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第175話 解放と粛清 ⑦ 事後①

 引継ぎの際、夜の会議で議題に上げたい事を幾つか伝え、一仕事終えた俺はミーネを伴い一時帰宅した。


 家へ入るとミーネはあからさまにホッとした表情になり、力が抜けた感じになる。


 流石にまだ子供だからな。


 時間は短いが命のやり取りもしたんだ、消耗しているだろう。


「おつかれさん、よくやったな。

 少し遅いが食事にしよう。

 支度には少し掛かるだろうからその間は休んでおくといい。

 エロイーズ、よろしく頼むよ」


 そう言って俺は返事も待たずに厨房へ顔を出すとランドに食事の用意を頼み自身は居間へと向かった。











 途中エリクが居たので声を掛け、キャシーとエマ、ゲルド、セルマ、少し考えてからエリーとリゼルを居間に集めるようにお願いする。


 そして居間に着くと俺は肩に担いでいた荷物を床へと放り投げ、上着を脱ぎ靴紐を緩めたりと体を締め付けるものを外し楽な服装へと着替える。


 荷物からは何かを訴えるようなくぐもった音がしたが俺は気にせずソファーに座ると無限収納からコップを取り出し塩サイダーを注ぐ。


 暫し炭酸の弾ける心地よい音に耳を傾けていると、荷物から雑音が混じりイラっとする。


 俺は荷物に向けて殺気を向けて「黙れ」と一言静かに発すると荷物は一度飛び跳ねた後、微動だにしなくなった。


 その様子を見届けると俺は再度コップに視線を向け、コップの水面からシュワシュワと弾ける炭酸を見詰めゆっくりとコップを持ち上げると一息に飲み干す。


「くぅぅ、やっぱり炭酸は最高だぁぁぁ!」


 空になったコップをテーブルに置くと次は何を飲もうかと思案する。


 うーん。レモンスカッシュも良いがジンジャーエールも捨てがたい。


 いや、なんなら蜂蜜レモンサイダーとかでもイケるな・・・


 もういっそ全部飲むか!コップの貯蔵も十分だし。


 あぁ、そうだツマミのポテチポテチ。


 唐揚げもあると良いな。




 あれもこれもと思い付くまま取り出していった結果、テーブルには炭酸ジュースとツマミの皿が所狭しと並べられていた。


「楽太郎さん、呼んで来ましたよ。って、何やってるんです?」


「うん?あぁ、ちょっと食事前に摘まもうと思いましてね」


「ちょっとって量ですかね?」


・・・


「ま、まぁ、みんなで食べればちょっとになりますよ」


 少しばかりやり過ぎた事を認めつつ、呼び集めた面々に先ずは座る様に促し皆が座るのを見届けると俺は再度口を開く。


「とりあえず、今日の作戦の結果と今後について少しお話します。

 その上であれに尋問しようと思っているんですが、声が外に漏れなくて、汚れても良い部屋ってこの家にありますかね?

