第63話 脱〇〇
「あー、ラクタロー君。逃げようとしても無駄だよ?」
「隠密1」を発動した俺にあっさりと追い着いて来たジェラルド氏に驚きが隠せない。
何故だ?!
そう思ったが、原因は直ぐに判明した。インディ君だ。 彼奴めが俺の臭いを辿って付いて来ていたからだ。
俺は意味のなくなった「隠密1」を解くとジェラルド氏に告げる。
「ギルマス。現場離れていいんですか? ほら、あっちに要救助者を残してきてますよ?」
「・・・
なんと卑怯な事を言うんだラクタロー君。
そう言う意味で言うなら君も戻るべきではないかね?」
後方をチラリと一瞥したジェラルド氏が顔を歪めつつ反論するが、俺は臆面もなく答える。
「私の仕事はギルマスへオークキング討伐の報告をした時点で終わりですよ。
事後処理については一介の冒険者の出る幕じゃないでしょう? なら後はギルマスの仕事ですよ。
それに聞きたい事があればレジー君だっているじゃないですか。
私がここにいる必要は無いと思いますよ?」
「いやいやいや! 君も当事者なんだから説明と今後の対応を話し合う義務があると思うのだがね?」
何とか引き留めようとするジェラルド氏に面倒になった俺は冷めた口調で答える。
「説明と今後の対応についての話し合いなら後でもできるでしょう。
今は疲れているからさっさと休みたい。それだけなんですが?
ギルマスは仮にも今回の功労者である人間を労わる気持ちが欠片もないんですか?」
そう言われジェラルド氏が言葉に詰まると、俺はインディを連れて再度王都へと足を向けた。
王都に着くと俺はまず最初に「マークの肉屋」へと向かう事にした。
向かう途中、ルッツさんの屋台で「串焼きを200本明日の朝までに」と注文したら、「任せとけ」と言う心強い返事を貰った。
ついでにインディの餌用に肉の塊を購入して食べさせると、嬉しそうに相好を崩して肉にかぶりついた。
そして目的の「マークの肉屋」へ向かい中に入ると案の定 奥さんが店番をしていた。
「いらっしゃい」
「こんにちわ、いつもお世話になってます。 マークさんいます?」
「あら、たしかラクタローさんよね? 旦那なら裏の解体所にいるからそっちに回ってくれる?」
「わかりました。あ、ちょっとペットを預かって貰ってもいいですか? 大人しくさせておくんでお願いします」
「ええ、いいわよ」
了解を得たのでインディを店内に入れると奥さんが驚いて腰を抜かしていた。
まぁ、そんな事があり、店ではなく店の裏にインディを待機させることになったが、改めて解体所に回ると、解体所内は前と同じで独特の生臭さとグロ映像の山。そして極めつけがマークさん。
彼はいつも通り殺人鬼も顔負けな形相で血で真っ赤に染まったエプロンをして吊るした塊を肉切り包丁で斬り裂いていた。
一瞬、脳裏にオーク・ブッチャーの姿がフラッシュバックするが、頭を振って思考を切り替え、マークさんに声を掛ける。
「こんにちわマークさん」
そう声を掛けるが、聞こえなかったのかマークさんは作業を続けていた。 なので今度はもっと大声で声を掛ける。
「こ・ん・に・ち「うるせぇ! 黙って待ってろ! って、ラクタローじゃねぇか、どうした?」・・・」
大声出したらすごい顔で怒鳴られた。
慣れたつもりだったが、正直ちびりそうな位ビビった。
絶対何人か殺してそうだよな・・・マークさん。
「おい、ラクタロー?」
「あ、あぁ、はい。すみません。
少しお願いしたい事があるんですが、今お時間よろしいでしょうか?」
「おう、ちょっと待ってな。こいつ終わらせたら話聞くからよ」
そう言って吊っている塊を指差すマークさんに俺は了承の言葉を返すとマークさんは手慣れた手つきで吊っていた塊をあっと言う間に解体してしまった。
「待たせたな。それでどんな用だ?」
解体が終わりこちらを向いたマークさんは髭の一部も赤く染まり、凶悪な殺人ピエロを彷彿とさせる笑顔を浮かべ、子供が見たら絶対泣くだろ?! ってくらい危険な顔になっている。
うん?ピエロってどっから出て来たんだ? まぁいいか。
