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第1話 冴えない私

 年の瀬も押し迫った今日この頃、私は自己分析表の前に座っていた。机の上で、数々の文庫本、SPI対策本、面接対策本、ゼミの卒論ファイルがいびつなピラミッドを成していた。来年から就職活動…か。わかってますよ、やらなきゃならないってこと。けど、妙に気だるく過ぎてく今日この頃。この二十年ちょっとの人生、私は何をしてこれただろうか。小学校の頃は友達とよく遊んで、中学校の時は友達とよく喋っていたし、勉強も部活の吹奏楽もそれなりにがんばった。先輩に刺激されてめちゃくちゃ練習したよな。高校では部活動に勉強にと忙しくて、一日一日を過ごすのが精一杯だった。大学では、オーケストラとゼミ研究。本が、音楽が恋人状態だった。

 

 いいのかなぁ、こんなんで。

 

 自己分析表の前に並ぶとりとめのない文字達。はぁ、と、小さなため息一つ。えぇ、わかっていますよ、もう大人ですからね、次は社会人ですからね。と、誰ということもなく反抗して見せた。しかし空気に向かって喋りかけても、空気は何も返してはくれない。

 

 冴えなく過ぎてく、私の一年。あぁ、こんなことなら、もっとがんばればよかったかな?どうだったんだろう。私の二十年…。

「出かけよう…。」

そう呟いて私はファーのついた、いつもの黒いオーバーをはおり、マフラーを巻いた。玄関に下りて、デジタルオーディオプレイヤーのヘッドフォンを耳につけ、『サムソンとデリラよりバッカナール』を流す。中学時代、近くの中学校の吹奏楽部がこの曲で都道府県大会金賞を取った曲。よくこんなクラシックの難曲をこなしたものだ。それだけで尊敬に値する。しかし、私の街は伝統的に関西大会にもちょくちょく顔を出す地元では名門地区だ。クラシック曲をビシッとこなす中学生だって今も昔も珍しくない。

 街を練り歩いた。年末という少し浮き足立った時期というのか、一戸建てやマンションがいびつに並ぶこの住宅街は静かだ。年末の寒風の中、アラビアンテイスト溢れるバッカナールが暑い空気を温度もなく連れてくる。年末のこの時期、イトーヨーカ堂にでも顔を出せば、必ずベートーベンの第九が流れている。ベートーベンの生涯最高傑作は年末の顔として没後二百年以上経った今も色褪せていない。つくづく音楽の力って、偉大だ。そんな音楽に10年間魅せられた。しかし、自分の腕では最後まで名門地区に育ったクラブメートの背中は遠かった。

 店の中には赤、青、オレンジ、緑、茶、黒。イロトリドリのフリースにシャツ、スラックスなどが今日も飾っている。ついつい目を奪われていたら、

「ねぇ、ママ。虹出てたね。」

「そうね、きれいだったね〜。」

 という親子の何気ない会話が耳に入った。

 虹…。

遥か昔のあることを思い起こしながら、私は外に出てみた。そこには見事なアーチを描いた七色の虹がそびえていた。

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