嘘偽りのない、真実。
「手伝いますの」
宴会の後片付けをしている私に、カナンさんが声を掛けてくれる。食事が終わった後も、残ったエールとビールをちびちび飲んでいたのだ。意外と酒豪なのね。
「構いませんよ。お片付けも嫌いではないので。まだお酒も残っていますし、何か肴になるものでもお出ししましょうか?」
かなりの量を食べたはずなんだけれど、私の言葉にカナンさんは喜んだ。スミちゃんとエンリルは満腹になってグッスリだったんだけれど、辛うじてルビーが私の言葉に反応した。この食いしん坊め。
『何か買いに行くのか? 我も行く』
ぽんぽこりんのお腹でよたよたと立ち上がるルビー。
「はいはい。じゃあカナンさん、肴になりそうなものを見繕って来ますね。行こう、ルビー」
ショッピングを使用して、店内を見回る。
『む、イオリのスキルの中では我の魔導は封じられてしまうのだな』
そうだ、前回お買い物した時の事を話すのをすっかり忘れていた。私のこのショッピングの中では自分のスキルも封じられちゃうっぽいんだよね。
『気配探知を使おうとしたのだが、何も感じぬ。見ろ、炎球も……出ない』
フスンと音を立ててルビーの口から薄っすら煙が出るのみだった。いかにも不発といった様子だ。
この中じゃあルビーもただのレオパルだね。
『ふむ。恐ろしいスキルだな』
そうかな? お店の中では静かにしなきゃいけないし、普通でいいじゃないの。
『外の様子が判らないのは、ちと怖いがな。エンリル達を置いて来てしまったのでな。鬼族の娘が居るから心配は要らぬであろうが』
カナンさんを信用しているのね? 会ってまだ数時間しか経っていないのに、珍しい。
『鬼族は嘘偽りを言わぬからな。一族全てがそうであるから、共に時間を過ごしても苦でないのだ』
良い一族なんだね。
『そう思う。イオリもエンリル達も嘘を吐かぬ、だから共に居られる』
真っ白な尻尾で私の頬を撫ぜる。信頼されているって思っても良いのかな? 嬉しいな。
「カナンさんが待っているから、ぱぱっとお買い物済ませちゃおう」
『とまとを買うのだ』
尻尾をゆらゆら揺らしながら、軽快な足取りで野菜売り場へ向かうルビー。なに売り場の場所まで覚えちゃってるの……。
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「ただいま戻りました」
「早いですのね。いま行ったばかりですのに」
そういえばスキル内では時間経過が無いんだっけ。目新しい事ばっかりで自分のスキルについてはあんまり頭に入ってないなぁ。RPGではポンコツ主人公だ。
「私の千里眼でも、そのスキルの内容までは解りませんでしたの。凄いですのね」
うんうんと頷きながら、心底感心してくれている様子のカナンさん。実は凄いスキルなのかも? 私にとってはお買い物出来る便利なスキルなだけなんだよね。
『それはそうと、娘はなぜ里を離れてこの地に居るのだ?』
しゃぐしゃぐと買ってきたトマトをかじりながら、ルビーがカナンさんに問う。
『鬼族は余程の事がない限り、村からはあまり出ないはずだが。長がかわって村の規律も変わったのか?』
グラスのエールを飲み干して、カナンさんは口を開いた。
「少し前に、パジの村が襲われましたの」
『鬼族の村を襲うとは、愚かな者もいたものだ』
「父様は迎え撃つと言って、一族の中でもとびきりの強者を引き連れて行きましたの。父様達は勝ちましたの」
『ならば、なぜ里を出たのだ?』
「父様達が戦っている間、私や力の無い者は隠れていましたの。そこに間者が居るとも気づかずに、ですの」
きゅう、と手を握りしめて悔しそうに唇を結ぶ。
「私は隠れている間も千里眼をずっと使っていたんですの。妹が連れ去られるその時も、私はずっと見ていたんですのよ」
大きな瞳から、ぼたぼたと大粒の涙を流しながらカナンさんは続ける。
「妹が助けてと声を出すまで、私は気づきませんでしたの! 妹を連れて、間者と共に消えるその時まで!!」
『妹はまだ生きておるのか?』
コクンと頷き、洋服の前を開け、胸に彫られた紅色の入れ墨のようなものを見せてくれた。逆雫型をしたものが5つ、並んでいる。
「これは親族のみに彫られるものですの。父様、母様、兄、姉、そして妹の分ですの。生命に危険が及べば紅色が濁って黒くなりますの」
刻まれた入れ墨は、全部きれいな紅色をしている。
「間者の姿を見たのは私だけですの。一瞬でしたけど、消える瞬間のあの魔導は召喚術でしたの」
『妹は血繋承継があるのか』
「……鋭いですのね。私ほどスキルを維持出来ませんでしたけど、受け継いでいましたの」
この流れは、もしかして、もしかするよね。ちらっとルビーを見ると、深く頷いた。ああ、やっぱり……!! モーリーさんのお父様関係ですか……!