第179話 解放と粛清 ⑨ 衝撃は唐突に
翌日、俺は顰めっ面で捕虜との面談を続けていた。
「それであなたは今回の件、この街が危険に晒されてることを知りながらも自分の意志で王命に従っていたと?」
「そ、それは・・・」
「それともあなたは騎士団に所属していながらも王への忠誠心は欠片もなく、嫌々仕方なく王命に従っていたと?
もしそうならあなた、騎士団に居てはいけない人物なんじゃないですか? いざと言う時は逃げ出しそうだ」
「そ、そんな事はありえません! 私の忠誠は王に捧げております!」
「では今回の件、街が危険に晒されてることを知りながらも自分の意志で王命に従っていたと言う事で良いですか?」
「はい、その通りです」
その瞬間、新たな『人類の敵』が生まれる。
こうして潜在的な敵を明確ではっきりとした敵と認識されるようにする作業は楽太郎の思惑通りではあるのだが、流石に200人超との面談を熟そうとすると正直疲れる。
相手は初めてでもこちらは同じような質問を繰り返すのだ、半ば作業のようなものになっていても仕方ないだろう。
そんな作業を続けていると扉がノックされ、声を掛けると一人の女性が恭しく入室した。
「楽太郎様、そろそろお昼なので休憩に致しましょう」
そう言って
・・・
「ジャネットさん、様付けは止めるように言いましたよね?」
そう指摘するとジャネットと呼ばれた女性は表情を青褪めさせた。
「も、申し訳ありません! ですが、ミーネ王女様の後見人であるラクタロー様に敬称を付けない等、あまりにも不敬だと思い・・・」
「でしたらお引き取り下さい」
楽太郎は面倒臭そうに御座なりな対応をする。
「も、申し訳ありません! 必ず改善いたします!
ですので今一度、今一度機会を頂けないでしょうかぁ!」
そう言って土下座する。
その姿に面倒な事になったと溜息を吐きながら鷹揚に応える。
「わかりました。
では休憩にしましょう、ジャネットさんもそんなに畏まらずに肩の力を抜いてください。
こんなところを人に見られたら私が虐めているように見えるでしょう?
全く、これだからキュルケ教の人は・・・」
楽太郎は心底嫌そうに対応するが、ジャネットは只管低頭平身を貫いた。
もうこれ以上の失態は犯せないと、必要以上に気を張り続けていた。
その様子に楽太郎はこうなった原因である神々に恨み言を呟いた。
時間は昨夜に遡る。
ジャネットが長旅の疲れを癒すために宿舎で休んでいると扉がノックされた。
「お休みのところ申し訳ありませんが、少しご相談させて頂きたい事がございまして・・・何卒、お時間を頂けないでしょうか」
時刻は深夜と言うにはまだ早すぎるが、日は既に落ちており、就寝の準備をしている者も多いだろう。
こんな夜分にも拘らず訪問して来るとは、何か重大な事でも起こったのだろうか?
