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テーマパーク『まおうじょう』へようこそ!  作者: 稲荷竜
一章 チュートリアル ~初来城の勇者様へ~
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1話

「本当に向かわれるのですか?」



 従者の声にティアはうなずく。

 そして、大きな鏡で自分の姿をたしかめた。


 金髪、長い耳が特徴のエルフ族。

 腰には宝剣『オベイロン』を帯び、体には緑色の衣服とまばゆい鎧をまとっている。


 妖精と精霊の森を守護する姫――

 それが自分の立場だ。

 だから、行かねばならない。



「私はこういう時のために秘められてきたのだ。…………宝石のようにしまいこまれ、大事にされ、なにもなさずに一生を終えるのは、本意ではない。どうかわかってほしい」



 その言葉に、従者たちが涙する。

 ……みな、わかっているのだ。この初めての外出が、二度と戻れない危険性をはらんでいるということを。



「……大丈夫。きっと妹を助け出し、戻ってくる。その時はお前たちにも語り聞かせよう。私の冒険譚を――そして、私たちが百年を超える歳月出て行かなかった、外の世界の話を」



 ティアは従者たちを見た。

 見目麗しい少女たちだ。


 エルフの森には、エルフはもちろん、妖精と精霊も数多く存在する。

 森の守護者たる一族の姫であるティアに仕えるのは、その中でもとびきり清廉で美しい者。


 透き通るような青い髪の、水の精霊。

 ただ動くだけで光の粉が舞い散る、朝日の精霊。

 穏やかで安らげる空気を醸し出す、木の精霊。


 みな、泣いていた。

 いたずら好きで知られる妖精でさえ、沈みこんだように顔を伏せて、涙を止められないでいる。


 ……いかに言いつくろおうとも、最後の別れであるという予感がぬぐいされない。

 これから出向く場所は、それだけ恐ろしいところなのだ。


 その名も――『魔王城』。


 一度行った者が二度と帰らないとされる、異形なるモノどもの住処。

 そして。


 ……多くのエルフが、精霊が、妖精が。

 なにより――大事なティアの妹が目指したとされる場所だ。


 だからティアは行かねばならない。

 なぜならば、『魔王城』に行って戻らない者どもは、自分が守護するべき森の仲間なのだから。


 ティアは目を閉じ、自分が過ごした百年を振り返る。

 思い出のすべては黄金と草花に彩られたエルフ宮でのものだった。


 そうだ、百年、外に出ていない。

 ……妹は嫌気が差して飛び出してしまったけれど、自分はこの場所での穏やかな暮らしが嫌いではなかった。


 自分の過ごした百年に、別れを告げる。

 ……押しとどめていた涙が流れ出しそうになる。


 だからティアは上を向いた。

 ここで涙を見せては、従者たちが不安がる。

 だから明るく笑って――



「出陣する」



 従者たちがザッと動いて道を開ける。

 ティアは多くの少女たちのあいだを通り、宮殿の出口を目指す。


 初めての外。

 初めての旅。

 そして――きっと最期の冒険。


 もし自分が『魔王城』で息絶えることになろうとも、仲間は――妹だけは助け出す。

 そう決意して、剣の柄をギュッと握りしめた。


 その行為はひょっとしたら、手の震えをごまかすためのものだったのかもしれないけれど。




 ↓




『魔王城』は山間に突如出現した異形の存在だ。

 だいたいの場所は、わかっている。

 そもそも『魔王城』は秘められた場所ではない。


 巷説にその詳しい場所がのぼるほど有名で――

 一旗あげようとか、一度ぐらい見てみたいとか、そういう若者を引きつけるのだ。


 被害者、行方不明者は多岐にわたる。

 エルフの森にいる者だけではなく、ドワーフの山からも、そして人間の街からも、多くの者が『魔王城』を目指し、消息を絶っていると報告されている。


 人を呑み込む大きな獣のあぎと。

