10話
「クックック……ハッハッハ……アーッハッハッハ! 悪夢と絶望の園、『まおうじょう』によくぞ来たな! お客様よ!」
ドバーン! と水しぶきがあがる。
それは『まおうじょう』入口入ってすぐのディスプレイに表示されている動画だ。
動画の中では、支配人がアトラクションやフェアなどの紹介をしていた。
今やっているフェアは『ドワーフ優待! ドワーフと一緒にご入場された方も、入城手形およびお食事、お飲み物割引!』というものだ。
これは先日ドワーフの大軍が侵攻してきたことに由来する。
パレードの敵役は、そのままお客様になることが多いので、そのお客様なりたての人たちをそのまま固定客として取り込んでしまおうという狙いである。
中にはこういうフェアを期待して侵攻を提案する、熱心な『まおうじょう』ファンの偉い人もいるとか、いないとか。
ともあれ、画面の中で支配人は、噴水の中央に立って演説していた。
生放送ではなく録画画像なので、噴水の周囲にはエキストラしかいない。
「数々のアトラクション! 城内にちらばる五人の四天王! そして――食事に、飲み物! すべてを体験し! スタンプをため――お客様どもよ! 我を倒せ! ……我は貴様らの挑戦を待っているぞ!」
ドバーン! と動画内で水しぶきがあがり、支配人の姿が完全に消える。
そして画面にでかでかと『悪夢と絶望の園 まおうじょう』と表示され、動画は最初に戻った。
ドラコにとって――ドラコ3号の中の人にとっては、見慣れた動画だ。
飽きているまである。
なんならエキストラとして画面にちょっとだけ映っている。
しかし、ここを初めておとずれたらしい、超かわいいエルフの少女――
入城手形カウンターで(受付が)聞いたところによると、ノインという名前の彼女にとっては、非常に刺激的な映像だったらしい。
ただでさえかわいい彼女が目をきらきらさせて、ディスプレイを一生懸命ながめている。
ドラコとつながれた手には、ギュッと力がこもっていた。
「……食べちゃいたいぐらいかわいい美少女って、実在するんだなあ」
「……えっ?」
しまった。また心の声が漏れた。
ドラコは左右を見回し、大きく何度も首をかしげた。
『今の声は僕じゃないよダンス』である。
ノインは首をかしげていたが、それ以上追求する気はないようだった。
手も、放したりはしない。
「あ、あの、ドラコさん……」
「……?」
「え、えっと……あの、わたし、あの……」
「…………」
「……行きたいところが、あるんですけど……」
ドラコは『どこにでも連れて行きたい』と思いつつ、ノインの言葉を待つ。
ノインはどことなく慣れた感じで『端末』を操作し――
「ここ、です……!」
なぜか恥ずかしそうに顔を背けながら、端末の画面を示す。
ドラコは意外とクリアな視界でその端末に映し出される『行きたい場所』を確認した。
そこはどうやら第一城塞『哀しみの妖精郷』にある『妖精と不思議なお茶屋さん』のようだ。
迷路脱出系のアトラクションで、ちょっとした謎解きなどもあり、挑んだお客様は、知力や発想力が試されることになるだろう。
ちなみにこのアトラクションのメイン対象は子供なので、大人が挑むと逆に難しいということもあるようだ。
ともあれ――もちろん、案内はできる。
というかアトラクションの場所が頭に入っていないキャスト、スタッフは『まおうじょう』に存在しない。
ここでドラコ3号の中の人は考える。
もちろん、求められたからには、求められた場所に案内するべきだろう。
迅速かつ丁寧にご案内できればそれは、マスコットとして――キャストとして満点だ。
しかし――
満点で、いいのか?
