憂いの原因。
『(さっきの娘子はな、雑種交配の母体なのだ)』
運ばれてきたお料理を頬張りながら、ルビーが話してくれる。
雑種交配って何?
【異なる生物同士をかけあわせて新たな種を作り上げる事、です】
人と人じゃなく、他の種族とかけあわせるということ? あの小さな女の子がその母体だって言うの?
『(娘子自体も純血の人間族ではないぞ。色々な血が混ざり合って、何とも言えぬ匂いだったからな)』
【そうですね。薄っすらですけれど、私の種族も混ざっていました】
見た目は完全な人間にしか見えなかったし、流暢に話す事も出来ていたのに?
【……主に、需要があるのが人間族なのですよ。間者だったり、暗殺だったり。その為、基本は人間族に見えるよう作られるのですよ】
『(我ら魔物の最たる種族間ではそのような小細工は要らぬからな)』
でも、あの子はテイマーになるって……。
【そう教え込まれているのでしょうね。実際、触れ合うのは魔物ですし】
『(遥か昔から、人間族の考える事は虫酸が走る事が多い事よ)』
そう呟いて、もっしゃもっしゃとお料理を平らげていくルビー。
優しそうなお爺さんも一緒に居たのに。あのお爺さんは?
【育種者だと、思います】
『(違いないだろうな。あの人間からは様々な生き物の血の匂いがした)』
……言葉が出ない。
『(イオリの居た世界とは、何もかもが違うのは解っていただろう)』
うん、解っていた、つもりだった。奴隷があること、魔物がいること、魔導があること。それでも、今までは酷い町や人をあまり見なかったから、いざ対峙してみると凄く嫌な気分だ。
『(良い気分にはなれぬな。我らの仲間も捕まり、魔石を狩られることもある。素材として扱われる事もな)』
【そうですね。珍しい個体はそれだけで重宝されますからね】
非人道的なことは、多分私が知らないだけで、私の世界でも行われている。それが身近に在ることが気分悪い。
『(気にするな。イオリやスミが憂いても、この世界は変わらぬ。我が生まれ世界に変化があったことなど数える程しか無い)』
……うん。
―――――――――――――――――
食事を終えて、宿に戻る。リーグレッジさんはまだ帰って来ていないらしい。
折角のご飯もちっとも味が解らなかったし、予定よりずっと早く宿に戻って来てしまったせいで、皆は退屈そうに転がっている。
「ごめんね。色々考えてたら頭が痛くなっちゃって」
『大丈夫? ごっちん、する?』
心配そうにエンリルが覗き込む。よしよしと頭を撫でると気持ちよさそうに目をつむっている。
『(思い詰めても我らには何も出来ぬ。奴隷の娘の時もそうであっただろう)』
解っているんだよ。何も出来ないから、だよ。
【すみません、私が最初に黙っていれば良かったのですが】
「スミちゃんのせいじゃないよ。でも、そういうことが行われていることが知れて良かったと思う事にする」
『(良いことばかりで世は成り立たぬからな)』
その通りだ。憂いても嘆いても、ミズリーちゃんの日々は始まり終わっていくもの。
気を取り直して、リーグレッジさんに出すお料理のメニューを考えなきゃ。
『(買い物に行く時には我も行くぞ)』
【私も行きたいです!】
『ぼくも!』
はいはい。じゃあ皆で何が食べたいか決めようか。
『(イオリ、喰いたいものがあるのだが……)』
ルビーのその一言を聞かなければ良かったと、後で思った。