 二度と帰れない、死出の旅路。


 目的の場所を見下ろすことができるであろう、高い山の上――

 ティアは供回りを連れずに来ても、意外とどうにかなったなと安堵する。

 初めての旅だったが、書物だけは大量に読んでいる。その知識は役立ってくれた。

 また、守護者として教育を受けていたティアは、身体能力や剣技にも優れる。

 その能力が発揮されることはないかもしれないと、妹がいなくなるまでは言われていたのだが――



「……あれ、か」



 ――人生はそう平穏には終わらないらしい。

 大まかな地図だけで、ティアは『魔王城』を発見してしまった。


 それは山間部に突如出現した巨大都市だ。

 視線の先には、今までティアがどんな書物でさえ見たことのない施設群が存在した。


 全体としては円形の空間だろう。

 高い壁で囲われており、軍勢をもって攻め落とすのは難しそうに見える。


 壁の内部は七つの城塞が存在した。

 円を描くように配置された六つの城。

 そして中央部に存在する、ひときわ巨大でまがまがしい古城――あれこそが『魔王城』の本丸だろう。


 中は――中は、おどろいたことに多数の人々がいると、遠目からでも見える。

 それら人々は長い列に並ばされ、よくわからない施設へと挑まされているようだった。


 施設はどれも見たことがない。

 高速で走る金属製の、蛇のような乗り物――

 円形の、檻がたくさんついた、回転する巨大設備――

 内部のうかがえない、しかし外観だけでも中で恐ろしいことが行われているであろうとわかる、古い家屋――

 他にも様々なものが点在しており、内部にいる者はそれら施設で拷問にかけられるため、長い時間並ばされているのだろう――そう、ティアは感じる。



「……妹は……」



 遠目でも人がたくさんいることはわかるが、さすがに、人々の顔まではよく見えない。

 ただ、体の大きさだけを見ても、精霊から巨人まで多岐にわたる種族が内部に囚われている様子がわかる。


 あれだけの捕虜を抱え、しかしどこか秩序をたもつ恐るべき場所――『魔王城』。

 独りで挑むことに、ティアは不安を覚える。


 ……しかし、こういう時のための王族だ。

 そもそも成果など期待されていないのだというのも、わかっている。


 大義名分。

 ドワーフは巨大兵器を差し向けたという。

 人間は大軍勢で挑んだという。


 ならば、エルフはなにをした?

『魔王城』に対し、どのような行動を起こした?


 ……それが問われているのだ。

 ドワーフの『兵器』、人間の『軍』、それに並ぶエルフの『力』こそが、血統なのである。


 ティアは胸に手を当てる。

 緊張しすぎて、鼓動がうるさくて、だからおさえつけようと、ギュッと、手を胸にしずみこませた。



「……大丈夫。たとえこの身が滅びようとも……」



 助ける。

 決意を胸に抱いて、ティアは『魔王城』へ接近していく。

 進む方向には、巨大な門が存在した。




 ↓




 案の定、門には門番が存在した。

 ティアは宝剣『オベイロン』を抜き放つ。


 その門はティアの身長の五倍はあろうかという巨大なものだった。

 真っ白く塗装されており、でかでかと文字が書かれている。



『テーマパーク まおうじょう へようこそ!』



 ……わけがわからない。

 門の前には、これもまたよくわからない服装の門番がいる。


 見たことがない造形の青い衣装に身を包み、腰に棍棒を差している。

 頭には帽子をかぶり、服には様々な装飾を身につけていた。

 服装も棍棒もそうだが、当たり前のようにサイズが大きい――エルフとしては平均より少し高い身長をほこるティアだが、相手は縦も横も、その三倍以上はあるだろう。


 ティアは門番の顔を見上げる。

 そして『オベイロン』の切っ先を向けた。



「我はエルフ族の姫、ティアである! 『魔王城』に囚われた我が妹や森の一族を取り戻すため、魔王に勝負を挑みに来た! 阻むというのなら、この宝剣『オベイロン』が貴様らの存在を否定するであろう!」