そう考え、気を引き締めるとジャネットは返事をし、来訪に応じた。
そうして部屋を出ると大きな円卓のある部屋へと通されたが、既に座っている人物達の並びがおかしなことになっていた。
普通、上座はこの場合一番序列の高いモニカ神殿長が座るはずだが、当のモニカは一番下の下座に座っている。
そして次に序列の高いトッチーノ神殿長補佐が上座の右手側に座るはずだが、彼は見習いが着るような簡素な祭服を羽織り、こちらも下座側の低い位置に座っている。
こうなるとジャネットはどこに座れば良いのかと困惑してしまう。
「えっと・・・」
戸惑いの表情を隠せず思わず声を漏らすと、トッチーノから声が掛けられた。
「リンギ教会長補佐のジャネット様、どうぞあちらへお座りください」
そう言ってトッチーノが示したのは本来、神殿長が座るはずの上座だった。
「えっ?! ど、どういう事でしょう?」
ジャネットは動揺を隠せない。
「大変申し訳ないことなのですが、我々が大変軽率な事をしでかしてしまいまして、私やモニカはそこに座る権利をなくしてしまっているのです。
気になるとは思いますが、その事を含めてご説明とご相談をさせて頂きたいので納得は出来ないかとは思いますが、何卒お座りください」
そう言って力ない笑顔を浮かべたトッチーノは深々と頭を下げた。
その横にいるモニカ神殿長は放心したかのようにぼぅっと下を向いている。
その様子に並々ならぬものがあると感じたジャネットは更に気を引き締めた。
・・・
「何と愚かな・・・」
ジャネットはトッチーノの説明を聞き、最初に漏れた言葉はこれだった。
そしてその後に感じたのは嫉妬。
これ程の神の奇跡を身近で体験しておきながら、何故神のお言葉に逆らうような真似をしたのか。
そして何故『人類の敵』への利敵行為に及ぼうとしたのか。
あまりの出来事に怒りで腸が煮えくり返りそうになる。
だが、ジャネットも聖職者の端くれ、長い、長い一呼吸をしてなんとか無表情を取り繕い、言葉を返す。
「それで何をどうしろと言うのです?」
その返しにトッチーノはなんとも申し訳なさそうに答える。
「先ずは私を神官見習いに落してもらいたい。
そしてこっちのモニカの破門を言い渡して頂きたい」
・・・
「そうした場合、ここの神殿の管理は一体誰が行うのですか?」
「あなたに「却下です!」」
一喝して黙らせる。
「確かにあなたやそちらの方々の軽挙妄動の所為でラクタロー氏とキュルケ教との関係は壊滅的になっている事はわかりました。
ですが、そもそも私はリンギの街の教会長補佐であり、職位は司祭です。
ウェルズの街の教会の人事に関わること自体がありえない!
もし関わるのであればそれは職位が司教以上の方々にお任せするしかないでしょう。
そして今回の件の責に関しては協会本部の審問に掛け正当なる裁きを受けるべきです。
それまでは不本意であってもトッチーノ神殿長補佐、あなたがここの責任者として取りまとめるしかないでしょう?」
「し、しかし私は誓いを立てたのです!」
「個人が立てた誓いなど知りませんよ。
そもそも自身の立場を自覚していれば決して立てられない誓いではないですか?
神殿のNo2が即日で見習いに職位を落とすなんて不可能だとわかっているでしょう?
通常であったとしても辞任や辞職と言った内容であっても数日はかかるのですよ?
あなたの場合は個人の我儘での降格希望なんですから、承認される事の方が稀です。
本当の意味で覚悟を決めたのであれば、キュルケ教から去るべきでした!」
「くぅ・・・」
「何が『くぅ・・・』ですか、自身の立場を考えなさい!」
ド正論で論破していくジャネットの感情は次第にヒートアップしていくが、逆に思考は冷静さを取り戻しフル回転していく。
トッチーノ達から聞いた状況はかなり不味いのは確かだ。
この状況を切り抜けてキュルケ教が受ける誹りや被害を如何に減らすか。
最善を考えて出た結論は、ウェルズの街の神殿を切り捨てる事だった。
ウェルズの街でキュルケ教が起こした問題はキュルケ教の総意ではなく、あくまでもウェルズの街の神殿が暴走した事にする。
そしてその事に対する謝罪は勿論の事、けじめをしっかりと着ける事でなんとかキュルケ教の立場が地に落ちるのを防ぐしかない。
ジャネットは方針を決めるとその行動は早かった。
「トッチーノ神殿長補佐、申し訳ありませんが私はここを出ます」
その言葉にトッチーノの思考が止まる。ジャネットの言っていることが理解できないのだ。
「ここに留まれば私まであなた方と同じだと思われてしまいます。
申し訳ありませんが、あなた方とは同じキュルケ教であっても一線を引かせて頂きます。
短い間でしたが、お世話になりました。
私は荷物を纏めますのでこれにて失礼いたします」
「ちょ、お待ちくださいジャネット司祭!
どういう事ですか?!」
「私にはあなた方をお救いすることは出来ないと言う事です!
