第169話 解放と粛清 ① ミーネ始動
翌日、騎士団を・・・ミノタウロスを隔離した貴族屋敷の前でアップを始める。
俺の隣ではミーネも一緒になってアップを始めている。
「・・・あのぉ、ラクタローさん?
何をしているんですか?」
「何って、準備運動ですよ」
「いや、そうじゃなくて、なんで私がトッチーノさんの代理をすることになってるんですか!
こう見えても巫女になった所為で私も色々と忙しいんですけど!」
そう言って愚痴を溢すリディアーヌを『何言ってるんだこいつ?』と言いたげな表情で楽太郎とミーネが見詰める。
「う・・・なんですか、何か言いたいことがあるんですか?
私は一杯ありますよ?!
今日のお勤めをと思ったら急にトッチーノ様が見習いになるとか言い出して自分の仕事を投げ出したんですよ?
お陰でキュルケ教は今、混乱の極みなんですから!」
「いや、忙しいのは誰しも同じでしょう?
それにキュルケ教の都合なんて知りませんよ。
内々の事なら内々で済ませてくださいよ。
関係のない私に文句を言ったってどうにもならないでしょう?」
「くぅぅー!!
どうにもならなくても文句が言いたいんですよ!
口に出して言うだけでも何かモヤッとしたものが少しは発散出来るんですから!」
大分開き直って来たなぁ~と思いつつ、あくまで他人事として考えてあしらう楽太郎にリディアーヌは『あなたの所為でしょーが!』と言う一言を何とか飲み込みつつも何とか当たり障りのない愚痴を訴える。
「それに、トッチーノ様が抜けてしまったせいで実務に支障が出捲ってるんですよ!」
「はいはい、リスク管理を怠ったツケが今回って来ただけでしょ?
自業自得ですよ自業自得」
「うぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「そんな事よりもそろそろ始めます」
「え? あ、はい?!
ちょ、もう始めるんですか?」
リディアーヌはそんな事を言っているが、周りの者達は速やかに距離を取る。
「避けて通れない面倒事はさっさと終わらせる主義なんですよ。
ミーネ、行きますよ!」
「はい!」
元気な返事に気を良くして楽太郎は周囲に土壁で壁を作り万が一にもミノタウロス達が外に出ないように配慮してから以前、自分が『土壁』で塞いだ門扉を蹴りつける。
門扉は轟音と共に土煙を舞い上げ、豪快に吹き飛ばされて行く。
「さぁ、準備は良いかミーネ?」
「はい、バッチリです!」
そう言ってミーネは金棒を強振して見せる。
そんなやり取りをしている間にミノタウロス達も轟音に釣られて近付いて来ていた。
「あ、あのぉ~、なんで私も閉じ込められてるんでしょう?」
そんな言葉を楽太郎の背中に掛けるリディアーヌ。
「え?」
「え?」
「いや、作戦実行の合図伝わってましたよね?
それに私合図出しましたよね?
私が『そろそろ始めますよ』と言ったら退避することになってたじゃないですか。
それに『遅れて閉じ込められても自己責任でお願いします』とも言いましたよ?」
楽太郎は事前にしっかりと伝えていたし、これまでの楽太郎の行動を見ている者達は楽太郎は有言実行の徒であると認識しており、自身の命が関わっている事を重々承知している為、行動は素早かった。
逆にリディアーヌは楽太郎の言動については理解していたが現場を経験していない為、その認識が甘々だった。
「え?あ、いや、あの! えぇ~!」
「まぁ、自己責任なので死なないように頑張ってください」
何でもない事のように楽太郎が言うとリディアーヌの叫びが街中に木魂した。
「さて、ミーネ、おバカなお姉さんは放っておいて、敵に集中しますよ。
複数に同時に狙われないように気を付けて一匹づつ戦いなさい。
それでも失敗して複数に狙われたら?」
「全力で逃げる」
「正解、では頑張ってください」
そう言うとミーネの後方に楽太郎は陣取る。
ミーネが待ち構えていると最初の1匹が近付いてきた。
ミノタウロスはミーネを視界に納めると目の色を変え戦闘態勢へと移る。
どうやら見た目には騙されないようだ。
そこは流石は魔物と言うべきか、ミーネが尋常でない事を本能で理解したのだろう。
ただ、ミーネはそんな事はお構いなしに雄叫びを上げて突っ込んだ。
「先手必勝!」
そう言ってミノタウロスに肉薄するとミーネは金棒を叩き付ける。
思わずジャストミートォォォ!と喝采したくなるほどの振りである。
対するミノタウロスも虚を突かれはしたが、避けられないと判断するや耐える為に力を込めて防御を固めた。
だが、ミーネの腕力と金棒は凶悪な暴威でもってミノタウロスの左ひざを破壊する。
ミーネの一撃に耐えられなかったミノタウロスが苦悶の声を上げて倒れるとミーネは容赦なく止めの一撃をミノタウロスの頭に目掛けて振り下ろした。
「や、やりました!」
思わずドヤ顔でこちらに振り向くミーネに楽太郎は称賛の声を上げる。
「おー、良いですよ~、良いですねぇ。
理想的な倒し方ですよぉ~」
そう言うとミーネは照れたように喜ぶ。
「ですが、敵はまだまだいます。
事が終わるまでは気を引き締めてください。
でなければ、死にますよ?」
その言葉にミーネは頷き、気を引き締める。
これまで数日とは言え常に死と隣り合わせの現場で厳しく鍛えられたのだ。
幼くとも、いや、幼いからこそ体感して覚えた事がしっかりと身についている。
「さぁ、頑張って駆除しましょう」
「はい!」
「あ、あのぉ、わ、私の事も忘れないでもらえないでしょうか?」
リディアーヌは震えながらも何とか声を掛けるだけの気力はあるようだ。




