第48話 森の探索行 帰還
はぁ、流石に幽霊はヤバいよ・・・
あの後、湖から逃げ出し、大分離れても、3人娘が体力の限界でぶっ倒れても担ぎ上げ、そのまま夜通し走り続けた。って、あれ?2徹してる?
その割には疲れを感じないんだが・・・ま、まぁ、ステータス上がってるから大丈夫なんだろう。きっと。
あまり深く考えない様にしよう。
それにしても異世界で幽霊と遭遇するとは思わなかった。 おまけに塩も効かないなんて・・・ 一応有効だった「気功術」があるから大丈夫だとは思うけど、幽霊だけに呪われそうだしな。
王都に戻ったらコレットさんに幽霊退治の魔法とかが無いか聞いてみよう。 遠距離からの攻撃手段も欲しいからね。
そんな幽霊への対処法を考えながらも俺の足は歩き続けている。
因みに魔物については「地図」と「気配察知」を駆使して接敵を避け、全く遭遇していない。 何故かって? 現在両手が塞がっているからです。
俺は今、3人娘の一人を背中に背負って、残り2人を左右の肩に担いでいる。もちろん落ちない様に手で支えてもいる。そんな状態じゃ戦えないからね。
まぁ、そんな感じで歩き続けていると、後ろから声を掛けられた。
「すみません。もう大丈夫なので、降ろして貰えませんか?」
そう声を掛けて来たのは20台後半~30台前半位の女性だ。確かこの人が1番最初に倒れたんだっけ? まぁ、元々1番憔悴していそうだったから、体力もあまりないのだろう。
そう言えば、朝日を拝んでから少し時間も経つし、そろそろ朝食を兼ねて休憩するか。これだけ離れれば幽霊も追ってこないだろう。そう思いつつ全力で「気配察知」を行うが、幽霊らしき気配は捉えられなかった。
うん、大丈夫そうだ。
「あぁ、申し訳ありません。それじゃ、そろそろ朝食を兼ねて休憩にしますので、降ろしますね」
俺は両肩に載せた2人をゆっくりと地面に降ろすと、背中に括り付けていた彼女を固定していた紐を緩めて地面に下した。
「ありがとうございます」
「いえいえ、それじゃ朝食を出すので、後の2人を起こして先に食べていてください」
「わかりました」
そう言って俺は「無限収納」から朝食を出そうとしたが・・・ 食事のストックが切れていた。
不味いな。他なんかなかったっけ? そう思い「無限収納」の中を探ると、保存食が見つかった。
そう言えば、アンガスさんとこで保存食も1週間分買ったんだっけ? あぁ、良かった。
そう思い、俺はホッとして保存食の干し肉と固焼きのパン? って言っていいのかな? なんか、釘でも打てそうなくらい固いんだけど? それと壺に入った葉物野菜の漬物かな? を取り出した。
・・・少し、食べてみるか。
そう思い、干し肉を少し削って、一口 口に放り込むと、確かに硬い。が、味は塩っ辛いビーフジャーキーのような感じで、美味しいとは絶対に言えないが、水をがぶ飲みすればなんとか食べられそうだ。・・・もっと端的に言うと不味い。
堅そうなパンは、少し毟ろうと指に力を入れたが、思った以上に固く本当に大丈夫かぁ? と疑いながら千切ったパンを口に放り込んだ。
うん。超絶硬い。 フランスパンを数十倍硬くしたような感じだ。既に食べ物と言うジャンルに存在する事自体、食べ物への冒涜ではないだろうか? そう思わせるだけの硬さがこのパンにはあるな。 味そのものは何て言えばいいんだろう。パンとしてのほんのりとした甘みとかはほぼ無く、噛むだけで精いっぱいになるせいか、味がほとんどしない。
最後に漬物っぽいのを小指の先くらいの大きさに千切って匂いを嗅ぐ・・・ なんか、すっぱそうな匂いがする。 うーん、ま、仕方ない。試してみるか。
そう思い、口の中に入れると、これが本当に酸っぱい。 葉っぱの形をしたお酢を食べているような感じで、咽てしまった。
「・・・」
暫し無言でこいつ等を喰うのか? どうしよう? と考えていると、訝しげに3人娘がこちらを窺っていた。
