第66話 ダンジョン突入
翌日、宿を後にして宿の親父さんに教えられた防具をメインに作っている鍛冶屋へと足を向ける。
なぜ鍛冶屋へ行くのかと言うと、昨日『山の女将』亭の女将さんに教えて貰ったのだが、ダンジョンでは一目で従魔であると分かる様に従魔に何某かの装具を身に付けさせるそうだ。
逆になんの装具も付けていないと従魔が攻撃されても文句も言えないらしい。
前にも言われた気がしたが、正直、あの時は素直に聞き入れられなかった。
だが今回は別天地で、しかも事前に教えてもらえたのだ。
余計なトラブルを避ける為に付けておくことにした。
一応、それぞれに何を付けるかを考えていたんだが、インディは腕輪でいいか?とあっさり決まったが、メルが問題だった。
メルは変身というか、巨大化するのだ。グリズリーになった時、装具が邪魔になると困る。
そんな事を考えていると、目的の鍛冶屋に着いた。
「まぁ、考えるより、店の人に聞くのも1つの手だな」
そう考え、インディとメルに店の前で待つよう伝える。
俺は無造作に扉に手を掛けると、幸い鍵は掛かっていなかったのでそのまま開き、声を掛ける。
「すいませ~ん。営業時間でしょうか?」
「お~う、ちょっと待ってろ」
遠くから野太いオッサンの声が聞こえたので、声の通りに暫らく待つ。
店の中は結構広く感じるが、あちこちに盾やら鎧なんかが並べられている。よく見ると金属製品殆んどで革製品は少なく、カウンターの横に申し訳程度に並べられている。
そうして店内を観察していると、小柄なオッサン・・・ にしては見た目はえらくゴツイ人物が店の奥から近付いて来る。
体型はガッチリとした筋肉質だが、お腹が少し出ている。 こういうのを樽体型とでも言うのかな?
それに顔を覆うような髭は長く、腹の辺りまで伸びている。
真っ先に頭の中に出てきた単語は、『ドワーフ』であった。
「おう、なんかようか?」
失礼ながら、マジマジと見ていた俺に対し、険の無い声で先に声を掛けてきた。
「すいません。 えーと、私は山並 楽太郎と言います。
本日こちらに窺ったのは、従魔に付ける装具をお願いしに来たのですが、出来ますか?」
「んなもんは朝飯前よ。それでその従魔ってのはどんなだ? 連れて来いや」
「店に入れても大丈夫なんですか?」
「店の中の物を壊さなきゃ問題ねぇよ。それに実際に身に着ける従魔がいなきゃ話にならねぇだろうが?」
との事で許可を貰ったのでインディとメルを店の中に入れる。
「できればこっちのインディ、フォレストウルフなんですが、こいつには両前足に腕輪を付けさせようかと考えているんですよ。
動きを阻害しないように背中側で紐か何かで繋げておけば多少緩くても問題ないと思うんで・・・」
「ふむ、こっちのフォレストウルフについては分かった。ちょいとサイズを測るから従魔を大人しくさせてもらえるか?」
「わかりました」
そうしてインディを大人しく座らせると、店主が踏み台に乗ってインディの腕や胴回りを計測していく。
「おし、こっちは終わったぞ。すぐ要るのか?」
「できれば今日ダンジョンに潜りたいのですぐ欲しいんですけど、あります?」
「ならサイズが合うやつを少し手直しすっから・・・そうだな、30分くらいで出来るぜ」
「じゃぁ、お願いします」
「おう、それじゃ腕輪取って来っから、確認してくれ!」
そう言ってオッサンは奥に走って行き、少しすると大き目の腕輪を2つとハーネスを持って戻ってくる。
「こいつに合う腕輪はこれで、ハーネスはこれだ。そんでもってこんな感じで身に着けるんだが、問題ないか?」
そう言ってインディの近くで付けた感じのイメージを見せてくれる。
ふむ、中々良いじゃないか。腕輪もちょっとごつい感じでワイルド感が増しているように見える。
「いいですね。それでお願いします」
「おう、任せな! で、その・・・クマのはどうするんでぇ?」
「それが悩みの種でして・・・」
そう言って俺はメルことメープル・ベアの特性を伝えた。
「ふむ、でっかくなるって言ってもよぉ、サイズがわかんねぇんじゃ作りようがねぇぞ?」
一応メルにグリズリー化して貰おうとしたのだが、本人の意思では変身出来ないようだった。
「何とかなりませんかね?」
「うーむ・・・ん?! あれが使えるか?」
そう言って店主は店の奥に走って行くと、赤い布のようなものを抱えて戻ってくる。
「こいつなら多分大丈夫だぜ」
そう言って見せられたのは赤い腹巻・・・じゃなくてスカートだった。
それもフリフリの付いたファンシーなやつ。
このオッサン、何を持って来てるんだ・・・