なので本部へ包み隠さずあなた方が行ったこれまでの所業を報告し、指示を仰いでください。
そして私にはやるべきことが出来てしまったのでここには留まれないと言う事です!」
後ろからトッチーノが声を掛けるがジャネットは止まらない。
最後に本当の慈悲として勝手な行動を取るのではなく上に指示を仰ぐように忠告をするとジャネットは自室へ向かい急いで荷物を纏めるのであった。
翌朝、ジャネットは朝早く起きたそれこそ夜が明ける前にだ。
本日からジャネットの様な鑑定持ちが関わる仕事があると言う事はトッチーノ達から聞いていたのだが、その場所や時間までは知らされていなかった。
だが、何が何でもその場に行かねばならなかったジャネットはこの街にあるもう1つの宗派であるウェイガン教を頼る事にした。
お互い夫婦神である神々を祭っている宗派であり、お互い協力して共存共栄を図って来た間柄である。
最初は聞けば教えてくれるだろうと軽く考えていたジャネットだったが、その対応はジャネットの想像を超えて悪かった。
ウェイガン教の門戸を潜ったジャネットは早速受付で問いかけたが、答えが返って来る事は無かった。
受付の返答は「申し訳ありません。キュルケ教の方には何もお教えする事は出来ません。お引き取り下さい」と言う言葉で素気無く断られた。
受付では埒が明かないと思い神殿長への面会を求めたが、そちらも素気無く断られる。
その対応にジャネットは焦る。
不味い、これは本当に不味い。
あのくそ共め!と思わず聖職者にあるまじき言葉が出そうになるのを必死に堪えてなんとか平静を装い粘り強く交渉し続けていると、運良く神殿長のバージェスが通りかかった。
矛先を受付からバージェスへと変えて交渉を続けるが旗色は大分悪い。
それでも何とかしなければと思い、如何に自身がここまで来るのに苦労したのか、それでもこの国の為と思い頑張って来たこと。
それなのにこの扱いはあんまりだと嘆き涙を流したり、せめて納得のいく理由だけでもミーネ様の後見人と言う方から直接教えて頂きたいと訴える。
途中から演技なのか本心なのかジャネット自身もわからなくなる程に感情的になってしまい収拾が付けられなくなっていたのは仕方のない事だろう。
そんなジャネットの姿に同情したのか周りの視線に耐えかねたのかバージェスは妥協した。
妥協した結果、ジャネットについての扱いをボコポに丸投げすることにした。
意を決するとバージェスは紹介状を素早く認め、ジャネットに渡し、バージェス本人は神殿の奥へと向い籠った。
そして紹介状を受け取ったジャネットはボコポの工房へと向かった。
そんなこんなでジャネットは今工房の前にいる。
「すみませーん」
そう声を掛けると店の奥から髭モジャのドワーフが現れる。
「へーい、お客さんですかい? どんな御用で?」
「いえ、そのぉ、ボコポさんと言う方はいらっしゃいますでしょうか?」
「あぁ、親方なら今出掛けてるんでいませんぜ、今日はそのまま暫く帰ってこないんで親方への御用でしたら日を改めてくだせぇ」
遅かった。
ジャネットは肩を落としたが、いや、まだだ!と気合を入れ直して粘る。
「ボコポさんがどちらへ行かれたか教えて頂けないでしょうか?」
「それは教えられねぇんでさ。
申し訳ありやせんがお帰りくだせぇ」
そう言って相手が頭を下げて来た。
それでもジャネットは必死に粘り続けて交渉する。
だが相手も「出来ねぇ」「無理」「すいやせん」「いい加減帰んな!」「教えるこたぁ出来ねぇって言ってんだろうが!」「しつこい姐さんだなぁ」「無理なもんは無理なんだよ」「なぁ、頼むから帰ってくれ」と大分疲弊して行った。
そうしてどれだけ時間が経っただろうか、工房の扉が開くと、相手のドワーフが「親方ぁ、助かったぜぇ」と声を上げる。
ジャネットもその台詞に振り返ると、強面のドワーフが視界に入る。
「あぁん?どうしたディルボ?」
「いやぁ、この姐さんがなんか親方に御用らしいんでさぁ、居ねぇっつってもしつこくて、だから親方が帰って来てくれて助かりやした」
「はぁ、お前も客の一人や二人追い返せねぇようじゃまだまだだな」
