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第88話 バカとバカとのバカバカしい化かし合い

 ・・・・・・むぅ?


 今何時だ?


 ボーっとする頭でそう考え、無造作にスマホを開くと午後3時20分を指していた。


 ふむ。


 結構な時間寝ていたようで頭は少し回っていないが体はスッキリしてる。


 俺はベットに横になったまま伸びをして体を軽く(ほぐ)すと微妙に腹が減っている気がしたので宿屋の食堂へと向かう。


 味は悪くないんだが、『山の女将』や例の酒場・・・そう言えば店の名前を知らないな・・・に比べると数段落ちる。


 まぁ、時間が時間だし、おやつ程度に軽く何か食べる分には問題ないだろう。


「すみません。何か軽く食べられるものありませんか?」


「・・・」


 声を掛けたが宿の親父さんは黙々と料理の仕込みを続けていた。


 気付かなかったのかな?


「すみませーん! 何か軽く食べられるものありませんか?」


 俺が声を大きくして再度聞くと不機嫌そうな親父さんが振り返る。

 うわ、左目の周りに青痣出来てるよ。

 誰かと喧嘩でもしたのか?

 不機嫌そうなのはこれが原因だろうな。


 俺は青痣には触れないようにして席に着くと親父さんが不機嫌そうにサンドイッチを持ってくる。


「お待たせしました。それと伝言を預かってますぜ。

 えーっと、『山の女将亭で夜まで待ってます。もし来て頂けないのであれば明日の朝、ラクタローさんの部屋に直接向かいますのでよろしくお願いしますね』だそうでやす」


 何やら取り出したメモを見ながら棒読みでメッセージを伝えてくれたが、誰からのメッセージなんだ?


「誰から?」


「キュルケ神殿のリディアーヌ様からでやす」


「・・・」


 正直、関わって欲しくないんだが・・・


「随分嫌そうな顔をしやすね」


 どうやら顔に出ていたようだが、俺は特に隠す事もせず苦虫を噛み潰した様な表情で心情を零す。


「え、えぇ、彼女とは色々ありまして・・・また面倒事に巻き込まれるのかと考えると・・・」


 俺がそう答えると親父さんは少し気不味いと言うか、後ろ暗い物があるような何とも言えない顔をする。


「・・・一言助言を致しやすと、面倒事って言うのは後に回せば回すほど転がる雪玉のように膨らんで行きやすよ」


 俺が零した言葉に軽い返事をする親父さんだったが、確かにそうだな。とすとんと心に言葉が沁みた。


 テーブルから去る親父さんに礼代わりにヒールを掛けて青丹を直すと、俺は手早くサンドイッチを食べて『山の女将』へと向かった。















 山の女将亭に着くと中に入りリディアーヌを探そうと首を振ると声を掛けられた。


「楽太郎さん! 来てくださったんですね。こっちです」


 そう言われ声の方を向くとリディアーヌとルインに見知らぬ男が1人居た。

 齢の頃なら40前後と言ったところだろうか。リディアーヌの父親と言われても納得できそうだ。


 入口で固まる俺にルインは頭を下げ、リディアーヌは手招きする。残りの男はこちらを観察するような目を向けてくる。


 良くわからんが嫌な予感しかしない。


 このまま帰りたい衝動に駆られるが宿屋の親父さんの言葉が頭を過ぎり、ぐっと帰りたい衝動を抑え彼女らの席に向かう。


「何かご用でしょうか? リディアーヌさん」


 俺はテーブルに近付くと席に座る事なく質問する。


「まずは座って頂けないでしょうか?」


 俺の不機嫌な態度にも動じることなくリディアーヌは座るよう勧めて来るが俺はサッサと帰りたいので断ると、同席している見知らぬ男の表情が不機嫌に歪む。


「リディアーヌさん。そちらの方は?」


「神殿長補佐のトッチーノ様です」


「トッチーノと言う」


 そう言って男は慇懃に礼をするが、不機嫌さを隠そうともしていない。

 神殿長補佐なら腹芸の1つも出来ないのかね?

 初対面の相手にそう言った態度を取るのは得策とは言えないですよ?


