第165話 楽太郎の一時帰宅。
少し間が開いてしまいましたかね?
俺は自宅の正門を見上げて感慨に耽る。
これまでは塀を越えての帰宅が殆どだったが、今日は堂々と帰れる。
さぁ、不法占拠しているミノタウロス共を駆逐してやる!
「さて、では行きますか!」
そんな意気込みを胸に一人自宅の正門を潜る。
ボコポ達は俺を見送るが決して声は上げなかった。
今回の作戦はシンプルで俺が隠密で穴を塞ぎ、その後敷地内のミノタウロス達を駆逐することになっているから、見付かり難くなるように極力静かにしてくれたのだろう。
こうして俺が自宅に帰宅すると正門は再び閉じられる。
ここからが本番だ。
俺は周りにミノタウロス達が居ない事を確認すると「隠密」スキルを発動して自宅本館を目指す。
いつもは経験値となるミノタウロス達を総スルーして自宅をゆっくりと歩く。
アプローチを歩いて見える範囲に移る庭木も大分荒れていて、所々枝が折れていたりする。
そんな周囲の荒廃具合が心を乱す。
本当なら今頃はリフォームが終わってまったりハウスになる筈だったのに・・・
思わず拳に力が入る。
いかんいかん。落ち着かないと隠密が解けてしまう。
一旦クールダウンし、目的地へと意識を切り替え、先に進む。
そうしてようやく本館へ辿り着くと、玄関の扉は幸いなことに破壊されず開かれているだけで閉じる事が出来る状態だったので、俺は中に入って扉を閉じた。
一応、後方からの追撃を避ける為だ。
自宅の中にもミノタウロス達が屯し、彷徨いているが、こちらを認識した様子はない。
見付かっていない事を確認してからセドリックに書いてもらった地図を取り出す。
えーっと、確か玄関入って右側の通路を進んで・・・
地図に書き込んでおいた矢印に沿って屋敷内を進む。
流石に本職が作った地図だけあって殆ど迷う事は無かった。
そうして地図に書かれている隠し通路の入り口へと向かい屋敷内を暫く歩いていると、屋敷の中に不自然にポッカリと開いた穴が現れた。
穴の近くには恐らくセドリックの工具であろう道具が散乱しており、踏み付けられて変形している物もある。
不測の事態も考慮して邪魔にならないように工具類を回収して足場を確保する。
穴が開いているのは丁度角地である為、後ろと左側が通路になっている。
逃げ道に選択肢を持たせる為にそのままにするか、それとも片方を塞いで挟まれる状況を回避するべきか。
一瞬迷うが、ミノタウロス如きはすでに敵ではない事を思い出し、そのままにしておくことにした。
そんな事を考えていると丁度穴からミノタウロスが出て来る。
穴のサイズからしてミノタウロスが一匹通るのがやっとと言った感じで一匹が出てくると次々と這い出てくる。
まじかぁ・・・、結構な数が次々出てくるんだけど。
呆れながらも今までどれだけ間引きしてもミノタウロスが減らなかった理由がわかって納得した。
そんな事を思いながらミノタウロス達が出てくるのを眺めていると、ようやくミノタウロスの行列が終わりを迎えた。
大体20匹位か、思ったより多かったな。
出て来たミノタウロス達を見送ると俺は天秤棒を取り出してミノタウロス達が出てきた穴へと足を踏み入れた。
穴の中は真っ暗だったがオークの塒でも活躍した「暗視1」スキルのお陰で苦も無く先へと進める。
それでも警戒しながらの行軍なのでゆっくりとした足取りになるのは仕方がない。
それに通路も狭く幅は俺の横幅の1.5倍程度で、俺が好んで使う天秤棒や槍を振り回す空間は確保できそうにない。
・・・
入り口早々に俺は無言で天秤棒を仕舞う。
他に何かいい武器はあったかな?と暫く考え、該当した武器を手に取る。
右手には一本のククリ刀が現れていた。
ククリ刀を見て俺は思わず顔を顰める。
本当はミーネの武器にするつもりで2本作って貰ったんだが、二刀流どころか刃物を持たせるにも時間が足りなさ過ぎた。
まさかあそこまで不器用だとは・・・
思わず回想に耽りそうになる頭を振って追い払う。
ま、まぁ、こんなところで役に立つ時が来たので決して無駄ではなかった。
そう思い軽くククリ刀を振って感触を確かめる。
よし、これならある程度は扱える。
ククリ刀を鞘に納めて腰に差すと動きに支障が無い事を確認してから先に進むことにした。
・・・
警戒しながら奥へと進む。
セドリックの話でも聞いていたが、この通路は緩やかに下っているようだ。
真っ暗で狭い通路の所為か、視覚を頼りに進むと下っているとは思えないが、足の沈み具合や真っ直ぐに立とうとすると背筋が反り返る感じがするし、つま先が浮く感じがする。
身体の感覚からすると確かに坂道に立っている感じがするので、意識して気を付けていないと気付かなかったかもしれない。
そんな事を考えながらも進み続け、体感では1時間位経った頃、前方から「ブモォォォ」と言う低い唸り声が聞こえて来た。
1時間程度で第2陣が出発って、リポップ速度がおかしくないか?
