第43話 森の探索行 3 ハウンドの戦闘 2
遅くなってすいません。
今回は少し鬱かもしれないです。
次話と一緒に読むと鬱感が和らぐかもしれません。
次話は・・・ 遅くなるかもしれません。
レジーは逸る気持ちを抑える事もせず、激情を体現するかのように激しく荒々しい走りで駆け戻る。
早く! 急げ! みんなが死んじまう前に辿り着くんだ!
全力で走り続けるレジー。 一日中索敵に神経をすり減らし、接近する敵の偵察。それに次ぐ連戦で既にレジーの体力は底を突きかけていた。
それでも全力で駆け続け、時々転びそうになりながらも進むと、クルーズと大きいゴブリンが戦っている姿が見えてきた。
「間に合った!」
そう吠えるとレジーはスリングショットを構え大きなゴブリンに狙いを定め、気合を込めて打ち込む。
だが大きいゴブリンはレジーの声に気付いたようで、レジーの一撃を躱し、クルーズとの距離を取る。
大きいゴブリンは不機嫌そうな唸り声を上げた。
レジーも鬼気迫る表情で吠えつつ大きいゴブリンに接近する。
「そっちは終わったのか!」
視線は大きいゴブリンに向けたままどこか安堵したような大声でクルーズが問いかける。
「あぁ、片付いたぜ」
「よし! っと、グレタはどうした?」
「グレタは・・・グレタの事は、後でな・・・」
一気に声のトーンが落ち、レジーの表情も固まってしまうが、レジーが大きいゴブリンに向ける激しい怒りに満ちた視線は変わらない。
「このデカ物をぶっ殺してやる」
レジーの静かな怒りを込めた声音にクルーズは驚く。
「あ、あぁ、わかった。 こっちは一応リディアも無事だが、彼女は足が折れてるようで動けない。俺も左腕をやられて使い物にならん。 正直お前がもう少し遅かったら殺されてたところだ」
「ギリギリ間に合ったってことか。良かった・・・ホントに良かった」
レジーは大きいゴブリンの警戒は緩めずに、少しだけ胸を撫で下ろす。
鬼気迫るレジーの様子にクルーズは敢えて深く聞くことはせず、目の前の敵の排除に専念する。
「レジー、あいつの背後に回ってくれ。挟み撃ちで叩くぞ。 俺の左手は使い物にならんが、注意を引く位はできる。お前はその隙を突いて攻撃してくれ」
「了解だ」
動き出そうとするレジーに慌ててクルーズが忠告する。
「あと、あいつは速くて強い。今までのゴブリンとは段違いだ。力はオーガ並で速さは・・・下手したらお前より速いかもしれん。気を付けろよ」
「でかいだけじゃなくて速いのか・・・厄介だな。 だが、やるしかないって事だろ!」
そう言って駆け出し、大きいゴブリンの背後へと回ろうとするが、それを大きいゴブリンが嫌い、クルーズとレジーの両者を視界に納められるような位置取りをしつつ後ろに下がり始める。
レジーは中々背後に回れず、大きなゴブリンがクルーズを牽制しつつ、少しずつ後退していく。
そんな硬直した戦いをどれだけ続けただろう。体力的にも限界が近付き、このままでは不味いとレジーが焦れて強引に攻撃を仕掛けた瞬間、大きいゴブリンが待ってましたとばかりにレジーに猛ダッシュを仕掛けて来た。
レジーはその瞬間。驚きと共に持久戦でゴブリンに負けた事を知った。
レジーは驚愕すると共に回避が間に合わないことを悟り、防御に徹する。
大きいゴブリンが放つ横薙ぎの一撃にレジーは小剣を目の前に構え、大剣に打ち付けるようにガードするが、力任せに放たれた一撃はレジーの予想を遥かに超え、小剣を砕き、そのままの勢いでレジーを吹き飛ばす。
吹き飛ばされたレジーは少し離れた後ろの木にぶつかると、息がつまり呻き声を上げる。 意識が飛ばなかっただけ僥倖と言えるだろう。
このままでは不味いと思いつつも、レジーの身体は思う様に動かない。
大きいゴブリンは振りぬいた大剣を肩に担ぐように振り上げると、レジーに向かって走り出す。
不味い。不味い不味い不味い不味い不味い! 本当に終わっちまう。そう焦り、何とか立ち上がろうとするが、体が上手く動いてくれない。
