第167話 宴の後
遅くなりましたが続きです。
酒場を後にする楽太郎の後姿を見送ると、ボコポは酒場に戻りテーブルに着く。
乱闘場にはドワーフ達が散乱しているが、どの顔も満足そうな笑顔を湛えている。
ぶん殴られて満足そうと言うと変態のように思えるが、ドワーフとしては全力でのコミュニケーションをとった結果に満足していると言う事だ。
ボコポ自身は今回参加はしなかったが、十分に満足している。
その光景を眺め、盃を一息に煽る。
「ふぅ、この街が終わるかと思ったが、ラクのお陰で救われた。
まぁ、それ以上にこの国の存亡に関わる事になっちまったが、奴が居ればなんとかなるだろ。
なぁ、お前もそう思うよな?」
後ろから近付いてきた人物は少し驚いた表情でボコポの正面に回る。
「気付かれていましたか」
「わからいでか・・・なぁ、トッチーノ」
そう言いつつエールの追加を注文するとボコポはニカッと笑う。
その笑顔にどこかばつの悪い表情で言い淀むトッチーノ。
肩書はキュルケ教の神殿長補佐であり、キュルケ教のトップに近い地位にいる。
その為キュルケ教を守らんとする意気込みには感心する。
だが、それも相手や状況を見て考えねばならない。
それをわかっているつもりでわかっていなかったが為、手痛いしっぺ返しを喰らい続けて評価も落とし続けている男だ。
「それで準備は進んでるんだろうな?」
「はい、各地から王都支部へ鑑定持ちの神官が集まって来ています。
こちらにも3名到着しました。
他にも王城制圧の人員等も続々と集まり、今のところ順調に進んでいます。
当面の目標である明後日の計画に於いても何の支障もない事をラクタローさんにお伝え願えないでしょうか?」
思わずため息を漏らすボコポ。
「あのよぉ、そろそろ直接伝えちゃぁどうだ?」
「いえ、私は、私とルインは、近付かない方がいいかと・・・今は大事な時期です。
余計な軋轢を生む危険は避けるべきだと思います」
「そりゃぁ、お前さんの自業自得って部分が大きいだろうが。
いつまでも避けてちゃ、関係なんか修復できねぇぜ?
そもそもお前さんが神託を信じて丁重とは言わねぇが、普通に対応してれば問題なかった筈だ。
なのになんで高圧的な態度に出たんだ?」
「そ、それは・・・はぁ、お恥ずかしい話なんですが、当時はキュルケ教の中でもモニカ達強硬派と言われる者達がラクタローさんへの襲撃を企んでおりまして・・・」
トッチーノはその経緯をボコポに話した。
「はぁ、お前さん、まだモニカの事わかってねぇのか・・・」
ボコポからは溜息と共に呆れたような声が返って来た。
「それはどういう意味です?」
「言葉のまんまだよ。
お前さん、モニカの言動から馬鹿だと思ってんだろ?」
ボコポのその言葉にトッチーノは黙り込む。
「まぁ、その通りの馬鹿なんだがな」
その言葉にトッチーノは転びそうになる。
「はは、冗談だよ。
ただ、モニカの言動は表面を見れば馬鹿やってるようにしか見えねぇんだがな。
どうにも本能で理解してるみてぇでな、相手の許容範囲ギリギリの瀬戸際で馬鹿やってんだよ。
それも周りの人間のフォロー込みでやってんのがたち悪ぃんだ。
お前さんの前なら止められるとわかってるから余計に無茶してるきらいがあんだよ。
それに闇討ちするって言った件でも強硬派だっけか?
