第172話 解放と粛清 ④
「な?!」
「はぁ?」
「ちょっ!」
俺は部屋の扉を開けると問答無用でハリセンを相手の頭に叩き込み次々と気絶させて行く。
1階から始めて3階までミノタウロスを討伐しながら騎士や兵士を叩き伏せつつ、屋敷の使用人達諸共に縛り上げて行く。
道中は回数を重ねた所為かミーネも大分手馴れており、リディアーヌも突っ込むだけ無駄だと漸く気付いたのか何も言わなくなっていた。
そして最後にミーネが居た部屋に辿り着いた。
「さて、ミーネ。
ここが最後です。
あなたを騙していたサムソンが居ると思われますが、心の準備は出来ましたか?」
「はい。扉を開けたらまずぶっ飛ばします」
そう言ったミーネの目付きは据わり、負のオーラを纏って金棒を一振りする。
・・・
「ぶっ飛ばすのは良いですが、殺さない様にしなさい。
狙うなら腰から下か手足を狙いなさい。
それも無理そうなら頭以外にしなさい。
即死しなければ何とでもなります。
(まぁ、即死しても1時間以内なら何とでもなりますが・・・)」
「ちょ、ちょっと物騒じゃないですか?」
リディアーヌがそう言うと俺とミーネがリディアーヌの方へ振り向き胡乱な視線を浴びせると「ひぃ」と短い悲鳴を上げる。
「ウェルズに災厄を振りまいた元凶で、ミーネを貶めようとした張本人なんですよ?
リディアーヌさんはそんな重罪人に対しても『殺さない』と言う慈悲を掛けている我々の優しさがわかりませんか?」
「・・・」
ミーネの視線が更に厳しくなる。
「ひぃ、み、ミーネ様。
申し訳ありませんでしたぁ!」
そう言って土下座するとミーネも「許してあげる。でも、次は無いよ?」と釘を刺した。
まぁ、リディアーヌは話も理解できずに逃げ遅れただけの阿呆だからな。
ここまでもただ付いて来るだけで全く役に立っていない。
楽太郎はリディアーヌにゴミを見るような眼を向けて溜息を吐くと、思考を切り替えた。
「さて、足手纏いに邪魔されましたが、気を取り直して中へと入りますよ。
準備は良いですね?」
「はい!」
ミーネは上手く気持ちを切り替えたようですぐに臨戦態勢になる。
文句を言っていたリディアーヌも楽太郎の嫌味には気付いたようだが反論もせず縮こまる。
そして俺は扉を蹴り開けた。
サムソンは窓の外でミノタウロス達が討伐されて行くのを呆然と眺めていた。
これは現実なのか?
お、俺は、俺達は助かったのか?
目の前の有り得ない光景を眺めながらも、ミノタウロス達が次々と倒されて行く姿に絶望に沈んでいた心に希望の灯が点る。
現実か幻かも分からず呆然と眺めていたものを、次第に希望を乗せて『行け!』『そこだ!』『倒せ!』と応援し始める。
そんな事をしていると同室にいた使用人達も一心不乱に祈り、応援していた。
扉一枚外にもミノタウロスが居る為、決して大きな声は出せなかったが、それでも一匹、また一匹と倒れる姿に一喜一憂する。
そして外を闊歩していたミノタウロス達の姿が見えなくなると、その希望の戦士達が段々と屋敷へと近付いてきた。
その姿に一層強く希望を抱くことになるが、近付いて来るにつれてその姿が露わになる。
そしてその姿が誰であるかを確信し、サムソンの心は再び絶望に染まる事になった。
何故、ミーネ様が?