「えーと、そろそろこの街を離れようと思いまして、旅の食用にオークを3匹程解体して貰いたいんですが、どうでしょう?」
「なんだと?! って、まぁ、冒険者なんだからそう言う事もあるわな。
まぁ、寂しくなるが仕方ねぇか。わかったぜ」
「あと、旅費を稼ぐ意味でもオークを売りたいんですが、買い取ってもらえますか?」
「おぉ、そいつはありがてぇぜ! で、何匹くらいいるんだ?」
2000匹超えとは言えない。 ここは相手に決めてもらうか。
「えーと、何匹くらいなら買い取ってもらえます?」
「ふむ、そうだな・・・今なら100匹でも買い取れるぜ」
そう豪語したマークさんに俺は笑顔で返事を返す。
「じゃぁ、100匹でお願いします。 商談成立ですね」
「お、おう。・・・って、本気か?」
「えぇ、100匹ならありますよ」
そう言って俺は「無限収納」から次々とオークを取り出すと、マークさんが慌てて声を掛けてくる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「はい? どうしたんです?」
「本当に本気なのか?」
「そう言ってるじゃないですか?」
「ま、まぁ、そうだな。 それじゃぁ、そこの隅の方に出してくれ」
「わかりました」
そう言って俺は次々とオークを並べて行く。
30体を超えた辺りからマークさんは呆然と俺の作業を見るだけになっていた。
「はい、これで100匹です」
「ほ、本当に持ってやがったのか・・・」
呆れた様な声を出すマークさんに俺は声を掛ける。
「いつもの如く血抜き等はしていないので状態の確認と血抜きを早急にした方が良いと思いますよ?」
「お、おう。そうだった!」
言うが早いか、マークさんは血抜き作業に入り、解体所の床はオークの血で染まって行った。
俺は血臭で眩暈がしそうだったので一声かけて表の店で待たせて貰う事にした。
そうして30分程してマークさんが表の店に現れると、血塗れの姿を奥さんに怒鳴られ一旦引っ込むと言う一幕もあったが、その後は順調に値段交渉に移った。
「おう、ラクタロー。ざっと見てみたが特に問題あるやつは無かった。
だから値段は前回と同じで1匹金貨4枚と大銀貨5枚で買取らせて貰うぜ、どうだ?」
そう言ってオークから抜き取った魔石を渡してくるマークさん。
値段については問題ない。
俺は了承して渡された魔石を「無限収納」に回収した。
「そうなると全部で金貨450枚だな、まぁオーク3匹の解体料はおまけしといてやるよ。
金取って来るからちょっと待ってろ」
そう言ってマークさんは店の奥へと引っ込み、暫らくしてお金を持ってくると、俺に大袋を手渡した。
俺は渡された袋の中身を一瞥すると「無限収納」に仕舞おうとしたが、マークさんに止められた。
「確認しろ」
「いや、マークさんを信用してるんでいいですよ」
「いいから確認しろ。こういう交渉をする時は必ず確認するんだ。信用云々じゃなく。金額の大小も関係ない。必ずやるんだ。
これは1つの常識だ。金銭のやり取りをした時は必ず確認するんだ。
逆にお前が確認する事を拒絶するやつは絶対信用するな。金額の確認は商売する時の基本だ。いいな!」
真剣な表情のマークさん。 見た目は恐喝されてるように錯覚しそうになるが、どうも俺が騙されないように心配してくれている様だ。
取り敢えずお金のやり取りがあった時には必ず確認するようにしよう。そう心のメモ帳に書き記す。
「わ、わかりました。 ありがとうございます」
そう言って金貨を数える。
心なしかマークさんが満足そうに頷いているような気がした。
「それでラクタロー。おめぇはどこに行くんだ?」
「ゴルディ王国に行こうと思ってます」
「ゴルディ王国ってことはドワーフの国か?」
「えぇ、実は探しているモノがありまして、それが手に入らないかと思ってるんですよ」
「ふむ、あそこは鉱山ダンジョンがあるからな、腕があるならかなり稼げるんじゃねぇか?」
「だ、ダンジョンですか?!」
なんだ? 鉱山ダンジョンってなんだ?
