閑話 神様の受難
エターナルプレイスの神域。
とある夫婦神が自分の関わる下界の施設の巡回をしていると、1つのダンジョンで目が止まった。
「うん? なにかここのダンジョン。エネルギーが急激に減ってないか?」
そう確認したのは鍛治の神であるウェイガンだ。
「どこです?」
「ほら、300年くらい前に信徒の請願を受けて作ったダンジョンだよ。確かウェルズとか言ったかな?」
「ああ、あそこですね。未だに悪魔のダンジョンが潰せていない所ですわ」
そう言って悲しみと苛立ちが綯い交ぜになった表情をしたのは山の神キュルケだ。
「それは仕方ないだろう。悪神達が1枚上手だったんだよ。それに今じゃダンジョンから魔物を溢れさせないようにするので手一杯みたいだからな」
慰めるようにウェイガンが声を掛ける。
「いいえ、信徒達がもっと本気を出せば攻略できます」
憤慨している事を隠しもせずに言い切るキュルケに、ウェイガンは困ったように反論を述べる。
「しかしキュルケ。確かに信徒の損害に目を瞑り攻略に全力を尽くすよう神託を発すれば悪魔のダンジョンは消滅させられるだろう。だが、その後に何が残る?」
ウェイガンとキュルケが以前シミュレートした結果、悪魔のダンジョンの攻略にゴルディ王国が全力を尽くした場合、騎士や兵士は現在の3分の1以下に激減し、自国の治安維持も出来なくなる。
仮に他国から侵略を受けた場合、抵抗らしい抵抗も出来ずに国が滅亡する事になると出たのだ。
「・・・」
キュルケは悔しそうな顔をするが、何も言い返さない。いや、言い返せないのだ。
「自らを守る力を失えば、信徒達の国は簡単に滅ぶだろう。そうなった時、彼らは何を怨む?」
そんなのは簡単だ。
無茶な神託を出した神を怨むだろう。
「我らは彼らを見守り、より豊かな人生へと導く立場であって、滅びへと導く立場ではない。悪神憎しとそれをしてしまえば悪神と同じことをすることになる。
そうなれば我らは神ではなく、悪神と呼ばれるだろう。それは私にとっては最も不名誉な事だ。到底受け入れられない。
君はどうなんだ?」
そう説くと、キュルケも答えを返す。
「私にとってもそれは受け入れられない事です。
ただ、私の山から悪神共がエネルギーを吸っていると思うと、居ても立っても居られないのです!」
「だが、仕方ないだろう?
まさかダンジョンに外から魔物を呼び寄せて守護させるなんて思ってもいなかったのだから」
そう、ウェルズの街の悪魔のダンジョンが初期攻略できなかった要因の1つが、ダンジョン内の番人が強すぎて勝てなかった事だ。
悪神はダンジョンを作り、その守護者としてダンジョン外の魔物を連れて来たのだ。
その魔物が当時番人と呼ばれ、あまりの強さに倒すことが出来ず、その結果、悪魔のダンジョンは順調に成長して今では攻略不可能とまで言われるまでに成長したのだ。
「しかし、その所為で私のエネルギーが吸われ続けているんですよ?