たしかに満点は素晴らしい。
だが、せっかく来てくださったお客様に、たかだか満点程度のもてなしができる者など、この城内には大量にいる。
だからドラコ3号の中の人は、満点以上を目指したいと思った。
そしてあわよくば、この超美少女の笑顔と、退城間際の『ドラコさん、ありがとう。また来るね』という言葉をいただきたいなと、そう考えた。
ゆえに満点以上を目指す。
すべてはお客様の笑顔のために。
「……! ……!」
「ど、どうしたのドラコさん……?」
熱意に燃えて尻尾をビシビシ地面に叩きつけていたら、怖がられてしまった。
ドラコ3号の中の人は首を左右に振る。
そして――
ルートを決定する。
最速ではなく、もっとも楽しめるであろうルートどりを。
その旨を説明するべく、ドラコは手足をバタバタ動かした。
うったえかけるような顔で(きぐるみなので笑顔だ)、ノインを見る。
しかし――
「えっ……な、なんです……?」
怖がられるだけだった。
しゃべることができないというのは、悲しい。
↓
『おみやげ』
花と精霊と光で彩られた屋根のない店の前には、そのような看板が浮かんでいた。
第一城塞『哀しみの妖精郷』には屋根のない建物が多い。
これはエルフの森の雰囲気を出したいがための措置だ。
エルフの森で『店』と言えば『露店』を指す――らしいので、『哀しみの妖精郷』の店もこのように『店舗』っぽく見えないよう配慮されている。
もっとも、日差しは通しても雨は通さないという不思議な装置があるので、雨が降ったところで商品が濡れたりというようなことはない。
単純に見晴らしがよく――今のような明るい昼下がりは、光の粒がきらめいて、とても美しい、そんな店舗だった。
一人だけの店員はエルフだ。
見た目は十代の少女とは言わないまでも、二十代ぐらいの若々しさはある。
女神を思わせる白い薄衣だけを身にまとい、豊満な体のラインを惜しげもなくさらしているせいで、同性であってもついつい胸のあたりに目がいってしまうが――
ドラコは『男の子』という設定なので、ジロジロ見るわけにもいかない。
「いらっしゃいませ。ようこそお客様よ――必要な装備があるのなら、なんでも持っていってください。料金は、いただきますが」
カウンター内部に座ったまま、店員エルフが微笑み、言う。
あまりにも美しい。
ちなみにこの店舗は男性客が店員エルフに見とれるという理由で、カップルからは避けられているスポットだった。
それゆえにお一人でお越しのお客様などはゆっくり買い物ができるし――
キャストがお客様をを伴い来る時にも、よく利用されていた。
「あ、あの、ドラコさん……? えっと、ここは……『妖精と不思議なお茶屋さん』じゃないですよね……?」
不安そうな顔だった。
ドラコはノインの顔をじっとながめて――
「不安そうな顔もたまらない……」
「えっ?」
しまった。
急いで『僕じゃないダンス』をする。
それでごまかせたのかどうかはわからないので、ドラコ3号の中の人は、耳につけたマイクへと小声で連絡をする。
その通信を受け取ったらしい店員エルフは、小さくうなずくと、慈愛の笑みを浮かべながら語り始める。
「まあ、ドラコったら、うっかりしていたのね。駄目じゃない、お客様をきちんと導かなければ……そこの、かわいい声のお嬢さん、ごめんなさいね。この子は、ちょっとだけおっちょこちょいな、ドラゴンの男の子なのよ」
かわいい声のお嬢さん――
声以外も全身あますところなくかわいいのだが……
どうやら、まだ店員エルフには、ノインの姿が見えていないようだった。
なぜって、ドラコがノインと店員エルフのあいだにいるからだ。
まるっとしたきぐるみであるドラコは、視界占有率が高いのだ。
当然空間占有率も高く、やや手狭な、棚の並んだ店内だと、左右にどけてノインと店員エルフを対面させることもかなわない。
ともあれ、ドラコは握った拳でぽよん、と頭を叩く。
これは『いっけね! うっかりしてた!』とか『ごめんね!』とか言いたい時にするべき動作である。
マニュアルに書いてある。
続いてドラコは、手をバタバタと動かす。
そして体を揺らしたり、飛び跳ねたりした。
中の人はハアハアゼエゼエ言っているが、傍目には軽やかな動作に見えたことだろう。
なにげに、すぐそばにある商品の棚に触れないよう狭いスペースで飛び跳ねるのは、熟練の技術の成せる業だった。
その動きを見て――
店員エルフは、なにかが伝わったようにうなずく。
「なるほどなるほど。かわいい声のお嬢さん、ドラコはね、あなたに贈り物をしたかったみたいなのよ」
まあ、こんな意味不明な動作で真意が伝わるわけがない。
実際は中の人が耳につけたマイクで、店員エルフに直談判しただけなのだが――
「……お姉さん、ドラコさんの言いたいこと、わかるんですか……?」
ドラコと手をつないだまま、ノインは目を輝かせた。
ノインからも店員エルフは見えていないはずだが、年上っぽい女性にはとりあえず『お姉さん』と言っておけば間違いないのは、どの種族も同じようだ。
それとも、エルフには、声だけでエルフの年齢がだいたい判別できるのだろうか?
