第178話 解放と粛清 ⑧ 分岐点
楽太郎は会議場となっているボコポの工房へと足を踏み入れる。
出席者の顔触れを視界に収めながら自分の席を探しているとそこにそぐわない人物を見付けて顔を歪める。
相手も楽太郎を認識したようでバツが悪そうに下を向く。
その人物の身形は以前よりもだいぶ簡素になった祭服らしきものであったが楽太郎に宣言した誓いは破られたようだ。
これではボコポ達の取り成しも水泡に帰すと言うもの。
ボコポ達へ同情しつつもやはりキュルケ教とは関わらない様にしようと心に誓う楽太郎であった。
一方、楽太郎の失望と怒りを含んだ複雑な視線を受けたトッチーノは居た堪れない。
それに前回取り成してもらったボコポやバージェス、ヤコボ親方からの視線も痛い。
いっそここに居る事を咎められた方がどれだけ気が楽になった事だろうと思いながらも、モニカの指示を無視する事も出来なかった。
トッチーノの立場はキュルケ教で一番の下っ端になったのだ。
ウェルズの街においてではあるが組織のトップであるモニカの命令には逆らえない。
しかし、だからこそトッチーノにはわからない。
なぜ自分をモニカが態々ここに連れて来たのかが・・・
モニカだってラクタローとの衝突は得策ではないとわからない訳ではないだろう。
それでもトッチーノを連れて来た理由とは何なのか。
そんな思いを抱きながらも会議は始まる。
「皆様、お忙しい中お集まりいただき誠にありがとうございます。
早速ではございますが、これからゴルディ王国の命運を掛けた作戦会議を行いたいと思います」
仰々しい言葉で会議の音頭を取ったのはウェイガン教のバージェスであったが、そこにボコポが待ったをかける。
「バージェス、会議を始める前にこの場に居ちゃいけねぇのが紛れ込んでやがる。
さっさと追い出せ」
そう言うとボコポはトッチーノを睨む。
その様子を見てバージェスも嘆息するが、こちらはモニカに視線を向ける。
「モニカ神殿長。
この大切な会議の場に見習いを連れて来るとはどういう了見でしょうか?」
その質問にモニカは不敵な笑みで返す。
「見習いだと?
どこにいるのだ?」
その返答にボコポが激高した。
「そこのトッチーノだろうが!」
「トッチーノは見習いなんかじゃないぞ?
ウェルズのキュルケ教神殿長補佐だ。
トッチーノが見習いなんて話、誰から聞いたのだ?」
モニカのこの言葉にトッチーノ自身も驚きを隠せなかったが、それ以上にボコポが怒りを露わにする。
「な?! 手前ぇ!
おい! トッチーノ! どう言う事だ! 話が違うじゃねぇか!」
「は、話が違うと言われても、私も何が何だか・・・
モニカ、どういう事だい?」
「どういう事も何もお前の降格人事を私は了承していない!
私はウェルズの神殿長でこの街で一番偉いんだ!
お前が希望していても私はそれを拒むことが出来る。
キュルケ教を去るのであれば私に拒否する権限は無いが、同じ組織にいるのであればお前の思い通りになんかならないのは当然の事じゃないか!」
「しかしモニカ、それでは筋が通らないんじゃないのかね?
仮にも聖職者が一旦決めた覚悟を踏み躙るなど、人としてもあってはならないと思うのだが?」
思わずと言った感じでバージェスが口を差し挟む。
「バージェス、お前はウェイガン教の癖にキュルケ教の人事に口を挟むのか?
なら私がパリスの神殿長補佐の任を解き見習いに落せと言ったらそうするのか?」
「そんなことするわけないでしょう!
そもそもパリスは何の失態も犯していないのです。
そちらのトッチーノと違い降格する理由がありません!」
「トッチーノだってどんな失態を犯したと言うんだ!」
「キュルケ神が失礼のないように丁重にもてなすように神託を降ろしたにも関わらず、相手に威圧・暴言・脅迫等の失礼な行為を行いました」
「そ、それは・・・」
「また、キュルケ教の者達は神の言葉を軽んじている。
モニカ神殿長、あなたもその人物に対して闇討ちをしようと画策した」
「な、何故それを?! い、いや、違う!」
「己の信仰する神の恩恵は十全に受けているのに神の言葉には耳を貸さない。
これらは神に対する罪ではないのですか?
