港町、モロク。
『今日のうちには山を下りきりたいな』
「じゃあ今日も頑張ってしがみつくよ」
軽快な足取りで走るルビーの背中で、振り落とされないようにしがみつく私。朝ご飯にクリームパン食べたんだけど、クリームパンが出てしまいそうなほどのスピードだ。
ニレ山をはんぶん下った辺りで『休憩するか』と止まってくれた。髪もボサボサ、よれよれになった私を見てルビーは笑っている。
「あんなスピードで落ちちゃったら痛いじゃ済まないから、必死なんだよ」
『落ちた所で、地面に着く前には助けるぞ?』
「助けてくれるってわかってても、落ちるのはやっぱり怖いんだもん」
『そうか』と言って背を向けるルビー。
「……そっぽ向いても、震えてるのバレてるよ」
『なんのことだ』
「笑うならこっち向いて笑っていいんだよ」
『笑うなど……フフフッ……そんな事は……』
くそー。覚えてろよニャンコめ。
休憩した後は、また必死でしがみつく時間。周りの景色を楽しむ余裕もなく、ルビーの真っ白い毛を握りしめる。
陽も落ち始めた頃に、ようやくモロクの町が見えてきた。
『灯りがきれいだぞ、イオリ』
「え? あ、本当だ。シバの町とは違うね、大きい町だなぁ」
遠目に見ても町の大きさがわかる。港には大きな船も沢山停まっている。
町の入口にたどり着き、ルビーからおりて、門番にアイテムインベントリから出しておいた登録証を見せる。
「そちらは従伴か? 町の者に危害は加えないな?」
「はい。とてもおとなしい子です。他害することはありません」
「よし、通っていいぞ」
案外すんなり通してくれて、町の中へ入る事が出来た。
町は夕方なのにとても賑わっていて、沢山の人が行き交っている。ルビーへ向けられる視線も、シバの町ほど気にならない。
『(いい町だな。人々に活気がある)』
シバの町は人が少なかったせいもあって、とっても静かだったもんね。
『(港があるから、他国と交流も盛んなのだろうな。今の我を見ても誰も騒がぬ。これなら紅竜の姿でも……)』
紅竜だとさすがに大騒ぎになると思うよ。
『(…………)』
町は人間族だけでなく亜人族も多くて、下半身が蛇だったり、四本足だったりと様々。飛び交う言葉も、知らない言葉がちょいちょい耳に入ってくる。
町の雰囲気を楽しんでいると、ルビーがピタッと足を止めた。
『(飯屋だ。腹が減ったぞイオリ)』
店の外では串焼き肉が焼かれていて、とっても良い匂いがしている。『(串焼き肉もうまそうだ)』とルビーを見ると、よだれがポタリ。
このお店で晩ご飯にしようと店内に入ると、可愛らしいピンクのバンダナを頭に巻いた中学生くらいの歳の女の子が駆け寄ってきた。
「いらっしゃいませ! そちらは従伴ですか?」
「はい、危害を加えることは決してありません」
「フフッ、とってもきれいなレオパルですね! 二名様! お席にご案内しますね!」
席に着き、メニューを渡された。女の子がおずおずと「レオパルに触ってもいいですか……?」と私に尋ねるのでルビーの承諾を得て、どうぞと返すと嬉しそうにルビーをひとしきり撫で回し、お礼を述べてから仕事へ戻っていった。
『(あの娘は生き物が好きなのだな。触れる手から伝わってきた。テイマーとしての才能があるぞ)』
ここのお店の子かな? 可愛らしい子だったね。ルビーに怖じることもなかったし。
『(イオリ、見ていなかったのか?)』
なにを?
『(先程の娘は奴隷だ。右手の甲に焼き印があっただろう)』
確かにやけどみたいな傷はあったけど……。
『(円に十字が描かれた印は奴隷の証だ)』
この世界は奴隷制度があるんだ……。
『(遥か昔からあるぞ。イオリの世界にはないのか)』
ないよ。少なくとも、私が住んでいた所では無かったよ。
『(そうか)』
複雑な気持ちで、さっきの女の子に注文を頼んだ。女の子はずっと笑顔で、ルビーの横を通るたび、頭を撫でていった。撫でやすいように、ルビーも身体を屈めて待っていた……。