そいつらの代弁をするような形で無茶することで、お前さんとしては不本意とは思うが、結果的に不満を持つ奴の留飲を下げちまってんだよ。
つまり言動に惑わされるが、結果を見りゃ見事にコントロールできてんだよモニカは」
「そ、そんな?!」
「まぁ、殆どは考えての行動じゃねぇんだろうが、それが出来ちまってんだよモニカは。
それを理解してねぇからお前さんが空回って失敗しちまうんだ」
そう言って盃を呷るボコポに、トッチーノは驚愕の表情を浮かべる。
「で、ですが、そんな事が出来ているとは・・・
会議での言動だって衝動的じゃないですか!」
「いやいや、それが出来てるからモニカが神殿長になっててお前さんが補佐になってんだろ?
そもそもモニカはラクと真面に会話できてんじゃねぇか」
「・・・」
言葉に詰まるトッチーノ。
「何度も言うがモニカは本能的に相手の許容する範囲を理解してんだよ。
なんだかんだラクは優しいからな。
許容範囲を越えなきゃ話は通じる。
だから弟子入り志願した時もそのギリギリで交渉してただろ?
その後もラクが嫌がっていても憎まれ口叩いてても会話自体は成立してるし、返事もしてんじゃねぇか。
お前さんも縮こまってねぇで謝罪から入って世間話・・・は無理だろうから、業務連絡でもいいから話し掛け続けりゃ関係も今よりゃマシんなんじゃねぇか?」
「・・・わかりました。
では、私からお伝えすることにします。」
「おう、そうしてくれると助かるぜ。
俺も本業が忙しいからよ」
「はい、わかりました」
これで終わりかと思った時、またも別の声が掛かる。
「おうおう、トッチーノの坊主じゃねぇか。
元気してっか?」
そう言って声を掛けたのはヤコボ親方だった。
「親方、流石にこの年で坊主呼ばわりはやめてくださいよ」
嫌そうな割に気安い声で応じるトッチーノ。
自身の子供の頃を知られている相手と言うのはいつの時代も厄介な存在である。
「お前ぇがこーんなちっこい洟垂れだった頃から今まで色々面倒見てやってんだろぉが。
文句があんなら一人前になってから言うんじゃな。
まぁ、そんな事より最近調子はどうなんじゃ坊主?」
面白がられているのは十分わかってはいるが、反論するより話を進めて終わらせるのが賢明だろうと諦め半分に話し始める。
「今回の事や神託の件を含め、その中心にいる人物の不興を買う行為をした事で教団内では針の筵ですよ。
その上、ウェイガン教のバージェス神殿長からも直々に『何故そんな事をしたのか?』と小一時間程吊し上げられるし、良かれと思った行動がとんでもない不本意な結果に終わってしまいました。
その上、関係修復をと思い行動すればするほど関係が悪化して行きますし・・・」
「ひゃっひゃっひゃ!
やっぱりまだまだ洟垂れ小僧じゃわい。」
「笑い事じゃないんですよ!
本当に困ってるんです!
まぁ、ラクタローさんの実力を見誤っていたと言うのも原因の一つなんです。
初対面の時に気付いてうまく対処した心算だったんですが・・・」
「ふは! あやつを見て謙虚な振る舞いが出来ん時点でまだまだ小僧じゃわい」
「だな、俺だってあいつ見て喧嘩売ろうなんて思わねーぜ。
実力自体を隠している訳じゃねぇから見る奴が見りゃわかるだろうレベルでヤバさがわかる。
それに言葉使いが基本的には綺麗なもんだから実力のないバカほど絡みに行っちまう」
「ひゃっひゃっひゃ
その通りじゃて、オマケに手加減も上手いからのぉ~
こんな老骨でもついつい闘いたくなっちまうんじゃよ
ひゃっひゃっひゃ」
実に楽しそうに笑うヤコボ親方を見るトッチーノは腹が立つ前に羨ましいと思ってしまった。
実際、自分も関わりのない話として聞けば同じように馬鹿がやらかした馬鹿話として笑って聞いていただろう。
ただ今回はその馬鹿をやった馬鹿が自分だったので笑えないだけなのだ。
「はぁ、もう私の事は良いんですよ。
流石に自業自得だとわかっていますから、甘んじて受け入れています。
ただ、ルインが大分参ってまして・・・」
どうやっても自分が笑われる事を覚悟したトッチーノは、それならばと開き直り、自分同様にやらかした者について年配者の助言を貰おうと話題をずらす。
「あぁ、あの嬢ちゃんか・・・」
「ん? 誰じゃ?」
「ほら、会議の話であったラクと決闘したキュルケ教の神官戦士だよ」
「んー、あぁ!そう言えば言っておったのぉ、確かに確かに」
「キュルケ教の期待の新人なんですが、私と同じ、と言うより私以上にやらかしてまして・・・」
「ほぉ」
「実は失態を犯した後にラクタローさんに謝罪に行ったのですが・・・」
そう言って謝罪の仕方を説明すると、ドワーフ二人の笑い声が酒場中に響き渡った。
「何故そんなに笑うんですか!
