第79話 オ・ハ・ナ・シ・しましょうか?2
青い月と欠けた赤い月が煌々と夜空を照らす中、俺はリディアーヌを家まで送っていた。
ルインとの決闘を終えた後、一旦リディアーヌにルインの介抱を任せていたが、ボコポから彼女を送るよう要請されたからだ。
彼女の護衛役をノックアウトしたのが俺なので引け目もあり、断れなかった。
一応店を出る前にルインにはハイヒールを掛けておいた。汚物は消毒だ!を掛ければ起きそうだったが、その後の事を考えると俺が鬼畜扱いを受けそうなのでやめたのは内緒だ。
そんな感じで夜道をリディアーヌと歩いているんだが、店を出てからと言うもの彼女の表情は暗く無言で歩いている。
そんな彼女に対してどう接すればいいのかわからず、俺も無言のまま隣を歩く。
そうしてどれくらい歩いただろう。
そう思っていると彼女から話し掛けてきた。
「この度はルインがご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「はい?! い、いえ、リディアーヌさんが悪いわけではありませんよ。ルインさんが突っ掛って来ただけですから」
「いえ、上に立つ者として責任はありますから、謝罪させてください」
ふむ、そう言われると謝罪を受けない訳にもいくまい。
「わかりました。あなたの謝罪を受け入れましょう。これで酒場の件は無かった事としましょう」
そう言うとホッとした表情を浮かべるリディアーヌ。心なしか硬さも少し取れたようだな、結構気にしていたのかな?
「それにしてもラクタローさんって、すごく強かったんですね」
「はい?!」
「あのルインが手も足も出ずに負けるなんて思いもしませんでした」
彼女の中ではルインは相当の強者のようだが、俺からするとそうでもない気がする。
「申し訳ありませんが、ルインさん位の強さなら結構いると思いますよ? ボコポさんも同じくらいの実力をお持ちですしね」
俺が知っているだけでもジェラルド氏、レジー君、ボコポとルイン以外にも3名ほど知っている。
従魔を含めて良いなら家のインディとメルもルイン以上の逸材だ。
更に魔物を含めたらもっと増えるだろう。オーク・ホニャララとかな!
「ボコポさんが?!」
ひどく驚いた様子でリディアーヌが声を上げる。
「えぇ、知らなかったんですか? と言うか決闘の場を見ていればわかったんじゃないですかね? 私が気を発した時点で酒場で平然としていたのはボコポさんだけでしたよ?」
「そうだったんですか・・・お恥ずかしながら知りませんでした。ボコポさんは職人ギルドのギルドマスターなので職人としての腕と街の名士と言う肩書しか知りませんでした」
「え?! ボコポさんって職人ギルドのギルマスだったの?」
俺の口からも驚きの声が出る。衝撃の新事実だ。
「知らなかったんですか?」
「えぇ、てっきり腕の良い個人工房の親方なんだと思ってました」
「確かにボコポさんの職人としての腕は凄いですからね。この国1番との呼び声もあるくらいですから」
マジか、そんな人にポンポン仕事頼んじゃってたんだけど大丈夫だったかな?
少し背中に冷たい汗が流れるのを感じながらも会話を続ける。
「国1番ですか・・・本人は武器作成がメインだと言ってましたが、他の物でも凄いんですかね?」
「えぇ、金属を扱わせたら右に出るものが居ないとまで言われてますよ。武器防具は言うに及ばず、魔導具製作や細工物、果てはアクセサリーなんかも超一流の腕前と言われています」
そんなに凄い人物だったとは思わなかった。
最初の出会いが出会いだっただけに、気の良いオッサン程度にしか思ってなかったわ。
「ただ、防具に関しては弟さんの方が腕が良いと言ってますけどね」
「へぇ、弟さんも凄いんですね」
「えぇ、確か名前は・・・ディルクさんだったかと」
「ブッ?!」
ま、まさかあの2人が兄弟だったとは・・・
「どうしました?」
「い、いえ、意外な繋がりで驚いただけです」
「そうなんですか?」
「えぇ、すいません」
そんな感じでしばらく雑談が続いたが、不意にリディアーヌが溜め息を吐いた。
「どうしました?」
「いえ、また神託が降りてきたらと思うと少し憂鬱で・・・」
ふむ、確かに突然倒れるのも痙攣するのも目が逝っちゃってるのもキツイだろう。
そもそも神託を受けるにあたり、毎回そんな状態になるのが普通なのか?