「お話するだけでも少し時間が掛かるので一先ず座って頂けませんか?」


 再度座るよう促され俺はルインの方を見る。

 座席にはリディアーヌとトッチーノが並んで座っており、その対面にルインが居るのだ。


 そのまま座ると俺はルインの隣に座ることになる。

 正直、自分が叩きのめした相手の横に座るのは嫌だ。

 いつ刺されるかわからないからな。

 俺は無言でルインを軽く見詰めるとルインはビクリと肩を震わせ、席を立つ。


「わ、私はトッチーノ様の隣に移動します」


 そう言って席を替わる。


 そうして空いた席に渋々座るとルインの熱が座席に残っていて妙に座り心地が悪かった。

 人肌に暖められた椅子ってどうしてこんなに微妙な気持ちにさせられるんだろう。


 そんなどうでも良い事を考えつつリディアーヌの出方を待つとぽつりと話し始める。


「実は今回楽太郎さんに連絡を取ったのはですね、先日宿屋に泊った件で神殿で少々不味い事になってまして・・・」


 なんとも歯切れの悪い喋り方だ。それになんとも無理矢理な愛想笑いで薄ら寒いが、状況としては何となく察することが出来た。

 どうせ下種な勘繰りをされて弁明したが上手く躱せなかったんだろう。


 だが、それはリディアーヌの失態であって、俺としてはそんなの知った事ではない。


「迂遠な話は嫌いなので端的にお願いします」


「・・・」


 ジト目で見られるのは嫌なんだけど、何もないなら帰ろう。


「何もないなら帰りますね?」


「待ってください! 端的にと言われてどう伝えようかと考えてしまいまして・・・」


「何話すか纏まってなかったんですか?」


 今度は困ったような顔をしてリディアーヌはトッチーノの方を見る。

 すると今度はトッチーノが話し始める。


「端的に言いますと、1度神殿に来て頂けないでしょうか?」


「はぁ? それはお断りしましたよね?」


 俺の返答にトッチーノが口を挟む。


何故(なにゆえ)、来て頂けないのでしょうか?」


「それも説明しましたが?」


 そう言ってリディアーヌの方を見るとトッチーノも同じくリディアーヌの方を見る。


「何を言われたのですか?」


「・・・『あなた達を信用していない』と言われました」


 リディアーヌがそう答えるとトッチーノは怒ったのかこちらを睨んで言葉を絞り出す。


「貴方は聖職者を侮辱するのですか!」


「信用されない(イコール)侮辱って・・・ 笑えますね」


 俺は心底呆れる。

 正直、トッチーノの態度は気に入らない。

 お願いする立場で上から目線ってのは頂けない。

 煽っておちょくってやろう。

 上手く行けば話を聞かずに帰れるかもしれないしな。

 そう思い軽く鼻で笑う。


「何がです!」


「その態度が笑えるんですよ?」


 俺は小馬鹿にしたように厭らしく笑い掛ける。


「不愉快だ。一体何がそんなに笑えるんだ!」


「わからないなら教えて差し上げましょう。

 そうですね・・・例えばあなたが見知らぬ街に行ったとします」


「何を?!」


「人の話は最後まで聞くものですよ? そんな事も知らないのですか? 聖職者様は・・・」


 俺はアメリカ人張りのオーバーリアクションでやれやれと笑ってやったら、トッチーノは憤慨していたが堪えたようだ。

 意外と忍耐力があるじゃないか。今それが出来るなら最初からやれよとも思うが・・・


「それじゃ、続きを話しますね。

 あなたは見知らぬ街にいるので当然あなたの事を知っている人は誰もいない。

 そんな状況で食事をしているといきなり声を掛けられて自分の名前を告げられる。

 これって驚きませんか?」


「・・・確かに。誰も知人が居ないにも係わらず自分の名前を出されたら驚くだろう。いや、それ以上に警戒するだろう」


 トッチーノは少し考えた上で同意する。

 ふむ、意外とマトモな返事が返ってきたことで俺はトッチーノの評価を少し上方修正する。


「その上、いきなり『神様とお話してください』なんて言われた挙句、『私達と一緒に神殿へ行きましょう』なんて言われて相手の素性も知らないのに素直に付いて行くなんて余程の阿呆しかいませんよ」


「・・・確かに」


「その挙句、お願いを断ったら今度は決闘しろと来た。幸い私はそこそこ戦えるので撥ね除けられましたが、一般人がそんな脅しをされたら撥ね除けられませんよ? あなたは対話ではなく暴力で解決しようとする危ない奴等の事を信用しろと? おっと失礼。自称聖職者でしたっけ?」


「ぅ・・・」


 リディアーヌとルインがやらかした事について反論できず言葉に詰まるトッチーノに追い打ちをかける。


「その上、今度はそんな奴等のお偉いさんが同じことをしてくる訳だ。

 そんな危ない破落戸(ごろつき)・・・聖職者でしたっけ? その巣窟である神殿へ来い!なんて言われて行く訳ないでしょう?

