第177話 解放と粛清 ⑦ 事後③
ふぃぃぃぃ~、ランドのお陰で取り敢えず何とか雇わずに切り抜けられたぜ。
途中リゼルの奴が余計なこと言うから参ったが、何とかなってよかった。
全く、あいつは俺に恨みでもあるのか?
いや、奴隷として買ったの俺だから恨んでるのか?
もしそうなら逆恨みもいいところじゃねぇのか?
借金奴隷って事だったし、自業自得って奴じゃねぇのか?
いや、親に売られたパターンも考えられるのか?
うーむ、そうなると奴隷の身分に落されたこと自体に内心で腹を立ててるのかもなぁ。
そうなると俺の奴隷ってのも嫌ってことなのか?
元貴族令嬢って事だし、プライド高いのかな?
そう思い、以前口論となった事の内容を思い出し、金と地位と名誉に拘り、承認欲求が強いことも思い出す。
はぁ、厄介だ。
俺の行動原理とかけ離れ過ぎている。
なんで身内からも邪魔されてんだよ・・・
もう少し俺に優しい世界でもいいじゃねぇかよ。
内心の愚痴は止まらないが、ランドがいる手前、このままくさくさしてても仕方ないと思い直す。
今度リゼルと面談しよう。
その時にもし俺の奴隷が嫌だと言ったり、俺の行動原理を尊重できないならマルコムさんとこに送り返すとしよう。
金銭的に損するけど、それ以上に一々突っ掛かって来られて邪魔される方が嫌だしな・・・
はい、結論出ました!もうおしまい!
後の事は後の俺がなんとかするさ!
今は楽しい事を考えよう!
ご飯の事に集中するのだ!
そう思いランドに声を掛ける。
「そう言えば、食事は何が用意してあるんですか?」
「うん?あぁ、ミーネの嬢ちゃんも食べるって聞いたからな。
ビーフシチューって奴にしたぜ!
今回の出来は中々だから楽しみにしてくれていいぜ!」
その言葉に味を想像して楽しみになるが、一つ懸念が生まれる。
「美味しそうで良いですね。
期待してますよ!」
「おう!
旦那が作ったのより美味いって言わせてやるぜ!」
「ところでパンはいつものですか?」
「うん? あぁ、そうだけど?」
その言葉に少しげんなりする。
こっちの世界のパンは固いのだ。
うーん。そろそろ天然酵母に手を出さねば・・・
本当はもっと早く着手する予定だったのに色々と面倒事が多過ぎて手を出せていなかったのだ。
「ランドさん、レーズンと言うか、干し葡萄ってあります?
あとガラスの瓶とかもありますかね?」
「レーズン? 屋敷にゃないが、買って来りゃいいのか? 他の干し葡萄も売ってると思うぜ。
あとガラスってのは知らねぇな、瓶なら木や鉄製、焼き物じゃダメなのか?」
「うーん、無いなら他ので代用するしかないですね、密閉できる容器がいるんですよ。
あとレーズンと干し葡萄は買って来てください」
「了解だ!
また新しい料理の材料なのかい?」
「うーん、新しいわけではないんですが、まぁ、材料の材料って所ですかね?」
「おぉ、これで俺のレシピもまた増えるってもんだぜ!」
本当に嬉しそうな表情を浮かべるランドに俺も釣られて笑顔になるが、俺がそちらに手を割くことは現状難しくなってきているのも事実で少し、いや、かなり寂しい。
俺の1番の目標がコーラの作成だし、2番目の目標はコーラに合う美味しい食べ物だ!
本来こっちに力を入れなきゃいけない筈なのに・・・
そこで俺はランドに少しだけ試練を与える事にする。
「ランドさん、新しい料理と言うかお菓子についてなんですが、作り方、知りたいですか?」
「本当か?! 是非教えてくれ!いや、教えてください!」
そう言うと勢い良く頭を下げるランド。
「ふぅ~む」
少し勿体ぶってみる。
「頼むよ旦那ぁ~、出来る限りの事は何でもするからさぁ~」
その言葉を聞いて俺は内心ニヤリとほくそ笑む。
「わかりました。
そこまで言われたら仕方ないですね。
では、今回はランドさんにちょっとした挑戦と言う形で料理をして貰いましょう」
「ちょ、挑戦?」
「えぇ、今回は私は見本を作りません。
作り方のみをこの場で説明します。
そしてランドさんはその作り方を聞き、即興で作ってください。
そうですねぇ、一回目の制限時間は私達が食べ終わるまでとしましょうかね。
お菓子ですから、デザートとして最後に出してください。
そこで採点します。
私が問題ないと判断したらレシピはランドさんに伝授したものとします。
逆にこれは違うと私が判断した場合は失敗です。
残念ですがその場合、私はシャーベットさんにレシピを伝授しますので、
その後、このレシピを使いたいのであれば再度シャーベットさんから教えを請い、
私から合格を貰えたらランドさんも使えると言う事にしましょう。
如何ですか、挑戦しますか?
それともまた今度にしますか?
因みに次は何時になるかわかりませんよ?
私は近々王都まで出張る羽目になっているので・・・」
そう挑発的に言うとランドは驚いた顔をしたが、しばし黙考した後、勢いよく頷く。
「やってやりますよ!