そんな疑問を彼女にぶつけてみる。
「先代様の時はそんな事は無かったそうです。私の場合は資質は問題ないそうですが、神託を受けるにはまだ修行不足なので身体が耐えられないと言う事らしいです」
ふむ、女神キュルケの都合で無理をさせられてる感じなのか。
「ちなみに最初に神託を受けたのは何時です?」
「昨日の夜です。あなたへの言伝が初めての神託でした」
俺の所為か!?
その言葉に罪悪感を感じてしまうが、俺の内心には気付かずリディアーヌは次々と話し始める。
その後、彼女が神託を受けたことで神殿内も大騒ぎになったらしい。
最初は神託を疑われたそうだが、彼女のステータスの称号に『聖人』が付いていたことで本当の事だとわかり、急遽巫女への昇格が決まったらしい。
キュルケ教で『聖人』の称号を授かるのは120年ぶりとの事で、正式な辞令は式典を催す必要があり、もうしばらく先になるんだとか。
色々とこの先苦労しそうな展開が待っている様だ。
なんか俺の所為で申し訳ない。
「正直、神託を受けられるようになり、キュルケ様を身近に感じ易くなったのはとてもうれしい事なんですが、私も女の子なので神託はもう少し実力がついてからにして頂きたいと思ってるんですよ」
うぅ、意図してる訳ではないのだろうが、心が痛い。
「はぁ、わかりました。女神キュルケと対話します」
「本当ですか?!」
「えぇ、ただもう少し安全な場所に行ってからでいいでしょうか?」
「もちろんですよ!」
そう言ってくれたので俺が泊まってる宿屋が丁度近くにあったのでそちらに向かい、俺の部屋に招き入れる。
「それでは対話を始めますね」
そう言うと喜色満面になる彼女を見つつ『無限収納』からスマホを取り出すと、着拒リストから女神キュルケとついでに鍛冶神ウェイガンを外す。
そうして手にスマホを持ち、緊張しながらも待つ事数分・・・何も起きなかった。
おんやぁ? これはどういう事だろう?
「何も起きませんね」
「え? どういう事です?」
うーん。神様にトイレタイムがあるかは知らないが休憩か他の事をしていて気付いていない可能性もあるか。
あまりこちらからコンタクトを取るのもあれだが、約束した以上はこちらから呼び掛ける事も必要かもしれない。
そう思いスマホで女神キュルケに電話してみる。
少しして聞きなれた電子音が響き、一気に緊張が高まる。
そしてプツッと言う音と共に相手が出る。
「はい? どちら様でしょう?!」
「私、山並楽太郎と申しますが、そちらは山の女神キュルケ様で宜しいでしょうか?」
「え?!あなた、決闘していたんじゃないんですか?」
驚いている様だが、何か後ろから騒がしい音が聞こえてくる。
「それでしたら先程終わらせましたよ。結果は『引き分け』でどちらの条件も達成される事なく無事終わりました。」
「そ、そうですか、良かった」
心底ホッとしている様だが、その間にも何か後方から爆発音やら金属が激しくぶつかる音が幾つか聞こえてくる。
「何やらお取込み中ならこれで失礼させて貰いますが、よろしいでしょうか?」
「ま、待って頂戴! 貴方には大切なお話があるのです! 少しだけ待って『喰らえぇ!』キャァッ」
うん? なんか、後ろから聞き覚えのある声が・・
「あのぉ、大丈夫ですか?」
うーん。後ろのBGMからすると何やら戦闘中のようだが・・・神様同士で戦ってるのか?