 馬鹿正直――

 そう言われてしまえばその通りだ。


 しかし他種族よりも個で優れた能力を持つエルフは、下手に忍んだりするよりも、こうして堂々名乗りをあげて勝負を挑むという戦い方が一番勝率が高い――と、書物にはあった。

 また、ティアは戦いの素人だ。

 策略を用いたりするよりは、堂々正面からの方が、自分の力を発揮できると判断していた。


 巨人族の門番は――

 なぜだろう、ちょっと笑った。


 彼らの顔面は岩のようであり、他種族には表情を判断しにくい部分もあるのだが――

 なにか、『またか』みたいな感じで笑われた気がした。



「なにがおかしい!? そもそも、貴様らには誇りがないのか!? なぜ人でありながら魔王の味方をするのだ!?」



 実はティア的に一番我慢ならないのは、その部分であった。

 数の人間、武具のドワーフ、そして質のエルフ――世界三大種族はこの通りだが、他にも様々な『人』がいるのだ。


 そして魔王は人ではない。

 突如出現した、どの種族でもない外敵のはずだ。


 人類が一丸となって挑むべき敵であり、実際、世界はそのような流れの中にある。

 だから人間は軍を出したし、ドワーフは兵器を出したし、エルフは、最も『質』の高いとされる王族が出陣している。


 他の種族だって、『魔王城』攻略のために様々なことを行っているはずだ。

 それは巨人族とて例外ではない。


 だというのに――なぜかその巨人族が、『魔王城』で門番なんかしている。

 ティアには『敵に寝返った』としか思えないその行動が、我慢ならない。



「もし寝返りを恥じるなら、ともに戦おう! 魔王の魔の手から、世界を救うのだ!」

「いえ、失礼しましたお客様(ゆうしゃ)



 ゴホン、と大地が揺れるような咳払いをして、巨人族の一人が口を開く。

 声は重いが、口調は極めて紳士的だった。



「失礼というのならば、私よりも、貴様らの一族に失礼だろう! 敵に寝返るなど……」

「……ええと、そのあたりはまあ後々事情を察していただけると思いますが……お客様(ゆうしゃ)は入城をご希望であらせられますか?」

「そう言っている。魔王を出せと……」

支配人(まおうさま)は多忙でして……連絡はとってみますが、その前にまずは横にあるカウンターで入城手形をお求めください」

「……入城手形を……買う、のか?」

「はい。悪夢と絶望の園『まおうじょう』に入るには、そのような手順が必要となります」

「……その手順を踏まない場合はどうなる?」

「お帰りいただくしか」

「…………その手順を踏めば、どうなる?」

「ご入城いただきまして、入城手形と一緒に渡される地図を見て自分で進むもよし、第一城塞(エリア)から順番に『攻城』していただくもよし、お客様(ゆうしゃ)のご自由になさってください」

「つまり、入城手形を買えば貴様らは邪魔をしないのか?」

「はい。入城手形さえご購入いただけましたならば、わたくしどもは喜んでお客様(ゆうしゃ)をお迎えいたします」



 ティアは考えた。

 その『入城手形を買う』という手順を踏むと、なぜ門番が見逃してくれるのかは、わからない。

 しかし、魔王はきっと強い。

 それに――門番をやらされている巨人族は、『人』だ。

 彼らにも彼らの事情があるようだし、戦わずにすませられるならそれが一番だとティアは考えた。



「……わかった。入城手形を買おう」

「はい、それではあちらに見えます入城手形カウンターのスタッフより、詳しい説明をお聞きください。『まおうじょう』にてよき悪夢と絶望を!」



 にこやかに――岩のような顔の頬らしき部位が持ち上がっていたので、たぶんにこやかに送られて、ティアは入城手形カウンターに向かうことになる。

 ――なにかがおかしい。

 そう感じてはいるけれど、おかしさの正体はわからないまま、入城手形を求めてティアは行く。

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