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第86話 レイラの追跡日記 ~ストーキングダイアリー~

お、遅くなってすみません。

 私の名はレイラ=カストール。

 以前はサスティリア王国の近衛騎士を務めていたが、神の信頼を裏切ってしまった。

 そんな弱い自分を鍛え直す為、近衛騎士を辞職して冒険者を目指すことにした。


 そして私は冒険者ギルドで運命的な出会いを果たす。


 この時、受付をしてくれたエミリー女史には今後頭が上がらないだろう。






 私が冒険者になる決意をし、冒険者ギルドの門を潜った日。


 私は騎士団の常識しか知らず、少々不安な気持ちもあったので素直に戦う事しか出来ない初心者であることを告げたのだ。


 そしてエミリー女史から「抵抗が無いのならパーティを組んでみてはどうです?」と言われ有望株として彼を紹介されたのだ。


 「見た目はあれですけど、強さに関しては保証しますよ」とか何とか言っていた気がするが、よく覚えていない。それよりもその次の出来事は鮮明に覚えている。


 彼を一目見た瞬間だ。


 脳天から突き抜けるような痛みを伴わない・・・いや、むしろ歓喜に満ち満ち、全身が震える程の衝撃と共に『運命』を感じた。


 サスティナ様の加護を失ったのもこの出会いの為だと言われればその通りだと思う。

 いや、きっとそうに違いない。


 見た目は冒険者にしては少しポッチャ・・・いや、肉付きが良い体型だが、その視線は鋭く只者ではない雰囲気を醸し出している。

 少し気になるのは彼は冒険者にしては武装をしていないように見えた。

 鎧を身に着けるでもなく、武器を携帯している訳でもない。

 エミリー女史は強いと言っていたが、見た目ではどんな戦い方をするのかわからない。

 そんなミステリアスな所も興味を引かれる。


 エミリー女史は彼も冒険者になり立てと言っていた。

 初心者同士でパーティを組むのは悪くない。

 例え私より弱かったとしても。

 それなら近衛騎士をしていた私とも多少は釣り合うかも知れない。

 いや、釣り合うとか釣り合わないとか言う事はどうでもいい。


 私のパートナーは彼しかいない!


 そう思い私は話しかけようとしたが、そこでふと我に返る。


 いきなり私から『貴男を一目見て運命を感じた!どうか私と一緒にパーティを組んでくれませんか?』なんて言われたら普通どう思うだろう。


 彼を私に置き換えて考えてみた。


 私が見ず知らずの男からいきなり『貴女を一目見て運命を感じた!どうか私と一緒にパーティを組んでくれませんか?』なんて言われたらどう思う?


 ・・・


 まずい。ナンパか頭おかしな奴としか思えない。

 ど、どどどどうしよう?!


 どうしたら良い?

 単純に「私とパーティ組んで貰えませんか?」とでも言えばいいだろうか?