「す、すみません。元々1人分だったんで、非常食にと持っておいたこんなのしかないんですよ。申し訳ありません」
俺がそう謝ると、彼女は慌てて声を出す。
「いえ、そんな、食事を頂けるだけで十分ですよ。 と言うより、普通の旅の食事が出てきてホッとしました」
「でも、干し肉は硬くてしょっぱいし、パンも硬くて味がしないし、そこの漬物なんかはちょっと食べるのに勇気要りますよ?」
「旅に出た時に食べる食事はここにある保存食が普通なんですよ。昨日の食事みたいなのは普通食べられませんよ」
「そう言うものなんですかね? でも、ちょっとこれを食べるのは・・・」
俺は顔を顰めつつ、何かないかと考える。 俺の「無限収納」には有用無用のものが色々と入れてある筈だ。 そう思い中を探ると、ドミグラスソースの入った鍋が見つかった。
お? そういや、前に作ったっけ・・・ あ! そう言えば、あの時のオーク肉も確かあったよな。それに調味料も確か・・・
俺は「無限収納」から思い出したそれらと一緒に調理器具一式を取り出した。 幸い料理実験で無駄に薪を3束買ったのも良かったようだ。2束も残っていた。
食べ物が無ければ作れば良いじゃない! 幸い料理スキルを上限まで上げておいたし、今の俺なら美味しいものが作れる!・・・筈。
「すみません。ちょっと食事作りますね。流石にこんなの食べてちゃ力でないですから」
そう言って保存食を「無限収納」に仕舞い込む。
料理の準備にかかる俺に20歳くらいの娘が声を掛けてきた。
「作るんだったら、私が作りましょうか? 助けてもらった上に料理までして頂くなんて、申し訳ないですから」
「「それなら私も作ります!」」
他の2人からも声を掛けられたが、これは俺の料理スキルの確認でもあるので断ろう。 それに余分な体力を使わせると、昨日みたいに倒れちゃうかもしれないしね。
「いえ、料理も私の趣味ですからお気になさらずに。 それにまだ先は長いんですから、今はゆっくりと休んでください」
彼女達はそれでも言い募ろうとしたが、「昨日ぶっ倒れて私に担がれていたんですから、大人しく休んでいてください」と言う多少の毒を含ませた俺の言葉に何も言い返せず、黙って休むことにしてくれた様だ。
そんなやり取りをしながらも俺は手を止めず、無限収納から幾つもの石を取り出し簡易的な竈を作り、薪を組み火魔法で火をつけた。
自分でも驚くほど手際よく竈作りが出来たり、簡単に火を付けられたのには吃驚した。
これも料理スキルの効果なのだろうか。 中々良いスキルじゃない。
料理スキルに感心しながら、今度はフライパンとドミグラスソースの入った鍋を用意し、フライパンを火にかける。
俺はその間にまな板にオークのブロック肉を載せると、ステーキサイズに切り分け、包丁の背で軽く叩きながら塩を振る。
フライパンが温まった頃合をみて塩を振った肉を数枚放り込むと、ジュワァッと良い音を立てて油が弾け、肉の香りが辺りに撒き散らされる。
俺はフライパンに注意を払いつつ、ドミグラスソースの入った鍋を火の中心地より離れた位置にかけ、暫らく煮込む。
暫らくフライパンを見ていると、料理スキルの影響だろうか。「肉をひっくり返すなら今だ!」と、勘が告げるので俺は肉をひっくり返した。
表に返った肉の表面は程よい焼き色が付き、美味しそうな匂いを立てている。うむ、今の所は成功している様だ。
よしよし、これなら美味しく食べれそうだな。それじゃ後は皿を出すか。 そう思いつつ「無限収納」に手を突っ込み皿を取り出しに掛かる。
そうして、肉が焼けるのを待つ事暫し、やっぱり料理スキルの影響だろうか、「今が一番美味しく焼けている!」と俺の勘が告げるので、急いでフライパンから取り出し、皿に移す。
塩を振っただけのステーキだが、とてもそうは思えない程、肉の良い匂いがする。
そのまま齧り付きたいという欲求をなんとか抑え込み、3人娘に肉の乗った皿を渡していく。
