第68話 浮き立つ心
「兄ちゃん!おい!兄ちゃん! 目的の鉱石が見つかったのはわかったから、そろそろ正気に戻ってくれねぇか?」
声を掛けられ、身体を激しく揺すられしている事にようやく気付き、辺りを見回す。
「うん? あ、あれ?」
手の中の石をもう一度鑑定し、間違いなくトローナ石であることを確認する。
次にボコポの顔を見ると、呆れたような表情であった。
「す、すいません。 なんか取り乱してしまったようですね」
「やっと正気に戻ったか・・・ 正直、狂っちまったのかと思ったぜ!」
なんでもトローナ石を見付けた俺は石に頬ずりして恍惚の表情になっていたらしい。
最初は軽く肩を叩いていたそうだが、それでも正気に戻らなかったので軽く揺すり、まだダメだったので少し強く揺する。と言った感じで段々と激しく揺する事になったそうだ。
「申し訳ありませんでした。つい嬉しくて我を忘れてしまったようです」
「それはもう聞いたから良いぜ。それより、その石は何に使うんでぇ?
俺達にゃ何の価値もねぇ石ころにしか見えねぇんだがよ?」
そう聞かれて俺は言葉に詰まる。
正直に答える訳にはいかない。 なにせ重曹は色々な事に使える便利な素材なのだ。
炭酸水の元になるし、ベーキングパウダーとしても使える。
掃除に使えば汚れが良く落ちるし、ガラスの原材料でもある。
料理に掃除にガラスにと、世の奥様方の味方である便利アイテム。
そんな事を教えれば一気に情報が広がり、手に入れ難くなるだろう。
それは絶対に避けねばならん! 情報は秘匿してこそ意味がある。
子供の頃、とあるゲームでも俺は「殺してでも奪い取る」を最初に選択した男だ。 ヤル時は殺る!
いざとなればボコポを・・・
「・・・答えたくねぇなら、別にかまわねぇんだがよ?」
ボコポが少し怯えた様な表情で声を出す。
どうやら殺気が漏れたらしい。 いかんいかん。最近欲望に忠実過ぎる気がする。自重せねば!
表情をにこやかなものに変えて俺は言葉を紡ぐ。
「いえ、実は私の住んでいる地域にはちょっと変わった仕来りがありまして、結婚する際にこの石が必要なんです」
「ほぉ、そうなのか」
あからさまに疑いの眼差しを向けるボコポ・・・不味い。何とかしなくては!
「えぇ、結婚する2人はこの石にお互いの名前を刻んで神棚に奉るんです」
「神棚? そりゃなんだ?」
「え? 神棚を知りませんか?」
そう聞いてここが異世界であることを思い出す。しかし、これなら誤魔化せるかもしれないな。
「知らねぇ」
「神棚って言うのは・・・そうですね、この辺りの方に合わせて説明すると神殿・・・に相当するのかな?」
「神殿だと?」
「えぇ、非常に小さなものではありますが、各家にそれぞれ神様を祀る神殿があるんです。
それでですね、神様を祀るので低い位置では失礼にあたるので棚を作って天井近くに作るんです。
それと明るく、来客を通す場所に作るのが基本なので、大抵は家の南か東の方に作るのが慣例です。
そして名称なんですが、神様が坐します棚なので『神棚』と略して言うんですよ」
本当は大神宮棚が神棚の語源らしいが適当に誤魔化すにはこの方が良いだろう。
「へぇ~、なるほどな。
それでどんな神様を祀ってるんだ?」
「それが、多神教なので八百万の神々を祀ってる事になってるんですよ」
「なに?! ってことは山の女神キュルケ様や鍛冶の神ウェイガン様も祀られてるのか?」
「えぇ、多分祀ってますね。何と言うか、1柱だけでなく、数多の神々に対しての信仰ですから」
そう言うと感心した様にボコポが唸る。
意外と嘘がスラスラ出て来るな。俺には詐欺師の才能があるかもしれない。
「それで、結婚するのになんでその石がいるんでぇ? 神棚に祀ると何かあるのか?」
「それはですね、神棚に祀る事で神様達に結婚のお伺いを立てるんです。
一週間祀って何もなければ無事結婚が出来ますが、その一週間の間に例えば石が割れたり、無くなったりした場合は結婚が破断となります」
「なに?! 結婚できなくなるのか? しかし、人の営みにケチ付けるとは神様も野暮な事しやがるな」
おぉ、大分話にのめり込んで来たね。これは釣れたかな?
