#7.5 狂気の凶器
王国の勇者が死んだあとの話です。
今回はちょっと短いです。
王城のある部屋で複数の人が集まっている。
大半は騎士の格好をしており、残りは魔法使いと老人で構成されている。
「よし、始めろ」
この部屋の中で最も上級な鎧を来た騎士……普段はヴァレオと名乗る者が声を発する。
ヴァレオは勇者の教育や訓練、管理、そして勇者を用いた軍事戦略を担当する組織のトップに立つ男だ。
しかし大きな成果を出せてないうえに、ついには勇者を死なせてしまった。
そのせいで元々強かった風当たりがますます強くなった。
次こそは成功させなければならない。
ヴァレオの心中は焦りと不安でいっぱいだった。
ヴァレオの出した合図のあと、数名の魔法使いは一斉に魔力を込める。
それと同時に部屋の中央にある魔法陣が光り始める。
それに呼応するかのように、部屋の周りに飾られている特殊な加工を施した魔石も輝く。
部屋に満たされた光が消えたあと、部屋には30名以上の少年少女たちが姿を現す。
「こ、これはどういうことだ……」
ヴァレオが声を震わしながら呟く。
勇者召喚は1回に1人しか召喚できないというのが常識だ。
どんな伝承や記録を見ても2人以上現れたという話は聞いたことがない。
だが、目の前には30人を超える勇者と思わしき者達がいる。
「鑑定士はこいつら全員の祝福を調べろ!お前はもっと騎士を呼んでこい!」
ヴァレオは即座に指示を出す。
時々、召喚された勇者の中に暴れる者がいる。
その対策として召喚儀式の際には騎士を置いているが、明らかに数が足りてなかった。
「な、なに? 誰なの?」
「ここどこだよ!」
「おい、ネットが繋がらねーぞ!!!」
「異世界だ! 俺たちは召喚されたんだ!」
ヴァレオの指示を機に召喚された者たちが騒ぎ出す。
中には物分りが良すぎる者もいたが、大半は困惑したり騎士を見て恐怖したりしている。
そんな中、ヴァレオに40代ほどの男性が近づく。
騎士たちはその男性を止めようとするが、ヴァレオは目で制する。
「あなたが責任者ですか? ここに連れてきたんですよね? 説明をお願いできますか?」
焦りで少々早口ではあるが、冷静な態度の男性にヴァレオはわずかばかり感心する。
「もちろん説明はする。危害も加えないことも誓おう。だが、少しばかり静かにさせてくれないか?」
ヴァレオは騒いでいる勇者たちを見ながら言う。
それを聞いた男性は頷き、少年少女の方に向かって一喝するとすぐに静かになる。
召喚される勇者は基本的に少年少女であるため、この男性のような大人が召喚されることは珍しいし、歓迎されない。
子どもと大人の身体的格差による力の違いなどは、勇者の力と比べるとあまり意味がない差である。
それゆえに、成長性が高い子供の勇者が好まれる。
しかし、男性が叱る様子を見たヴァレオは、勇者たちの誘導に使えると考えた。
そんな横で鑑定士はヴァレオに耳打ちをする。
「ヴァレオ様、すべての者に【祝福:勇者】と固有スキルが確認できました。能力も今まで召喚された勇者と遜色ありません……むしろそれを凌駕しうるものもいます」
それを聞いたヴァレオは思わず得た幸運に口角を上げる。
今までの常識では祝福は1つに1人であり、1人に1つだ。
実際、この世界には様々な祝福が確認されているが、1人が複数の祝福を持つことは無かったし、同じ祝福を2人の人間が持つということは無かった。
しかし、目の前でそのようなありえないことが起きている。
同じ祝福を30人の者が持っているのだ。
(奇跡だ……平和の女神さまが下さった奇跡に違いない)
ヴァレオがそう思うのも無理はない。
この勇者たちを上手く使えば30倍は軽く超える成果が出せる。
今までの失態をそそぐチャンスだと確信する。
(魔王を1体どころかすべて根絶やしにできるかもしれん!)