そう言ってディルボが視線を向けた先に眼を向けるとキュルケ教の司祭が立っていた。
「・・・こいつぁ厄介な客が来たもんだぜ」
「初対面で中々失礼な発言ですね。
まぁ、それも覚悟の上ですが・・・
あ、そうそうウェイガン教のバージェス神殿長からこちらを渡すようにと言われておりまして、どうぞご確認ください」
「バージェスから?トッチーノじゃねぇのか?」
そう言って訝し気に首を傾げながらもボコポは紹介状を受け取ると目を通す。
しばし静寂が訪れた。
・・・
・・
・
「あんの野郎ぉぉぉぉぉ、丸投げして逃げやがったなぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ボコポの咆哮が響き渡った。
紹介状の内容は完結に言うとジャネットを楽太郎に合わせて欲しいと言うものだった。
バージェスへの怒り心頭となっていたボコポにジャネットは怯えながらも果敢に声を掛けた。
「あぁん?あぁ、すまねぇな嬢ちゃん」
少し冷静さを取り戻したボコポにジャネットは自身の現状を説明する。
ジャネット自身はこの国の未来の為にとウェルズの街の神殿からの要請に応じ協力する為にこの街に出向いた。
それがいざ街に着いてみればキュルケ教の協力が拒まれたと言われ、不要扱いされる。
送り出される際はしっかりと勤め上げるようにと地元で激励を受けて来たと言うのに、何もしないままではとても帰れない。
せめて第3王女ミーネ様の後見人となられた方と直接会って直談判させて欲しい。
そんな風に説明されればボコポも無下に扱う事が出来なかった。
何せ協力を仰いだのは確かにボコポであり楽太郎なのだ。
その要請を受けて態々この街まで来たジャネットを無下に追い返すのは間違っている気がしたのだ。
結果、ボコポは楽太郎に会わせる条件を2つ出した。
『どんなことになっても俺達を恨まない事』
『俺達の行動を妨げるような言動も絶対にしないこと』
ジャネットは二つ返事で了解した。
そしてボコポは楽太郎の元へとジャネットを連れて行くことになった。
「ここで少し待っててくれ」
そう言うとボコポはノックをし、部屋の主の了承を受け1人で中に入る。
「どうしましたボコポさん?」
「あぁ、いや、そのぉ、な、ラクタロー・・・少し問題が起きてな」
何時になく歯切れの悪いボコポの様子に訝しむ楽太郎。
「どんな問題ですか?」
「実はな、鑑定持ちの協力者の中にキュルケ教の人間がいるんだが・・・」
一気に場の空気が重くなる。
「あぁ、それなら必要ないので丁重にお帰りいただいて下さい」
「いや、それは流石になぁ、不義理なんじゃねぇかと思ってなぁ・・・」
「不義理?」
「いや、俺達が協力を仰いで態々来てもらったのに、トッチーノ達が悪いとはいえ、こっちの都合で良いように振り回すのは違うんじゃねぇかと思ってな」
その言葉に楽太郎は暫し考え、思い直す。
確かに問題を起こしたり信頼を裏切ったりしているのはこの街のキュルケ教だ。
他の街のキュルケ教から助力の為に派遣された者には今の所何の咎もない。
だが、流石にこれだけやらかしたキュルケ教なのだ。
何も無いとは思えない。
だが、楽太郎もこう言った事は幾度か経験したことはあった。
とある支部の営業がやらかしたことの後始末に駆り出された事がったのだ。
楽太郎自身としては俺がやらかしたわけじゃないと思いつつも相手からすれば同じ会社なのだ。
内心の葛藤をグッと抑え只管平身低頭で謝り倒し、何とか切り抜けたと言う嫌な思い出である。
因みにその時はストレス発散とでも言わんばかりにコーラの消費量は爆上がりしていた。
そんな事を思い出せば無下に切り捨てるのも躊躇われた。
悩んだ末、溜息を一つ吐くと答えを出す。
「確かにモニカ達の不誠実さが原因とは言え、遠くから来られた方には関係のない事でしたね。
これは私が至らなかった。申し訳ありません。
ただ、それでも私のキュルケ教への偏見は変わらないので対応は厳しいものになると思います。
それでも問題ないと仰るのであれば、お会いしましょう」
「おう、わかった。
それじゃ確認して連れて来るぜ」