正直、頭が痛くなってきた。
「・・・これをメルに?」
「おう!」
俺は溜め息を吐きつつ、質問する。
「少しお聞きしたいんですが、なぜこのような防具屋に似つかわしくないものがあるんです?」
「そりゃお前、うちじゃ、防具以外にも武器や装飾品とか服の仕立てとかもしてるからよ。
さる高貴な方から注文が入ったんだが、中々に我儘な注文でな、2度作り直しさせられたのよ。
その所為でダメ出しされた品が残っちまったんだ」
その高貴な方とやらは随分と胴回りが太ましい方だったのだろう。
「・・・この際、ビジュアルは度外視しましょう。
しかし、巨大化して破れませんか?」
「大丈夫だ、こいつはブラッディフロッグの皮を使っているから伸縮性に優れていてな、こうやって引っ張っても破けない」
そう言ってオッサンは両手に持ったスカートを両手で拡げると、まるでゴムの様にスカートが伸びた。
「・・・同じ素材でズボンは作れませんかね?」
「出来るが、素材が残ってねぇンだ。
注文してくれるんなら素材の取り寄せから始める事になるから・・・3週間くらいかかるぞ?」
ダメだった・・・
こ、これをメルに穿かせるのか・・・
正直遠慮したいが、余計なトラブルは避けるべきか・・・
苦渋の決断を強いられた俺は、結局スカートをメルに穿かせることにした。
「りょ、両方ください。それと、メルの装具ですが、ズボンの注文もお願いします。」
「おう! まいど! えーと、腕輪が大銀貨8枚で、スカートが大銀貨7枚、ズボンの注文が大銀貨8枚だな。合わせて・・・金貨2枚と大銀貨3枚だ」
俺は即金で金貨2枚と大銀貨3枚を支払う。
「まいどあり! あぁ、そうだ、クマのやつだが、これで吊っておけば脱げることもねぇだろ。こいつはおまけしといてやる」
そう言ってメルにサスペンダーも付けてくれた。
親切なんだが、メルを見ているとなんか嵌められた気がしないでもない。
「それじゃ早速、腕輪を直して来らぁ、ちょっと待っててくれや」
そう言ってオッサンが奥に行って30分ほど経つと、ハーネスで繋がれた腕輪を持って戻って来た。
「そいじゃ、それぞれ装備させて外すから、お前さんも覚えるんだぞ?
俺がやった後、お前さんにもやって貰うからな」
そう言われて肝心な事を失念していた事に気付かされる。
面倒だが仕方ない・・・か。
「わかりました。よろしくお願いします」
そう言って装具の付け外しを教えてもらったのだが、おっさんは結構厳しく、OKが出るまで5回も付け外しをする羽目になった。
俺はかなり疲労感を覚えていたのだが、スカートを穿いたメルは上機嫌そうにクルクル回っていた。
因みにインディの腕輪はハーネスと相まって、見た目はえらく精悍そうに見えるが、横にいるメルがその雰囲気をぶち壊している。
「おし、これなら一目で従魔とわかんだろう?」
「そうですね。ちょっとメルの装具が一般的じゃない気がしますが・・・」
「大丈夫だ。あのスカートはかなり丈夫だし、火にも強い。そう簡単に破れるもんじゃねぇから安心しろ」
「そうですか・・・ そう言えばお名前聞いていませんでしたね?」
「そういや名乗るの忘れてたぜ。俺の名前はディルクってんだ。
武器でも防具でも衣服でも必要なもんがあったらうちに来な!
って、お前さん、これからダンジョン行くんだろ?」
「えぇ、そうですけど?」
「そうですけどって、お前さんダンジョン舐めてねぇか?」
オッサンことディルクは俺の全身を眺めて言う。
因みに俺の服装は『サンチョの冒険』で買った服の上下にマントを羽織っているだけで、武器も携帯していない。
「いえ、別に舐めてませんよ? ただ、動きが阻害されそうな服装が苦手なだけです」
「いやいやいや! あんた1撃でも受けたら死ぬだろ?!」
「はぁ、まぁ、こんなんでも今まで何とかなって来たんで、大丈夫だと思いますよ?」
「あんた、認識甘すぎじゃねぇか? 見たとこ武器も持ってねぇ様だが、得意な得物はなんかあるのか?」
ふむ、そう言われるとそうかもしれないが、鎧とかって結構重いし、動きにくいんだよな・・・
武者鎧は神様補正のお蔭か、着脱に時間はかかるが、着てしまえば動きを一切阻害されないので、他の装備がどうしても窮屈に感じる。
「槍が得意ですかね。あとは拳でもある程度は語れますよ?
武器を携帯してないのは、街中じゃ槍なんて持ってたら邪魔になるので街中では持たないですね」
そう言って「無限収納」から槍を取り出すと、ディルクは驚く。
「あんたアイテムボックス持ってたのか、それなら武器を持ってなくても納得だが、やっぱ防具はいるぜ?
