第78話 取り敢えずの顚末
前話については時間がある時にでも考察してみます。
一部修正は確定ですが・・・
ボコポの宣誓が終わると羊皮紙が光り、戦いの女神ナシスのサインが刻まれる。
「闘いの女神ナシス様の承認が得られてしまっ・・・ゴホッゴホッ、得られたようだな」
「「・・・」」
「では、これより山並 楽太郎とルインの決闘を始める。両者とも構え!」
そう言われ俺は右足を少し下げ、半身に構える。
ルインは逆に右足を一歩前にだし、前傾姿勢になる。
「それでは、始めぇぇぇ!」
ボコポが開始の宣言をすると、何処からか間延びしたゴングの音が鳴らされる。
それと同時にルインが放たれた矢のように一直線で俺に向かってくる。
俺は突き出された拳を逸らすと更に拳が飛んできたのでそちらも避ける。
そしてルインは更に素早く攻撃を仕掛け、テンポ良く連打してくるので俺は攻撃を逸らし、躱すことに集中する。
ルインの攻撃は素直で単調だった。基本に忠実と言えば聞こえは良いが、当てる為の工夫は殆んどされていない。
正直技術が拙い。
高レベルのステータス頼りの単調な攻撃など俺には通用しないよ?
そんな事を考える余裕すらある状態がしばらく続いた後、ルインが距離を取り挑発してくる。
「どうした? 躱すだけで精一杯か?」
「ええ、中々に素早いので久しぶりに良い運動になりますよ」
「良い運動だと?! ならもっとダイエットできるようにしてやろう!」
そう言って挑発しつつ先程よりもスピードを上げて攻撃を繰り出してくる。
どうやらルインは手を抜いている。と言うより手加減しているようだな。
ルインは俺に攻撃を当てられてはいないが、反撃も受けていないので調子に乗って少しずつ攻撃のスピードを上げてくる。
俺はルインを更に乗せる為にガードを織り交ぜながら防御に徹する。
そうした中、酒場はルインへの声援が飛び、次第に場が沸き立ってくるが俺はひたすら防御に徹する。
「どうした! 先程までの威勢はどこへ行ったんだ!」
攻撃しながら挑発を交えてくるルインに、俺は必死な表情を繕い答える。
「何を言ってるんですか! ま、まだ一撃も貰ってませんよ? それともあなたは攻撃を当てるのが下手なんですかね?」
「何をォ?!」
そう言うと攻撃の速度は一段と早くなるが、特別何かを仕掛けてくる様子が無い。
ひょっとして俺が警戒しているのがバレてて遊ばれてるのか?
一瞬そう考えたが、その可能性は低いだろうと思い直す。
流石に性奴隷になる事が掛かってるんだ。出し惜しみする事は無いだろう。
単純に俺の実力を下に見て甚振っているだけだ。
そんな事を考えている間にもルインの動きは更に速さを増す。
客席から「女の動きが見えねぇ・・・」とか「マジか・・・」と言った感嘆の声がチラホラと聞こえてくる。
そして俺に攻撃を当てられない事に対してルインの表情にも次第に焦りが見えてきた。
ふむふむ、良い感じだな。
そろそろここらで手の内の1つでも晒して貰えるとありがたいんだが・・・
そう思いつつ襲いくる打撃をガードしようと腕を晒すとルインに腕を掴まれた。
ふむ、打撃では捉えられないと判断したのだろう。今度は投げか関節でも極めるつもりか?