 「ごめんなさい」と一言で切って捨てられて終わりそうだ。


 もっと言葉巧みに私とパーティを組めば色々と良い事があるとアピールすれば・・・

 って、私はそもそも口下手だった。


 本当にどうしよう。


 色々な考えが浮かんでは消えて行ったが、最終的には粘り強くお願いすることしか思い付かなかった。

 と言うより不器用な自分にはこれしかできそうにない。


 そうして話し掛け、頭を下げて誠意を見せたのだが、彼からは素気無い返事しか貰えないどころか怪しまれ、つい本心を答えてしまった。

 すぐに自分がやってしまった事に気付いたが、彼が私の受けた衝撃を否定して来た時、咄嗟に大声を出してしまった。


 その後、彼と模擬戦をすることになったが彼には手も足も出なかった。


 開始の合図と共にいきなり突進してきた彼を盾で押し返そうとしたがスルリと躱され裏を取られる。

 その後すぐに背中に衝撃が走り慌てて振り返ったはずが、気付いたら地面に倒れていた。


 何をされたのかわからずその後何度も再戦を申し込んだが、結果は同じだった。

 正直、最初は困惑と衝撃(ショック)が大きかったが、彼の圧倒的な強さに途中から私は彼との出会いは運命だと言う確信を持ち、喜びの感情に満たされた。

 それに彼は私が怪我をしない様に手加減をしてくれたようで私は傷1つ負う事は無く、彼の優しさを感じられた。


 模擬戦を終えると、私は歓喜に打ち震える心を抑えて彼に謝罪をし、その場で弟子入りを志願した。

 これは運命だと確信を込めて。



 紆余曲折を経て私は弟子入り試験を受ける事になった。



 その中には私の過ちも話すことになったが、彼はそれを気にしたような素振りは見せなかった。

 やはり彼こそが運命なのだろう。


 明日が楽しみだ。















 今日、私は弟子入り試験を受けた。


 試験内容は至極簡単な内容だったけど結果は不合格だった。


 その試験はマタワリと言う。

 足を開脚して座り、地面に体の前面がペタリと着けば合格。

 信じられない事にあの体型の彼は易々と見本を見せてくれた。

 未だに思い出すだけで不思議な感動を覚える。

 マタワリを自力で出来ない場合、第3者の助力を得て強引に出来れば合格だけど、1つだけルールがあり、それは声を出してはいけないと言うものだ。

 そして私は自力ではどうにもできず、彼に助力を仰いだのだがあまりの激痛に悲鳴を抑えることが出来なかった。


 それどころか涙を流し、暫らく泣き続けてしまった。

 そんな私に不合格を告げつつ、彼は背中を擦ってくれた。


 私は恥ずかしさで顔を上げる事も出来ず泣きながらお詫びの言葉をつっかえつっかえ言い、痛みの走る股間を抑えてその場を歩き去った。


 自分を鍛え直そうとした矢先に悲鳴を堪える事も出来ず、己の不甲斐なさに自己嫌悪を覚える。


 もう今日は何もやる気が起きない。

 それ以上に股間が痛くて動けない。

 場所が場所だけに誰にも言えないのが更に辛い・・・


 あぁ、どうしたら彼の傍にいられるのだろう・・・

 そんな悶々とした思いと痛みを抱え私はベットに倒れ込んだ。













 あれから私は冒険者ギルドへ通っている。

 依頼を受けるのもそうだが、1番の理由は彼に会える可能性を少しでも上げる為だ。


 一応エミリー女史から彼の常宿を聞き出した。

 彼女は『ホントは教えちゃ駄目なんですけど、特別ですよ』と何やら含むところのある笑顔で教えてくれたが大丈夫なのだろうか。

 本来教えてはいけない情報をこんなに簡単に教えて貰えたのは嬉しいが、逆に冒険者ギルドの情報管理の杜撰さが心配になるのだが・・・まぁ、私にとっては都合が良い事なので気にしないことにしよう。


 彼の常宿には酒場もあるらしいから夕方からそちらにも顔を出してみよう。














 あれから三日。

 彼は1度も冒険者ギルドに現れなかった。

 常宿にも戻っていない。


 依頼でこの街を離れているかもしれないが、もしかしたらこの街を離れたのかもしれない。


 そう考えるだけで私は彼に二度と会えないかもしれないという不安で張り裂けそうになる。

 居ても立っても居られず私は彼の情報を収集することにした。














 更に2日後。

 ギルド職員から彼の情報を入手した。

 どうやらカーチス防風林とその奥にあるトウリの森の調査依頼を受けているとの事でしばらく戻って来ないらしい。


 自分も受けられないかと直訴したが受注ランク外だと断られてしまった。

 彼のランクはDランク。

 私のランクはGランク。


 彼と同じ依頼を受けられるよう早く冒険者ランクを上げなければ・・・

 そう決意すると私は一刻も早くランクを上げるべく依頼掲示板に向かった。














 更に2日後。

 夕刻前に依頼達成の報告を済ませ、いつもの様に冒険者ギルドで彼が来るのを心待ちにしていると1人の男がロビーで声を掛けてきた。


 名をレジーと言い、Eランクの冒険者だと言う。

 最初は私が見かけない顔なので声を掛けたらしい。

 装備がフルプレートアーマーだったから余所から来た冒険者と勘違いされたが、騎士から冒険者に鞍替えした事を伝えると『まぁ、人生色々あるよな』と言って詮索せず他愛のない話を暫らく続けた。

