第184話 解放と粛清 ⑬ 急展開
「おぅ、ラク!
またなんか厄介事でも拵えやがったのか?」
部屋に入って早々ボコポが問いかける。
ジャネットはボコポの言動に少し大丈夫かと青褪めるが俺は気にせず返す。
「いや、私が拵えたわけではないんですけどね?
とりあえずジャネットさんにこれを見てもらいたくて呼んだんです。
ボコポにはその見届け人的な感じで何かあった際に証言してもらえる様に巻き込みました」
「おまッ?! サラッとひでぇこと言いやがるな」
「いやぁ、私をこんなひどい状況に追い込んだ張本人が何を言ってるんですかねぇ。
ボコポさんが私を巻き込んだことに比べれば酷いなんて言えないですよ?
全く関係のない善良な私をこんな国絡みの泥沼に引き込んでおいて何を言ってるんですかぁ~」
俺がニッコリ言い返すとボコポは「お、おう、すまん・・・」と押し黙る。
ボコポも意図していなかったとはいえこんな大事に巻き込んだ自覚はあるようで少しだけ溜飲が下がる。
「それじゃジャネットさん。
早速ですがあれをみてもらって良いですかね?
お願いします」
そう言って俺はカタリナの方を指さす。
そちらに視線を向けたボコポは驚きに表情を一瞬歪める。
「は、はい!
わかりました」
ジャネットは少し緊張しつつ鑑定を発動すると目を見開く。
「あ、あります。
『人類の敵』が称号にあります」
「「な、なんだと?!」」
俺が連れてきた時点である程度予想はしていたのだろうが、確定されるとやはり驚くか。
カタリナは目も耳も塞がれている所為か特に動く事は無かった。
「それじゃ、早速ですがマルコムさん、例の刻印の方お願いします」
「わかりました、ジェローム。やってくれ」
そう言うと執事のジェロームが一礼し俺の方に向かって来る。
「ラクタロー様、少々失礼します」
その言葉に俺は袖を捲り腕を差し出すとジェロームからナイフを受け取り腕を斬り付けて血を流す。
ジェロームは器に俺の血を受ける。
十分な量を提供できたと思った俺は傷口を「活法」で塞ぐとジェロームが差し出したタオルで腕に着いた血を拭い取る。
「え? 傷口がない?
詠唱もしてないのに何故?」
ボコポ達は奴隷紋用に毎日血を抜かれていた俺を見ているので慣れていたのだがジャネットは初めてようで驚いている。
そんな様子も気にならないのかジェロームは淡々と作業を進める。
そして奴隷紋を刻む段になり俺はカタリナの身体を押さえ付ける。
カタリナも何かを察したようで抵抗しようとするが全くの無駄でしかなく、口枷からくぐもった声が漏れる。
こうしてカタリナに終身犯罪奴隷の紋が無事刻まれ、マルコムが紋の発動を確認する。
「刻まれました」
その言葉に俺は頷き、カタリナの耳栓を外す。
「カタリナ=スフォルツェンドに命じる。
1つ、自殺を禁じる!
2つ、逃亡を禁じる!
3つ、人類に対する暴言、暴力の行使を禁じる! その他、あらゆる犯罪行為を禁じる!
4つ、嘘を吐くことを禁じる!
5つ、相手の犯罪行為に対しては抵抗する事を許可する。が!殺人は禁じる!
6つ、俺の課す懲罰に対するあらゆる抵抗を禁じる!
7つ、貴様等は既に人ではない、畜生にも劣る存在であることを自覚しろ!
8つ、主人である俺の質問に沈黙で答えることを禁じる!
9つ、主人である俺や俺のやろうとしている事に不利になるような情報漏洩を禁じる。
取り敢えずはこんなところかな?
あ、っと・・・
10、自傷行為を禁じる!
11、命を自ら捨てるような行為全般を禁じる!