混乱し、思考が乱れ、何故?どうして?何が起きた?と次々と疑問が浮かぶが、答えは浮かばず、答える者もいない。
只々自問自答を繰り返すだけで何もわからない。
そして室内で同じように窓の外の光景に見入っていたカタリナが視界に入ると問いかける。
「カタリナ、お前は何か知っているんじゃないのか?」
その問いにカタリナは応えない。
答えないと言うより、カタリナも驚きで表情が固まっていた。
「おい!貴様ぁ!答えんかぁ!」
半ば八つ当たりの様に怒声を上げると、漸くカタリナもサムソンが声を掛けていたことに気付き言葉を返す。
「も、申し、訳、ありませんん。
な、何か、御用、でしたか?」
「貴様はあれを何か知っているんじゃないのか?」
その言葉にカタリナは顔を顰めそうになるが、寸でで思い止まり、表情を何とか取り繕う。
「わかり、ません」
「ちっ、使えんな」
それだけ言うとサムソンはまた窓の外に視線を戻した。
その態度に怒りを覚えたが、カタリナもそれどころではなかった。
カタリナも肋を折られ、切り札だった杖もへし折られ手札は尽きていた。
それでもカタリナは諦めず、なんとか助かろうと頭の中で策を練っている最中だった。
せめて他に閉じ込められている奴等と連絡が取れればとも思ったが、言葉を発するだけでも痛みで気が狂いそうになる現状、一か八かの賭けをすれば自分が真っ先に死ぬことがわかっているので、どうする事も出来なかった。
そんな絶望的な状況に置かれながらも、カタリナは諦めず助かる方法を模索し続けた。
そんな中での急激な状況の変化に思考が付いて行かない。
誰が?何の目的で助けに来たのかわからない。
それでも何とか上手く立ち回らなければと思考をフル回転させた。
近付いて来る者達の顔がわかるにつれてカタリナの頭にも疑問符が浮かんだからだ。
一人はこの国の第3王女ミーネ。
彼女がサムソン達を助ける意図はわかる。
自身の手足になる者達だから助けるのもわかる。
だが、その隣にいる人物に内心疑問府が浮かぶ。
確か、ラクタローとか言う冒険者だ。
一度商談で相対したが、恐ろしい程の実力者であること位しかわからなかった相手。
しかも商売において返り討ちに遭った相手であり、信じられない程の殺気を向けられたこともある相手だ。
そんな事もあり、当然カタリナは楽太郎の事を忘れる訳が無かった。
そんな人物が何故ミーネと一緒に居るのか?
彼はどういう立場の人間なのか?
わからないが、とても良好とはいえない間柄の人物の登場でカタリナは一気に危険度が跳ね上がったことを自覚した。
そうして思考に没頭した為、サムソンの声掛けに気付けなかったのだ。
サムソンが然程こちらに興味を示さなかった為、カタリナは再度深く思考する。
どう立ち回るのが一番得をするだろうか?と・・・
俺が扉を蹴り開けると、一拍空けてミーネが弾丸の様な勢いで室内へ突入する。
そしてサムソン目掛けて突撃する。
「天誅ぅぅぅ!」
そう言ってミーネはサムソンの腰辺りを金棒で強振する。
俺にはスローモーションのようにサムソンが吹っ飛ばされ壁にめり込む姿が見えた。
因みにその間サムソンは悲鳴を上げる暇もなかったようで何かのオブジェの様に無言で壁に突き刺さっていた。
・・・死んだか?
そう思った瞬間、一拍遅れて室内に悲鳴が上がった。
音源は室内にいた使用人の女性2名。
見た目を確認する前に俺は素早く近付き、ハリセンでしばき上げる。
字面は最悪だが、気絶させて大人しくさせただけだよ?
