#5 黒き眼には何が映るか
俺とリーフィア、そして先ほど出会った少女である黒華夕美は荒野の地面に座り込んでいる。
本当のところはさっさとこの近くにある町に行きたかったが、夕美は疲労ですぐに動ける状況ではなかった。
面倒を見てやる義理などないが、こんなに小さい少女を荒野に放っておくのは目覚めが悪くなる。
先ほど夕美は色々とパニックになっていたが、今は落ち着いて俺とリーフィアを何度も交互に見ている。
そしてなぜか俺を見る時だけ鋭い目つきをする。
漏らしたところを見られたのがそんなに嫌だったのか。まぁ嫌だろうな。
『リリス、黒華夕美のスキルを教えてくれ』
『その情報に対する管理者権限を保持していません。その情報はより上位の管理者権限が必要である可能性があります』
あぁ、これか……。
できるだけこの世界のことを知ろうと思って【天上界Mリリス通信鍵】を使っていると、たまにこのような返答をされることがある。
返答の通り、俺にはまだその情報を知る権限がないそうだ。
【天上界Mリリス通信鍵】のスキルレベルがそのまま管理者権限の強さになるらしいので、いずれかは見られるようになる。
「俺たちは今から近くの町に行くけどお前も付いてくるか?」
「……いや」
夕美は凄い複雑そうな顔で答える。
「ユミちゃん、ここらへんは危ないよ。私と一緒にいこ?」
「……もっと危ない人いる」
リーフィアが誘っても、ちらちらと俺を見ながら渋る。
もっと危ない人って俺のことか?
うーん、ここまで拒絶されるとは思わなかったな。
ちょっとショックだ。俺ってそんなに怖い見た目だっけ。
「……そうか、まぁそれならそれでいい。俺たちは先に行く」
「ハヤトさん、でも……」
『こいつはたぶん転生者だ。何かしらの防衛方法があるのかもしれないし、あまり関わらないほうがいい』
『……はい』
念話でリーフィアに言い聞かせておく。
手は一応差し伸べた。
それに、求められていないのに助けてるのはお節介というもんだ。
絶対に助けないといけないという義理があるわけでもないしな。
夕美はその場でもう少し休むというので、大型犬の魔石だけ貰って先に町へ向かった。
*****
夕美と別れてから数分後。
「ハヤトさん、後ろからユミちゃんが付いてきてます」
リーフィアが小声で俺に報告してくる。
はぁ……あの女の子は一体何を狙ってるんだ?
やっぱり相手のスキルが分からないのは厄介だな。
ちょっと乱暴だが、気絶させて町まで運んでしまうか?
日本だと完全に犯罪的な光景が出来てしまうが。
いや、この世界でも犯罪か。
「ハヤトさんッ! ユミちゃんがまた魔物に襲われてるみたいです!」
それを聞いた俺は思わずため息を吐いて、共に夕美の方へ急ぐ。
その直後、向こうから大型犬に追われて涙目で走ってくる夕美の姿がいた。
戦闘能力がないのになんでさっき付いて来ないんだよ。
俺は大剣になったリーフィアを掴み、難なく大型犬をぶち切って即死させた。
「さぁ、もう大丈夫だろ夕美」
「……レディに対していきなり名前呼び。失礼」
とても助けてもらった言葉とは思えない返事を返してくる。
「この世界では苗字は貴族が付けるもんだ。名前で呼び合ったほうが都合がいいだろ?」
完全にネット小説の知識でちょっと自信なかったが、こっそりリリスに聞いたらこの世界でも苗字は貴族や王族のみらしい。
「それよりも、なんで俺たちの後ろをこそこそ付いてくるんだ」
「うっ……リーフィアの奴隷を解放して欲しい」
は? 奴隷?
リーフィアの方を見ると、同じくポカーンとしている。
あまりにも想定外な理由でどう反応したらいいか。
……いちいち女神のゲームについて説明するわけにもいかないし。
というかなんでリーフィアが奴隷ってこと知ってるんだ?