彼女達も肉の何とも言えぬ美味しそうな匂いに目を輝かせているので、ナイフとフォークを渡すと、俺は一言。
「熱い内に食べてください」
と食事を勧めたのだが、彼女達は
「いえ、あなたが食べていないのに、料理もしていない私達が先に食べるなんてできませんよ」
そう言って遠慮してくる。
「料理には一番おいしく食べられる最適な時間と言うものがあります。ステーキに関しては焼き立てが一番だと私は思っているんですよ。その一番の時期を態々逃すなんて勿体無い。私も美味しい内に食べて貰った方が嬉しいんで、私の事を考えて頂けるなら美味しい内に食べちゃってください。それに食糧事情も逼迫しているので、今日は先を急ごうと思ってるんですよ。なので私は本気で走ります。皆さんには申し訳ありませんが、今日は最初から私に背負われたり担がれたりして貰いますから」
そう言って軽く笑いかけると、彼女達は安心した様に笑い、少し申し訳なさそうにはしていたが、ステーキを一口食べると、満面の笑みを浮かべ、美味しそうに食べ始めた。
その光景を見て、俺は改めてこっちの世界の人間は強いなぁ。 と思った。 だって、あんな地獄に居たのにもう笑えているって、凄い事だと思ったんだ。純粋にね。
それと森の中を走ると言ったが、実際には木々を飛び移る様に移動する予定だ。何故って、木々を避けてジグザグに走るより、木々を飛び移って直線で移動した方が今の俺の身体能力だと早く移動できるんだ。
そんな会話をしつつ、次はオーク肉をサイコロステーキサイズに切り分け、フライパンで炒める。
程よく焼き色が付いた頃には鍋の方もコトコトと温まって来たようだ。
俺は今度は深皿にサイコロステーキを放り込むと、ドミグラスソースをタップリかけ、スプーンを挿して3人娘に差し出す。
3人娘は見た事が無い黒っぽいシチューを出され、最初は食べる事に抵抗があったようだが、シチューから立ち昇る良い匂いに負けたようで、スプーンで掬い、一口頬張ると、目を見開き美味しい!と言って瞬く間に完食した。
その姿を見て俺は料理が成功した事に満足し、自分でも食べてみたが、ステーキもシチューも今まで俺が作った中で一番上手くできたと断言できる味になっていた。 料理スキル最高だ!
俺は朝食後になってしまったが、柔軟体操をした後、早速3人娘を背負い、担ぎ上げ移動を開始した。
昨日も同じ体勢で移動していたので、多少慣れただろう。そう思い、俺は最初から全力を出すことにした。
「全力で走りますから、しっかり掴まっていてくださいね」
「「「分かりました」」」
そう言って3人娘は歯を食いしばっていた。 うーん。別にそれ程気合入れなくても大丈夫だと思うんだけどな。
そう思いはしたが、最初の30分はまるでジェットコースターに乗ったかのような絶叫を近距離から3人分浴びせられ、おまけに首も絞められていた。
正直、ステータスが上がっていなかったら死んでたかもしれないが、幸いステータスが上がっていたので首を絞められても大して苦しく無かったし、鼓膜が破ける様な事もなさそうだった。
ただ頭に響く絶叫を煩わしく感じるも我慢し続けた結果。20分ほど経過した頃にようやく悲鳴が上がらなくなった。
3人娘の状態は良くわからないが、左右に担いだ2人はぐったりと疲れた様になっていた。
背負っていた娘の手からも力が抜けたのか、首を絞めつけられる感覚もなくなっていた。これならもっと速度を上げて走れる。
そう思い、俺は更に加速し森の中を一陣の風となって走り続けた。
その後、途中何度か休憩を挟んだが、日が傾き出した頃には森を抜け、王都の街並みを遠くに捉える事ができたので、もうひと頑張りと更に加速し、走り続け、日暮れには何とか王都の街門の前までに辿り着くことが出来た。 あぁ、良かった。 これで彼女達の護衛も終わりだ。 はぁ、これで肩の荷も下せるってもんだよ。
既に一仕事終えた気になっている俺は街門に控える兵士の所へと向かった。