これでも降格処分は不相応とでも?
私にしてみれば随分と温情に塗れた極めて軽い処分だと思いますが?」
楽太郎の低く平坦な声は、会議の場にいる面々を黙らせるには十分であった。
因みにモニカの襲撃未遂についてはキュルケとウェイガンが楽太郎に愚痴った内容の一つであり、直接被害を受けていないので楽太郎は見逃していたが、事ここに至っては指摘せざるを得ない。
反論する事が出来なくなったモニカはだんまりを決め込み、周りは事態を静観する姿勢である為、しばし静寂が訪れる。
「わかりました。
では、キュルケ教の方々は退室してください。
あなた方の協力は不要です」
楽太郎はそう宣言した。
その言葉にモニカは動揺した。
「な、そんな訳ないだろう!
私達がいなければ王権交代なんて無理だぞ!」
「王権交代だけであれば私とミーネがいれば十分可能です。
ただ、少しばかり流れる血が増えるだけですよ」
「そ、それはどう言う・・・」
「簡単な話ですよ。
私はミーネに確実ではないが家族は出来るだけ助けると約束しました。
しかしそれ以外の者については何一つ約束していません。
何度も言いますが、私はこの国の者ではないのです。
こんな国のクーデターごっこなんざさっさと終わらせるに限る。
であれば後腐れなく敵を皆殺しにするのが手っ取り早い。
何せ人手が足りないのでね。
確実な方法を取るとそうなります。
まぁ、人類の敵が消えるのですから、この国の治安はより安全になることでしょう。
あぁ、因みにどうにもならなくなった者達が最後に頼るのは恐らく神殿でしょうね。
その場合、もしそう言った者達を匿う様なことをしていた場合、その神殿関係者も皆殺しですね。
何せ神が背信者と認め、人類の敵と見定めた者達を匿うのですから、当然ですよね?」
そう言って楽太郎は周りを睥睨すると、今度は気を抜いて言葉を続ける。
「まぁ、今のところ協力者になって頂ける方々には恵まれているのでキュルケ教の協力を拒んでも大して計画を変更しなくても大丈夫ですけどね。
と言う事でキュルケ教の方々はご苦労様でした。
必要ないので帰ってください」
「な、そんな訳に行くかぁ!!」
「行きますよ。
現状、この国を救う要となる人物は第3王女のミーネです。
彼女を最初に保護したのは私で、彼女が直接助けを求めたのも私です。
そして不本意ながら私は彼女を後見する立場になりました。
私はボコポに協力を頼み、ボコポはこの場にいる皆さんに協力を求めました。
つまり、不本意ですがこのクーデターの首謀者がミーネである限り、私の権限もそれに付随したものとなります。
その私が必要ないと判断したのです」
「私を、キュルケ教を排除すると言うなら、この事をゴルディ王に「モニカ!」」
モニカの発言をトッチーノの怒声が遮るが、時すでに遅し。
楽太郎は「鑑定」スキルでモニカの称号を確認し、薄く笑う。
「モニカ、その発言はキュルケの意に真っ向から歯向かうと言う事です。
それに神々が人類の敵と認定した者達を利する行動と見做されます。
つまり、貴女はたった今、背信者となりました」
「?! そ、そんな、馬鹿な・・・」
「貴女は本当に愚かですね。
バージェスさん、鑑定持ちの方を呼んでください」
「は、はい。
あ、いや、わかりました。
少々お待ちください」
そう言ってパリスに顔を向けるとパリスが室外に飛び出し、暫くすると一人の聖職者を連れて来た。
「クウェスの街で侍祭をしておりますモノリスと申します」
そう自己紹介をすると、バージェスが早速とばかりに指示を出す。
「うむ、早速ですまないが、こちらのモニカ神殿長を鑑定して称号を確認してもらえないか?」
そう言ってモニカを示すとモノリスもそちらに眼を向ける。
「わかりました」
そう言ってしばらくじっとモニカを見詰めていると、モノリスは驚愕し、目を見開く。
「何がある?」
「は、はい、残念ですが、称号は『背信者』となっています」
全員が息を呑む。
それと同時にモニカが怒声を上げる。
「そんな訳あるかぁぁ!」
そう言ってモノリスに飛び掛かろうとしたが、寸前で楽太郎に地面に叩きつけられて拘束される。