 あ、結構臭うようになるかもしれないんですが、そう言った意味でも問題ない部屋ってあります?」


 俺の質問に離れにある地下室の存在を教えてくれた。


 正直、この家は自分で隅々まで調べたわけじゃないから知らない事も多い。


 この家は広すぎるからね、こういう時に従業員(家政婦)が居ると便利だ。


 先に飲食を勧め、他の面々が落ち着いた頃を見計らい今日の出来事を順を追って説明していく。


 騎士団を囲んでいたミノタウロス達を討伐した事。


 包囲されていた騎士団を鎮圧・捕縛した事。


 その際キュルケ教のリディアーヌに邪魔された事。


 等々を説明し、今日の夜の会議で騎士団の者達はその殆どが奴隷落ちする事等も合わせて説明する。


「・・・と言う感じですね。

 事が上手く運べば近いうちにこの街から王都、と言うか王城へ向かう事になると思います。

 セルマ、あなたは確か冒険者でメリザンドとサロメとパーティを組んでいましたね?」


 セルマは急な声掛けに一瞬驚いた表情をしたが、直ぐに答える。


「え、えぇ、その通りですが、それが何か?」


「それなら今度王都へ向かう際は護衛としてあなた達を連れて行こうと思います。

 それと護衛としてはエリクもお願いします。

 後はエロイーズと、エリーかリゼルのどちらかも連れて行こうと考えています。

 他の方は人数が減って仕事が増えるとは思いますが、キャシーとエマを中心に留守番をお願いする事になります。

 他の皆にも伝えておいてください。

 あと、連れて行く者については旅の支度を出来るだけ早く整えていつでも出られるように準備をしておいてください」


 そう言ってテーブルに金貨を5枚毎に積み上げ、計30枚置く。


 皆が視線を忙しなく交わして何かけん制し合っている?のか・・・


 そんな事を思っているとキャシーがため息混じりに質問してきた。


「これは?」


「金貨だ」


「いや、そうじゃなくてですね」


「わかっていますよ。

 これは支度金です。

 今度連れて行く者達に旅の支度をしろと言っても先立つものが無ければしたくできないでしょう?

 なので1人金貨5枚を用意しました。

 各自これで準備をしてください」


「私も連れて行って貰えないですか?」


 そう言ったのはキャシーだった。


「駄目です。

 そもそもあなたはこの家の管理を任せる為に雇ったんですよ?

 そのあなたがこの家を離れてどうするんですか?」


「それはそうなんですけど、私も何かお手伝いがしたいんです」


「それなら尚の事家の管理をお願いします。

 何せ家主の私がいないんですから、しっかりと留守を守ってくださいよ」


 呆れながらそう返すとキャシーは憮然としながらも黙り込む。

 他の一同も沈黙している中、俺はジンジャーエールを一口含む。

 行儀が悪いとは思いつつ口内で十分に味わい、飲み込む。

 はぁ、美味い。


「さて、エリーとリゼルについてですが、あなた達を連れて行く理由は元貴族令嬢だからです。

 他国の貴族とは言え礼儀作法は似たような物でしょう。

 なのでその辺りの礼儀作法なんかを道中にでも教えて貰おうと思っての事です。

 どちらか付いて来てもらえますか?」


 そう言って視線を向けるとエリーとリゼルはほぼ同時に「「行かせてください!」」と返してきた。


 あ~、二人共OKだったか。


「ありがとう」


 そう言って俺はテーブルに金貨を5枚追加した。


「これで王都に行くのは9名ですね・・・エマ、今日の会議次第ですが、馬車を2台確保しておいてください」


「は、はい」


「とりあえず私からのお話はこれくらいですが、皆さんからは何かありますか?」


 そう聞くとエリクが真剣な表情で手を上げるので視線で話すよう促す。


「今回の旅に1人、冒険者を雇っては頂けないでしょうか?」


「この街の冒険者ですか?」


「・・・いえ、違います。私の妹です」


「うん?

 どういう事?」


「実は今、妹がこの街に来ていまして・・・」


 そうして口を開いたエリクの話を簡単に纏めると、エリクが奴隷落ちした後、妹のエリシスさんは責任を感じてエリクを買い戻そうと必死にエリクの行方を捜しつつ資金集めをしていたそうだ。


 因みに、基本的にはどの奴隷が誰に買われたかと言った情報は奴隷商人の間では漏らされる事は無いらしい。


 昔から奴隷となった者の縁者が奴隷を取り戻そうと実力行使する事件には暇がないほど多いそうで、自然とそう言うルールが生まれ、それを破った者はそれ相応の処罰が下される事になっているらしい。