 しかも正直な理由を聞いたら『貴方は聖職者を侮辱するのですか!』なんて恥ずかしげもなく言う。

 そんな態度で聖職者? それこそ人を侮辱(ばかに)していると思いませんか?」


「ぐぅ!」


 今度は顔を真っ赤にするトッチーノだが、やはり反論はしないようだ。

 意外と頭の回転が速いようだ。今何か言えば全て正論で論破されるからな。


「そもそも聖職者ってのは宗教に於いて人々に教えを説き、人々を導く役割を果たしている人物を指す言葉と私は認識していたんですが、あなた方の中では聖職者=破落戸になっているんですか?」


「貴様ぁ・・・」


 顔を真っ赤にして怒り心頭と言った表情のトッチーノ。

 だがここで怒りを爆発させ罵倒したり直接手を出せば俺の言葉が正しいと証明してしまう結果になる。

 それを理解しているようでふぅー、ふぅー、と呼吸を深くして必死に堪えている。

 俺もまるで茹蛸のように見えるトッチーノの顔が面白くて笑いを堪えるのに必死だ。


「本当に聖職者なら宗教上の知識や作法を一通り学んでいるんでしょう? それなのに否定や拒否をされたからってそれを侮辱と捉えるのはどうなんです?

 あなたの信じる神には『寛容の心』や『慈悲の心』は無いんですか?」


「そんな訳あるか!キュルケ様は慈悲深く私達を慈しみの篭った眼で見守っておられるのだ!」


 堪えきれずトッチーノは反論するが、俺は待ってましたとばかりに口撃する。


「と言う事はあなた達は神の『慈悲の心』を享受するだけで、その教えを活かさず説く事はおろか実践すらしていないと言う事じゃ無いですか。やはり聖職者とは言えませんよね?」


「なんだと!」


「だってそうじゃないですか、貴方が信じる神が与えてくださる『慈悲の心』を享受しておきながらそれを教える事もせず、(あまつさ)え自分の都合の良い返事しか許せないなんて、そこらの破落戸(ごろつき)癇癪(かんしゃく)持ちの子供と変わらないじゃないですか、聖職者が聞いて呆れますね」


 俺が嫌らしく嗤い掛けると、トッチーノはあまりの怒りに身体が震えだした。

 ふはは、なんか段々楽しくなって来たな。

 これで手を出して来たら聖職者失格と断言し、叩きのめして帰れるんだが・・・


「・・・も、申し訳なかった」


 そんな事を考えているとトッチーノは賢明にも謝罪をしてきた。

 先程までは怒りに満ちた表情で身体もブルブルと震えていたのだが、謝罪の言葉を吐きだした後に深呼吸をするとその表情は一変して落ち着いたものへと変わっていた。

 なんか、すっごく気持ち悪い。いや、何かおかしい気がする。


 俺は違和感を覚え、これ以上は煽れないと判断し、さっさと終わりにしようと思考する。


「私があなた達を信用できない理由は理解して貰えましたね?」


「あ、あぁ、すまなかった」


「わかってもらえればそれでいいんですよ。それじゃ失礼します」


 俺はそう言ってさっさと帰ろうと店の入口へ向かう。


「あぁ、それじゃ・・・って、ちょっと待て! 帰ろうとするんじゃない!」


 俺は嫌そうな顔をして振り返る。


「私には用は無いんですけど?」


「・・・申し訳ないがこちらにはあるんだ。

 それもリディアーヌの件についてな」


 俺はピンと来た。

 下種の勘繰りってことか。


「実は私も困ってまして・・・」


 それまで口を挟まなかったリディアーヌが話を切り出してきたのだが、内容はこんな感じだ。


 先日宿屋から朝帰りした日。


 神殿のお偉いさん達に昨日はどうしたのかと問い詰められたそうだ。


 お偉いさんたちもキュルケさんからの神託でリディアーヌが俺を探すことは知っていたが、まさか朝帰りするとは思っていなかったそうだ。


 それでも護衛にルインを付けているので万が一って事は起こらないだろうと高を括っていたらしいが深夜に職人ギルドのギルマスであるボコポがルインを抱えてやってきた事に大いに驚いたらしい。


