさに――『愛されてしまう』という力に悩んでいるのは、初めて知った」

「……」

「お願いが必ず通るのは、嫌だったか」

「…………うん」

「そうか。ならば配慮しよう。私は一般的な価値観の持ち主なのでな。お願いが通れば気分がいいと思うし、かわいいと扱われれば気持ちがいいと思うし、みんなから愛されるのはいいことだとしか、思えない。それで悩むなど、考えてもみなかった」

「……うん」

「次から気をつけよう。私も、私以外のすべても」

「…………うん」

「そういうことで、お姉ちゃんと一緒に帰ってくれるか?」



 ティアが手を差し出す。

 その行為は。


 ……エルフならば、その行為がどういう意味を持つのかを、知っているはずだった。

 ノインに対して手を差し出すということが、どんなに重いのか、理解しているはずだ。

 それでもティアは真っ直ぐに手を伸ばしていた。


 ノインはドラコを見上げた。

 そして、ドラコとつないだ自分の手を見た。



「……ドラコさん、また、遊んでくれる?」



 ――こんなわたしでも。

 最後に小さくそう言い添えたのを、ドラコは聞き逃さなかった。


 そのつぶやきにどのような意味がふくまれているのか、すべてを察するのはとても困難だ。

 でも、ドラコの答えは決まっていた。


 うなずく以外に、ない。

 だって――ドラコは悪夢と絶望の園『まおうじょう』のマスコットなのだから。

 遊びたい子がいて、その子が望むならば、一緒に遊ぶのは、当たり前だ。



「……ありがと、ドラコさん。……また、来るね」



 はにかんだように笑って、ノインはドラコとつないだ手を放す。

 そして――ティアへ駆け寄り、ちょっとだけためらってから、その手を、握った。


 ティアが深く礼をしてから、スタッフルームを出て行く。

 魔王とドラコはその姿を見送り――

 バタン、と扉が閉まってから。



「……支配人(まおうさま)

「どうした、ドラコ」

「なんか、自分、切ないです。あの子とお別れするの……」

「だが、また会えるぞ。貴様ががんばったから、あの子は『また来る』と言ってくれたのだ」

「……」

「胸を張れ。ドラコは『やんちゃな男の子』だ。そんなにうつむいていては――次にあの子が来た時、『ドラコさん、このあいだと違うね?』と言われてしまうだろう」

「……そうですね」

「今日はご苦労だった。……貴様がもしもすんなりとあの子を帰そうとしていたならば、我も準備が間に合わず、あの子を遊ばせずに帰すことになったであろう」

「そうなんですか?」

「アトラクションを作るのは一瞬でも、キャスト、スタッフを選出し、移動させるのはそうもいかんからな」

「……」

「あの子の笑顔は、貴様の功績だ。誇るがいい、ドラコ3号」



 魔王はそんな言葉を残して、スタッフルームを出て行った。

 ドラコは顔を上げる。


 それから――スタッフルームにいる場合じゃないな、と思い出した。

 もうすぐ閉城だ。

 しかし、まだ閉城しては、いない。


 ならば城内をうろうろしなければという、自分の役割を思い出した。

 だって、ドラコは、悪夢と絶望の園『まおうじょう』のマスコットで――


 子供を笑顔にする、やんちゃな竜の男の子なのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