第27話 楽太郎 早朝の宿屋にて
遅くなりました。
中庭に出ると、俺はいつもの日課になっている柔軟体操を始めた。
後ろの同行者はそれを見ているだけだが、何か言いたそうだ。
それを完全に無視して柔軟体操を続ける。
・・・・・・
30分程経った頃だろうか、不意に後ろから声をかけられる。
「何時までやるの?」
俺はそれを無視して続ける。 柔軟体操に集中だ!
・・・
カサカサと何か紙のようなものを弄っているような音が聞こえる。
後ろから近付いて来る足音が聞こえてきた。
そろそろヤバいかな?
「悪いんだが、話し掛けないでくれるかな? これは非常に重要な準備運動なんだよ」
そう言って振り返ると、メモ帳らしき紙束を丸めて振りかぶった状態のクレオ氏が固まっていた。
「・・・何しようとしたんです?」
クレオ氏は気不味気に目を逸らす。
俺はジト目でもう一度邪魔しない様に念押しして柔軟体操を続け、体を解した。
その間、クレオ氏は何度かこちらにアプローチを掛けようとしていた様だが、踏み止まっていた。・・・賢明な判断だ。
小一時間程柔軟体操をした後、食堂に行こうと歩き始めると、後ろから声がかかった。
「ラクタローさん。 先程の運動はどういう意味があるのですか?」
「秘密です」
少し戯けた口調で答える。
「・・・」
苛ッとしたのか、再びメモ帳らしき紙束を振りかぶるクレオ氏。・・・まぁ、小一時間意味不明な動きを見せられて、「秘密です」なんて言われたら怒るかもしれんな。ここは正直に答えよう。
「クレオさん。あなたは今、何気なく質問しただけだと思っていますが、私からすれば、私の流派の奥義を教えろと言われたのと同じ意味になるんですよ。 それ程重要な意味のある運動なんです。 同じ動きを真似るのは構いませんが、どういう意味があってやっているかの説明まではできません。 何せ奥義に匹敵する価値が含まれているんですから」
「・・・動きを真似ても問題ないなら意味を知っていても問題ないのでは?」
・・・わかってらっしゃらないようだ・・・はぁ、説明が面倒だ。
仕方なく俺は「気配察知」を使い、周りに人がいないことを確認し、軽く説明することにした。 このままじゃいつ襲われるかわからんしね。
「ではクレオさん。この動きはどう見えますか?」
そう言って正面に構え、その状態から右足を一歩後ろに引き、半身になると同時に左手を右下に流しつつ、上体を少し沈める。 その後に右手の掌底を突き上げつつ、上体を起こす。
「・・・酔っ払い?」
「酷い!」
クレオ氏の解答に即座に突っ込む。 やっぱりわかってない様だ。
「それじゃ、それで私を叩いてみてください」
「?!」
クレオ氏は驚いた顔をしているが、中々叩きに来ない。
「大丈夫ですよ。怪我はさせませんから」
ニッコリ笑って伝えると、クレオ氏は安心したようで、「それじゃ、行きます」と言って1つ頷くと、メモ帳で襲ってきた。
素人にしては筋の良い打ち込みで、右上段からの袈裟切りに打ち込んでくるので、先程と同じ動きでメモ帳を左手で受け流し、クレオ氏の体勢を崩す。その後、右手の掌底をクレオ氏の顔の前で止める。
クレオ氏は驚いた顔をしている。
「これが動きの意味を知るって事です。 この動きを反復練習して体に染み込ませれば、戦いの上では非常に有利になります。 でも動きの意味を知らない人から見れば、『酔っ払い』と思われますがね」
少し嫌味を込めて笑顔を見せるが、驚いた顔のままクレオ氏は固まっていた。
うーん、刺激が強かったか? クレオ氏の目の前で何度か手を振ると、気付いたのか、顔をこちらに向けてきた。
「すいません。ちょっと吃驚してしまいました。それと、先程は申し訳ありませんでした。 貴方の運動にあのような意味があるとは思いませんでした」
「いえいえ。それと、先程説明に使った動きも、一応私の流派の基本の型なので、秘密にしておいて貰えますか?」
「分かりました」
真剣な顔で頷くクレオ氏。 おし、漸く朝飯が食べれるよ。 そう思い、食堂へと向かうと、その後ろをクレオ氏が付いて来た。
食堂に入り、いつもの様にラディッツ氏に注文をすると、声を掛けられた。
「今日は早いんですね。 というか、隣の方は誰です? ラクタローさんの恋人ですか?」
朝からハイテンションだな、リンスさん。 そんな事を思っていると、クレオ氏が悪巫山戯に乗っかる。両頬に手を当て、
「ぽっ! ダー「違いますよ。 ギルドの受付嬢のクレオさんです」」
クレオ氏が言い切る前に被せて答えた。
「ノリが悪い・・・」
ジト目で言ってくるが無視だ。 クレオ氏ってこんなキャラだっけ?
「ギルドの人なんですか。へぇ、って、なんでラクタローさんと一緒に居るんです? あ?! なんかラクタローさんが問題でも起こしたんですか?」
俺が問題起こしたこと前提で話さないで欲しいんだけど・・・ これでも大人しく仕事してるだけなんだから・・・ そう思っていると、肯定の言葉が飛んできた。
「そう、昨日ラクタローさんがギルドに来なかった」
「なんでギルドに行かなかっただけで俺が問題になるんですか」
率直に切り返す。
「あなたはギルド長と約束したのに破った」
「次の日に行くなんて約束してませんよ。そちらが勝手に勘違いしただけでしょうが」
クレオ氏がムスッとした顔でむくれるが、俺は取り合わず、食事を続ける。
「ラクタローさんが冒険者ギルドに行かないと何か問題でもあるんですか?」
外野からリンスさんが質問するが、その話題は避けて欲しかった・・・
「ある。とても重要な会議が昨日あったんだけ「はい! そこまで! 俺はそんな話聞きたくない! それにクレオさん。一般人に話していい内容ですか?」」
割って入ると、クレオ氏も会話を中断して、考え、「ごめんなさい。機密なので話せない」
そう言ってリンスさんに伝える。
「そっか、なんか複雑な事に巻き込まれてるんですねラクタローさん」
「・・・」
困った顔でリンスさんの方を見ると、リンスさんは慌てて
「おっと、注文取りに行かなきゃね。 それじゃ、ラクタローさん頑張ってね」
と言って去って行った。
気楽に言ってくれるよ、リンスさん。
その後は暫らく黙々と食べ勧める。
ある程度食べ終わると、クレオ氏に確認する。
「それで、今日はギルドに行かないといけないんですか?」
そう言うと、クレオ氏は驚いた後、睨んできた。 おぉ怖い。
「当たり前です」
「面倒事に巻き込まれそうだから嫌なんですけど。私の命は安くないんで、おいそれと危険な所に行きたくないんですよね」
率直に答えると、クレオ氏の顔が歪む。
「それでも、あなたの力が必要」
「俺の力って、Gランクの冒険者ですけど?」
「・・・」
クレオ氏は言葉が返せない様だ。
「他の冒険者にあたって貰えませんか?」
駄目押しすると、クレオ氏の顔が泣きそうに歪む。
罪悪感が半端ないが、ここで折れたら面倒事が待っている。 俺も辛いんだよ、クレオ氏。
暫らくお互いを見詰め合っていたが、先に進まず、先に折れたのは俺だった。
「まぁ、今日は依頼報酬を受け取りに顔を出しますかね」
そう言うとクレオ氏は笑顔でお礼を言ってきた。