取り敢えず以上だ」
カタリナへ命令をするとカタリナからは苦悶の声が上がり、痙攣するかのように小刻みに震え始める。
奴隷紋に抗っているのだろうが、それも長くは続かない。
暫くするとぐったりとした様子になったので口枷や拘束を解く序でに回復魔法で肋骨の骨折なんかも治しておく。
「さて、カタリナさん。
あなたには色々と聞きたい事があります。
先ずはそこの椅子に座って貰いましょうか」
俺がそう言うとこちらを睨んで抵抗しようとしたが、奴隷紋の効果か一瞬苦悶の表情になると慌てて椅子へと座った。
他の面々にも座る様に視線で促し、カタリナの尋問を始める。
「カタリナさん、あなたは誰の指示で動いているんですか?」
するとカタリナは少し考える
「あなたの指示で動いているわ」
・・・面倒臭い。
変に頭が回る所為で尋問が面倒臭くなりそうだ。
「私の奴隷になる前は誰の指示で動いていましたか?」
「ゴルディ王国の商業ギルド本部の指示で動いていました」
はぁ、面倒くさい。
確かに嘘は言っていない。
「では聞き方を変えましょう。
まず、ゴルディ王国の商業ギルド本部の指示とは具体的に何をどうしろと言われていましたか?
指示の一部ではなく、全てを答えなさい。
あ、細かく言う必要はありません。
語弊を生む表現を使わずにわかり易く簡潔に纏めて答えなさい」
そう言うとカタリナの表情が引き攣る。
誤魔化しやミスリードなんかさせねぇよ?
「複数あります。
1つはウェルズの街の商業ギルドを恙なく運営し、今以上に発展させること。
1つはウェルズの街の利権を奪い商業ギルド本部長のマックス=パーハーランドの商会へと流すこと」
この発言にマルコムの額に青筋が浮かぶ。
「1つはウェルズの街の職人ギルドを弱体化させ、商業ギルドの支配下に置くこと」
「何だとぉ!!」
この発言にボコポが吠え、カタリナの口が閉じる。
「ボコポさん押さえてください。
尋問はまだ始まったばかりです。
この程度で怒鳴っていては最後まで持ちませんよ?
カタリナさん、続けなさい」
俺はなんとかボコポを宥め、カタリナに先を促す。
「1つは冒険者ギルドを通して神のダンジョンに関する利権を独占すること
以上の4つが主な指示です」
「では、あなたがウェルズの商業ギルドのギルド長になった、或いはなろうとした意図はなんですか?
それと、あなたがウェルズの商業ギルドのギルド長になる為に何をしましたか?
これも一部ではなく、全てを・・・
あー、面倒くさいな。
今後私の質問に対して答える場合は、あなたが持つ答えの一部ではなく全てを答えなさい。
また、私が必要と思える内容であれば細部まで答えること。
そして語弊を生む表現は一切使わずにわかり易く簡潔に纏めて答えなさい。
では、私の質問に答えなさい」
「な!? うぐぅ! わ、わかりました」
そう言うカタリナの表情は暗く、恐怖に染まっていた。
「生きる為にお金と地位を求めました。
ウェルズの街のギルド長になろうとしたのは、な、なろうと、した、のは・・・あの、お方の・指示で・・」
カタリナがそこまで言った瞬間、悪寒が走った。
反射的に俺は椅子から飛び上がると「無限収納」から武御雷様から頂いた十文字槍を取り出しカタリナ目掛けて振り下ろす。
正確にはカタリナの背後にある影に目掛けて振り下ろしたのだが、影がカタリナから素早く離れ俺の槍は空を切る。
「・・・」
おかしな出来事に俺は影を睨み、今度は様子見に軽く突きを放つと影はそれも躱す。
「何者だ?」
俺の誰何の声に応えるように影は膨らみ、やがて人型となって声を出す。
「何者と問われて素直に答えると思ったか?」
影はそう言いつついつの間に手にしたのか剣をカタリナへと走らせる。
「させねぇよ」
そう言って俺は剣を遮り、カタリナの身柄を確保すると襟首を掴んでボコポに放り投げ、自身はカタリナと影の間に陣取り対峙する。
「チッ、目障りな奴だ」
そう言って唾を吐く。
その瞬間俺は奴の心臓目掛けて全力で槍を突く。
その姿を見て影は嘲る様に嗤い手を広げ無防備になる。
阿呆かこいつ?
そう思いつつも全力で突き、槍は影を貫通する。
「馬鹿め!そんなものがこの俺に効くわけな?!
