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魔法使いさま、私は女です!  作者: しおラムネ
アシュラン祭
1/2

慌ただしく部屋を出入りする足音が部屋の中に響く。鉛筆が紙を挟んで木の机を擦る音が、周りから絶え間なく聞こえる。シャルロットはぼんやりとそのことを理解しながらも、意識を手放しそうになっていた。

ひゅ、という空を切る音がした直後、俯き気味だったシャルロットの頭は書類で思い切り叩かれていた。

「った……!」

紙といえども束ねれば重量が増し、硬度は高まり、それなりの凶器と化す。ズキズキと痛む後頭部を押さえ、完全に覚醒しきった頭を働かせ、シャルロットはゆっくりと後ろを振り返った。そこには、目の下に隈を作り、鬼のような顔をした上司が立っていた。

「ミス・ゼクア~~ス。寝るな。まわりはみんな寝る間も惜しんで働いてんだぞ」

「はい……すみませ」

「班長、ルイさんが寝てまーす……」

「……」

「……」

上司、もといケイン班長と死んだような顔をしながら見つめ合うこと数秒。

「……すぐ行く」

ケインは鬼のような顔つきに戻り、凶器さながらの分厚い書類を片手に、ルイのもとへと向かった。シャルロットはその背中を見届けて、紙が散乱している机の上を見る。冷静になった頭で状況を確認してみると、だいぶ追い詰められているということがわかる。

事の発端は昨日であった。

シャルロットが勤める王国直営の技術局は、年始のアシュラン祭に使う魔石機械を作り上げることが仕事の一つであった。仕事の中でも毎年恒例のビッグイベントであるのに違いない。

この魔石機械では些か地味だ。早急に作り直せ。

そう告げたのは、昨日完成した魔石機械の視察のために訪れた王宮補佐官兼現アシュラン祭責任者であった。確か、姓はローランドだったはずだ。ローランドは、顎鬚を撫でつけながら技術者らが丁寧に真心を込めて作った機械をジロジロと観察し、そして一言で技術者らの努力を無駄にしたのだった。

その愚行には、頭の回転が速い技術局の面々も思考を停止せざるを得なかった。技術局長は数秒固まった後にジロリと睨むローランドの顔を見て、慌てて頭を下げた。直ちに作り直します、と言った技術局長の肩が震えていたのを、シャルロットは少し遠まきに見ていた。

それから技術局長はむしろ燃えてきたとかなんとか言いながら怒りをエネルギーにして馬車馬のように働いたし、働かせたのだった。

ちなみにアシュラン祭は、明日である。つまりアシュラン祭の二日前になって初めて、現アシュラン祭責任者様は技術局に訪れたのだ。こちらから再三訪問を催促しても忙しいの一点張りで来ず、そのために魔石機械の確認が遅れ、挙句ギリギリで来たと思えば作り直せなどと無茶振りをしてそそくさと去っていった。この行動には、普段「政治なんて興味なーい。ただ機械作れればいいやあ」と政治やら階級やら役職やら役人やらに無頓着な技術者たちも大怒りで、シャルロットが就職してから初めて政治的な論争を交わすことになった。論争というか一方的な愚痴大会、だが。

「そもそもあのオッサンがもっと早く視察にくりゃー良かっただろうがよ!」

「こっちは一週間前には完成させてたっつーの!滅びろ!」

などとまあ、こういう感じで。そもそも他人に好きとか嫌いとかの興味もあまりない連中も多いため、悪口のレパートリーが少なすぎる。なので、小学生みたいな悪口が部屋に飛び交っていた。が、それも作業開始後数時間までで、それ以降はみな死んだように仕事に没頭していた。

まあ、口数はめっきり減ったのだが、部屋には常に呪うという字が至る所に浮いている。

「はあ……」

ため息を一つ溢し、シャルロットは立ち上がった。男だらけのむさ苦しい部屋を見渡し、消臭剤かなんかを買ってきて幾つか置いとこうか、と考えた。それくらい臭い。彼らは定期的にシャワーを浴びているのだろうか。勤務して二年目、このような状況には慣れたが、それにしてもこの臭いは勘弁してほしい。シャルロットは一応女なのだ。

