第3話 あの頃の思い出
二十代とは言え、まともに運動しているわけじゃないからさすがに何百段とある階段をひたすら登るのはきついものだ。息が切れ、カラカラに乾いているはずの服は汗で湿り気を帯び、ベトベトに濡れているはずの喉は乾燥を覚え始めた。
ちょっと、休憩するか。階段に腰をさっき買ったミネラルウォーターを口に含んだ。辺りを見渡してみる。住宅地は適当に並べて作ったモザイクのようで、形もいびつに、山に食い込んでいる。上空には厚い雲が低く垂れ込み、ふぅと、深呼吸すると、地上とは違う、新鮮な空気が肺を満たした。
虹、ということで、思い出した。あれは、十五年前、卒園を控えた頃だった。あの日もこんな風に虹が出ていた頃だった。
「わぁ〜、虹だ!」
「ホントだ、ホントだ!」
「せんせー!にじにじ!」と、園児達がはしゃいでいるので、自分もつられて一緒に虹を追いかける。その時はもちろん一本だったけど、あの日もこんな風に、美しい虹がかかっていたっけ。
あの頃、ちょっと気になっていた男の子がいた。するとその子が私に声をかけてきた。
「ねぇ、舞衣ちゃん。虹が写ってるよ。」
「そ、そうだね、きれいだね。」
「そうだね。ねぇ、舞衣ちゃん、虹をいっぱい出すふしぎな宝石があるって、知ってる?」
「そんなのあるわけないじゃん!」
「どうして?」
「どうしてって、どうしても!」
「そうかなぁ、わかんないよ。ひょっとしたら、どこかにあるかもしれないじゃん。」
「祐輝君ってふしぎなこと言うんだね。」
「ん、そう?」
今考えても、不思議な子だった。何本も虹が分かれるなんて、幼稚園の頃から絵空事だと思っていた。どう考えたってそんな石、あるわけない。まさか、その石があったというのだろうか。今、自分が置かれているこの状況を思うと、私はひどいことを言ってしまったものだ。と、ちくりと針を刺すような痛みが走った。
そう、あの子は、あぁ、高月祐輝だったっけ?不思議な子だった。だからこそ、子供心なりにひきつけてやまない子でもあった。
そんな、あの子と過ごした、十五年前の何気ないエピソード。
でも、三年前、すごくショックだった。
三年前の十一月、高月祐輝君は、喘息で亡くなった…。詳しい状況は聞いていないけど、突然発作が起こったらしい…。
あの子は、見つけたのかな?虹を千本に分ける不思議な石を…。