第4話 初めての恋
さぁ、あと一息!気合一発、頬を両手でパシッと鳴らした。上を見上げれば、後三十段ほど。
一段、
二段、
三段…
そして、
ようやく辿り着いた。そこは雲が低く垂れ込めていて、一歩先が見えないほど霞んでいる。辺りは白とコーラルピンクがマーブルを描きながら霞んでいる。足元を見れば水晶がキラキラと光っていて、水晶の下からルビー、サファイア、ターゴイズ、宝石が敷き詰められている。こんなところを見つけたら今頃ぼろ儲けだろう。宝石を踏みしめているなんで、それだけでも自分の足が変になりそうだ。何段も、何段も階段を登ってきたのに、足の疲れが嘘のようだ。
虹の先はこんな風になっていたのか…。
「やっと来たんだね。」
声がしたので前を向いてみた。ぼんやりとした人影、こちらに来る、少しずつ見えてくる、高校生くらいの少年の姿。
「君は…?」
「憶えてない?祐輝だよ、高月祐輝。」
「祐…輝…、あ、あぁ、祐輝君。久しぶりだね。」紛れもない、3年前亡くなった高月祐輝が、今、目の前にいる。これだけ不思議なことが立て続けに起これば、もう信じるのは自分の目だけだ。祐輝は今、目の前にいる。
「あのね、見つけたんだ、これ。」差し出した右手には握りこぶし大の見たこともない大きさのダイヤモンド。ダイヤモンドの中で虹色に光っていて、どんなブリリアントカットだってこの輝きは真似できないだろう。私が今まで見てきたダイヤモンドの中でも一番を争う大きさだ。
「すごい…!こんなに大きなダイヤモンド、初めて見た。」
「これが、虹を千本に分ける石さ。」
「え!?」
「憶えてない?どこかに虹を千本に分ける石があるかもしれないって言ったの。幼稚園の頃だったから憶えてないかもしれないけど。」
そうだ。ついさっきまで記憶の片隅に追いやっていたことだった。千本に分かれた虹を越えながら思い出したのだ。
「正直なところ、忘れてた。でも、虹を越えて歩いてきたら、次第に思い出したよ。」
「そっか、よかった。」祐輝は屈託のない笑顔を見せた。幼稚園時代の純粋さそのままだった。目の前にいる祐輝は幼い日に自分の知った、あの日の祐輝のままで、つられて口が緩む。
「君は変わってなかったんだね。」
「僕も諦めかけてはいたけど、こっちにきてから、見つかったんだ。幼稚園の頃、想像していた石が、本当にあって…。一度だけ試してみたかったんだ。」
「それじゃあ、ここは…。」
いわゆる天国、なのだろうか。しかし、それは喉を震えて出てこなかった。
「たぶん、天国になるんだろうね。」
「そう、なんだ…。」私は少しうつむいた。どこを見てもキラキラと輝いていて、自分の見ている中では考えられない光景がそれとなく目に入る。私はあの時、虹を千本に分かつ石なんてあるはずない、と、見てもいないのに言い放ってしまった。幼い心で、夢のないことを言い放ってしまって、ひどく後悔した。
「…ごめんね。」必死で喉を搾り出して、呟くように謝罪した。
「え…?」
「虹を千本に分かつ石なんてあるはずない、なんて、言って…ごめんね。」私は少しうつむいた。今思えばあの頃、なんてことを言ったのだろう。後悔の念ばかりが頭を、体を、心を支配していく。
そんな私の肩に添えられた、温かい手。
「ううん、いいよ。」と、一言添えて。そのままぎゅっと抱きしめてくれた。私も夢中で背中にしがみつく。温かな体温が心地よくて、心も、体も溶けてしまいそうだ。そして
二人の唇が触れ合う。
それが、
私の、
ファーストキス。
このままでいて。やめないで。自分のどこにそんな純粋さが、大胆さがあったのだろう。今考えてもただ、驚くばかりだった。
しかし、ついにキスは打ち切られた。
「ごめんね、話したいことはまだまだあるんだけど、もう時間なんだ。そろそろ戻らなきゃ。」
「え!?」私は突然打ち切られた楽しい時間に、絶望感がひしひしと押し寄せる。
「じゃあ、僕は戻るから…。」
「あ、あの…!」衝動に駆られた私はさっき買ったメッセージカードを裏返して渡した。
それが、
私の、
真実の気持ち。
戻る時は、一瞬だった。