ルインは精一杯謝罪の意を込めていたんですよ!」
「ひゃっひゃっひゃ、ひぃー。ちょ、ちょっと待て、待ってくれぃ。
笑い過ぎて腹が、息が、息が・・・苦しぃ だーっひゃっひゃっひゃ」
「ガハハハッ、グハ、ゲフ、ゲハハ!
む、無理、ま、待て!待って・・・ヒー」
暫く笑い続けたドワーフ達も漸く落ち着いてきた頃、言葉を発する。
「はぁ、笑った。
しかし、ラクを追っかけて一日中寝下座し続けるなんてな。
しかもその行為を独り善がりの自己満足ってかw
はぁ、面白れぇ・・・」
笑われたトッチーノは不機嫌そうに言う。
「笑い事じゃありませんよ。
我々としては侮辱されたようなものじゃないですか!」
「いやいやいや、そもそも寝下座自体がキュルケ教とウェイガン教でしか知られてねえんじゃねぇの?
実際、ラク自体が寝下座知らなかったじゃねぇか。」
他の宗派への謝罪の際に寝下座を使った事はあるのか?」
「・・・ありません」
「じゃぁ、どうやって謝罪してんだ?」
「謝罪の言葉を述べて頭を下げます」
「ならそうすりゃよかったじゃねーか?」
「・・・そ、そうですね」
「ひゃっひゃっひゃ、儂等ドワーフの間じゃ『寝下座』なんてもんは夫婦間でしか使えん謝罪方法じゃと言うとったんじゃよ」
ボコポとトッチーノの会話にヤコボ親方が混ざる。
「ありゃぁ、流石に人前で晒せる姿じゃねぇからな」
「それはどういう意味ですか?」
「ひゃっひゃっひゃ、知りたいんかのぉ?」
「ヤコボ親方、それは言わねぇ方がいいって・・・」
「教えてください」
止めようとするボコポにヤコボ親方は楽しそうにトッチーノに伝える。
「キュルケ教やウェイガン教ではどうかしらんがのぉ、わしらドワーフの間じゃ、ウェイガン神の寝下座の逸話についてはもっと下世話な伝承が残っておってのぉ。
あんな奇妙奇天烈で恥ずかしい動きをしてでも謝罪しなきゃらん状況って言うのはどんな状況なんじゃと思う?」
「ふむ、考えたこともありませんでした。
しかし、どんな状況かは・・・」
「わしらの間に伝わる逸話ではな、ウェイガン神が女神キュルケと結婚し新婚だった頃、恋の女神アスフィーネがウェイガン神の事を見初めてしまったのが始まりでな、既婚者であるウェイガン神に女神アスフィーネが言い寄ったのが始まりとされている。
まぁ、逸話の具体的な内容は省くが、なんやかんやあって痴情の縺れの末に女神キュルケが激怒したってぇ内容じゃ。
まぁ、その後の流れはお前さんたちの逸話とほぼ同じじゃな」
「な?!そんな逸話になってたんですか?!」
「ひゃっひゃ、じゃからな、儂等のようなそれなりの年のドワーフがルインの嬢ちゃんが街中でラクを追いかけながら寝下座しとるのを見とったら・・・な?!」
「あー、ルインが何か不貞を働いて捨てられ、必死に旦那だろうラクタローさんに謝罪と復縁を迫っているように見える。 ・・・そういうことですか?」
「正解じゃ!ひゃっひゃっひゃ」
「正解! がははは」
ボコポとヤコボ親方の笑い声を聞きながらトッチーノの顔色は真っ青になる。
「ま、まさか・・・
そんな事をラクタローさんに知られたら、大変なことに?!」
「ひゃーっひゃっひゃっひゃっひゃ」