 そんな事情もあってどんな奴隷商でも最低限のルールとして根付いている常識らしい。


 まぁ、いつの時代も金銭でその辺りの常識が揺らぐ者は一定数いるので完全には守られていないのは暗黙の了解となっているんだろうけどね。


 まぁ、そんな状況であり、エリクの妹さんもエリクの足取りは掴めていなかったそうだ。


 ただ、妹さんも馬鹿ではない。


 エリクを見付けても先ずは先立つものが無ければ取り戻す事も出来ない。


 なので先ずは買い戻せるだけの金銭を稼ぐためにこのダンジョン都市ウェルズに来たと言う事だった。


 旅の間も奴隷となった兄がさぞ辛い思いをしているだろうと心を痛めながらも必死に行動した。


 そうして妹さんは悲壮感を漂わせて鬼気迫る勢いで神のダンジョンに潜っていたが、なんの奇跡か偶然か、丁度お家の門番をしていたエリクとばったり再会したそうだが、その時の状況が、まぁ、あれだった。


 連日のダンジョンダイブで疲弊しきっていた妹さんの目に飛び込んできたのはエリクがジーナやご近所さんとのんびり穏やかに談笑している光景だった。


 ・・・


 いや、エリクが悪いわけではない。


 ご近所さんとの交流を深める事でトラブル回避をするのも門番の務めだし、一緒に門番を務めているジーナもエリク同様門番の務めを果たしているだけだ。


 それに2人は門の傍から離れていたわけでもない。


 立派に仕事をしていただけなんだが、妹さんにはそう映らなかったらしい。


 奴隷に身を窶した筈の兄が、街中で堂々とナンパをしている。と・・・


 その光景が信じられなかったらしい。


 暫く呆然とその光景を眺めていた妹さんだったけど、段々と怒りが込み上げて来る。



 私はこんなに苦しい思いをしていたのに!


 どうして兄はナンパなんかして楽しそうに遊んでいるのか!と、



 結果、妹さんはエリクに跳び掛かった。


 まぁ、突然の襲撃ではあったけれど流石にエリクも俺が鍛えた後だったこともありあっさりと妹さんを取り押さえられたが、妹さんの口から迸る魂からの叫びは大音量で街中に響き渡ったとの事。


 幸いな事に談笑していたご近所さんにも怪我は無く上手くその場を収められたらしいが、妹さんのご機嫌を直すのには相当な苦労をしたとの事だった。



 そんな話を聞かされて俺は溜息を吐く。


「はぁ、それで、エリクは妹さんをどうしたいんですか?」


「どうとは、どういうことです?」


「この先の事ですよ。

 いいですか? 私達は王都に観光しに行くわけじゃないんですよ?