ボコポが出て行くと、楽太郎はポツリと呟いた。
「はぁ、気が重い・・・」
部屋を出たボコポは待たせているジャネットの元へ戻ると状況を説明した。
その説明にジャネットは勿論二つ返事で了承して楽太郎の部屋へと向かうことになった。
ジャネットからすれば漸くスタートラインに立ったようなものだ。
ここから気を引き締めて交渉をしなければならない。
その為にも先ずは相手の情報を少しでも手に入れる為に鑑定を使う事を決意する。
そしてある扉の前に辿り着くとボコポがこちらを見る。
ジャネットは深く息を吸うと頷いた。
ノックの音が響いた後、誰何の声が上がり、ボコポが答え入室を許可される。
先にボコポが入り、続いて入室してボコポからの紹介を受け、一歩前に出て自己紹介。
「初めまして、私はリンギの街のキュルケ協会に司祭として勤めさせて頂いているジャネットと申します。
今後もお見知りおき頂けると幸いです」
顔にはアルカイックスマイルを張り付け如才なく挨拶をして一礼。
顔を上げると同時に相手を素早く鑑定。
結果を見てジャネットの表情が凍り付く、いや、表情だけでなく全身が凍り付いた。
その様子を訝しんだ楽太郎はボコポに視線を向けるが、ボコポも首を振って否定する。
内心嫌々ではあるが仕方なく声を掛ける。
「えーっと、ジャネットさん?
どうしました?」
楽太郎が声を掛けたが全く反応しない。
どうしたものかとボコポを見ると今度はボコポが一歩近付き声を掛ける。
「おい、あんた、大丈夫か?」
ボコポの大声に我に返ったのかジャネットはビクッと肩を揺らす。
「あ、あ、その、え、えと、た、大変申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁー!」
そう言うとジャネットはいきなり全力の土下座をした。
「何これ?」
「・・・わかんねぇ」
楽太郎とボコポの困惑した声が零れた。
・・・
「大変申し訳ありません。
実は失礼な事ではありますが、あなた様を鑑定していまいまして・・・」
暫くして、なんとか話せる程度には落ち着いたジャネットが告解をする。
その言葉に楽太郎は思い当たる節があった。
そして相手が鑑定持ちだったことを忘れていたことを思い出し失敗したなぁと内心反省する。
「あ~、私の『聖人』の称号の事ですよね?その件については口外禁止と言う事でお願いします」
その言葉にジャネットではなくボコポが反応する。
「やっぱり『聖人』だったのか」
「えぇ、そうですねぇ~って、ボコポさんにも教えていませんでしたっけ?」
「あぁ、まぁ、あの方々と連絡取れる時点で多分持ってるだろうとは思ってたけどな」
「まぁ、そうなんでボコポさんも口外禁止でお願いします」
「おう、わかったぜ」
そんな会話にジャネットが口を挟む。
「あ、あのぉ、『聖人』については了解しましたが、他の称号については問題ないのでしょうか?」
その言葉に楽太郎の思考が一瞬停止する。
「他の?」
「えぇ、他の称号についてです」
その言葉に楽太郎はステータスを確認してみる。
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名前 :山並 楽太郎
性別 :男性
年齢 :16
種族 :人間(異世界人)
職業 :冒険者(ランクD)
称号 :聖人 キュルケ神の地上代行者兼相談役 ウェイガン神の地上代行者兼友人
レベル:137
ステータス
HP : 6510
MP : 4920
STR : 4148
VIT : 3964
INT : 6776
AGI : 4764
DEX : 4884
MND : 4764
LUK : 3345
特記事項
猿田彦の加護
建御雷の加護
サスティナの加護
ナシスの加護
ルシエントの加護
「ちょ?!マジか?!」
固まる楽太郎。
場がシンと静まるのも束の間、楽太郎は右手を突き出し「少々お待ちを」と告げるとスマホを取り出し後ろを向くとキュルケ神に凸した。
数度のコール音の後、「はーい」と言う間延びした声が出ると楽太郎は猛抗議。
「ちょっとキュルケさん!これどういう事ですか?!