奴隷紋を見たか、あるいはスキルか……。
「一体なんのことだ? なんで夕美はリーフィアが奴隷だと思ったんだ?」
「……私は相手の情報を見ることが出来る。その能力でリーフィアを見たら隷属状態だった。……無理やり奴隷にして夜な夜な好き勝手しているに違いない。早く解放して欲しい。このエロエロマン」
ちょっと待て。なんで俺が無理やり奴隷にした風になってるんだ。
まぁでもこいつがやたらと俺を警戒していた理由が大体分かった。
「お前は俺のスキルが見れるんだな?」
「……見て後悔した。あまりにも危険なスキルがある」
夕美が頷きながら少し怯えた表情で俺を見る。
たぶん【強者降臨の贄】のことを言っているんだろう。
こいつから見れば他者を殺して能力を奪う、そして美少女を奴隷にしている男になるわけか
うん、これはちびってもしょうがないし、あんなに警戒してもしょうがない。
でも2回続けて助けたおかげか、少しは警戒度が下がっているみたいだ。
「どうせ私も奴隷にされる。そしてこの幼い肉体を貪られて、最後には能力を奪うために殺される。あまりにも惨めで悲しい人生」
……うん、下がってなかったね!
ただ単に色々と諦めているだけだね!
「そんなことしないわ! 中学生のくせに生々しいこと言うな!」
「中学生……中学生じゃない」
なんだと……じゃあ小学生か?
いや、セーラー服を着ているし、ロリっ子体型の高校生か。
「ちなみに高校生でもない。社会人で合法ロリ。いぇい」
若干怯えながらピースをしてくる。
それは本当なのか?
俺がロリコンだから社会人だと言っておけば見逃してくれるとか思ってるとかじゃないよな?
「嘘だろ? じゃあなんでセーラー服を着てるんだよ」
「……極めて謎。女神が無理やり着せてきた。神の思考回路は異常。だけど服に特殊能力があって、損傷回復、着用者の治癒と保護、魔力上昇、魔法耐性やらが付与されている。……あと魔石を与えると成長するとも言っていた」
言われてみると数分前にはあった傷が全て消えてるな。
孫にいい物を与えようとする爺みたいな女神はなんなんだよ。
こっちなんか闇のゲームに参加させられたんだぞ。
「あのね、ユミちゃん。ハヤトさんは人を殺してまで能力を手に入れたりしないよ。悪人は殺すかもしれないけど。それに奴隷は私から望んだことだよ」
社会人の意味が分かっていないのか、未だに夕美のことを子供扱いしながら話しかけるリーフィア。
『リーフィア、夕美はたぶんお前より年上かもしれない。まぁ嘘もありえるが』
「ええええええええッ!!」
リーフィアに【念話】を使って教えると盛大に驚く。
ちゃんと【念話】を使って驚かないと急に叫びだした人みたいになってるよ。ほら、夕美がめっちゃびびってる。
「えっ、あのユミ……さん? すみません、年下だと思ってて」
「構わない。むしろリーフィアには今まで通り接して欲しい」
なぜか若干熱っぽい視線をリーフィアに注ぐ夕美。
さっきもリーフィアの奴隷を気にしてたみたいだし、何かが心にあるのかもしれない。
……なんかもう全体的に問題がうやむやになったし、もうこのまま夕美を連れていくか。
幸いなことにリーフィアのこと好きっぽいし、口止めも大丈夫だろう。
男がリーフィアにくっつくのは気に入らないが、女だったら全然構わない。
リーフィアは俺に依存しすぎな部分もあるし、友達ができてむしろ良かったかもしれない。
まぁ出来れば健全な関係でいて欲しいが。
さて、スキルレベルの上昇も兼ねてもうちょっと信頼を得ておくか。
俺は先ほど倒した大型犬の傍まで行く。
「【強者降臨の贄】」
発動してみたが、いまいち変化を感じられない。
見るからに雑魚モンスターだし、スキルのレベルが1だからなぁ。
検証のために早く【鑑定】か【ステータス】を覚えたいところだ。
「これで今日はこのスキルは使えなくなった。それに俺は契約魔法を使えない。少しは安心してくれるか?」