「この通り、やはりキュルケ教は腐りきっているようですね。
神殿長が背信者になるとは・・・何と嘆かわしい」
そう言ってニヤリと嗤うと楽太郎はモニカを気絶させて室外に放り投げる。
「さぁ、あなた方もお帰りなさい。
それとも強制されないと動けませんか?」
そう威圧するとトッチーノを含めたキュルケ教の面々はすごすごと退室して行った。
「さて、では改めて会議を始めましょう」
そう切り出すと楽太郎は幾つかの議題を上げ会議を進めた。
会議が終われば、殆どの案件は概ね楽太郎の思った通りに進み、捕虜の鑑定作業についても楽太郎の意見が通る形となった。
ただ1点、楽太郎の誤算だったのは『人類の敵』の称号が付いた者達についての処遇だ。
彼等はどう考えても死刑が妥当な者達であり、どれだけ温情を掛けても奴隷落ちは免れない。
そしてその奴隷の扱いが混迷を極めた。
ウェイガン教はそもそも宗教団体であり、奴隷を持つこと自体が忌避される為、早々に引き取りを拒絶された。
また、商人達からは付いている称号が不穏過ぎる為、そんな奴隷を持っていると評判が立てば商会の信頼は地に落ち真面な商売が出来なくなるとこちらも拒絶。
ボコポを含む職人達も商人たちと意見は同じでこちらも拒絶。
結果、国王となる身であるミーネ預かりとなる事が決定したが、ミーネ自身が直接の主人になると奴隷になる事すら名誉と思われる可能性がある。
それでは奴隷落ちにする意味がなくなると会議は紛糾。
結果、落とし所として他国の者であり、ミーネの後見人でもある楽太郎の奴隷にすると言うオチが待っていた。
勿論楽太郎も必死に抵抗した。
私にも今後の生活があります。
「評判が落ちると言うことは社会的な信頼を失うと言う事です。そうなれば私も今後の生活が困難になってしまい、配下の者達も満足に守れなくなります」と商人や職人達と同じような理由で拒否すれば、バージェスから「あなたはミーネ様から直接助けを求められたのでしょう? それに応えたのはあなただ。であればその責任を果たす義務があるのでは?」と言われれば反論できなかった。
それ以外にも、今後も増えるであろう大量の奴隷達を養うだけの資産がないと言えば、奴隷達は終身犯罪奴隷と同じ扱いにするので問題ないと言われる。
因みに終身犯罪奴隷の扱いとは、全ての人権が剥奪された状態で完全に主人の所有物として扱われる。
その為、衣食住の保証どころか生死の保証すらされず、どんな命令にも絶対服従となる。
それ以外にも通常の奴隷は解放される事を前提に首輪等の付属物で奴隷としての身分を付加しているが終身犯罪奴隷は首に直接奴隷紋が刻まれ、奴隷身分から解放される事はない。
つまり、養う必要が無く、壊しても問題ないと言う事である。
因みにこの説明をされて楽太郎はドン引きしたが、これで退路を1つ断たれたと落胆もした。
次に思い切って「では皆殺しにしましょう」と発案すれば「ミーネ様が王となられた際の外聞が悪すぎます。後見人であればミーネ様の将来も考えてください」と言われてしまい却下された。
それでも渋り続けた楽太郎を見かねたのか、それとも哀れに思ったのか、奴隷商のマルコムが「『人類の敵』となった方々は無理ですが、『背信者』となった者達については私が引き受けましょう」と言って名乗り出た。
これにより楽太郎も折れざるを得なくなってしまった。
それでも楽太郎は自分だけじゃないと何とか自分を慰め、前向きに思えるように努力した。
結果、楽太郎が『人類の敵』となった捕虜達の主人となる事が決まり、『背信者』となった捕虜たちの主人には奴隷商のマルコムがなる事が決まってしまったのである。
だが、楽太郎は家に帰ってから、ふと気付いた。
今回の件の黒幕達の中で称号が『背信者』のみの者などほとんどいないと言う事に、
そして称号『人類の敵』が付いていないのであれば奴隷としての扱いも終身犯罪奴隷ではなく、
通常の解放可能な奴隷であり、一時的な措置となるであろうことに・・・
更にただ1人だけ、生涯の負債となる終身犯罪奴隷を背負わされたことに・・・
その夜、ウェルズの街に楽太郎の嘆きの声が響いたとか響かなかったとか・・・