早く何とかしないと本当に危険な事になりかねません」
そう言ってキュルケは憤りを顕にする。
神のダンジョンは信者達の信仰心を高め、それを神々がエネルギーとして受け取る。
又、ダンジョン内に入った者や死亡した者のエネルギー(経験値等)を一部吸収し、ダンジョンのエネルギーとして利用したり、疲弊した土地の力の回復に利用されている。
因みにダンジョンの魔物は死んだら魔石と一部のドロップアイテムを除いて全てダンジョンのエネルギーとして再吸収される仕組みになっているのでエネルギーコストはかなり抑えられている。
そして悪魔のダンジョンでは悪神が信仰心をエネルギーとして利用する事はほぼ不可能である為、代わりにダンジョンそのものが存在する土地のエネルギーを直接吸収している。
ウェルズの悪魔のダンジョンの場合、土地とは山であり、山の女神であるキュルケのエネルギーを吸い取っているのだ。
そしてその行為はまるで蛭にでも血を吸われているような嫌悪感を彼女に与えているのだ。
ダンジョンを作った当初はほんの少しの我慢で済むと高を括っていたキュルケだったが、悪魔のダンジョン攻略に失敗した事を受け、ダンジョンは未攻略のままその不快感を300年間も与えられ続けているのだ。
辛辣な言葉も出て来ようと言うものだ。
彼女が不機嫌になるのも無理はないと、ウェイガンは思案する。
彼もまた自分の愛する妻を救いたいと願っている。
何せこの300年間、女神キュルケは心からの笑顔を表すことが無かったからだ。
彼はその事が一番辛かった。
300年前までは笑顔が素敵な慈悲深い女神であったキュルケ。
その彼女が不快感を露わに眉間に皺を寄せている。
神であるウェイガンには苦しむ妻の為に悪魔のダンジョンに手を下す事も出来ない。
お互いのダンジョンに対し、神も悪神も手出しをしてはならない。そう言う取り決めとなっている為だ。
ウェイガンは願う。地上にダンジョン攻略できそうな人物が現れる事を・・・
そうして思考がそれて行くのを感じたウェイガンは頭を振り、ウェルズのダンジョンエネルギーが急激に減っている原因を探り出す為、ダンジョン内の映像を調べ始める。
そして36階層の映像を見た時。ウェルズから間抜けな声が漏れた。
「誰だこれ?」
ウェルズの驚きの声にキュルケが声を掛ける。
「どうしたんです?」
暫し沈黙があった後、ウェイガンは36階層の映像をキュルケの前に回した。
不機嫌そうな顔はそのままに映像を食い入る様にキュルケが見る。
「なんですか?この人間は・・・とても正気とは思えないんだけど・・・」
「いや、『何ですか?』って言われても、何とも・・・」
36階層の映像には楽太郎が素手でゴーレム達を一方的に狩っている姿が映し出されていた。
因みに戦っているゴーレムは黒蒼鋼ゴーレムだ。
「このダンジョンの防衛システムはどうなってました?」
キュルケがウェイガンに訊く。
「同じ個所で掘り続けられた場合、この階層だとまず黒鉄ゴーレムを1体だし、それが倒されると今度は3体でる。
それも倒されると今度は5体同時にだす。それも倒されると次は魔銀ゴーレムで同じように1体、3体、5体と出して、次は黒蒼鋼ゴーレムを同じように出現させている。
その後も金属の質が火廣金、真鋼、神鋼と上がる様になっているんだが、まさか素手で黒蒼鋼ゴーレムを倒すとは・・・」
「確かに彼の者の実力は目を見張るものがありますが、急激にエネルギーが減っている原因とは・・?!」
直接の原因とは考え辛いと言おうとしたキュルケの目に楽太郎の行動が目に映った瞬間、キュルケが固まった。
楽太郎が「無限収納」スキルでゴーレムを収納した所を見てしまったのだ。
「・・・」
そして楽太郎が倒したゴーレムのエネルギーはどれだけ時間が経ってもダンジョンに再吸収される事は無かった。
「そんな抜け道があったなんて・・・」
そう声を漏らしたのはウェイガンだった。
そもそも死体の再吸収については倒されてから5分程待ってから行っていた。
理由は単純でこの世界には蘇生魔法が存在していたので、5分以内ならリスクなしの蘇生を可能としていたからだ。
そしてこのダンジョンでは9階層までの魔物は素材としての利用価値がほとんどない魔物しか配置していなかったので低階層で倒した魔物を5分以内にダンジョン外へと持ち出せたとしてもメリットが存在しなかったので持ち出されることがなかった。
そして利用価値のある魔物が出る10階層以降で魔物を倒しても5分以内にダンジョン外へ出るには物理的に無理がある。
それならばと、再吸収までの5分を利用してポータルを使ってダンジョン外へ持ち出そうとした場合もポータルを使用した瞬間、5分のインターバルを待たずにそのまま再吸収する仕組みになっているのでポータルを利用して持ち帰る事も出来ない。
そしてマジックバックのような魔道具で別の空間に収納しても魔導具の場合、出入り口は常に開いている状態なのでダンジョン空間と繋がっており再吸収されてしまい、持ち帰る事は出来なかった。
だが、今見たようにスキル等で全く別の空間に隔離されてしまった場合、再吸収されずに死体を持ち帰ることが出来てしまうのだ。