 そしてその他愛のない話題の1つとして彼の話も出たので私もその話に乗ったのだが、私が彼の知人と知ると探る様に彼の居場所を知りたいようだ。

 どういう事情で彼の事を詮索しているのかを聞くと途端に焦り出した。

 何処か後ろめたい事でもあるのかもしれない。その事を追及すると答えに窮し始めた。


 何か怪しい。

 さらに『怪しい奴め! 何を企んでいるのか正直に言え!』と追及するとレジーは逃げ出した。


 私は彼に害成す者と判断し、レジーを排除することに決めて後を追い掛けたが逃げられてしまった。














 更に1日後。

 彼が王都に帰ってきた。


 時は夕刻。

 私は丁度依頼達成の報告を終え、明日の依頼を下見していた時だ。


 8日ぶりに見た彼は少し。そう、少しだが以前より体が引き締まったような感じがする。

 下顎の弛みが少し引き締まったように見えるし、お腹の膨らみがひと回り(しぼ)んだように見える。


 どう言い表すべきか迷うところだ。

 彼の実力に彼の体がようやく追い付いて来たとでも言うべきだろうか。

 それともブランクのあった戦士が体を鍛え直し始めた所とでも言えばいいのか。


 もっと端的に『ダイエットに成功しつつあるダイエッターの途中経過を見ているような感じ』とでも言えばいいのか。


 いや、一般的な比喩で言うなら雛鳥が成鳥へと変化していく過程を見ているような感じと言うべきかもしれないが、この表現は何か違う気がするので却下だ。


 ただ1つ言えるのは以前より見た目が少しスッキリしている。

 以前のままでも私には十分魅力的に映っていたけど、さらに磨きがかかったと言うべきか。


 とにかく私は彼が真の姿になろうとしている成長過程を直に見られる幸運に歓喜した。


 もちろん私はその場で彼の神々しい姿を目に焼き付ける様に見つめ続け、声を掛ける事も忘れてただただ見守るだけだった。


 そして彼が冒険者ギルドを出ると私も後を追うようにギルドを出て彼の姿を探す。


 居た。


 どうやら彼は常宿の方へ歩いている様だ。

 遠征を終えて疲れているのだろう。きっと今日はそのまま常宿で休むはずだが、疲れている彼が暴漢に襲われては大変だ。

 私が陰ながら見守ろう。

 そう思い見付からない様に彼の後を追い続けた。


 そうして追うこと暫し、彼は常宿にしている『頑固な親父亭』に辿り着くと裏に回り厩舎へと向かった。

 彼の愛馬でも居るのだろうか?

 興味を引かれ後を追う。


 そして厩舎から飛び出てきたのは大きな犬?!

 いや、あ、あれはフォレストウルフ!

 フォレストウルフが彼とじゃれ合っている?!


 フォレストウルフと言えば森の主とも呼ばれる強力な魔獣だ。

 そんな魔獣が彼と追いかけっこをするように戯れているだと?!


 私は驚愕に固まっていると宿屋の看板娘のリンスが彼に近付いて行く。

 そして彼が彼女を盾にする。

 あ、危ない!


 そう思ったがフォレストウルフはリンスをベロベロと舐め回しただけで襲う事は無かった。


 ・・・フォレストウルフを飼い慣らしている。


 リンスが彼に抗議する姿を見ながら更なる疑問が湧き上がる。


 彼はいったい何者なのだろう?














 翌日、ギルドに現れた彼の後を追い掛けると、雑貨屋に服屋を回り、出店の屋台で食料を大量に買い込んでいた。

 どうやら次の冒険に備えての買い出しのようだ。

 今度は私も彼の後を追って森に行ってみようかな。


 そんな事を考えながら彼の後を1日中追い掛けた。


 そんな中、レジーが彼と親しげに話しているのを目撃した。

 レジーはどうやら彼の敵ではないようだ。


 様子を窺うに仲は良好のようだ。楽しそうに会話をするレジーを見ていると無性に羨ましく、妬ましいと思えてくる。

 むぅ、やはり私はレジーの事を不審に感じているのだろうか。

 少しイライラする。


 ささくれ立つ心を抑えつつ家に戻った私はステータスを見ると『隠密1』と『追跡(ストーキング)1』と言うスキルを手に入れていた。


 特に訓練をした覚えがないんだが、どうやって覚えたんだろう?


 これも神の思し召しと言う事だろうか。


 そう思い『追跡1』スキルを試す。

 追跡対象に彼を思い浮かべると彼がいるだろう方角と大体の距離が理解できた。


 こ、これは凄いスキルだ!