 ボコポから事情を聴いたお偉いさん達ではあったが、見ず知らずの男と一緒と言う事で慌ててリディアーヌを探したらしいが見付からず、次の日にリディアーヌが朝帰りをしたので一応事情は聴いたがリディアーヌは何かを隠しているようで信用できなかった。


 と言う事らしい。

 その隠している事と言うのがまぁ、所謂男女の関係ではないかと。

 トッチーノの方を見るとうんうんと頷いている。


 俺の感想はと言えば「聖職者が同胞を疑うとは世も末ですね」とつい嫌味が口を吐いて出てしまった程度だ。


 まぁ、その時のトッチーノの表情は苦虫を噛み潰したように歪んでいたけどね。


 それにしても聖職者が下世話な話をするもんだ。


「それで疑われているからって、私に何の用なんです?」


「彼女の潔白を証明して欲しい」


 トッチーノが真剣な表情で言って来るが俺が「彼女の言っている事は真実です」なんて言っても信じないだろう。


「宿屋の親父さんの証言は取りましたか?」


「あぁ、確かに君は別の部屋を取ってそちらで休んだ事は証言で明らかになっているが、その前まで君の部屋と言う密室で2人きりだった事実も証言している。まぁ、その・・夜の営みがあったであろう物音や嬌声もしなかったとも言われたが、彼も仕事をしながらなので聞き逃したとも言い切れない。あぁ、もちろん君が証言しても確証が得られないので意味は無い」


 そう言ってトッチーノは困り顔をする。

 それではどうやっても潔白なんて証明できないじゃないか。


「それならキュルケさ・・まに神託でも受ければ良いじゃないですか」


「今度はそれが問題になっているのだよ。彼女が神託を受けられた事そのものが彼女の狂言ではないかと言うものが現れたんだ」


 ・・・まじでか。って、これ完全に神殿内の政治だよね? 俺を巻き込もうとしてるのか?


 俺は(しば)し考えてから答える。


「彼女の称号に『聖人』があったのは確認済みなんですよね?」


「あぁ、だが『聖人』の称号を持っているからと言って『チャネリング』のスキルを持っているとは限らないんだ。そしてスキルは他人に開示することが出来ない。

 スキルを確認できるのは『鑑定』スキル持ちだけなんだが希少スキルでね。一応持っている者はいるんだが、少々困った事になっていて鑑定できない状態なんだ。その者以外では残念な事に『鑑定』スキルを持っている者がいないんだ」


 一気に怪しくなって来たな。その『鑑定』スキルを持っている人物について何かさせる気か?

 だが、その結果俺が神殿関係者に絡まれるのは嫌だ。

 代替案も考えてみるが『鑑定』スキルを俺が持っていると言っても俺が言ったことをそのまま信じる訳はないだろう。なにせ不審人物扱いされてるからな。

 そうなると・・・俺に打てる手はもう無い。


「私が協力できる解決案はありませんね。

 と言う事で帰らせて頂きますね」


 結論が出た俺はそう言って席を立とうとするがトッチーノが待ったをかける。

 ・・・こいつはなんで俺を帰らせてくれないんだ。


「私が協力できることは無いですよね?」


 俺は辟易とした態度を隠さずに問いかける。


「いや、ある」


「?」


「実は・・・」


 そう言い掛けて言葉を止めるトッチーノ。

 何を焦らしてるんだ?


