小さな、ライグル。
「ここは放牧地……?」
広い草原にはちらほらと、大きな鷲のような姿に立派な一本角が生えている鳥が草を食んでいる。
「そうです、放牧地です。ご存知でしたか?我が村ではライグルを育てて獲物を狩り、それをモロクへ交換に行ったりして生活しているんですよ」
「ライグル……。飛んで行ったりはしないんですか?」
「ライグルは希少種でとても賢いのですが、臆病で他の生き物の気配を察すると隠れてしまうんです。近くで見る事が出来るのは、もうこの村でだけかもしれませんね。中には好戦的なライグルもいるようなのですが、希少種な上に稀なもので、野生で生き残るのは難しいみたいですね」
ピュィとリュート君が口笛を吹くと、ちらほらしか居なかった草原からガサガサガサッと沢山のライグルが顔を覗かせた。
「うわあ! こんなにいっぱい居たんだ! すごい!」
『(……ごくり)』
ん? いま何か生唾をのむような音が……。ルビーさん、ちょっと! よだれ出てるよ!!
『(ハッ! す、すまぬ)』
「ライグルを食べることはしないんですか?」
「ライグルが狩ってくれる獲物のおかげで、ライグルを食用にするよりも潤ってますから食べることはないですね。美味らしいですけど、食べたことはないです」
なるほど。ルビーは食べた事あるんだね。
「ライグルに触ってもいいですか?」
「臆病なので触れるかはわかりませんが、構いませんよ」
そーっとライグルに近寄っていくと、サッと隠れてしまって触るに至らない。ルビーが大笑いしているのが思念通話で聞こえてくる。むかつくー!
『……おねえちゃん、だあれ?』
ふと、幼い子供のような声が聞こえたが周りには誰もおらず、少し離れた所でルビーとリュート君が立っているのみだ。
『……おねえちゃんは、わるいもの?』
また聞こえた。キョロキョロと辺りを見渡してみるも、姿は見えない。ルビーに、私の近くに何か居るか尋ねてみた。
『(ライグルの気配しか無いぞ)』
だよね。げ、幻聴……!?
『ねえねえ、おねえちゃん』
ズボンの裾をクイクイと引っ張る感じがして目線を落とすと、そこには小さなライグルが居た。まだ子供なのか角も身体も小さく、翼も短いせいか飛ぶ事もかなわないようだった。
「あなたが呼んだの?」と、しゃがみこんで小さなライグルに話しかけると『そうだよ! やっときづいてくれたの?』とピィピィと言う鳴き声と共に声が聞こえた。
そのライグルを手のひらに乗せて、リュート君の所に戻った。
「触れましたよ! 可愛いですね!」
「その子は、親がミノオルグスに食べられてしまったので、人の手で育てているんですよ。慣れているでしょう?」
そしてリュート君は続けた。
「人の手が触れたからか、他のライグルからは少し敬遠されているようで、なかなか育たないんですよ……」
リュート君いわく、ライグルは大人のライグルから生き方を学び、少しずつ大人になっていくらしいのだけれど、この小さなライグルは手本となる大人がいない上に、人の手が触れてしまったためにライグルの子だと認識されず、子供のまま成長が止まっているのだそうだ。
「四六時中誰かがそばにいて教育をするわけにもいかないので、この放牧地で大人になる勉強が出来ずに生きているのです」
「でもお話が出来るんだから、大丈夫じゃないの?」
「?」
『このひとはきこえないんだよ』
『(イオリはこのライグルの声が聴こえるのか?)』
えーと……えっ?!
もしかして聴こえてるのって私だけなの……!?
「お話とは何の事でしょうか?」
「いえっ!! 何でもありません!」
『おねえちゃん、あそぼう』
やっぱり、ピィピィという鳴き声に混ざって声が聴こえる。
「イオリさん、懐かれちゃいましたね」
「あはは……」
また後で遊ぼうね、ごめんねと小声で言って、地面におろしても、『あそぼうよー』と鳴きながら私の後をついてくるライグル。
『(どうするのだ)』
困ったな。ルビーにも、このライグルの声って聴こえるの?
『(いや、ただの鳴き声しか聴こえないが)』
「とりあえず、村長の所に戻りましょうか」とリュート君が言うので、ポムさんの所へ向かう後ろをちょこちょこと歩いてついてくるライグル。
ポムさんの前に腰をおろすと、私の膝の上にちゃっかり乗るライグルに村長が驚いている。
「ほっほっほ、珍しいのぅ。この村で暮らすライグルも、過剰に触れられるのは嫌がるものなんじゃが。村は何もないが、いい所じゃろう?」
『このひとしってる! えらいひとだよ!』
ピィピィと膝の上で、私を見上げて小さなライグルは言う。
「ええ、とってもいい村ですね。放牧地にいたライグルも、皆とってもいい顔をしていました」
「村のもので何かひとつ、お礼の品として望むものを差し上げましょうぞ。何か希望のものはあるかの?」
「お礼はミノオルグスの討伐報酬でいただきましたから、そんなお気をつかわないでください」
「あれは村からの依頼と報酬じゃからの。これはワシからのお礼じゃ」
望むものを、と言われたが特に何も思いつかないし、お金にも困っているわけじゃないし……。
『おねえちゃん? どうしたのー?』
ちょこちょこと私の膝の上を歩くライグル。
こ れ だ !
「この、この小さなライグルを育ててみたいです!」
「ほっ? その子を育てるのか?」
「私、旅をしているのでこの子としばらくは一緒に居られます! 立派なライグルに育てあげて必ず戻ってきます」
『(連れて行くのか?)』
懐かれちゃったし、この子の声が聴こえるんだもん……。邪険には出来ないし、親も居ないみたいだから……。
フスンと鼻を鳴らして、ライグルを尻尾であやしてくれるルビー。
「望むものをと言うたのはワシじゃからの。ならば育ててみるかの? リュートに育て方を教えてもらうとよい。」
「ありがとうございます!! 大切に育てます!」
立派なライグルに育ったら、必ずお見せしに来ますと約束してポムさんのお家を出ると、リュート君がライグルの育て方をみっちりと教えてくれた。でも、難しいことは何もなくて、ただ狩りの仕方や必ず指定の場所に戻る事さえ教えたらいいとのことだった。後は本人の性格によるものが大きいから、そばから離れさえしなければ自然と学ぶのだそうだ。
「いいんですか? その子で……」
心配そうにリュート君が言う。
「ううん、この子がいいの! 私はテイマーだから、きっと立派なライグルに育ててみせるからね! 大きくなったら、また戻ってくるね」
「……よろしくお願いします。楽しみに、待っています」
くしゃっとはにかみ、小さなライグルを撫でるリュート君。
『このひと、やさしいんだよー! いつもね、こうしてなでなでしてくれるんだー』
「何を言っているのかはわからないけど、この子結構好きだったんですよ」
「この子もリュート君のこと大好きだって! いつも撫でてくれるんだよって、言ってるよ」
「……! イオリさん、ライグルの言葉が……?」
「また会おうね!」
「はいっ!! 本当に、待っていますから!」
手を振るリュート君に見送られながら、ルビーの背に乗り村を後にした。