と言う事で他に残った唯一の人物に視線を向ける。
ミーネを連れ出した時にこの女がいる事は既に知っていたが、楽太郎としては知らない事だ。
俺は驚くような演技をしつつ声を上げる。
「あなたは確か・・・
カタリナ元商業ギルド長ですか?」
そう声を掛けると彼女は一瞬不審そうな表情をしたが、直ぐに顔を顰めながら返事をする。
「え、えぇ、そう、です」
俺は念の為にと鑑定を使い、彼女の称号を確認したと同時に即座に彼女の頭にハリセンを叩き込んだ。
「え?」
間の抜けたリディアーヌの声が上がるが、俺は無視してカタリナに回復魔法を掛けつつ彼女の身包みを剥がす。
「何してるんですか?!」
憤るリディアーヌに怒りと殺気を込めた視線を向けて黙らせると、気を失っているカタリナの上に腰を下ろして押さえ付けつつ念入りに縛り上げる。
縄を二つ折りにして等間隔で幾つも瘤を作り、二つ折りにした先端の輪をカタリナの頭から通して縄を胸から腹にかけ、股間を通して背中側から首の輪に通して引き上げる。
カタリナの股間に縄が食い込むが気にせず引き上げ、胸側の縄に何度も通して蜘蛛の巣状に縄を広げる。
そして両手を後ろ手で念入りに縛り上げ、両足も同じく縛り上げて両手と纏めて縛ると、カタリナの肢体は弓なりに反らされる。
その上で更に暴れられない様に両肘に縄を掛けて蜘蛛の巣状になっている体の縄に通して固定していく。
そうして雁字搦めに縛り上げると最後に口内を確認。
よくある歯に毒が仕込まれていないか調べ、念には念をと解毒魔法を掛けて猿轡を噛ませた。
「ふぅ、取り敢えずこれで良し!」
俺の気が抜けたのを感じたのかリディアーヌが突っ込みを入れる。
「な、何がこれで良いんですか?!」
「はぁ、無能の巫女さんは黙ってて貰えますか?
正直、一々やることに突っ込まれると作業が滞るんですけど?」
その言葉にミーネは頷き、リディアーヌは怯む。
「ミーネ、彼女をよく見ておきなさい。
無能な者の代表的な見本です」
「なんてこと言うんですか!」
「事実でしょう?
自分の身も守れないのに作戦内容も理解せず勝手に死地に残って足を引っ張る。
その上、正しい判断が出来ない癖に自分が正義であるかのように振舞い邪魔をする。
こういう者を『無能な働き者』と言って、味方にいると足を引っ張るだけでなく問題を起こし続けます。
早急に切り捨てないと後で大変な事態を引き起こすのでよく覚えておきなさい」
「わかりました!」
「因みに今回はこの方はキュルケ教の幹部なので私達とは別の組織の人間です。
今回の件はキュルケ教にしっかりと抗議しないと後で大変な事になるので覚えておきましょう」
「はい!後でキュルケ教に抗議します!」
ミーネは素直に返すとリディアーヌには蔑むような視線を向けた。
「うぅ、なんでぇ?
私、味方じゃないのぉ?」
「味方なら仲間の作戦の邪魔なんかしませんよ。
あなたは今回、一々邪魔をして利敵行為しかしていないでしょうが!
寧ろキュルケ教に対する背信行為と言っても良いレベルですよ?」
反論しつつ楽太郎はミーネと共に残りのサムソン達も縛り上げる。
勿論カタリナからも視線を外さずに警戒している。
そんな中でもリディアーヌは元々作戦に参加する予定ではなかった為、縛り方も知らず手伝う事も出来ない。
只々付いて来ただけの邪魔者である。
それが楽太郎とミーネの認識で、黙って付いて来るだけなら問題ないが、一々突っ込みを入れて作戦の邪魔をする上に何が悪いかも理解していないリディアーヌに二人は辟易していた。
その後も黙々と作業する楽太郎とミーネを見詰める事しかできず、何もできずに手持無沙汰になったリディアーヌは漸く自分の立場を理解したが、すでに手遅れであった。
こうしてまたもキュルケ教は楽太郎からの評価だけでなく、今回関わった者達からの評価も落とす羽目になり、見習いにまで身を窶したトッチーノがその事実を聞いて発狂したとかしなかったとかはまた別の話であった。