白銀のエルフと黒犬。
段々近づいてくる気配に、何も出来ずに身を潜め息を殺す。
おーいルビー! 私、ピンチ!! お願いだから早く帰ってきてー!! 聴こえてるんでしょー!
心の中で叫びながら、じっと耐える。
大体さ、私テイマーになってるのにテイマーとしてのスキルとか全く解んないし、ポンコツすぎるよね。
そうしてる間にも気配は近づき、私の前に姿を現したのは、真っ黒なビロードのような毛並みに覆われた蒼い瞳の、犬にしては大きめな生き物だった。
あまりに綺麗で思わず見惚れていると、ガサガサと音をたててルビーが戻って来た。
『イオリ、何をしているのだ』
「ルビー! 助けて!」
蒼い瞳の生き物は、ルビーを見て後ずさる。
『どうしたの紅竜、小ぶりになっちゃって。小さくなると頭の中も小さくなるのかしら! だから人間族なんかと連れ添っているのね!』
黒い犬は吐き捨てるように言う。
『これは驚いた。滅多に人前に現れない黒犬が我が友に何の用だ』
ルビーが私の前に立ちはだかってくれた。
『そいつは人間族にしては匂いが違う。この地に仇なす者なら始末しなくてはいけないと、我が主トリシャ様の命令だ』
そういえば匂いが違うって、確かルビーに初めて会った時にも言われたな私。
『トリシャ、近くに居るのだろう。こ奴では話が通じぬ、出て来い』
スンスンと鼻を鳴らし、ルビーが周りを見渡す。
《仕方ないわね》と声がすると、黒い犬の背に腰掛ける白銀に輝くエルフが現れた。
『トリシャ様! お姿を現すなんて!』
《メロウ、仕方ないでしょう。紅竜が出て来いと言うんですもの。それに、話は早い方がいいじゃない》
トリシャ、と呼ばれるエルフは微笑みながらルビーのそばに腰をおろして、《小さくなっちゃって、どうしたの?》とくすくす笑いながら背を撫でた。
『トリシャ、イオリは異世界の者だ。だからかは解らぬが、匂いが違うのだ。我が大きな体躯を疎ましく思っていたのは知っているであろう。イオリに頼み、魔導をかけてもらったのだ』
《あら、そうなの?久し振りに見たわ、異世界の人間族。小さな紅竜も素敵ね》
チラリとこちらを見てニッコリと笑う。
「初めまして、イオリと言います。私のせいで申し訳ありません」
頭を下げると、エルフはふわっと私の髪を撫ぜる。
《いいのよ。異世界の者は匂いが違うの。匂いが違うというのは、特別な力を持っているということなのよ。この世界では、固有スキルと呼ばれるものだったり、神や精霊にしか与えられない聖や闇の魔導だったりするもの。イオリ、貴方も持っているでしょう?》
ありますね、ショッピング。
エルフはこの地の守り神のような存在で、その特別な力がこの地に仇をなすのならば排除しなければならないの、と続けた。
『イオリの固有スキルは我も把握している。決してこの地に仇をなすものではないぞ。我が保証する。不安ならば今ここでイオリに見せてもらえばよい』
《紅竜がそこまで言うのなら、見せてもらおうかしら》
エルフはそう言うと、頼めるかしら? と私へと向き直る。
「はい、やってみますね」
“固有スキル︙ショッピングを使用します”
“お買い物をお楽しみくださいませ”
「従伴と、トリシャ様、黒犬も一緒に使用をお願いします」
目の前に、見慣れた近所のスーパーが現れた。
ルビーは一目散に店内に入りトマトを抱え上げ、エルフと黒犬を招き入れた。