後輩の後塵を拝するような真似なんて出来ねぇ!」
まんまと挑発に乗ってくれたようだ。
レシピ自体はそんなに難しいものでもないので使用する材料の割合を一部伏せたりして難易度を上げて口頭で伝え、
[無限収納]に仕舞っていた即席の蒸し器を取り出して説明し、材料の1つである重曹も渡す。
そう言えば蒸し器もボコポに作って貰おうと思ってたんだっけ・・・
「ふ~む、これが重曹って奴か。
こんなのを入れただけで本当に膨らむのか?」
訝しむランドに俺は慌てて忠告する。
「重曹だけじゃなくレモン汁も入れるんですよ!
良いですか、この重曹は入れすぎると料理そのものが苦くなったり独特の匂いがでて台無しになる事が多いんです。
くれぐれも入れ過ぎには注意してくださいね?
それとレモン汁と合わせるタイミングも重要なので慎重に行ってくださいね?」
流石に味見はしてくれるだろうが、出来れば失敗作は食べたくない。
やっぱり自分で・・・と思ってしまうが、流石に今日は時間が許してくれない。
俺の本懐の筈なのにそれが中々出来ない状況と言うのは本当に厄介だ。
はぁ、面倒事が多すぎる。
「よっしゃぁ!
やってやるぜぇ~!」
俺の内心とは裏腹に喜びに満ちた顔でやる気満々で走り出そうとするランドを羨ましく思いながらも釘を刺す。
「その前に私達のご飯もしっかりお願いしますよ?」
「おっと、そうだった。
旦那!早く食堂行きますぜ!」
「そんなに慌てないでください。
時間はまだありますから」
もどかしそうに急かすランドに苦笑して食堂へと向かった。
食堂に着くとミーネとエロイーズが既に席に座っていた。
俺もランドに促され席に着くと、ランドは急いで厨房へと戻って行った。
「ゆっくり休めたか?」
そう尋ねるとミーネは寝起きの所為か少しボーっとしていた表情を引き締め、「はい、休めました」と返事をする。
「無理はしなくて良い。
まだ疲れているだろう、楽にしていいぞ」
そう言うとミーネもホッとしたようで、すっかり慣れた様子で椅子の背もたれに凭れかかる。
まぁ、テーブルマナー的にどうなのかは知らないが身内しかいないのであれば疲れている時くらい多少の横着は許されると思うんだ。
その様子にエロイーズが何故か微笑んだ。
俺は訝しそうな顔を向けるが、エロイーズの笑みはまた少し深くなる。
「何か面白い事でもあったか?」
「いえ、ただ、旦那様はやはりお優しいのだと実感していただけです」
そう言われて羞痒ゆい思いになる。
「優しかったらこんな過酷な状況には追い込まないだろう?」
「いいえ、ミーネ様のお立場であれば旦那様の所業は最善の選択だと思いますよ?」
「いや、俺は寧ろ厳しいと思うぞ。
もっと他にミーネの負担の少ない方法はあった。
だが、俺は敢えてその方法を取らなかった」
「それはその場だけを考えれば確かにミーネ様の負担は減ったのでしょうけど、
ミーネ様の今後を見据え成長を促す為に敢えて取らなかっただけではないのですか?」
「いや、ミーネが成長すれば私の負担が減るからですよ。
別にミーネの為にそうした訳ではありません」
憮然とそう答えるとエロイーズは「そうですか」とまた微笑み、『私はわかっていますよ』と言わんばかりの態度で何ともやりにくい。
と言うか、なんというか、彼女の俺に対する肯定感が何だか少し怖く感じるんだが・・・
そう思い気持ちを切り替えようと話題に出たミーネに視線を移す。
ミーネはあまり疲れが取れていないのか体を椅子の背に預け、眠そうにうつらうつらと舟を漕いでいた。
ここに来てから肉体も精神も叩き上げたし、急激なレベルアップに命掛けの戦いを連続でエンドレス。
挙句に騎士団の制圧。
そりゃ疲れるわな・・・
「今夜の会議なんだが、ミーネも大分疲労が溜まっている。
ミーネが一番の当事者とは言え、今日の会議の参加は流石に見合わせた方が良いと思うんだが、どうだろう?」
「それが良いと思います」
「では、ミーネの代理としてお前が出席する事とする。頼んだぞ」
そう言ってニヤリと口の端を持ち上げるとエロイーズは一瞬驚いた顔をしたが、直ぐに「わかりました。何かありましたら助けてくださいね、旦那様♪」と嬉しそうに笑んだ。
ダメだ、今日は敵わん。
そう思っているとシャーベットが料理を運んで来た。
「旦那様、お待たせいたしました」
そう言うとビーフシチューを筆頭にサラダやパン等他の料理もせっせと並べ始める。
「ありがとうございます。
そう言えばランドさんはどうしてます?
私達のご飯も忘れずしっかりするようお願いしたのですが?」
「あ、あはは・・・
一応料理の方はしっかりとやってますよ。
ただ、『今は給仕までできねぇから頼む』って言われたので今日は私が給仕も務める事になりました」
空笑いをしつつシャーベットが答えると俺は溜息を吐く。
「ふむ、これは厳しく審査しないといけなくなりましたね。
まぁ、それはそれ、今は食事を楽しみましょう。
さぁミーネ、食事ですよ。
って、言わなくても起きましたか、それでは頂きます!」
「「頂きます!」」
ミーネはビーフシチューの匂いで起きたようで目をぱっちりと開け、いつの間にか言うようになった「頂きます」の声と共に目を輝かせて食事を楽しんだ。