「がーっはっはっはっは、これ以上笑わせんな!」
「おぉ、神よ・・・」
トッチーノは膝から崩れ落ちた。
「その神が原因じゃねぇか! がーっはっはっは! ひぃ、腹痛い」
ドワーフ二人は暫く痙攣していた。
「わ、悪ぃな。
取り乱した」
「いえ、ですがこの件についてドワーフの逸話についてはラクタローさんには伝わらないようにしてください。
お願いします」
「あぁ、流石にな。
それにしてもルインの嬢ちゃんはどうしてそう自ら逆鱗を踏み抜きに行くんだか・・・」
両省と共に少し呆れたような声が出る。
「この逸話ですが、キュルケ教ではあまり説法でも使われる事がないので、寝下座が最上級の謝罪方法であることの説明程度にしか伝えていませんでした。それに私も別の逸話でそんな意味があるとは知りませんでしたし・・・」
「まぁ、やってしまったものはどうしようもないんじゃから、諦めるしかないのぉ」
「はぁ」
「その様子じゃ、まだ他にもあんのか?」
「あぁ、こちらはルインが、と言うより、ルインの姉の事でして」
「ここまで聞いたんだ。
最後まで付き合うぜ?」
「ありがとうございます。
実はルインの姉のノインも同じく神官戦士なんですが、彼女はウェイガン教なんです。
元々ルインは幼い頃から優秀な姉と比較されてきたようでして、姉に対して劣等感を抱いていたんですよ。」
「ふむ、それで?」
「なので私達は『人は其々違いがあり、得意不得意も人それぞれです。姉を羨むなとは言いませんが、じっくりと自分にできる事を探し、自分の長所を伸ばせばいい』と励まし、本人も神官戦士としてしっかりとした実力を順調に身に着けることで劣等感も大分払拭出来たと思っていたんです」
「ほぉ、良い事じゃねぇか」
「えぇ、ですがラクタローさんの件でルインはかなり酷い失敗をし、ラクタローさんは神殿関係者との関係を持とうとしなくなりました。
ラクタローさんがこの街に貢献すればする程、その事でルインはこの街にいる神職者から疎まれる存在となりつつあります。
そんな中、姉のノインはと言うと、短期間でラクタローさんの弟子となり、神官戦士としての実力をこれ以上ないと言う程に引き上げ、挙句、ウェイガン神の神託の巫女にまで上り詰めたのです。
口さがない者達は同じ姉妹でこうも違うのものかと、ノインを褒めルインを貶めるのです。
ラクタローさんと神殿関係者の関係悪化の一端を担っている私としては心苦しい限りでして、どうにかできないものかと思っているのですが、どうしたら良いのかもわからないのです。
それにこれから起こす事を考えると、私事で心苦しくもありますが、不和の芽を摘んでおきたいとも思うのです」
「急にでけぇ話に持って行ったな」
「ひゃっひゃっひゃ、すまんが儂にゃぁ無理じゃな。
一介の職人が立ち入れる話と違ぉとるでなぁ」
「おいおい、ヤコボ親方そりゃねぇだろ?
ここまで来たら一蓮托生じゃねぇか」
そう言ってボコポは逃げようとするヤコボ親方の袖を引っ張る。
「はぁ、仕方ないのぉ」
「申し訳ありません。
ですが、ぜひ協力して頂きたいのです」
こうして愚痴を溢しつつも最善を尽くし前へと進む。