そう思い俺は腕を捻ってルインの手を切る。そしてついでにルインの体勢を崩し後ろを向いたルインのお尻を軽くビンタした。
『パァァァン!』と言うとても良い音が響き、お互いの動きが止まる。
「ようやく初撃を入れられましたよ」
「ぐ、偶然だ! 運が良かったな」
お尻を擦りながらルインが負け惜しみを言うが、ずっと攻撃し続けている所為か、息が少し上がって来ている。
「偶然でも当たりましたからね。そう言うあなたはあれだけ攻撃しておいて1撃も当てられていないじゃないですか?」
「うるさい!手加減していただけだ!・・・それなら今度は貴様から攻撃して来い!全て躱してやる!」
「ふむ、本当に良いんですか?」
「ああ、良いとも。だが、私は貴様と違ってただ受けるだけではないから気を付けろよ?」
そう言って俺を挑発してくるので慇懃に返答する。
「忠告ありがとうございます。それでは攻撃させて貰いますね?」
「あぁ、掛かって来い!」
気合十分の声を張り上げてルインが叫び、俺はジリジリと近付き、少しずつ間合いを縮める。
そしてあと一歩で手の届く間合いになる距離で一旦止まるとルインとの呼吸を意図的に外し、僅かに出来た隙を突いて一気に間を詰める。
「な?!」
ルインは驚きの声を上げ、慌てて俺の攻撃を躱そうとするが呼吸を外され、ワンテンポ行動が遅れている。
その上、俺は攻撃にも緩急をつけ虚実綯交ぜにしてルインのリズムを狂わせるように攻撃を重ねる。
結果、ルインは又も俺に尻を叩かれた。
「また当たりましたね」
そう言うとルインは悔しそうに顔を歪める。
「何故だ!」
そう言って俺に襲い掛かってくるが、攻撃が素直すぎる。
ルインの攻撃は俺にあっさりと躱され、カウンターで更に尻を叩かれる。
「・・・貴様。ふざけているのか?」
「何がです?」
「・・・ひ、人の尻ばかり狙っているではないか!」
恥ずかしそうにそう言ったルインに対し、俺は戯けたような口調で返事をする。
「バレてしまいましたか?」
「貴様ぁ?! 何処までも虚仮にして!」
そう言って激情に身を委ね、更にスピードを上げて襲い掛かってくるが、動きが先程よりも単調になっているので俺はあっさり捌いて今度は額にデコピンを撃ち込む。
「ぐぁ!」
ルインは額を抑えて距離を取る。
「攻撃するのはお尻だけじゃないですよ?」
「貴様ぁ!」
軽口を叩くとルインは更に頭に血が上ったようで遮二無二攻めてくる。だが俺はこれらを軽くあしらう。
「こ、こんな?! 馬鹿な・・・ 何故だ? 動きは視えているのに! 私より遅いのに!」
そう、敢えて俺はルインよりゆっくりとした動きで対応している。ジェラルド氏と模擬戦をした時は必死になって行っていたことを今は余裕を持って再現している。
技量に絶対的差があれば動きが遅くても動作の無駄を省き最適化する事で対処する事は可能だ。
「あなたの技術が拙いからですよ。動きに無駄が多く、攻撃も単調。身体能力頼りの力任せの戦い方じゃ、私には通用しませんよ?」
ルインの疑問に答えつつ、彼女の尻を叩くと『パァァァン!』と言う小気味良い音が響く。
「だ、黙れぇぇぇ!」
ルインの表情が怒りに染まったのは一瞬。その後も攻撃を躱され続け、額や尻に打撃を受ける度にその表情は焦りと困惑に彩られていく。
「そんな・・ありえない・・・そんな事、認められない!」
「認められないと言われましても、まだ私は少しも本気を出していませんが?」
「嘘を吐くなぁぁぁぁ!」
「嘘と言われましてもねぇ、ふむ・・・ではそれを証明しましょう。これから徐々にスピードを上げて行くのでついて来てください」
そう言ってニッコリと笑顔を見せるとルインは戦慄したが、俺はあくまで有言実行するだけだ。
「す、少し待っ「行きます!」」
そして俺はルインの言葉に被せる様に宣言し、徐々に自身の動きを速めて行く。
慌ててルインは対応していたが最初から被弾は免れず、俺が速度を上げる毎に被弾率は上がる。
そうして俺の動きが速くなりルインの動きと同じ位の速さで攻撃を繰り出す頃には殆んど対応できなくなっていた。
そしてそこから更に速度を上げて行くとルインは全く対応できず額とお尻を手で覆い防ごうとするが、両方を同時に守るのには無理がある。
結果、最終的には俺にデコピンとお尻ぺんぺんをされるがままになってしまった。
こうなれば流石にルインにも実力の差が歴然としている事ははっきりと感じられただろう。
「さて、どうです? 私が嘘を言っていないって事はわかって貰えましたか?」