 このスキルがあれば彼を見失わずに済む。


 祈るべき神を見失った私ではあるが、今は数多の神に感謝を捧げよう。


 そう思い今日は寝るまで祈りを捧げた。














 更に翌日、レジーを連れだってカーチス防風林に向かう彼を見て私は衝撃(ショック)を受けた。

 何故だ!

 何故私でなくレジーなのだ!


 私もあれから依頼を受けつつ修練を積みLV(レベル)も上げたのに、何故レジーなのだ!


 そう思い彼らの後を追ってみたが、カーチス防風林の入り口付近で彼らを見失った。


 もちろん『追跡1』スキルも使ってみたが全く反応しなかった。

 彼だけでなくレジーにも使ってみたが結果は同じだった。


 距離が離れすぎ・・・と言う事は無い筈だ。先程までは同じ位の距離を保って後を追っていたのだ。

 と言う事は何らかの隠蔽系のスキルでも使ったのだろう。


 私は昨日手に入れたばかりだから熟練度で負けているのだろう。

 もっと『追跡1』スキルを磨かねば。


 私は追跡を断念し、カーチス防風林でゴブリンを4匹倒して王都へと戻った。


 戦闘に於いては『隠密1』スキルはとても役に立ってくれた。

 敵から隠れる時も奇襲を仕掛ける時もとても便利だ。

 お蔭でゴブリンと1対1を繰り返すことが出来た。


 しかし、ゴブリンとはあれほど歯応えのある魔物だったかな?

 前はもっと弱かったような・・・

 ひょっとしたら私の腕が(なま)ったのだろうか?


 もっと精進せねば。














 更に翌日。

 私は彼が訓練場や宿の裏庭で行っていた奇妙な動きを真似している。

 準備運動とか言っただろうか。それともじゅうな・・・なんだったかな? まぁいい。

 彼の強さの秘密の一旦はそこにある気がしたからだ。

 そして彼との動きの違いを痛感する。


 彼に比べて私は身体が大分硬いようだ。


 フルプレートメイルの防御力は群を抜いて高いが、その代りに動きの制限もある。

 今までは近衛騎士として訓練していた為、その制限された動作範囲内での動きを身に付けていればよかったのだが、冒険者としてはそうも言っていられないだろう。


 身体の硬い私では1人で行うのは難しい。そう思いエミリー女史に助力を願ったら、彼女は快く引き受けてくれた。


 足を開いて座り上半身を前に倒す。

 それだけの動作だが、やはり身体は途中で止まってしまう。

 そこをエミリー女史に背中を押して貰うと、股間に走る痛みに思わず声を上げてしまう。


 まだまだ私は未熟のようだ。


 私は訓練場で奇妙な動きと悲鳴を上げつつ、彼に少しでも近付こうと努力し続けた。














 あれから数日。

 彼はまだ戻って来ない。


 私はその後も彼の奇妙な動きを真似している。

 そして私の股も割れつつある。


 ・・・


 誤解を生みそうな表現だったが、端的に述べるなら私の身体も徐々に柔らかくなってきているようだ。

 痛みは伴うが毎日少しずつ身体が動く範囲が広がっている。

 昨日は私の手の指先が足のつま先に触れたのだ。

 少しずつでも進歩が見て取れると安心する。

 私は前に進んでいると実感できるからだろう。


 あぁ、早く戻って来て欲しい。

 そして成長し続けている私を見て貰いたいものだ。














 更に数日後。

 おかしい。


 既に1週間は過ぎているのに彼が帰ってこない。

 ひょっとすると彼はこの王都から離れたのだろうか?

 カーチス防風林へ向かったのは移動の為で、依頼があった訳ではなかったのだろうか?


 レジーと駆け落ち?


 ・・・?!


 ありえない!

 あり得る訳がない!