「えぇ、その通りなんですが、大抵は問題なく結婚できますから問題ないんですよ。ただ、知識の女神サスティナ辺りは陰険ですから、面白半分でそう言う事やってそうですね」
チクリとサスティナの評判を下げてみる。
「・・・あまり神様の悪口は言いたくねぇが、サスティナ様は確かにあり得るかもな。サスティリアがちょっと前に起こした戦争もサスティナ様がライガ様の人気に嫉妬して戦争起こしたって噂になってたことがあったしな。まぁ、あそこの国王も他国に改宗を迫るなんて頭おかしいんじゃねぇか?って言いたくなるぜ」
そう言って笑うボコポだが、そんな噂(真実)があったのかと、俺は内心嬉しくなる。
更に便乗しよう。
「実はそれ、真実らしいですよ」
「なにぃ?!」
「実は私、ちょっと前までサスティリアの王都にいたんですが、どうもあの戦争。知識の女神サスティナからの神託を受けて前国王が起こしたものらしいですよ?」
「どうしてそんな事を兄ちゃんが知ってるんだ?」
「サスティリアでも戦争をしたことに不満を持つ人々がサスティナ教会に説明を求めたそうです。
時の司教であるタニア=サンティルスは神託があったことを正直に伝えようとしたらしいんですが、それを公言しようとした時、なんと! 雷が落ち、彼女が授かっていた女神サスティナの加護が消えたそうなんですよ」
「マジでか?! って、兄ちゃんはなんでそれを知ってんだ?」
「私、こういう面白そうな話は結構好きなんで不満を持つ人たちと一緒にこっそりとその場に同行したんですよ。なので間違いないです」
少しの真実の中に嘘を混ぜ込み、堂々と言い切る。 これがばれないコツらしい。何かの本で読んだ気がする。
「マジでか?!」
「しかもその後、警告をするかのように次々と加護持ちだった信者達の加護が消えたらしいです」
「マジでか?!」
「それ以来、サスティナ教会も口を閉ざしてしまいました」
「信仰の対象から見限られたら教会なんて成立しねぇじゃねぇか。サスティナ様、ヤバい神様だな」
「他にも『女神サスティナは邪神落ち一歩手前なんじゃないか?』と言う噂もありましたが、信憑性は微妙な所ですね。
まぁ、火のない所に煙は立たず。とも言いますし、案外、真実かもしれません」
「確かにな・・・ 俺、サスティナ信者じゃなくてホント良かったぜ」
心底ほっとしたと言った表情で胸を撫で下ろすボコポ。 くくく、こうして地道にサスティナの信用を落として行こう。
因みに話で出た内容で真実なのは『神託があった』・『加護が消えた』・『サスティナ教会が口を閉ざした(混乱中で外部対応できなかった)』の3つだが、ボコポは信じてくれた様だ。
これからどんな尾ひれがつくか楽しみだ。
「それで話は戻るんだが、その石が必要なのはわかったが、どうしてこんな所まで来たんだ?