「シャル、どこ行くんだ?」

隣の席でデザインを描いていたエヴァンが、青ざめた顔のまま見上げてきた。

「あー、コーヒー買ってきますね。ついでに皆さんの分も。欲しい人居たら手、上げて下さい」

よろよろと上がる手の数、六つほど。了解しました、と答えてシャルロットは三班の作業部屋を出た。

キンと張り詰めた空気が開けた扉から吹いてきて、その冷たさに目を細めながら扉を閉めた。今は冬だ。年末、冬の真っ只中。外は冷たい空気でいっぱいになっていて、吸い込むと鼻と喉の奥が鈍く傷んだ。部屋の中は暖房がきいてるし、人口密度のせいで生温かい。定期的に外に出ないといまが冬だと忘れてしまいそうだ。

ちなみに部屋を出ると三方を白い壁で囲まれた大きな作業場に出る。残りの一方には遮るものはなく外と繋がっていて、密閉空間ではない。暖房や冷房という便利な魔石器具はついていない。技術者はみんな、季節など関係なく外で作業するのだ。夏は汗だくになりながら、そして冬は寒さで凍えそうになりながら。

息を吐くと、吐息は白く染まり、そのまま大気へと溶け込んでいった。シャルロットは大きく伸びをし、首を回した。ゴキ、と嫌な音が至るところで鳴る。まったく、花の二十代女子のはずなのに、この状況はなんたることか。そこまで考えてシャルロットはもう一度息を吐いた。

(別に不満なわけじゃない)

シャルロットが心から望んでいた職だ。王国専属の技術局で働けるのは、優秀な技術者だけだ。国にとって大きく重要で尚且つ厳しい仕事を依頼されることがほとんどだが、その分給料も多いしやり甲斐もある。普通の女性なら嫌がるだろう男だらけで清潔感のない職場だが、シャルロットにはこれくらいが合っていた。

「まあ、さすがにシャワーは毎日浴びるけど……」

後で入ろう。そう思いながら作業場から外に出て、少し歩いたところにある広場の片隅にある自動販売機に向かった。冷たい風が頬に吹き付け、思わず目を瞑る。技術局の前に広がる大きなレンガの敷地に目を向け、それから天を仰いだ。

内陸の方に位置するこの王都は、海沿いよりも寒暖差が大きい。海風が強く吹き荒れることはないが、冬になると北西に位置するグライア山から冷たい風が吹き下りてくる。その季節風のことを人々は昔から、神話で伝わる風の女王にちなんでウィーンと呼んでいた。

「ウィーン、か」

呟くと、それに呼応するかのように一層強く風が吹き荒れた。シャルロットは肩をすぼめて体を小さく丸めながら自動販売機の元まで行き、お金を入れた。ちなみにこの自動販売機も技術局が開発したもので、魔石が内蔵されている。温めるのは火の魔石、冷やすのは氷の魔石の仕事だ。

「えーと、ホットコーヒーホットコーヒー……と」

シャルロットは手を挙げた人を思い浮かべた。かじかむ手のひらに息を吹きかけながらボタンを押し、ブラックを四つと微糖を二つ買った。シャルロットはこういう時は目覚ましがわりに思いっきり苦くて濃いやつを飲みたいのだが、エヴァンなどは「こういう時こそ頭を働かせる糖分が必要だ!」と日頃から言っている。ブラックを買っていったら怒られてしまうだろう。

「……あっつ!」

取り落としそうになって慌てて六つ全てを抱え込むが、それでも腕の下から二、三個こぼしてしまった。鈍い音とともに缶が落ち、レンガの上を転がっていく。

「あー……」

やってしまった。怠い身体に鞭を打ち、シャルロットは転がる缶を見ながら小走りで追いかけた。

コツン。

一つの缶が、こちらに歩いてきた人の靴の先に当たり、止まった。その人はゆっくりと足元の缶に手を伸ばし、その骨張っているが綺麗な手でそれを取った。上がっていく缶を追うように目線を上げていくと、そこにはよれた白シャツにキチッとしたパンツを履いた顔の整った男性が立っていた。

(わ……)

こういう時、世の女性方は恋愛小説のようにときめくのだろう。運命かもしれないなんて思いながら。だがなんというかこれは……

(状況が悪い……)

一に、シャルロットは徹夜明けである。

二に、シャルロットは女子力マイナスの格好をしている。

三に、男の目の下には隈がひどい。

つまり、ここで生まれるとしたらラブではなく連帯感である。友情である。ああこの人も同じように大変なんだな、という謎の同志感である。

「……これ、君の?」

「あ、はい、ありがとうございます」

慌てて頭を下げると、彼はその缶をそっとシャルロットの腕の中に置いた。そして残りの二缶も拾い、届けてくれた。

(なんて優しい人なんだ……!)