「・・・」
悔しさか羞恥なのかわからないが顔を真っ赤にしてこちらを無言で睨んでくる。
「さて、どうします? このまま戦えば結果は歴然だと思いますよ?」
そう言うと今度は顔を青褪めさせる。
「申し訳ありませんが、私は負ける気はありませんよ?」
そう言うと決闘の条件を思い出したのか顔を赤くしたり青くしたりと目まぐるしく表情を変えるが、最後は覚悟を決めたのか表情を引き締めて言う。
「実力に絶望的な差があろうとも、私は諦める事はしない。それに、もし、もし負けたとしても、己の判断の結果、せ、性奴隷になるのも・・・致し方なし・・・」
最後の方は顔を背けながらゴニョゴニョと小声になっていったので良く聞こえなかったが、しばらくすると改めてこちらに顔を向ける。
ふむ、それなら最後のだめ押しと行こうか。
「それじゃぁ、そろそろ私も本気を出しましょうかね。あなたがどういった人物に喧嘩を売ったのか、わからせてあげますよ」
「な、なんだと?!」
俺はそう言うと全力で気を練り始める。
心なしか周囲の空気が震え始めているように感じる。
一応敵であるルインから目を離さず気を練り続けているとルインの表情が驚愕から恐怖に、そして次第に青褪めて行く。
「ふぅ、それじゃ、本気でお相手しましょうかね!」
そう言って敵意をルインに向けると、ルインはガタガタと震え始める。
「あ、あ、あ、そ、そん・・そん、そんなな・・・」
どうやら俺からの威圧で体が竦んで動けないようだ。
心を折るにはこれだけで十分だったかな?
「さて、お待たせしました。これが私の本気です」
そうニッコリ笑ってみせる。
「も、ももも、もう、もうし、もうしわ、わ、わ、わ・・」
ルインが壊れた音楽プレイヤーのようになっている・・・
そう思い周囲を見回すとルイン程ではないが周りの反応も驚愕の表情を浮かべて声も出せないみたいだ。
ただ俺が黒鉄ゴーレムと戦ってるところを直接見たボコポだけが平気そうにしている。
まぁ、ルイン以外は俺に睨まれてないから大抵は大丈夫だろう。
このままじゃルインは喋るどころか動く事もままならないようなので一旦気を抜くとルインはその場で崩れ落ちる。
「この程度の威圧で動けなくなるとは、修練が足りませんよ?」
挑発するように言ってみたんだが、俺の言葉にルインはビクリと震える。
「す、すみ、すみませんでした。こ、この、しょ、勝負は、わ、私のま「待った!」・・・」
危ない。心を圧し折り過ぎたようだ。
俺は慌てて言葉を紡ぐ。
「やっぱり本気になると疲れますね。殺さず決着をつけると言うのも中々骨が折れますし、どうでしょう? 今回の決闘は引き分けとしませんかね?」
「?!」
「ルインさん? 今回の決闘は引き分けとしませんか?」
「は、はい!」
ルインは困惑している様だったが、威圧して強引に引き分けを認めさせる。
「ルインさんも引き分けで良いようですし、ボコポさん? 今回の決闘は引き分けで良いでしょうか?」
「あ? あぁ、当人同士が引き分けと決めたんならそれで良いぞ」
「それじゃぁ引き分けでお願いします。ルインさんもいいですよね?」
「は、はい!」
うーむ、俺の本気に当てられて委縮しているようだ。
最初からこうしておけば良かったかもしれない。
「と言う事でこの決闘は引き分けです」
「そうなると結果としてはどうなるんだ? 引き分けの時の条件は書いてなかったよな?」
ボコポが疑問を口にする。
「えぇ、敢えて突っ込みを入れずに条件を付けませんでした」
「ほぉ?」
ボコポが続きを促してくる。
「お互いがリスクを冒さずに終われる条件を残しておきたかったんですよ。途中で心変わりをすることもあるでしょう? そう言った場合に備えて抜け道も必要だと考えたんですよ」
「ほぉ、色々と考えてるんだな」
ボコポがそう返事をすると、急に決闘の条件が掛かれた羊皮紙が光り出したかと思うと激しく燃え上がり灰となる。
俺達はしばし呆然とその様子を見詰める。
「これで今回の決闘はお終いって事だな。しかしラクよ。お前ぇ本当に引き分けで良かったのか?」
ボコポがからかう様な声で聞いて来る。
「えぇ、私としては引き分けが一番望ましい結末でしたから」
「それはどういう事だ?」
「今回の決闘ですが、私が勝っても負けても、どちらも私にとって不都合な条件しか無かったからですよ」
「いや、お前が勝ったらルインが性奴隷になるんだろ? お前ぇにとって十分好都合じゃねぇのか?」
ぐ、確かに性奴隷は欲しいと思う。
だが、こういう形でではない!