「話す気が無いなら帰りますよ?」


「いや、違う。話せるんだが、ここだと不味い。誰に聞かれているかもわからないからな」


 そう言って辺りを警戒するトッチーノ。

 なんか、映画で良くある追い詰められた下っ端ギャングみたいな言い訳だな。


「人に聞かれて不味い話なんですか?」


「人に聞かれると君も(・・)都合が悪いと思うんだがね?『聖人(・・)』様?」


「?!」


 俺は目を見開いて驚く。


「私も神殿ではそれなりの地位にいるのでね。宗教上の知識についてもそれなりに深く学んでいるのだよ」


 先程のお返しとばかりにそう言って自分の頭をコンコンとノックするトッチーノ。

 なんかさっきまでと雰囲気が違ってきている気がするんだが・・・


「そして先程までの態度を許して頂きたい。

 こちらにも事情があったのは確かだが、『聖人』様に不躾な態度を取り続けた事。

 心よりお詫び申し上げる」


 そう言って深々と頭を下げて謝罪するトッチーノに面食らってボケッとしてしまう。

 うん? 何? この展開。正直付いていけてないんだが・・・


「演技してたのか? 何の為に?」


 思わず素の声が出る。


「君の為人(ひととなり)に興味が湧いてね。申し訳ないとは思ったんだが、ちょっと試してみたくなったんだ」


 そう言って人懐こそうな笑顔で片目を瞑る。

 オッサンのそう言う仕草は鬱陶しいだけだ。


「・・・つまり、高圧的で不遜な態度を取っていたのは演技だったと?」


 苛つきと共に騙された恥ずかしさが込み上げてくる。


「申し訳ない。彼女達の話から君が基本的には武力ないし暴力に訴える事は好まず、対話で解決を図る人物と見定めてはいたんだが、ルイン君が君に失礼な態度を取り始めてからおかしな決闘を申し込んだ辺りの話がどうにも引っ掛かってね。(じか)に会って確かめたかったのだよ。高圧的な人物を演じてみたのも君の嫌いそうな人物を演じる事で君がどういう態度に出るのか見極めたかった。

 本当に試すような真似をして申し訳ない」


 ・・・なんじゃそりゃ?!

 謝りゃそれで済む訳じゃねーぞ。

 この騙された恨みは忘れねぇからな。

 そして恥ずかしい!

 こそっとリディアーヌとルインを見ようとして目が合うと黙って頭を下げられたが、リディアーヌの肩が震えているのがまるわかりだ。


 思わず頭を(はた)いてやりたい衝動に駆られるが堪える。

 それをしてしまうと自動で許した事になりそうだからだ。

 そんな生易しい対応では俺の気が収まらない。

 悔しいが今は敢えて堪える。

 必ず復讐してやるからな。


 俺よりも恥ずかしい目に必ず遭わせてやる!

 そう心に誓いを立て、羞恥心と怨嗟を飲み込む。


「はぁ、それでトッチーノ。俺を騙して楽しかったか?」


「・・・いや、本当に申し訳ない」


 焦ったようにトッチーノが謝罪を重ねるが、俺は表情の抜け落ちた能面のような顔で淡々と告げる。


「最初から騙す事を前提にしていたんだ。そんな謝罪は受け入れないし、お前の話を聞く気も無い。

 だからもう帰らせて貰う」


「?! も、申し訳ない! だが、話を聞いて頂けないと困るのだ」


 そう言って席を立った俺を掴もうとするが俺はスルリと躱す。


「俺は困らない」


「待ってください楽太郎さん!」


 リディアーヌも止めに入るが俺は一言告げる。


「俺と話した時間は短かったが、俺がどういう人間かは多少わかっていただろう?

 俺がお前等の勝手な呼び出しに付き合ってやっただけ幸運だったのに、それを台無しにしたのはお前等だ」


「そ、それは・・・」


 そう言ってトッチーノを見て言葉に詰まる。

 まぁ、多分だが神殿内の上司であるトッチーノに逆らえなかったんだろうが自業自得だ。


「待ち給え!」


 リディアーヌと話している隙を突いて入口の前にトッチーノが立ち塞がる。


「退いてくれません?」


「話を聞いてくれるのであれば退こう」


「いやです。それに何故あんたに強制されなければならないんだ?

 聖職者って奴は何でも思い通りに出来るのか?」


 苛立ちをぶつけるとトッチーノは顔を歪め、何かを堪えるような表情になる。


「あぁ、そうそう、あんたの分析だが、大まかにはあってるよ。俺は暴力よりも対話で解決する事を好む」


 そう言うと明らかに安堵した表情になるトッチーノ。


「だが、優しくはない」


 そう言ってトッチーノの顎先を掠める様に拳を振るうと、数瞬後にトッチーノがカクンと糸の切れた人形のように床に崩れ落ちる。


 俺は扉を開けるとトッチーノを跨いで店の外へと出る。



 まったく、良い気分が台無しだ。

 やはり宗教関係者に関わると碌な目に遭わない。


リディアーヌ達の声が店の中から聞こえるが、俺は興味ないのでそのまま宿に戻って寝る事にした。



 一体こいつ等は何をしたかったんだ?





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ホラーが大丈夫な人はこちらの短編もよかったらどうぞ。
ナニかがいる。
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