ドワーフであるドラコ3号の中の人には、わからない。
「そうね。私は、ドラコととっても仲良しだもの」
ちなみに、『まおうじょう』においては、キャストがだいたい『魔王側勢力』で、店員や清掃員などのスタッフが『魔王の目を盗んで勇者に力を貸す勢力』という設定だ。
もちろん例外はあり、『ティターニアの塔』の門番のように、『いやいや魔王の命令に従っている勢力』みたいなキャストも存在する。
だが、単純な分類で言えば、ドラコは『魔王側』であり、店員エルフは『勇者側』である。
しかしドラコはみんなと仲良しなのだ。
深く突っこんではならない。
ともあれ――話は通っている。
そもそも『まおうじょう』には初来城のお子様(年齢は種族による)限定で、プレゼントを渡すというサービスがあるのだ。
今、ドラコがしようとしているのは、それなのである。
本来このプレゼントは、『また来てね』というお金のにおいがするメッセージとともに、退城時に入城口で渡されるものなのだが――
あらゆるキャスト、スタッフは、お客様のためならば決まりを曲げて、任意のタイミングでこのプレゼントを渡せる権限があった。
なのでドラコは、このタイミングで、ノインにプレゼントを渡そうと考えた。
そのプレゼントとは――
「ドラコはね、あなたに『竜の守護セット』をあげたいみたいなの」
「りゅ、『竜の守護セット』……?」
店員エルフとノインが、ドラコを挟んで会話をする。
ドラコはさっさと二人のあいだからどきたかったのだが、会話中にノインの手を引いて店員エルフ側ににじり寄るのも怖いなあと思い、存在感を必死に消す。
しかしノインの視界はドラコの右半身でいっぱいだ。
「……あ、あの、それは、なんですか……?」
「うふふ。それはね――『竜の角』『竜の爪』『竜の尻尾』という三つの装飾品なのよ。これをつけていると、転んでも危なくないわ。すごく柔らかいのよ」
「……角とか、爪とかが、柔らかいん、ですか……?」
「そうよ。でも、頭におっきな角を装備して、おててをモフモフの爪で守って、腰に尻尾を巻いたら、ドラゴンみたいになれるのよ? 魔王だって、きっと、一緒に写真を撮ってくれるわよ」
「……えっ? 魔王が? 一緒に写真を? 守護セットをつけているのに? な、なにから守ってくれる守護セットなんですか……?」
「さあ、いらっしゃい。つけてあげるわ」
店員エルフが微笑み、告げる。
ようやく動くタイミングが来たようだと、ドラコは判断する。
そうして、左半身を前にしたまま、周囲の棚に触れないよう慎重にすり足で進むという、極めて武道的な動きをしつつ――
店員エルフのいるカウンターの前にたどりつく。
ここは多少横にもスペースがあるので、ドラコとノインは手をつないだまま横並びになることができる。
そして――ようやく、ノインと店員エルフが対面した。
その瞬間だった。
店員エルフが全身から汗を噴き出す。
白い薄衣を巻いただけみたいな服がみるみる透けていく。
ドラコは同性相手だというのに、その肉感的なボディに生唾を呑み込んだ。
「ちょっと、ごめんなさいね」
少しだけ顔を青ざめさせて、店員エルフが立ち上がる。
そして、背中を向け――
「……ドラコ3号、ドラコ3号」
マイクによる通信で、会話を試みてきた。
なんなのだろうと思いつつ、そばにいるノインに聞こえないよう、ドラコ3号の中の人も口を開く。
「なんですか?」
「あなた、今、あなたがきぐるみ越しとはいえ、手をつないでいるお方が誰なのだか、知って――は、ないのよね、きっと」
「えっ? 自分、なんかまずい人連れてきちゃいました?」
「まずいというか――ああ、もう、どうしたらいいのだか……いい、3号、そのお方は、私の記憶が正しければ、エルフの森の王族よ」
「……サラと同じ?」
「サラ様なんかと一緒にしないで」
ぴしゃりと言われた。
サラがかわいそうだな、とドラコ3号の中の人は思った。
慌てたように店員エルフが言いつくろう。
「え、えっと、サラ様は、ほら、色々とエルフっぽくないというか……」
「……言い訳モードに入らないでくださいよ。この通信、あなたと自分だけのプライベートチャンネルなんですから。サラは聞いてないと思いますよ……他に聞いてる人がいるとしたら支配人ぐらいじゃないですか? あの人望めば常に全部の通信聞けますから」
「そ、そうね……ええと、とにかく、そのお方は、まずいわ」
「なにが?」
「かわいいのよ」
「は?」
「いえ、だから、とてもかわいいの。サラ様と違って」
「……まあ、サラもかわいいところありますよ。うるさいから、わからないだけで……」
「今、サラ様のことはどうでもいいの。……エルフ以外にどう言えば伝わるのかしら」
しばし、沈黙。
それから、店員エルフは語った。
「そのお方――ノイン様は、呪われているの」
呪い。
ドラコはノインを見た。
彼女は、不思議そうな顔でドラコを見上げるだけだった。
かわいい。