「おめぇ、知らずにゴルディ王国に行くつもりだったのか?」
「・・・」
その後マークさんにゴルディ王国の鉱山ダンジョンについて説明を受ける事になった。
この肉屋さん。情報の宝庫や・・・
そんなこんながありながら取引を終え、解体した肉は明日の朝取りに行く事になった。
その後も旅支度を整える為、あちこちの店に行き買い物を済ませ、宿屋に戻るとカウンターにいたリンスさんに挨拶した。
「ただ今戻りました」
「お帰りなさいラクタローさん。無事だったんですね」
そう笑顔で言われ、俺はなんとなくホッとした。
「取り敢えず、一晩お願いします」
「はーい! 1泊銀貨2枚になります」
「これでお願いします」
そう言って銀貨2枚を手渡すと俺は食堂へと向かう。 ラディッツ氏に料理の要請をせねば・・・
と言う事で食堂でラディッツ氏を発見。
「こんにちわ、ラディッツさん。戻りました」
「おう! ラクタローじゃねぇか、よく帰って来たな。首尾はどうだった?」
「う~ん。まぁ、上々ってとこですかね」
少し考え、笑顔で答えるとラディッツ氏も喜んでくれた。
「ところで話は変わるんですが、また料理を作って貰えないですかね?」
「おう! 何食べるんでぇ、大概のもんは作れるぜ」
「いや、今すぐ食べる・・・のも食べるんですが、それ以外にもお願いしたいんですよ。
前と同じで3種類でいいんで食事メニュー(サンドイッチ系・ステーキ系・煮込み系)を今度は60食分づつお願いしたいんですよ」
「前の倍じゃねぇか?!」
「それも明日の朝までにお願いしたいんですよ・・・」
「また無茶苦茶言いやがるな・・・
なぁ、ラクタロー。 またどっか行くのか?」
「えぇ、実はゴルディ王国に行く予定です」
「ふむ、出発はいつだ?」
「明日の朝」
「早いな?!」
「ちょっと面倒事に巻き込まれそうなんで逃げ出そうと思いまして・・・」
そう言った時、ジェラルド氏の顔が思い浮かんだ。
まぁ、俺が逃げると皺寄せはジェラルド氏に向かうだろうがそれは些細な事だ。
そう言った諸々もギルマスなんだから諦めてもらおう。
「ふむ・・・ 良いだろう。作っといてやるよ」
「ありがとうございます! それじゃ、今回量も量なんで食器代含めてお代は金貨3枚でどうです?」
「金貨3枚だと?! む、むぅ・・・ 良いだろう。それでやってやる」
俺はその言葉を聞き、商談成立と言う事で即金で金貨3枚をラディッツ氏に渡すと序でに食べ終えた食器や空になった鍋をラディッツ氏に渡して料理を注文し、俺は部屋へ移動すると眠りに就いた。
夜中、手紙を書いている最中に扉がノックされる。
「はい? どちら様ですか?」
「俺です。レジーです」
うん? どうしたんだろう? そう思い扉を開けると、レジー君が疲れた表情で俺を見てきた。
「どうしたんです?」
「ラクタローさん。 酷いですよ! 全部俺に押し付けて帰っちゃうんですから・・・」
なんだ、愚痴零しに来たのか。
「レジー君も帰ればよかったじゃないですか。 『疲れてる』の一言で帰してくれましたよ?」
「・・・」
「はぁ、それで何か用ですか? 今書き物してるんで手短にお願いしたいんですが?」
「わかりました。実はですね・・・」
そう言って話されたのは、あの後の事の顛末だった。
救助した48名についてはジェラルド氏が無事保護したそうだ、中には貴族もいたそうだが今の俺には関係ないので適当に聞き流した。
オークキングについては生け捕りにしたのが逆に処分に困る事になったらしい。
ジェラルド氏が律儀に警備隊にも報告したところ、オークキングの引き渡しを要求されたそうだ。