やられた。そう言う思いで一杯だったウェイガンだったが、キュルケは別の事が気になったようだ。
「抜け道よりも人間が素手で超高硬度金属のゴーレムを倒していることの方がおかしいわよ・・・ありえないわ」
そうして夫婦神が黙りこくっている間にも楽太郎は次々とゴーレムを倒し続け、遂に真鋼ゴーレムまでが現れた。
「いかん! ゴーレムの出現を止めなければ!」
そう言って逸早くゴーレムの出現を停止させるように操作を行ったのはウェイガンだった。
「どうしたんです? 何をそんなに慌ててるんです?」
「これ以上エネルギーを放出するのは不味い。
それに真鋼の次は神鋼だ。あれで作った武器は我々を殺せる!」
そのウェイガンの発言に血相を変えてゴーレムを止めるべくキュルケも動き出すが、時既に遅しとばかりに神鋼ゴーレムが1体、楽太郎の前に出現していた。
「しまった! 早くあれをエネルギーに再変換しなければ!」
ウェイガンとキュルケが必死に操作するが、それよりも早く楽太郎の一撃が神鋼ゴーレムを捉えると、ゴーレムは倒れ、動かなくなる。
そして楽太郎は「無限収納」で無造作に神鋼ゴーレムを収納してしまった。
「遅かったか・・・」
ウェイガンはそう零すと楽太郎が何者なのかを探るべくステータスを調べ始め、殆んどのステータスが見通せない事に驚いた。
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名前 :山並 楽太郎
性別 :男性
年齢 :16
種族 :人間(異世界人)
職業 :冒険者(ランクD)
称号 :聖人
レベル:135
ステータス
HP : ****
MP : ****
STR : ****
VIT : ****
INT : ****
AGI : ****
DEX : ****
MND : ****
LUK : ****
特記事項
猿田彦の加護
建御雷の加護
サスティナの加護
ナシスの加護
ルシエントの加護
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取得スキル
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「どういう事だ? 神の目をもってしても見えない項目があるだと?! 異世界の神の加護も受けているからなのか? その所為でステータスの解読を妨害されているのか? そうなると異世界の神は私よりも上位の神と言う事に・・・」
そう思案し始めるウェイガンにキュルケが声を掛ける。
「そう言えばあなた。確かサスティナ達が異世界の勇者召喚なんて馬鹿な真似をして悪神堕ちしかけたって聞いたわ。
ひょっとするとあの『山並 楽太郎』はその当事者ではないかしら?」
そう言われウェイガンの表情が真っ青に変わる。
「いかん!そうなると彼に干渉するのは不味い!
異世界の神々からも彼に干渉する事を禁止されているのだ。
直接介入をしてしまえば我々が罰せられてしまう!
あぁ!しかし、このままではダンジョンが破綻してしまう!」
ウェイガンは必死に考えた。
このまま神のダンジョンが破壊された場合、土地は力の回復が出来ず、悪魔のダンジョンにエネルギーを吸われ続ける事になる。
そうなった場合、山には草木を育てる力が無くなりやがて不毛の大地へと変貌を遂げるだろう。
そうなれば人や獣も住処を追われ、生物の生存圏が減ってしまい、生存競争がさらに激しくなる。
それは悪神の狙いの1つでもあった。
生き物の生存圏が減れば生き残りをかけた戦いが激化する。そうなれば滅ぶ種族も出るだろう。
そうして恨みを募らせた者達は恨みを持って悪神を頼り、世界の破滅を望む彼の者の信徒へと変貌する。
その真意に気付いているからこそ悪魔のダンジョンを滅ぼすよう神託を下したのだ。
だが、ウェイガン達の予想を裏切り、悪魔のダンジョンは健在で膠着状態だった。
だが、たった一人の規格外の人間によって事態は悪い方向に傾きつつある。
しかもその人物への手出しは禁止されてしまっているのだ。
どうすればいい?
そう自問したウェイガンは、楽太郎のステータス画面の称号欄で目が点になる。
「聖人」そう書かれていた。
「聖人」の称号を持つ者は神々との交信が可能であった。
これはチャンスだ。
直接手を下すのではなく、対話によって解決する事で事態を収拾すればいい。
そう思うが早いかウェイガンは楽太郎に神託を下すべく語りかけた。
語りかけると、「プルルルルル、プルルルルル」と言う聞き慣れない音が聞こえた。
いつも神託を下す時と様子が違う事に戸惑いを覚えるが暫らくすると、「ガチャッ」と言う音と共にアナウンスが流れた。
「どうやら楽太郎君は今忙しいようじゃ、また後で掛け直すように」
・・・
そんなアナウンスが流れ、神託は強制的に切られてしまった。
「な、なんだとぉーーーー?!」
その後キュルケも神託を下してみたが同じ結果となった。
その後、神域では夫婦神が慌てた様子で下界への神託を繰り返したと言う。
正直、閑話とするべきか第74話とするべきか迷いましたが、神様視点だったので閑話としました。