聞いてないんですけどぉぉぉぉぉ!
事と次第によっちゃぁ、私速攻で逃げ出しますよぉぉぉぉぉ?!
とにかく説明してください!
それと取り消しを希望します!断固取り消しを希望します!!」
その剣幕に室内にいた二人は茫然とするが、話は進む。
「あぁー、そう言えば言い忘れてたわね」
楽太郎の焦り具合とは正反対にキュルケが返す言葉はどこか嬉し気である。
「そう言えばじゃないんですよ!あんた等この前も事後報告だったよねぇぇぇぇぇ!」
「ごめんなさいねぇ。
でも昨日会議あったじゃない。
あの場で私の信者達の態度や言い草がねぇ、流石の私もドン引きしたし、溜息しか出なくってねぇ。
とっても残念に思ってたんだけど、そんな中、楽太郎さんが私が言いたかった事をズバッと言ってくれて、まるで代弁してくれたみたいでとっても嬉しくなっちゃったのよ。
あまりの嬉しさに気付いたらつい力が漏れちゃってたみたいで、その、称号が自然に付いちゃったのよぉ。
それに最近は楽太郎さんのお陰で悪魔のダンジョンから殆ど力が吸われなくなったおかげで調子がいいのよ。
本当に楽太郎さんには感謝しかないわ」
「感謝してるんなら外してもらえませんかね?
私には分不相応な称号なんですよ。
お願いします」
「でもねぇ、多分今後はその称号が役に立つと思うのよ」
「どういう事です?」
「楽太郎さんがキュルケ教の協力を拒んだじゃない?
そのことで今後キュルケ教とは必ず揉めたり衝突したりすると思うのよ。
そんな場面でその称号があれば、とっても役立つと思わないかしら?」
キュルケから実益を示されると楽太郎の抗議の声は小さくなる。
確かにあれば楽になるだろう。
だが、その分目立ってしまう。
すでに十分目立っていることは自覚しているが、これ以上は・・・と、どこかで歯止めを掛けたい自分がいる。
その逆にもうこの国にではやりたい事は無い。
ならこの国に限っては目立っても良いんじゃないか?
どうせ他の国に行けば俺の事なんか誰も知らないんだから・・・と思う自分もいる。
どちらに振るか悩んでいる楽太郎の繊細な部分をキュルケは上手く突いてきた。
「た、確かに、そう、なんですが・・・」
「それに私の地上代行者であれば楽太郎さんの言葉は私の言葉となるんだから、方針転換してキュルケ教の協力を求める際にも損はないはずよ?
それでも嫌と言うなら期間限定って事にするのはどうかしら?