反射的にそんな事を思ってしまったが、早々に思考を切り替える。
流石にこの狭い通路ですれ違うなんてことは出来そうにない。
それならどうするか?
戦うしかない。
幸い敵の数は「気配察知」で確認できるし、一度に襲われるのは1匹程度。
1対1を20回程度なら楽勝だ。
俺はミノタウロスに余計な傷を付けないように注意して倒す事を決めるとククリ刀を抜き、先制攻撃を仕掛ける。
言葉を発することなく、右手に持ったククリ刀をミノタウロスの脳天に叩き付け、頭を真っ二つに割る。
「隠密」が解けて突然現れた俺に驚く事も出来ずに絶命するミノタウロス。
確かな手応えを感じるのとほぼ同時に絶命したミノタウロスに左手で触れ「無限収納」へと格納する。
そして更に後ろにいたミノタウロスが何も反応出来ない内に素早く喉にククリ刀を突き刺し先程と同じ要領で「無限収納」へと格納する。
そんな事を3回ほど繰り返すと後方にいたミノタウロス達もようやく異変を理解したのか距離を空けようとしてきたので更に前に出て空間を潰すように立ち回る。
前に居た数匹はほぼ棒立ちで刺殺できたが、残ったミノタウロス達は危機を察したようで各々四つ足となり唸り声を上げて突進の構えをとる。
ここは暗く狭い通路で天井も低いが足場も悪い。
つまり避ける事が出来ない。
「まっず?!」
思わず発した言葉が合図になったのか、ミノタウロス達が一斉に突進してきた。
先頭のミノタウロスの頭を搗ち割るが後方のミノタウロス達はお構いなしに先頭のミノタウロスの身体を盾にして俺を圧殺せんと勢いよく突進を続ける。
数珠繋ぎになったミノタウロス達の突進力は思いの外強く、俺も押し返そうとするが足場が悪いせいで上手く踏ん張りが利かず後方へと押し込まれる。
「くっそ!」
俺は思わぬ展開に慌てて始末したミノタウロスを「無限収納」へ入れると、急に盾にしていたものが無くなった先頭のミノタウロスがたたらを踏むが、後方のミノタウロスに押されてそのまま俺に角を突き付ける形で突っ込んで来た。
「うぉぁ?!」
俺はククリ刀をド頭に叩き付けようと振り上げた状態だったが、急に押し込まれたミノタウロスの角が刺さりそうになり慌てて腰を引き、咄嗟にミノタウロスの角を抑えることで事無きを得る。が、相手の突進が終わったわけではなく、更に後方へと押し流される。
普段であれば力押しでも負ける事はない筈なのに思い通りには行かず、予想外の状況に追い込まれていく。
そんな状況に俺は・・・イラっとした。
「あーッ!クッソ面倒くせぇ!」
目の前のミノタウロスに手加減なしの右拳を叩き込むとミノタウロスが爆散する。
そして爆散した後ろに見えた新手のミノタウロス目掛けて前蹴りを放つと突進して数珠繋ぎになっていたミノタウロス達を纏めて吹き飛ばす。
その後は雑に、力任せに、蹂躙し続けた。
こうしてミノタウロス達を秒殺出来た直後はスッキリした気分だったが、現状を見回した俺はげんなりした。
辺りにはミノタウロス達の肉塊が散らばっており、殆ど原型を留めておらず、何にも利用できそうにない。
その上、噎せ返るような血臭が立ち込め、心なしか辺りが生暖かく湿気ているのでとても気持ちが悪い。
そんな不快な気分にさせられるが、地下道なので空気の入れ替えなんてできない。
只我慢するしかない不快な状況で、取り落としたククリ刀を探し、見付けて水洗いをしていると、もうね。
テンション駄々下がりですわ。
因みに手加減なしの拳を叩き込んだ時点で俺の全身は血塗れになっているので、血の臭いは今後も付いて回る予定。
・・・さっさと穴塞いで帰ろう。
戦利品を得るという考えは完全に捨てた。
もうね、速さ優先!