ヴァレオは歓喜に満ちた表情で勇者たちに話しかける。
「怖がらせてすまない! いま私たちは様々な苦難に陥ってる! そこであなた達勇者に助けを求めた!」
ヴァレオは勇者たちが自分の言葉に集中していることを確認し、言葉を続ける。
「魔王、そして邪教徒たちの卑劣な陰謀により国民が苦しんでいる! 他力本願であることは承知しているが、あなた達勇者の力を貸してほしい! そして世界が平和になった時、我らが愛する平和の女神、ララファリスタリカ様があなた達を元の世界に戻してくれるだろう!」
ヴァレオは丁寧に、かつ力強く話しかける。
勇者たちの目には驚き、不安、そしてやる気の炎に燃えている。
中には宗教臭い発言に眉をしかめる者もいたが、元の世界に戻してくれるなら……と思い、気にしないようにしていた。
今回の勇者はチョロいなとヴァレオが思っていると、ある男子が声を張り上げた。
「みんな聞いてくれ! 無理やりこの世界に連れられて怒っているかもしれない! だが国民に罪はない! 俺はこの力で世界を救おうと思う! 協力してくれ!」
やたらと演技かかった口調で男子が大声で述べる。
「あいつは?」
ヴァレオは鑑定士に小声で尋ねる。
「コウキ・ヒカリバヤシです。スキルは【聖なる輝き】で他に特筆すべき点はありません」
【聖なる輝き】は【光魔法】と【神聖魔法】に大きな補正値を与えるスキルである。
強力ではあるが、過去の勇者で最も保有されたスキルでもあり、魔王とその幹部は既に対策している。
昔ならともかく昨今では雑魚殲滅用スキルでしかない。
ヴァレオの彼に対する興味は即座に霧散した。
とりあえず気を取り直し勇者たちに述べる。
「今から王女との会食を予定している! ぜひ楽しんでいってくれ!」
勇者たちは案内をする騎士に付いていく。
その様子を見ながらヴァレオは鑑定士に話しかける。
「さっき言ってた過去の勇者を凌駕しうるやつとはどいつだ?」
「まずはあそこにいる少女……コユキ・シロセという名ですが【天癒】と【事象干渉】スキルの両方を持っています」
「なっ!?」
ヴァレオは思わず声を張り上げる。
【天癒】は平和神教の初代聖女が、そして【事象干渉】は史上で最も強いとされる勇者が持っていたスキルである。
過去の2人は多くの人々から人気であり、同時に尊敬されていた。
この2つのスキルを持っている者が現れたということは、王国以外の国も含めて大きな衝撃を与えるだろう。
ヴァレオはコユキ・シロセの方に視線を向ける。
少女の髪は肩で切り揃えられており、可愛らしさと凛々しさを兼ね備えた整った顔をしている。
国教の初代聖女と大英雄の能力を持つ美少女。
間違いなく国民から絶大的な人気を得られるはずだ。
ヴァレオは今後の展開に思いを馳せるとつい笑みを浮かべる。
そんなヴァレオに対して、鑑定士は続ける。
「あと……端いる少年ですが、【レジスタンス】という固有スキルを持っています」
「聞いたこと無いな……どういうスキルだ?」
「はい、“抗えば抗うだけ強くなっていく”……と書かれています」
「ふむ……」
(興味深いな……それにこんなに勇者がいるんだ、1人ぐらい試しに使い潰しても構わんだろう)
ヴァレオの目に狂気の光が走る。
その時、勇者たちを案内していた騎士が寄ってくる。
「報告します! 勇者一同は食堂に案内しましたが、食事の量が足りず急遽料理人に作らせています。その間に勇者たちは第二王女殿下との会話を行っています」
「そうか……まぁそっちのほうはいい。娼婦上がりのメイドで少年たちの世話をできる者急いで用意しろ。少女は護衛という名目で顔のいい騎士を付けさせろ。特にコユキ・シロセには1番気を遣え」
「はっ!」
騎士は即座に行動するため、部屋から出る。
「そういえば【レジスタンス】の名前は?」
「ルク・タナカです」