 私は一瞬でも彼を疑う様な考えをしたことを後悔すると共にレジーに怨嗟の声を上げる。

 おのれレジー・・・いつか必ず・・・


 ふぅ、これではいけない。

 意識が散漫では身の入った訓練は出来ない。

 そう思い私は訓練を早々に放棄して冒険者ギルドへと向かった。


 あぁ、早く帰って来てくれないだろうか。

 私の心が狂ってしまう前に・・・














 更に数日後。

 ようやく彼が帰ってきた。


 私は歓喜と共に王都の街門まで彼を出迎えに行く。

 無論、彼に気付かれないように隠れてではあるが・・・


 そして彼が街門を潜って戻って来た時、隣には例のフォレストウルフがおり、歴戦の英雄とでも言ったらよいのか。

 戦士としての貫録が備わっていた。


 私は彼の一挙手一投足に見惚れてしまい呼吸をするのも忘れていた程だ。


 気付くと彼の姿が見えなかったので慌てて「追跡1」スキルを使い彼の後を追うと、彼は出店の親父と仲良さそうに談笑していた。

 その後も知り合いなのだろう肉屋に行き、裏の解体所に入って行った。


 私は暫し待ちぼうける事になるが、それでもこれだけ近くに彼を感じられることに幸せを感じた。


 そして彼が解体所から出て来ると私は慌てて物陰に隠れた。


 うむ、やはり彼は凄いな。

 前見た時より更に少しだけ体が引き締まっている。


 顔の顎のラインもはっきりして来たし、ポッコリと出ていたお腹も少し引っ込んでいる様に感じる。


 そんな風に観察しつつ後を付け続けると彼は常宿にしている『頑固な親父亭』へと戻って行った。

 どうやら食堂で食事をするようだ。


 彼に続くように私も『頑固な親父亭』へと入り、カウンター席に座る彼に背を向ける位置にあるテーブル席に腰を下ろす。


 正直、すごくドキドキするが彼らの会話を聞かなければいけない気がしたからだ。

 途中リンスが注文を取りに来たのでこの宿お勧めのメニューを注文しておいた。

 この宿の料理はおいしいからね。


 そして聞き耳を立てていると「逃げ出す」とかどうとか言う単語が漏れ聞こえてきた。

 逃げ出す? 彼が何かから逃げる・・・

 正直想像もできないがどうやらこの国から出るようだ。


 彼がこの国を出る・・・?!

 ど、どどどどどういう事だ?!


 私は口を両手で塞ぎ、飛び出そうになる言葉を慌てて呑み込んだが、頭の中は混乱して後の彼らの会話は聞き取れなかった。


 彼が離れて行ってしまう。

 それはダメだ。

 到底私には容認できない。

 ではどうする?!


 頭の中で考えは纏まらず。

 気付くと私は彼の隣の部屋を取り、『頑固な親父亭』で泊まる事になっていた。


 いや、これで良い。

 彼に張り付いていれば行先もわかるはずだ。


 そして運命の翌朝。

 彼は宿の主人とリンスに行先を口外しないようにお願いをすると別れの挨拶を済ませ、フォレストウルフを伴って昨日行った肉屋へ寄る。


 そして屋台の親父から何やら受け取り、別れを告げるとそのまま街門まで行き出て行ってしまった。


 もちろん私も後を追い掛けたが彼はフォレストウルフに飛び乗ると颯爽と消えてしまったのだ。


 あの速度(スピード)には追いつけない。

 私は必死で走って追いつこうとしたが、全く追いつけなかった。

 目の前が真っ暗になる思いで一杯だった。














 それから数日後。


 彼が常宿にしていた主人とリンスから彼の行先を聞く事は出来なかった。

 彼らの口は堅く。トラブルは御免だと言う心理がありありと見て取れた。


 絶望感に目の前が真っ暗になりそうになるが、私はそれでも歯を食いしばり精進を続けた。


 そうこうしている内にオークキングの処刑が行われたのだが、私はこのイベントに少しだけ興味を引かれた。

 何故なら彼が戻って来た日にオークキングが捕獲されたと言う情報が街中に流れたからだ。


 彼との関連性を私は疑い、見に来てみたのだが、そこで私は固まった。


 何故なら英雄として祀られている男の格好が王宮で私を倒した男の格好とよく似ていたからだ。


 それに今なら分かる。

 あの中身はレジーだ。何故あんな鎧を着ているんだ!?