考える事を放棄して全力で戦う事にした。
と言っても油断は禁物。
慎重に進める為、歩みはゆっくりとしたものになる。
その所為もあってミノタウロス集団の第3陣、第4陣と遭遇するが欲をかかずに全力で対処することで秒で始末して先に進む。
そして歩き続けた先にぼんやりとした明かりが見えて来た。
「あそこがダンジョンに開いた穴か?」
ポツリと呟き、ようやく終わりが見えた気がした俺は少しだけ疑問が頭を掠める。
本当にショートカットは出来るのか? と言う疑問。
この世界でのダンジョンと言うのは自分なりの解釈では誰かが意図して作ったゲームのようなものだと仮定している。
ゲームであればゲームメイカーの意図しない行動は制限されるし、意図しない状況はバグとして修正される。
ただ、中には意図的に行動に制限を掛けずにズルをしようとするプレイヤーを嵌めて殺すタイプのゲームも存在する。
つまり、現実として存在するダンジョンに対して、同じような印象を受ける俺からすると非常に嫌な想像をさせられるのだ。
しかもこのダンジョンのマスターは悪魔。
・・・
うん、碌な事が起こりそうにない。
僅かに残った試してみたいと言う欲求を振り払い留めていた足を先へと進める。
ゆっくりと近づくと空いた穴は思ったより大きい、と言うか横に広かった。
えーっと、どうやらダンジョンの一室の壁一面がそっくり穴として開いている感じがする。
そのお陰かダンジョン内は丸見えになっているんだが、見た感じは何もない大き目の部屋にしか見えなかった。
宝箱があるわけでもなさそうだし、目立つものと言っても明かりの為の燭台が幾つも等間隔で並んでいて淡い光が薄暗い雰囲気を醸し出し、部屋の奥に入り口らしき扉をぼんやりと浮かび上がらせている。
ハズレ部屋にしても何もなさすぎるんだけど、なんなんだこの部屋は・・・
そんな事を考えていると、急に部屋の地面が光り出し、幾つもの魔法陣らしきものが浮かび上がる。
「何だ?」
そんな言葉が出て呆然と眺めていると魔法陣からミノタウロスが次々と出てくる。
その光景にハッとする。
「モンスターハウスか?!」
ダンジョン内に踏み入れる事をためらっている俺にはその光景を見ることは出来ても止める事は出来なかった。
それでもどうしようかと少し考え思い出す。
魔法使っちゃえばいいじゃん。
自分が中に入らなくてもここから攻撃できるし、爆発もダンジョン内だから崩落の心配もないだろう。
そう思った俺は素早く「無限収納」から小石を取り出して小型爆弾を掛けてダンジョン内に放り込む。
これでミノタウロス達を爆殺だ!
そう思って小石を見ていると小石が地面に接触した瞬間、消えた。
「うん? え?」
予想した爆発ではなく、小石が消えた。
その事に驚き、もう一度、今度は何もしていない小石を取り出してダンジョン内に放り込んでみると、やっぱり消えた。
・・・ヤバい。
思わずダンジョンとは反対側の壁際に飛び退いた。
エッグイなぁ・・・
どこに飛ばされたのかはわからないが、恐らく碌な事にはなっていないだろう。
ダンジョン内に入らなかった自分を褒めてやりたい。
思わずヒヤッとした瞬間を味わったが、ミノタウロス達は無事召喚されてしまったようだ。
目の前には召喚直後のミノタウロス達が部屋の中にいるんだが、こいつ等が居ると結構大きいと思えた部屋も窮屈そうで小さく見える。
そんな場違いな事を考えつつ、俺はターゲットされる前に土壁で穴を塞いだ。
念の為に暫く「隠密」スキルを使って様子を見たが土壁で塞いだ壁が壊される事は無かった。
よし、応急処置は一旦できた。
後は通路の先にあるウェイガン教の近くに通じる扉側まで行って通路そのものを塞いでしまおう。
再利用されないようにと考えて通路を爆破しようと思ったが、爆破によって地盤が崩壊する可能性もある。
そうなると地上にどんな影響が出るかわからないし、俺自身が地中で生き埋めになるのも御免だ。
なので爆破は却下。
次善策として土壁を使って通路そのものをう埋めてしまう事にした。
と言う事で通路の先へとズンズン進んで行くとミノタウロスが所々に数匹いたが気にせず鉄拳にて粉砕。
そして行き止まりだろうどん詰まりに一匹のミノタウロスが居た。
最初は気にせず粉砕しようとしたが、少し様子がおかしい。
そのミノタウロスは俺が近付いてもなぜか気にせず、どん詰まりの先にある扉を殴ったり、頭突いたり、押し開けようとしている。
その必死さを不思議に思って軽く小突いてみると、怒りの形相でこっちを睨み拳を振り上げて来たのだが、そのミノタウロスの顔面から肩辺りに掛けて火傷の跡があったからだ。
こいつ、ひょっとしてセドリックの遭遇したミノタウロスなんじゃないか?