動きを阻害されるのが嫌なら、スパイダーシルクで作った服なんかはどうだ?斬撃耐性が高く、衝撃もある程度軽減するからインナーに着込む冒険者は結構いるぜ?
まぁ、あくまでも服だから火に当てられると燃えちまうがな」
ふむ、服か・・・それなら良いかもな。
「服か、服ならいいかもしれないですね」
「これなんだが、どうだ?」
そう言って現物を試着させてもらった。
肌触りが滑らかで軽く、着心地も良い。 身体を軽く動かすが、突っ張られたりすることも無かった。
見本でこれならオーダー品なら全く問題ないだろう。
これなら防具と言うより普段着として使いたい。
「これください」
「そうなると思ったぜ。
ただ、こいつは高いのが玉に瑕なんだ」
「幾らです?」
「上着だけで1着金貨5枚だ」
確かに高い。が、これは買いだろう。
「じゃぁ、2着お願いします」
そう言って大金貨1枚を出すとディルクは驚いた顔をした。
「まさか即決で買うとは思わなかったぜ」
そう声を上げると、ディルクは俺の採寸をして仕立てのデザインの見本を幾つか提示して来たので、俺は無難なYシャツタイプのデザインでお願いした。
「ふむ、それじゃスパイダーシルクのシャツは3日・・いや、2日後に取りに来てくれ!」
「わかりました。よろしくお願いします」
「おう! こっちも急いで作るから待ってろよ!」
そう挨拶を交わし、俺は店を出た。
恐らくディルクは俺がシャツを買う事でダンジョン入りを先延ばしにしたと思ったのだろうが、俺は構わずそのままダンジョンへと向かった。
そして神のダンジョンの入り口で俺は冒険者カードを提示していた。
「おぉ?! 凄いレベルだな。これなら文句なしだ。入って良いぞ」
「ありがとうございます」
ダンジョンへ入る審査は思いの外あっさりしていた。
初めてである事を伝えると、注意されたのは3つ。
1.ダンジョン内で起きる事は全て神からの試練である為、もしダンジョン内で殺人が起きたとしてもゴルディ王国の法で裁くことはない。
2.ダンジョンで得たものは全てそれを持ち帰った者の所有物とする。
※ 誰かの遺品であっても所有権は持ち帰って来た者にあると言う事。つまりダンジョン内で盗んでも合法らしい。
3.以上を踏まえ、ダンジョン内での出来事はゴルディ王国は関知しない。よってダンジョン内では何をしようが、何をされようが自己責任となる。
と言う事らしい、全く。 ヤバい街から逃げ出して目的の鉱山ダンジョンに来たと思ったら、無法地帯だったとは・・・やれやれだぜ。
そう思っていると、顔に出ていたのか、入口の警備隊員が声を掛けてきた。
「まぁ、そんな顔をするな。今言ったのはあくまでもそういう事になっていると言う説明だ。
実際は暗黙のルールがあるから、その暗黙のルールを破らなきゃ大丈夫だ。
まぁ、あんたを襲った奴は返り討ちに合いそうだがな」
そう言って笑う男を尻目に、まぁ魔物に襲われるようなものと思えば大して変わらない・・・かな? と考え直す。
「それじゃ、行ってきます」
「おう、頑張れよ」
そうしてダンジョン探索が始まった。
第1階層はあまり魔物は居なかった。
ダンジョン内は地下にありながらも、真っ暗ではなく薄暗い感じで周りがボンヤリと見て取れるようになっていた。
周りをよく観察すると、天井辺りが薄く発光している様だ。
まぁ、「暗視1」を持ってる俺の場合は、ハッキリと周りの様子が見えるんだけどね。
そんな感じで最初から慎重に進んでいたんだけど、出てきた魔物は角兎とゴブリン位でレベルも低く、遭遇回数も1桁だった。
一応周りに「鑑定」を掛けながら進んだが、鉱脈と思しき箇所は見付けられなかった。
ただ、途中でダンジョンなら罠もあるよな? と思い、スキルポイントで「罠探知4」を取得し、ついでに「採掘4」も取得した。
これで罠を回避し、鉱石も掘り易くなるだろう。
その後も5階層までは魔物の種類は変わらず、遭遇回数とレベルが少しずつ上がっている感じで、鉱脈らしきものも見付けられない。
時々冒険者風のパーティを見かけ、緊張が走るが、どうもレベル上げをしている様なので邪魔しないように一声かけて脇をすり抜けるように移動すると、相手も声を掛けて来るか、一礼するので今の所トラブルにはなっていない。
5階層まで「鑑定」で確認し続けてきたが、鉱脈は見付からない。
やはり鉱石が掘れるのは10階層以降のようだ。
俺は10階層に着くまでは「鑑定」するのをやめる事にして、さっさと下の階層へ降りる事を優先した。