「安心する。私は色々と過剰な反応をしていた。謝罪する。そして色々助けてくれてありがとう」
ペコリと頭を下げる夕美。
素直になれば結構いい子じゃないか。
「じゃあそろそろ行きましょうか、ハヤトさん。ユミちゃんもよろしくね」
リーフィアが笑顔を浮かべて歩き出そうとすると。
「気になることがある」
夕美はリーフィアの手を……具体的言うと、手と恋人つなぎをしている元左腕を見ながら言う。
やっぱり気になるよね。無理もないよ。
夕美の視線に気づいたリーフィアは目のハイライトを消したまま歓喜の表情で説明する。
「あっ!これですか? これはハヤトさんの元左腕が落ちてたんで貰ったんですよぉ~」
落ちてたって……まぁ別に違わないけどさ。
そんなドロップアイテムみたいな扱いをされると少し困る。
夕美が複雑な目をしながら問いかけるように見てくる。
リーフィアからまともな話を聞けないと思ったんだろう。
とりあえずは異世界間の常識の違いということで誤魔化せるだろうか……。
*****
「えええええええぇぇぇぇぇッ!! ユミちゃんアイドルさんだったのッ!?」
夕美と一緒になって荒野の中を歩いていると、リーフィアの大声が響き渡る。
驚く気持ちは分かるがあまり声が大きいと魔物が寄ってくるぞ。
なんでも夕美は日本で結構有名なアイドルだったらしい。まぁ俺は知らなかったが。
アイドルは興味ないし、テレビもめったに見ないからな。
そのことを夕美に言ったら、ちょっとだけ不機嫌になった。ごめんね。
「”オセロ”というユニット名で活動していた。スノーホワイトという相方がいた」
あまりにも安直なユニット名だな。どうせメンバーが白と黒だからだろ。
「急に消えちゃったら相方さんに迷惑がかかるんじゃないの?」
「スノーホワイトは強い子。私がいなくても幸せになれる……それに本当にこの世界に転移するとは思わなかった」
お前も俺と同じクチか。
「そういえば夕美のスキルの能力とか聞いていいか? もちろん嫌だったら話さなくてもいいが」
「構わない。私も勝手にあなた達のステータスを見ちゃったから。私は”知覚の女神”であるルル……なんとかから【祝福:観測者】を貰った」
女神の名前は覚えられないよね。俺も遊戯の女神をリリなんとかさんとか呼んでるし。
「【観測者】の恩恵のおかげで【固有スキル:神秘眼Lv1】【固有スキル:思考加速Lv1】、【固有スキル:並列思考Lv1】、【固有スキル:次元思考Lv1】、【固有スキル:情報処理Lv1】を得た。あとオマケでセーラー服も」
はぁ!?
俺との格差酷くないか?
こっちはデスゲームに参加して美少女+チートスキル5つだぞ。
……あれ?意外と釣り合い取れてる?
「そこまで色々と貰ってると、代償とかありそうで怖いですね……」
俺たちの場合はゲームという前払いの代償があったしな。
夕美も何かあってもおかしくない。
「そもそも本来は【神秘眼】のみ。でも【神秘眼】は脳に入る情報量が多すぎてヤバい。だから女神は人間でも使えるように色々付けてくれた。セーラー服は謎」
言われてみると【神秘眼】以外は全て脳の処理を向上させるものばかりだ。
ずっと使ってると脳がぶっ壊れそうで怖いな。
もしかしたらそこら辺が代償なのかもしれない。
でもそれを差し引いても【神秘眼】は魅力的だなぁ。
恐らくは【隠蔽】といったスキルや様々な罠を見破れるだろう。
もうちょっと仲良くなったら、一緒に旅の連れとして誘ってみるか。
「あっ! 見えてきましたよ」
前方を見ると確かに灰色の壁が見える。
たぶん魔物避けのために構築された防壁だろう。
アレがリリスの言っていた町“ポルダ”か。
用具がないまま野宿を避けたかったので、とりあえずは安堵をする。
辺りは鮮やかな夕焼けから夜に向かって暗くなりつつあり、町の防壁では灯りが付いている。
俺たちは最初の町に期待をしながら足を少し早めた。