警備隊はオークキング討伐を自分達の手柄にしたかったようだが、ジェラルド氏が既に先手を打っていたようで冒険者ギルドでオークキングを捕獲した事を都民に喧伝していたのでオークキングの引き渡しは突っ撥ねたとの事だ。
その後冒険者ギルドに警備隊の大隊長が乗り込んで一悶着あったらしいが、その所為で警備隊が冒険者ギルドの手柄を横取りしようとしたことが明るみにでたようで王都内で噂になっているらしい。
たった一日で噂になるって、意図的にジェラルド氏が流したとしか考えられない。
あのおっさん。脳筋臭かったが、意外と謀略に長けてるな。
この国を離れるつもりなんだが、離れた後も干渉して来そうだ。 用心しとこう。
まぁ、その後もオークキングの処分について議論が交わされたようだが今回討伐した俺とレジー君の意見を尊重しようと言う事になったらしい。
それと今回オークキング討伐の為に編成された冒険者達については報酬はそのまま出て解散となったらしい。
冒険者達の反応は様々だったそうだが、概ね問題ないそうだ。
そして最後にレジー君だが、今回最終的に彼のレベルが40になったそうな。
「鑑定」してみると以下のようなステータスだった。
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名前 :レジー
性別 :男性
年齢 :17
職業 :冒険者(ランクE)
称号 :-
レベル:40
ステータス
HP : 730/730
MP : 243/243
STR : 510
VIT : 490
INT : 330
AGI : 895
DEX : 485
MND : 405
LUK : 87
特記事項
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取得スキル
[剣術] 熟練度 63
[投擲2] 熟練度 35
[隠密2] 熟練度 46
[気配察知] 熟練度 40
[光魔技] 熟練度 11
[聞き耳2] 熟練度 42
[暗視1] 熟練度 90
中々の成長を遂げたようだ。これならゴブリンの大隊長相手でも勝てるだろう。
「おめでとうございます。レベル40だと上級者でしょうか?」
「いえ、レベル40でも中級者ですよ」
「ふむ、レベル幾つで上級者になるんです?」
「上級者になるには冒険者のランクを上げるしかないんですよ。初級から中級になるのにレベルで上がれるのは最低限の戦闘能力を身に着けた証明に丁度良いからですよ」
「あぁ、なるほど、そう言う事か。なら私も中級冒険者ってことですね」
「え、えぇ、って、そうじゃなくて、俺のレベルがたった2週間足らずで倍以上になったんで質問攻めされて大変だったんですよ。
それでラクタローさんにも明日冒険者ギルドに来るようにと伝言を頼まれまして・・・」
それが本命か・・・
ふむ、こうなると明日の朝はアロマ氏かクレオ氏がここに来そうだな。
早急に対策を取らないと・・・
「わかりました。それじゃ今日は疲れてるんで明日は午後からそちらに向かうと伝えてください。
多分午前中は寝てると思うんでくれぐれも起こさないようお願いしますね」
俺は笑顔でレジー君に伝言を伝えると、彼はそのまま退室していった。
さて、手紙の内容を考えて中々書けなかったが、これで腹は決まった。
手紙の内容はシンプルにした結果、スムーズに書くことが出来た。
後は明日リンスさんに渡して伝言すればお終いだ。
一応俺の行先についてもラディッツ親子には口止めしておこう。
と言う事で、次の日の朝。
飛ぶ鳥跡を濁しまくって俺はサスティリア王国の王都を出て行くのであった。
ようやくサスティリアから抜け出しました。




