乗馬ではなく、乗猫。
翌朝、朝食を運んできてくれたエドさんに今日発ちますと伝え、お礼を言った。目的地を尋ねられたので、ひとまず西端まで行ってから南にくだっていく旨を説明した。
「お気をつけて。ユトからきいていましたが、レオパルのお姿も凛々しいですね」とエドさんに言われて、まんざらでもないルビーさん。
準備を整えて、エドさんの見送りで町を出た。
………………
『もう喋ってもいいか?』
「いいよ、これだけ離れたらもう大丈夫でしょ」
レオパル姿のルビーと、並んで歩きながら西へ向かう。エドさんにきいた話だと、地続きの大陸ではこのエラリア大陸が一番大きくて、丸みのある逆三角のかたちをしているらしい。この世界にも海があるんだって!だからエラリアの周りの大陸に渡るには船が必要で、港町は結構栄えているみたい。西端にある町は港もあって、そこそこ大きく、モロクという町なんだそうだ。
『我の背に乗るか?遅いぞ』
私の歩くスピードにしびれを切らしたルビーが言う。自慢じゃないが、私は運動が苦手で、学生の頃に体験した乗馬では見事に落馬した経験がある。
渋っていると、『とりあえず乗れ』とルビーが屈んでくれた。ふわふわの背に跨るも掴まる所がなくて、ルビーが立ち上がるやいなや転げ落ちた。
憐れみをこめた目で見ないでくれるかな……。わかってますよ、鈍くさいことくらい……。
『……我の首元の毛を結んで、掴まる所をこしらえたらどうだ?』
ルビーの提案で、首元に掴まれるように輪っかを作った。あと、横腹の所に足を引っ掛けられる輪っかも作ってみた。
「痛くない?」
『大丈夫だ』
よし、再チャレンジ。背に跨って輪っかを握って、横腹の輪っかには足をかける。『行くぞ』とルビーが立ち上がると、不安定ながらも何とか乗ったままで居られた。
『慣れるまではゆっくり歩く』
「そうしてください……」
ルビーの背は、馬と違ってふかふかでお尻も痛くないから乗りやすい。ゆっくり歩いてくれている間に、落ちないようにコツをつかまなきゃ。
『む、山か』
しばらく道なりに進んでいると、目の前に山が現れた。山道へのルートを指し示す立て札には、“ニレ山 この先モロク”と書かれているとのこと。
「獣道とかじゃなく、ちゃんと道があるみたいだし、そんなにキツくないのかな」
『……。魔物の気配もままあるが、さほど強くないものばかりだ。いざとなれば飛んでいけばよい』
「落ちるならせめて低い所からがいいな……」
そんな事を言いながら、ニレ山へと入った。
山道はピクニックコースのような穏やかなルートで、ゆっくり歩いてくれてるルビーのお陰で落馬……落ニャンコもせずに済みそうだ。
『少しペースを上げるぞ』
ぐんっとスピードが上がって、私は落ちないように必死にしがみついた。ルビーの『やれば出来るではないか』って言葉が聞こえて少しだけ殺意がわいたのは内緒だ。
景色をみる余裕もなく、あっという間に山の中腹あたりまで登ってきてルビーが歩を止めた。
『イオリ』
「ふぁい……」
『腹が減ったぞ』
「お昼ご飯にしよっか……」
私はあんまり食欲がない、と思ってルビーの分だけ初チューシープの肉を焼いた。味付けはあっさり塩コショウ。羊みたいなピンク色のお肉で、焼くとクセのある香りがただよう。
『うまそうな匂いだな』
ちょっと、よだれが垂れてますよ。出来上がってお皿によそいルビーに渡すと、はぐはぐと美味しそうに食べている。
「おいしい?」
『うまいぞ!』
ルビーがあんまりにも美味しそうに食べるもんだから、自分用にも少しだけ焼いてみた。
「ちょっとかたいしクセがあるけど、お肉に味があって美味しいね!」
『もう一枚焼いてくれ』
珍しくおかわりをしたルビーさん。クセのあるものがお好みなのかな?おかわりも、はぐはぐとあっという間に食べてしまった。
そのままでもじゅうぶん美味しいチューシープだけど、ジンギスカンみたいに肉の脂で野菜を炒めて、タレで食べるともっと美味しくなりそう。
『じんぎすかんとは何だ』
「……普段は全然私の考え事に突っ込んでこないのに、食べ物にはとても早く反応するよね」
『じんぎすかん』
「……羊っていうチューシープに似たお肉を、専用の鍋で野菜と焼いた料理のことだよ」
『専用の鍋があるのか。それでは喰えんな』
「っていうかルビー、野菜嫌いでしょ。ジンギスカンは野菜が美味しいんだよ?」
『む。それではいつか、そのじんぎすかんとやらが喰えた暁にはイオリに我の分の野菜をやる。我には肉を喰わすのだ』
「なっ……!やだよ!私もお肉食べたい!ルビーこそ、たまにはお野菜も食べなさい!」
くだらない言い合いを楽しみながら昼食を済ませて、また山道を歩き始めた。