もしそうであるなら、こいつかなりやばいな。
セドリックが逃げ出してからもう大分経つ筈なのに、未だにセドリックへの怒りを持続させているなんて・・・
こいつはセドリックに持ち帰ってやらなきゃな。
ニンマリとした笑いを浮かべながら火傷跡のミノタウロスの四肢を砕くと俺は鎖でグルグル巻きにして捕獲する。
こうして通路そのものを塞ぎながら捕獲したミノタウロスの悲鳴を無視して引き摺り自宅へと戻り続ける。
こうして隠し通路を抜けると、屋敷の中でミノタウロス達に囲まれた。
まぁ、仲間が悲痛な叫びを上げていれば、非常事態であることはバレバレだったのだろう。
俺は鎖から手を離し、代わりに十文字槍を手に取る。
ここは既に狭い通路ではない。
なので思う存分長物を振り回せるし、相手が詰まることも無い。
ジリジリと囲みの輪を狭めようとしているミノタウロス達に対し、俺は先手を取って正面のミノタウロスへと飛び込み、眉間に十字槍をぶち込むと直ぐに引き戻して左隣に居るミノタウロスの腹を目掛けて横薙ぎに振り払う。
瞬く間に2匹を始末するとミノタウロス達に動揺が走るが俺は足を止めずに次々と屠殺して行く。
俺も出来れば自宅内がミノタウロスの血で汚れるのは嫌だが、それ以上に壊される方がもっと嫌だ。
出来れば外で殺りたいが外に出るまでにミノタウロス達が家を傷付けない保証はない。
なので汚れる事は敢えて許容して最低限壊されないように立ち回る。
動き回れる広さがあればこれ位は出来るのだ!
こうして俺は自信を取り戻しつつ、襲い掛かって来たミノタウロス達を完封した。
屋敷の外に出ると俺は引き摺っているミノタウロスの所為で「隠密」で隠れる事が出来ないことに気付く。
このままだとミノタウロス達に襲われるが、対処するのは面倒だな。
そう思い、俺は逆に殺気を撒き散らして周辺を威圧することで戦闘を回避することにした。
威圧が功を奏したようでミノタウロス達からの襲撃は受けなかったが、屋敷の正門へと向かうと、警備に就いていた衛兵や神殿関係者が気絶して倒れ、何人かは股間が濡れているようだ。
安心させようと笑顔で声を掛けるとまた悲鳴が上がる。
なんで?
そう思って自分の姿を見下ろす。
鎖に繋いだミノタウロスを引き摺り、全身血塗れで所々土で汚れている。
そう言えば、どうせ汚れると思って顔も拭かなかったな・・・
・・・
「またオレ何かやっちゃいました?」
色々考えた結果、出てきた言葉では誰も何も誤魔化すことは出来なかった。
その後、呼ばれたボコポが現場に居合わせた神殿の人に耳打ちされながらやんわりと諭してきたが、その後ろでは捕獲されたミノタウロスが物悲しい鳴き声を上げていた。
いや、血塗れの冒険者なんて衛兵や神殿関係者なら見慣れてるだろう?
そう返すと「先ずは尋常ならざるその殺気を収めてから声を掛けろや、尋常じゃない殺気振りまいてる奴が笑顔で話し掛けてきたら俺だってビビるぞ?」と少し青褪めたボコポに言われ、神殿の人に視線を向けると「ひっ?!」っと驚かれ、そもそもの論点がズレていることについても訥々と諭された。
直接怒られないってのもなんかモヤっとするぞ、神殿の人!