地元でも採れるんじゃねぇのか?」
ボコポが逸れた話を元に戻してきた。そのまま忘れてくれれば良いものを・・・
「それがですね、どうも鉱脈が枯渇したようで、地元の坑道ではサッパリ取れなくなってしまいまして、こうして他のところで取れないかと探していたんですよ。
何せその石が無いと正式に結婚できないんですから、私の地元じゃ大騒ぎですよ」
「ほぉ、兄ちゃんはどれ位探し回ったんでぇ」
「そうですね、2年程でしょうか」
「長ぇな?!」
「えぇ、ここまで来るのは長かったですよ。他の石で試す事もしたんですが、その場合1日も経たずに石が割れるんでどうにもならなかったんです」
「大変だったんだな、兄ちゃん。そういや兄ちゃんも結婚する予定があったのかい?」
その質問に俺の表情が固まる。
糞女神どもの所為で結婚できるはずだった未来を奪われたんだ。その上こんな異世界なんかに連れてこられてコーラも満足に飲めない。
正直、絶望しかない。
「兄ちゃん。悪い事聞いちまったな。すまねぇ」
そう言って何故か慰められた。どうやら俺から絶望のオーラが出ていた様だ。決して俺の体型を見て『モテ無さそうだな?』なんて邪推されたわけじゃない!
「いえ、大丈夫ですよ。今は結婚できなくたって、女はこの世に沢山いるんですから」
「そうだな、その通りだ・・・ 大丈夫、兄ちゃんにもいつか良い人が見つかるから、安心しろ」
明るく切り返した俺に対し、ボコポは生暖かい視線で頷きながら優しく俺の肩を叩いた。
いや、俺、落ち込んでないからね? 結婚だってその内に、その内に出来るはずだしね!
ま、まぁ、そんな感じで話に区切りがついたので俺は黙々とトローナ石を拾い集め、「無限収納」に納めて行く。
「兄ちゃん。アイテムボックスを持ってるのか?」
俺がトローナ石を粗方拾い終わるのを待ってボコポが声を掛けてくる。
「えぇ、まぁ。
それよりボコポさんも作業を再開するなり、なんなりした方が良いんじゃないですか?」
「大丈夫だ。兄ちゃんが取り乱してる時にディルボに指示出して避難させた奴等を呼び戻しに行ってもらってる。
あとギルドに出すだろう討伐依頼も取り消すように言ったから、そろそろ戻って来るんじゃねぇか?」
ボコポがそう言うが早いか、ポータルから次々とドワーフが現れる。
「ほれ、戻って来たぜ」
「そうですね。それじゃ、また掘り続けるんですか?」
「いや、掘った分の鉱石を回収して今日は撤退すんのさ。明日から2日は掘らねぇよ」
「黒鉄ゴーレムが出るからですか?」
「その通りよ! って、そういや兄ちゃん。黒鉄ゴーレムを倒した最後の技ってどんな技だったんだ?」
「浸透勁・透徹ですか?」
「そうそう! 普通は素手でゴーレムなんて倒せねぇぜ? しかも一撃だったしな!」
興味深そうに聞いて来る。ふむ、まぁ種明かししても使えないだろうから説明してもいいか。
「一応、私の流派の極意の1つなんですが、簡単に言うと内部破壊をする技なんですよ」
「内部破壊?」
「えぇ、打撃の衝撃を対象全体に浸透させる技です。
ゴーレムって魔石を核にして動いてますよね?」
「あぁ、魔石から魔力を吸い出してゴーレムは動いてるからな。
魔石の魔力が無くなりゃゴーレムは動かなくなる。
だが、ダンジョン内のゴーレムはダンジョンに満ちる魔力を魔石が吸うから魔力枯渇で動けなくなることは無いって聞いてるぜ?」
「そうなんですか。初耳です」
正直に答えるとボコポは呆れた顔を見せるが、俺はそのまま説明を続ける。
「まぁ、それでゴーレムの核は魔石だから魔石を破壊すれば止まるんじゃないかと思ったんですよ。
ただどこに魔石があるかはわからないし、あれだけ硬いと外側から攻撃を通すのは苦労しそうだったんで、内側から衝撃を全身に通せば魔石を破壊できるんじゃないかと思いましてね。
試しに撃ってみたら思った通りにゴーレムが沈黙したって訳です」
「ふむ、なるほど。確かに動力源の魔石を壊せればゴーレムは沈黙せざるを得ないってか・・・兄ちゃんすげぇな。
普通ゴーレムを壊すには打撃武器で徹底的に叩いて壊すか、炎系の魔法で溶かすかしなきゃ倒せなかったんだ」
「叩いて壊せるんですか?」
そう言いつつ、自分も時間を掛ければ素手で倒せただろうと思い直す。僅かではあるが殴ってもゴーレムのHPは削れたからだ。
「一応上級冒険者のパーティなら倒せるぜ。ただ武器の消耗が激しいからあまり受けてくれねぇけどな。
魔法で溶かす方は手練れの魔術師が5人は必要になるからこっちはまずお目に掛かる事は無ぇ」
ふむ、確かに手練れの魔法使い5人のパーティって、バランス悪すぎるからな。
「ところで、兄ちゃんはどうするんでぇ?