なぁぁぁぁぁぁ!? がはぁぁぁ・・・」
俺の武器は十文字槍だ。
槍の中心が心臓を貫通したと言う事は、副刃は肺から左わき腹までを切り裂いている。
「馬鹿はお前だ。
敵の攻撃を真面に受けるなんて阿呆過ぎるぞ?」
そう言いつつも俺は更に攻撃の手を緩めず、一切油断も手加減もせず切り刻む。
「ちょ?! 止めろ! 止めろって!
痛いっつってんだろぉがぁ!
あ、ご、ゴメン、マジで痛いからやめて?
てか、なんで痛いの?
なんで回復しないの?
マジでわけわかんねぇんだけどぉぉぉぉ?!
それよりマジでやめろぉぉぉぉ!」
そんなこと言われて止めるバカはいない。
てか、普通の人間だったら確実に死んでるような攻撃を受け続けているのに死んでないこいつは異常だ。
既に両足は切り落とし、両腕も落とした。
その上で首も切り落としたけど達者な喋りは止まらない。
そんなスプラッターな光景を作っているのは自分だとわかっているが、奴の言動からすると再生能力があるっぽいので念のために切り落とした四肢と胴体は「無限収納」へ隔離する。
残るは頭部のみ。
俺は躊躇なく眉間に槍を突き刺し副刃で両目を潰す。
「ぐあぁぁ、やめろぉぉぉ!
で、出れねぇ?!
死んじまう! このままじゃ、マジで死んじまう?!」
「お前は何者だ?」
「た、助けてくれ。
頼む!助けてくれぇぇぇぇぇ!」
「質問に答えろ、お前は何者だ?」
低い声でそう聞く。
「・・・俺の名前はギルゴマだ」
観念したのかそう答えた。
「種族は?」
その質問には沈黙が帰って来る。
俺も流石にこれだけやられて死なない種族に心当たりはない。
そうなると本体じゃない可能性もある。
分身とか人形とかなのか?
でも痛がってるし、この必死の命乞いは嘘っぽさを感じない。
と言う事は何らかのダメージを受けているのだろう。
最初の舐めプかまそうとしたことから考えると、本来ならダメージが通らない筈だった?
それに奴は場違いな言葉を言ったな。
確か・・・そう『出れねぇ』だ。
『出れねぇ』って事は何かに入っている。もしくは乗り移っている?
それが何がしかのアクシデントで出れなくなった。
「お前、もしかして今、精神体とかそんな感じで乗り移ってる人形か何かから出れなくなってる状況なのか?」
「?! そ、そんな訳ねぇぜ?
この俺がそんな間抜けな事態になってるわきゃぁないだろう?」
あからさまな動揺。
こりゃ当たりだ。
今のこいつは精神体かなんかで本体とは切り離されている状態。
こんなことできる奴なんて神か悪魔位しか想像できな・・・い
「お前、悪魔のダンジョンのマスターか?」
「な、何故それを?!」
俺の不意の質問に虚を突かれたのか影が動揺する。
「そうか、ありがとう、つまりお前は悪魔だな?」
「しまッ?!」
その瞬間、俺は影の頭部を切り刻んだ。
その上で念の為にバラバラになった頭部を「無限収納」に仕舞うが、全ての欠片を収納できた。
悪魔が死んだか本体に戻ったかはわからない。
それでも何となくだが、あの悪魔がこの国で300年の間暗躍していたことは察した。
思わず溜息を吐くと、俺の後ろからも複数の声が漏れる。
どうやら今の戦いを見ただけで大分消耗したみたいだ。
「さて、これで私がカタリナから聞くことはほとんどなくなりましたね。
あとはカタリナ、マルコムさんの質問には私の質問と同じように答えることを命令します」
「わ、わかりました」
未だ表情が青褪めているカタリナは震えながら答える。
「マルコムさん、後の細々としたカタリナが関わった陰謀や犯罪の取り調べはお任せします」
「はい、わかりました。
一切漏れなく詳らかにします」
「ではカタリナについてはよろしくお願いします」
そう言ってこの場を去ろうとしたらマルコムさんから声が掛かる。
「ラクタローさん、申し訳ありませんが例の首輪の件についてご説明お願いできませんか?」
・・・
ニッコリ笑顔のマルコムさんが恨めしく思えた。