 何故レジーだと分かるのかと言うと、これも「追跡2」スキルのお蔭だ。

 彼が王都から去った日。

 私はこのスキルを極めんと只管磨き続けた。


 その結果としてスキルレベルが上がったのだが、このスキルは対象を取る必要があるのだ。

 しかも遠すぎる相手では何も感じられない為、私はエミリー女史やレジー、宿の主人等の身近にいる人間を対象にしていたのだ。


 そして今、私はレジーを対象に発動しているのだが、奴の反応はあの鎧の位置と一致している。

 そして私は憤慨しているのだ。

 どこでその鎧を手に入れたのか。そして奴はどこにいるのか。

 あそこにいるのは偽物のレジーだが、恐らくオークキングを倒したのはあの鬼のような勇者本人だろう。


 やはり奴は勇者だったのだ。

 私の人生を狂わせた張本人ではあるが、勇者としてオークキングを捕獲している。

 やはり奴の本質は善と言う事なのだろう。

 そしてそんな奴に私は剣を向けた。

 加護を失って当然だったのだろう。


 私は反省すると共に奴に謝罪しなければとも思うが、レジーが代役をしている事に憤りを覚えるのだ。


 この栄誉は奴が受けねばならない者なのになぜ代役を立てたのか。

 納得できない。


 これで更にレジーに不信感を抱く事になった。

 後で問い詰めてやる!


 そう意気込むと私はその場を離れた。


 あぁ、なぜ貴方はここに居ないんだ。

 どこに行ってしまわれたんだ。


 こんな事なら邪険にされてでも必死に声を掛け続ければ良かった。

 中途半端な接し方をした結果、相手にされないどころか気にもかけて貰えない存在なんて耐えられない。

 私は見守るだけだった自分の行動を後悔した。














 ○日後。


 ようやくレジーを問い詰めて吐かせた。


 オークキング捕獲はなんと彼が行った事だった!


 私は歓喜に打ち震えた。

 やはり彼は只者ではない。


 私には彼ほど輝かしく見える者はいないのだ。

 願わくば私を導いて欲しい。


 私の頭の中ではラーク何とかはもうどうでもいい。


 そして彼がこの国を出て行った真相がわかった。

 端的に言うと、目立つことを嫌った彼が英雄を望む冒険者ギルドを見限ったと言う事だ。


 なんと奥ゆかしい方なのだ。


 私はレジーにあの方の行先を問い質したが、奴も知らないとの事だった。


 全く役に立たないダメな奴だ。


 一応冒険者ギルド内は既に調べたが誰も知らなかった。


 彼が常連だった出店の親父も知らなかった。


 そして肉屋は女将さんに聞いたが知らなかった。


 そして服屋・雑貨屋にも聞いてみたが誰も知らなかった。


 本当に何処へ行ったのだろう。


 私は失意の中、彼が討伐したオーク肉を手に入れる為にまた例の肉屋へと足を向けたのだが、そこで貴重な情報を得る。


 今までは女将さんが店番をしていたのだが、今日は強面・・・と言うか、明らかに危険な裏の人種と思われる男が店にいた。

 ひょっとすると女将さんに何かあったと言うか、何かされている最中かも知れない。

 私は覚悟を決めると、警戒心も露わに男に向かって剣を突き付けた。


・・・


 結果から言うと私はその後、肉屋の主人に深々と謝罪する事になった。

 女将さんはその横で笑っていたが、ご主人の方はバツの悪い顔で謝罪を受けてくれた。


 そうして誤解が解けた後、オーク肉を購入すると女将さんが思い出したように彼の行方についてご主人に尋ねると、ご主人はあっさりと行先を教えてくれた。


 行先はゴルディ王国のダンジョン都市ウェルズ。


 私は知らず涙を流しながら歓喜の表情で肉屋のご夫婦にお礼を言うと、家に戻り旅支度を始めた。



 これでようやく彼に会える。

 会いに行ける。




 そして必ずや弟子入りをしよう。


 そしていずれ彼に認めてもらうのだ。


 この私の思いを・・・








いやぁ、年末風邪をひき、治ったところでA型インフルにかかるというコンボを食らいました。

先行き不安な今年ですが、頑張って更新していきたいと思います。

今年もよろしくお願いします。m(__)m


今話の内容は伏線ではありますが、ギャグになるのかな?

ギャグ気味に書いたつもりですが、何か意見があれば感想欄にてお願いします。

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ホラーが大丈夫な人はこちらの短編もよかったらどうぞ。
ナニかがいる。
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