今回の件が終わったら称号を隠すって事にすることも出来るわよ?」
「・・・はぁ、わかりました。
ただ、期間限定の場合、私が何か悪さして称号を消されたと思われると私の評判も落ちるので勘弁してもらいたいんですけど」
「それなら事が終わったら地上代行者は外してウェイガンと同じようにお友達ってことでどうかしら?」
この時点で楽太郎は称号を消すことを諦めた。
「・・・はぁ、確認したいんですが、事が終わったらの事っていうのはミーネが王座に就くまでって事で良いんですよね?」
「あら、釘刺されちゃったわね」
「やっぱり、ミスリードするのは止めてもらえません?神様でしょ?」
「そうね、でも嘘は言ってないじゃない?」
「嘘は言っていませんが誠実性の欠片もないじゃないですか。神様が公明正大を欠いて良いとでも?」
「ふふふ、痛いところを突かれたわね。
わかりました。では第3王女ミーネがゴルディ王国の王座に就いた時点で称号の書き換えを行います。
これで称号の事は納得してもらえたかしら?」
「不本意ですが、わかりました」
「じゃぁ、序でに加護も付けておくわね?」
「はい?な、なんでそうなるんですか?!」
「私の地上代行者が私の加護を受けていないって変じゃない?」
「変じゃないですよ!寧ろ代行出来る位の実力があるんだから必要ないんじゃないですか?」
「だって楽太郎さん人間じゃない。
人間の代行者が庇護を受けないのはおかしなことなのよ?」
この世界の常識に疎い楽太郎がそう言われては言い返すのは難しい。
「その論法は卑怯じゃないですか?」
「卑怯じゃないわよ。この世界での常識を私は言っているだけなんだから」
「・・・」
「と言う事で私とウェイガンの加護を付けますね~」
電話越しにも笑っていることが伝わる声音でキュルケは言い切る。
楽太郎は遣る瀬無い気持ちになりながらも何とか絞り出すように声を出す。
「はぁー、わかりました。
後、先程の称号の件についてウェイガンさんにも同じようにして頂くようにお伝えください」
「はい、私と同じタイミングで称号の書き換えをするように言うのね?」
「そうです。それとこれは特大の貸しにしますから、取り立ては貸しの数倍、数十倍以上で取り立てますので、ウェイガンさんにもお伝えください」
「まぁ、怖いわね。
普通加護を与えるんだから感謝されるんだけど?」
「怖いと思うのならやめればいいじゃないですか?
それに事を起こすなら先に相談してからにしてください。
じゃないと称号に偽りありって触れ回る事になりますよ?」
「あら、いつも相談してるじゃない」
「愚痴聞いてるだけだと思いますけど?」
「あ、あらぁ、そうだったかしら?
・・・次からは気を付けるわ」
「・・・本当にお願いしますね?」
「はい、わかりました。
それじゃ失礼するわね」
「はい、失礼します」
そう言って通話を切ると楽太郎は溜息を吐く。
「全く・・・困ったもんだ・・・」
そう呟いてから室内で人を待たせていたことに気付くと謝罪する。
「あぁ、お待たせして申し訳ありません。
取り合えず、ジャネットさんでしたっけ?他の称号についても口外禁止でお願いします。
勿論ボコポさんもお願いしますね?
じゃないと神の神罰が下るかもしれませんよ?」
冗談のつもりで言ったのだが、ジャネットは速攻で土下座となり「このジャネット、口外しない事を固く誓わせて頂きます!」と平伏してしまう。
ボコポも何と言って良いのか困っているようで楽太郎とジャネットを見比べながら「あ、あぁ、わかったぜ」と答えた。
それ等の対応に楽太郎は慌てて取り繕うが中々印象を変える事は難しく、ジャネットからは偉大で恐れ多い存在として扱われてしまう。
それに伴いウェルズの神殿にいる者達への不信と怒り、怨嗟の念がジャネットの中で膨れ上がった事は言うまでもないだろう。
そして楽太郎は改めて鑑定持ちの者達の事を考え、先に口止めしようと集めた事で彼等からジャネットと同じような扱いを受ける羽目になってしまい、内心どうしようと悩む羽目になる。
こうしてジャネットの件は有耶無耶になりかけたが、再度ジャネットの熱い謝罪とトッチーノ達への怨嗟の声、それに伴う憐れを誘うような態度や表現に多少ほだされた楽太郎がウェルズの街の神殿勢力の助力は拒否するが他の街のキュルケ教については今後のジャネットの活躍次第として保留を決め込んだ。
これにジャネットは首の皮一枚でつながった事に一瞬安堵するが、直ぐに自身の振る舞いや実務能力に今後のキュルケ教の未来が掛かっていることに身震いし、戦々恐々とではあるがなんとかやる気を奮い立たせるのであった。
そして時間は冒頭に戻る。