もう一度言おう、シャルロットは徹夜明けである。徹夜明けで、涙もろくなっている。不意に泣きそうになりながらも再度お礼を言い、それから落としてしまった缶を見た。これは買い直した方が良いかもしれない。そもそも、六つも一人で持とうなんて思ったのがバカだったのだ。まだ頭がきちんと働いていないとはいえ、少し考えればわかることだ。いま、シャルロットは作業着を着ている。上着に二つ、そしてズボンに二つ、ポケットがあるのだ。ちょうど缶が入るくらいの。

(はあ……買い直そう)

無駄にした分は自分で飲めばいい。ホットでもぬるくてもコールドでも同じ飲み物には変わりない。

シャルロットが無事だった缶だけをポケットに入れて自動販売機に向かおうとすると、先ほどの男性に声を掛けられた。

「持ってかねえの?」

「あー、落としちゃったんで、買い直します」

「じゃあその落としたやつもらっていい?金払うから」

彼はシャルロットが持っていた少し汚れた缶を指し示し、自分のポケットから小銭を出そうとした。

「え、いや、貰って頂けるのならどうぞ!お金とか要らないんで」

「そういうわけにはいかないだろ」

「落としたやつを人様に渡すこと自体気が引けるんで、お願いします」

「…………」

まだ納得行かなそうな顔で手をポケットに突っ込んだままの男を見て、シャルロットはつい言葉をもらした。

「元々全部自分で飲むつもりだったし、そろそろ飽きたな、なんて思われながら飲まれるよりも、あなたに美味しく飲まれた方がコーヒーも幸せだと思うんで……むしろお願いしたいというか、」

言いながら、お前は何を言ってるんだ、と客観的に見ている自分が告げる。シャルロットが恐る恐る顔を上げると、男は黙ったままシャルロットの腕の中のコーヒーを一つ取った。

「……変なやつ」

ぼそりと呟かれた何気ない一言が、少し突き刺さる。言われ慣れてはいるが、こう面と向かって言われると良い気はしない。目をそらすと、ふ、と微かに笑うような声が聞こえてきた。

(…………)

「ありがとな。ごちそーさま」

顔を上げると、男はほんの少しだけ口角を上げて笑っていた。

(わ、笑った……)

顔の整っている人の笑顔というのは、たとえ目の下に隈があろうと、疲れが全身から漂っていようと、美しいらしい。シャルロットはもう一度頭を下げ、自販機へと駆けていった。

「少年、風邪ひかないように早く中戻れよ」

背中越しに掛けられた言葉は、シャルロットの動きと思考を止めるのに十分だった。

「少年?」

振り返った時には、彼はもう姿を消していた。代わりにその場には、どこからか運ばれてきた落ち葉が風に煽られて踊っていた。

周りを見回しても自分しかいない。彼の言う少年とは、間違いなく自分のことである。ここで自分の姿を一度客観的に見つめてみようと思う。

シャルロットは基本的に無頓着なので、髪はここ数ヶ月カットしてもらっていない。せいぜい自分で揃える程度で、肩の数センチ上を保ち続けている。あげく徹夜明けなのでボサボサ頭で、前髪を色気のない黒いピンで止めている。大学に通う間に驚くほど落ちた視力のせいで、瓶底メガネを装備中。少し大きめの作業着を着ているので体の凹凸も綺麗に隠れている。

(確かに……女とは思わないわな……)

言葉遣いも女らしいわけではない。むしろ荒い方だ。しかも技術者なんて九割以上は男だ、普通に考えて男に見えるのだろう。これは自分が悪い。自分のせいだ。そうなのだがーー……

ムカつく。声に出さずに心の中で呟いた後、シャルロットはおつかいをようやく済ませ、部屋へと帰ったのだった。




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