「え?えぇ!っと、あ、不味いわ! ウェイガン!フォローお願い!」
『了解だ!』
『ルシエント! ウェイガンを牽制して!』
?! こいつぁ『サスティナ』の声じゃねぇか・・・
どういう事だ? 意味が解らないが、どうにも3馬鹿女神が絡んでるとなると面白くない。
状況も呑み込めないし、あの糞共を黙らせるか。
「えーと、キュルケさん? 私の声をそこにいるであろう他の神達にも届ける事ってできます?」
「え? えぇ、できますよ」
「ではお願いします」
「はい? あ、わかりました。少々お待ち、を?!」
何やら風を切る音が聞こえてくる。戦いながらってのは大変そうだな。
そんな事を考えていると返事が来た。
「できました」
「わかりました。では少し失礼して」
咳払いを1つしてから声を出す。
「えー、お久しぶりですね。サスティナさんを始めとした3馬鹿女神さん。
山並 楽太郎です。
あなた達の声を聴く事は2度と無いと思っていましたが、こうして1年もしない内に聞く羽目になるとは残念です」
「な、何で貴方の声が・・・」
サスティナの疑問なんて無視だ。
「こうして私の人生に再度介入しようとされるとは、本当に残念です。事と次第によっては猿田彦様にこの事を報告させて頂こうと考えています」
「な?! ちょっ! あ、ルシエント!何で逃げるのよ!」
・・・1人脱落。
「そう言えばナシスさん? 貴方も巫山戯た決闘を承認してくれましたね?」
「ま、待て! 俺は戦いの神としての職務を全うしただけだぞ?!」
「他の方から聞きましたが、あまりに下らない内容だったり、決闘の条件が釣り合わない場合は承認されないらしいじゃないですか?」
「そ、それは・・・いや、今回の件では釣り合いが取れていると・・」
「ほぉ、『神との対話』ってのと『性奴隷堕ち』ってのの釣り合いが取れているんですか?」
「うっ・・・」
「言葉に詰まるって事は脳筋のあなたでも釣り合いが取れていないと感じていたのでしょう? なのに何故承認したんですかね?」
「そ、それは・・・あ、悪い! 大事な用事がある事を忘れていたよ。申し訳ないが大至急そちらに行かないと遅れてしまう。後はサスティナ! よろしく頼む!」
「ちょ! ちょっとナシス! 逃げるなんて卑怯よ! 戻ってきてよ~」
サスティナの慌てる声が聞こえたが、これで2人脱落か。
「ああ、そうそう、話は変わりますが、サスティナさん? 前の国では大変お世話になりましたね。まさかこちらに来て最初の厄介事があなたの尻拭いとか勘弁して貰えませんかね?」
地獄の底から響いてきそうな低音で声を絞り出すようにして訴えかける。
「そ、それは・・・」
「さて、今回の事情は知りませんが、こうして私の貴重な時間を無駄にされているんです。他人に迷惑かけているだけならサッサと消えてくださいませんかね?」
「迷惑だなんて! これには・・・」
反論しようとしたサスティナだったが、どういう訳か途中で口を噤む。
何か引っ掛かる。
「くっ、仕方がないわね。ここは引き下がらせて貰うわ。ウェイガンにキュルケ、邪魔したわね」
一方的に話を切るとサスティナはその場を立ち去ったようだが、確認しないとわからない。
「さて、キュルケさん? そちらに3馬鹿女神はまだいますか?」
「い、いえ、退散されました」
「そうですか、それではこちらの本題と行きたいのですが、私に呼びかけていたのはあの3馬鹿女神に対してでしょうか?」
「いえ、別件です。それについてお話ししたいのですが、今お時間はよろしいでしょうか?」
「少し待ってもらっても構いませんか?」
「えぇ、どうぞ」
「すいません。では少し失礼します」
そう言ってスマホを耳から離すと俺はリディアーヌの方を向く。
「どうも話が長くなりそうなのですが、リディアーヌさんは門限とかありますか?」
「いえいえ、お気になさらないでください。今、私の使命が果たされようとしているのです。その邪魔は致しませよ。何でしたら私もこの宿に泊めて頂きますから」
笑顔でそう言って来た。
ふむ、なら問題ないか・・・
そう考え、俺は再びスマホを耳に当てて話し始める。
「お待たせしました。時間は大丈夫です」
「ありがとうございます。それでは早速ですが、本題に入らせて頂きたいと思います。実はですね・・・」
と言う事でようやく対話を始めることが出来そうだ。