 人類に仇為す悪の王を玉座から引き摺り下ろしに行くんです。

 もっとストレートに言ってしまえば、武力による政権交代(クーデター)を起こしに行くんです。

 あなた方は私の奴隷(従業員)なので否応なく巻き込みますが、あなたの妹さんは違います。

 ここで巻き込んでしまえば成否に関わらず今回の件にどっぷりと巻き込まれる事になります。

 それにあなた方とは違い私に隷属しているわけではない。

 なので妹さんは途中で抜けたり裏切ったりなんて行為も可能なんです。

 もしも妹さんがそんな事をしてしまえば、それこそ命の保障は出来ません。

 と言うか、私は率先してその命を刈り取る側になるでしょう。

 あなたは自分の妹を私の命令で刈り取るかもしれなくなる。

 それでも妹さんを雇って欲しいと言えますか?」


 そう聞くとエリクは青い顔で押し黙る。

 俺が話している内容は極論だが、無いとは言い切れないことでもある。

 何せ一国の王位をミーネに簒奪させるのだから。


「さて、エリク。 あなたは妹さんをどうしたいんですか?」


 そう言ってエリクに詰め寄ると、意外な人物が手を上げて声を上げる。


「あの、ご主人様。

 もっと重要な事をお伝えになっていないと思うのですが?」


 その言葉に内心焦る。


「ふむ、何を伝えていないというのかな? リゼル」


「ご主人様が最初に仰いました通り、ご主人様がこれから為そうとしている大業は『人類に仇為す悪の王を玉座から引き摺り下ろしに行く』ことです。

 これをわかり易く平たく言い換えると『人類を救う為の偉業』でございます。

 しかもご主人様はキュルケ様とウェイガン様の2柱の神からの信頼厚い英雄です。

 ご主人様と行動を共にすると言う事は、これ程の偉業に携わる名誉を頂くと言う事です。

 一体誰が裏切ると言うのですか?」


「いや、俺は英雄なんかじゃないんだが?」


「ご主人様や様々な方からお聞きした情報を客観的に述べた事実です。

 ご主人様はこの街が晒された脅威を取り除きました。

 この一事だけをとっても一般的には英雄と言うべき功績だと愚考いたします。

 それに、何よりもご主人様に買って頂いた私達奴隷にとっては人生そのものを救ってくださった英雄そのものです」


 リゼルの言葉に青い顔をしていたエリクも迷いを払拭されたかのように顔つきが変わる。


「・・・」


 折角、断る方向で話を動かしていたのに・・・

 俺は深い溜息を吐き、条件を提示する。


「はぁ、わかりました。

 では、条件は2つです。

 1つは守秘義務についてです。

 守秘義務の内容が誰かに漏れた場合、本人の死、もしくはそれ以上の罰則が科されます。

 その事を了承することです」


「そ、それは・・・」


「これから私がすることについての雇用だと考えれば当然の条件でしょう?

 ペットの散歩を代行するような程度の低い仕事じゃないんですよ?」


 俺はエリクを睨み、静かな怒りを周りに撒き散らす。


「その程度の、最低限の覚悟もさせられないのなら、そもそも提案なんてするんじゃねぇ」


 部屋に居た者達は全員顔を真っ青にしてガタガタと震え、息苦しそうに浅い呼吸を繰り返す。

 そんな中、俺からの怒気を正面から受けているエリクが苦しそうな表情で歯を食いしばりながら声を上げる。


「そ、その条件、で、お願い、します」


 エリクの了承の言葉を受け、俺は怒気を収める。


「では、2つ目の条件ですが、レベルは最低60以上でお願いします」


「は?」


 エリクの間の抜けた声に俺は訝しむ。


「何か問題が?」


「い、いえ、その条件は少々、と言うか、なんと言うか、む、無理です。

 も、もう少、いや、は、半分くらいに条件を下げられないでしょうか?」


 その言葉を俺は即座に否定する。


「半分?

 ありえない!

 今回同行する者の最低レベルでさえ55あるんですよ?

 護衛する冒険者が護衛対象者より弱くてどうするんですか!」


「ざ、雑用係にでも・・・」


「もう一度言います。

 あなたが雑用と言った仕事を熟す者であってもレベルは55あるんです。

 それにあなたが言った雑用ですが、あなたの妹に王族であるミーネの身の回りの世話が出来ますか?

 そして私に貴族の礼儀作法を教えられますか?」


 そう問い掛けるとエリクは沈黙した。


「使えない足手纏いを雇うなどありえない!」


 そう怒鳴ると全員がビクッと震えた。


 気不味い沈黙が降りた室内を見回すと誰もが俺から視線を外す。


 その様子に嘆息すると扉がノックされる。


「旦那ぁ~、飯の用意が出来たぜぇ~」


 ランドの場違いに思える程呑気な掛け声に俺は脱力させられる。


 いや、この場を離れる絶好の機会を与えてくれたんだ。


 ありがたいじゃないか。


「わかりました。

 すぐ行きます」


 そう返事をすると「了解~」とランドの陽気な声が聞こえた。


「さて、私は食事をしに行きます。

 あなた達はここで少し休憩とします。

 テーブルの上の物は好きにしなさい。

 あと、エリク、あなたの妹は雇いません」


 そう言い付けると俺は食堂へと向かった。





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ホラーが大丈夫な人はこちらの短編もよかったらどうぞ。
ナニかがいる。
― 新着の感想 ―
そりゃそうだと言う、常識の話ですね。 どこぞの主人公様(笑)なら人情で雇うのでしょうが、楽太郎には通じませんし。 護衛として雇うのではなく、なにか割りの良い仕事の話でも斡旋してもらえばよかったでしょう…
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