更に下に潜るのか?」
そう言われて思案する。
確かに下に行きたいとは思うが、目的の鉱石は手に入れた。
レモン・メープルシロップ・トローナ石が揃ったんだ。
炭酸ジュースを、ソーダかレモンスカッシュが飲めるかもしれない!
そう考えると、下に行くメリットより地上に戻って炭酸ジュース作成に奔走するのが良いだろう。
コーラではないが、ソーダかレモンスカッシュが出来たらこの飢えをある程度凌げるだろう。そう考え、レモンスカッシュの味を思い出すと、もう居ても立っても居られなくなりそうだ。
沸き立つ心を静める様に深呼吸を数回繰り返し、俺は気を落ち着ける為にストレス発散が出来る敵を思い出す。
「そうですね、今日はここのボスを倒してから地上に戻ることにします」
「お! なら今夜は一緒に飲まねぇか? 奢るぜ!」
「すいません。お酒は飲めないんです」
「なら飯を奢るぜ! そっちの従魔達にも飯奢ってやるぜ!」
タダ飯か、それなら大歓迎だ。
「わかりました。それじゃ、夕食はご相伴に与らせて貰います」
「おう! 任せな!」
そう言ってニカリと笑うボコポを後にインディとメルを連れてボス部屋へと向かい、ボスである鉄ゴーレムをボコボコに殴り、ストレスを発散すると、スッキリとした気分で地上へと戻った。
地上に戻ると、太陽は沈みかけており、辺りは夕暮れに染まっていた。
こうなると宿に戻ってからボコポと合流するより、そのまま待っていた方が早いと思い、俺はそのままボコポを待つことにした。
待つ間は時間があるので錬金術でトローナ石を精製する方法を考えると、頭の中に必要な知識が流れ、幾つかの道具が必要になる事がわかった。
俺が今回必要としている工程は不純物を取り除く為の『分離』だ。
トローナ石を精製するにしても、レモンからクエン酸を精製するにしても必要なのは『分離』のみ。
その工程に必要な道具は魔法陣を描く為の特殊なインクと正確に魔法陣を刻む為の道具。そして魔法陣を刻み付ける石、もしくは金属板だ。
錬金術と言うとフラスコやビーカー・試験管なんかをイメージするが、異世界ではガラス製品は今のところ見た事が無い。
その上、異世界には魔法と言う便利なものがある為、それらしい道具は殆んど必要無かった。
正直、面倒臭そうな工程が大幅に減っている事にホッとした。
必要な道具についてはどこかに売っていないかボコポにに聞いてみよう。
ボコポは職人ギルドの人間だ。 もし売っていなくてもそう言う道具を作れる職人を紹介してくれるかもしれない。
あともう少しだ。
あともう少しで炭酸が飲める。
心が浮き立つのを感じながら俺はドワーフを待ち続けた。
サブタイトルって難しいですよね。
適当につけてしまって申し訳ありません。m(__)m
一応楽太郎が説明した神棚についてですが、真実も少し含まれてるかもしれませんが基本的に大嘘です(笑)。
真に受けないようにしてください。