震える体で何とか立ち上がった時、大きいゴブリンが直前に迫っていた。 これで終わりか。 そう諦観に囚われた瞬間。 突然大きいゴブリンが後ろを振り返り、大剣を振り下ろした。
鋭い金属音が響き、クルーズの剣が半ばで折れ、刃先がレジーの近くに転がる。
一瞬の出来事に、レジーは何が起きたのか分からなかった。
「な、何が起きたんだ?」
そうレジーが呟くのと、大きいゴブリンが横薙ぎの一撃を放つのはほぼ同時だった。
レジーが大きいゴブリンの背中越しに見たものは、吹き飛ばされるクルーズの姿だった。
大きいゴブリンは新たに吹き飛ばしたクルーズの方へと歩を進める。
レジーは慌てて立ち向かおうとするが、ダメージの抜けていない身体は思うように動かず、泥酔したかのような覚束ない足取りだ。
「まてよ・・・待ってくれよ。 俺が、 行くから、そっちに行くんじゃねぇよ・・・てめぇは・・俺が・ぶ、ぶっ殺すって・・・言ってんだろうがぁ」
怒りと焦燥の混じった声で大きいゴブリンに罵声を浴びせるが、大きいゴブリンは真面に歩けもしないレジーの方を一瞥すると、下卑た笑顔を浮かべ、そのままクルーズに近付き、無造作にクルーズの頭に大剣を振り下ろした。
「?!」
その後、大きいゴブリンはクルーズだったものを大剣で小突き、動かないことを確認するとレジーに満面の笑みを見せ、耳障りな声で嗤った。
その顔を見た瞬間。レジーは切れた。
背中に差した予備のナイフを抜き出し、大きいゴブリンに向かって、走ろうとする。
だが、悲しいかな、その動きは非常に緩慢で普段の歩行速度の半分も出ていない。
その姿を見て大きいゴブリンが更に嗤う。
それでもレジーは大きいゴブリンに向かって進む。そうして大きいゴブリンまであと数歩の距離になった時、異変は起きた。
それまで嗤っていた大きいゴブリンが突然悲鳴を上げ、暴れ出した。
余りの暴れっぷりにレジーは近付けなかったが、大きいゴブリンの背中に矢が刺さっているのに気付いた。大分離れてしまったが、どうやらリディアが当てたらしい。
よくやった! 心の底からそう思い、レジーは大きいゴブリンの動きに注視した。が、リディアの第2射が暴れていた大きいゴブリンの大剣に運悪く弾かれると、大きいゴブリンは憤怒の形相で辺りを見回し、弓を番えているリディアを見付けてしまう。
見つかったと思うが早いか、大きいゴブリンはレジーの事は完全に無視してリディアの方へと走り出す。
「やめろぉ!」
レジーは叫びながら後を追うが、まったく追いつけない。それどころかどんどん引き離される。
このままじゃリディアも殺られちまう!
何とか気を引こうと、落ちてる石を投げたりもしたが、当たらない。
焦燥に駆られ、逸る気持ちのまま走り続けるレジーをあざ笑うかのように、目の前でリディアは殺された。
レジーは、憤怒と慟哭の入り混じった叫びを上げ、手にしたナイフを握り締める。
例え一方的に殺されようと、一歩も引くつもりは無かった。
大きいゴブリンは、リディアの死体に八つ当たりをするかのように蹴り付けると、ゆっくりとレジーに近付いて行く。
彼我の距離が縮まり、大きいゴブリンは大剣を振り上げ、レジーはナイフを構える。
交差する瞬間、大きいゴブリンは振り降ろし、レジーは突き込む。
死を覚悟の上で繰り出したレジーの一撃は大きいゴブリンの胸に吸い込まれ、突き刺さったが、大きいゴブリンの一撃は、何時まで経ってもレジーを襲う事は無かった。
大きいゴブリンを殺した手応えを感じ、仲間の仇を討ち取った歓喜は一瞬。 その後は仲間を、友を失った悲しみに襲われ、涙が溢れて来る。
糸の切れた人形の様に頽れ、泣き崩れるレジー。
暫らくするとその背後から、声が掛かった。
「いやぁ、間一髪だったね、レジー君」
レジーが振り返ると、そこにはグレタを背負った楽太郎がいた。
「あんた・・・間に合ってない・・・全然、 間に合ってねぇンだよ・・・」
「へ? 間に合わなかった?って、どういうこと?」
間の抜けた楽太郎の声が静寂の戻った森に響き渡った。