「何が悲しくて足手まとい以外の何物でもない者の面倒を見なければいけないのですか?」
とても嫌そうな表情を苦労して作りながら答える。
「いや、ルインはあれで結構な実力者だぞ?」
「実力者ですか? 私の気に当てられただけで身動きできなくなってましたけど?」
「・・・なら、見た目はどうだ? ルインはこう言っちゃなんだが、かなりの美人だ。それが性奴隷だぞ? アレコレと色々楽しめるんじゃねぇのか?」
「性処理をするなら娼館にでも言って金を払って済ませるか一人で処理した方が後腐れなくて気楽でしょう? 私の夢を実現するには世界を回る必要がありそうなので旅の足手まといはいりませんよ」
「・・・ならお前ぇ、なんで決闘なんて受けたんだ?」
「主に彼女をからかう為ですよ」
「それだけの為に決闘なんて大仰な事したのか?」
「私も少々大人げないとは思いましたが、謂れのない誹謗中傷を受けたり侮られるのは好きではありませんからね。可能な限り穏便な方法で自己の溜飲を下げる方法を取らせて頂きました」
「お前ぇにとっては穏便だろうが・・・ま、まぁそう言う事なら仕方ねぇのかもな」
ボコポは1度ルインの方を見て何か言いたそうにしていたが言葉を飲み込んだようだ。
正直、最初に考えていたのは決闘にてルインの心を折るのは決定事項だった。
心を折った上で彼女が謝罪の言葉を口にすればそこで引き分けの提案をする予定だったのだ。
もし心を折れなかった場合や、折っても謝罪の言葉が出てこなかった場合は決闘で勝利し、『焼き土下座』or『全裸土下座』or『寝下座』or『etc』・・・なんてのを考えていた。
それで適当に溜飲を下げたところで奴隷解放。
まぁ、そんな感じで決闘の最中にもからかって適当に遊んでやろうと軽い気持ちで考えていた。
そう考えていたんだが、ここで1つ誤算が生まれた。
魔法とか魔導具とかで性奴隷として拘束するものだと思っていたら、決闘した場合は神の強制力で履行されるとは思わなかった。
その場合、クーリングオ・・・奴隷からの解放と言う手段が取れない可能性がある。
しかも天敵と言ってもいい女神ナシスの強制力で行われるのも腹立たしい。
なので今回は急遽「引き分け」一択しか選択できなかった。
まぁ、そこそこいい運動になったし、ルインの心も圧し折れたしで個人的には溜飲も下がった
「それじゃ、そろそろ帰りますね」
「おい! こいつどうするんだよ?」
そこには放心しているルインがいた。
ふむ、仕方ない。
俺は自分の座っていた席の方を振り向くと目的の人物に声を掛ける。
「リディアーヌさん? すいませんが、彼女の事を任せてもよろしいでしょうか?」
「え?! あ、はい!」
俺が声を掛けると彼女も呆けていたのか慌ててルインに駆け寄り介抱する。
「これで良いですかね?」
「いやいや、俺はこんな夜にか弱い嬢ちゃん達だけを放って帰るのかと聞いてるんだが?」
そう言って嫌味な笑顔を見せるボコポ。
「決闘を申し込んできた相手にそこまでする義理は無いと思いますが?」
「ルインはそうだが、リディアーヌの嬢ちゃんは悪くないんだから何とかしてやれや」
「・・・」
「わかった。ルインは俺が面倒見るから帰るついでにリディアーヌの嬢ちゃんを送ってやれ」
「送り狼になるかもしれませんよ?」
精一杯厭らしい笑顔を向けたがボコポに鼻で笑われた。
「圧倒的な実力差があったのにルインを性奴隷にしないヘタレが送り狼なんぞになれるかよ」
「・・・」