第163話 ミーネの試練 ⑦-2
ふぅ、取り敢えずエロイーズがミーネを宥めている間、俺は少し息抜きをする。
椅子に座ったまま軽く伸びをしているとエリーがお茶を運んで来た。
「旦那様、どうぞ」
そう言って差し出されたカップをお礼を言って受け取り、一口飲むとエリーが声を掛けて来た。
「旦那様、先程のお話なのですが、随分と詳しくお知りのようですが、何方からお聞きになられたのですか?」
その質問には少し答え辛いが、まぁ、巻き込むと決めたから教えておくか。
「当事者から先日お聞きしたんですよ。
微に入り細に入り色々と細かく当時の人々のやらかし具合を愚痴も交えて教えてくれました。
正直、私もその話を聞いてドン引きしましたよ。
ここまでのやらかしは普通できない。
どれだけの悪意を持っているのかと胸糞悪くなりました」
「当事者ですか?でも先程のお話は大分昔のお話ではなかったですか?」
「えぇ、人間側の人物は大半お亡くなりになってると思いますが、逆の立場の方は今もご健在ですよ?」
「え?それは・・・」
俺は無言で上を指さすとエリーが天井を見上げて固まる。
「まぁ、ちょっとした伝手がありまして、私、何人かの方には連絡が取れるんですよ。
その所為か時々お願いされたり、とんでも話や色々な愚痴を聞く羽目になったりと、
色々と巻き込まれるんですよね~
今回の件もその一つと言いますか、今回はあなた達も巻き込めるので少し気が楽になってますよ」
そうニッコリ微笑むとエリーの顔が引き攣る。
「あ、あの・・・ご主人様。
流石に私の身には荷が重すぎるかと・・・」
「この話を聞いている時点で後戻りが許されるとでも思うんですか?
大人しく諦めて重荷を背負ってください。
大丈夫。一人で背負う訳ではありませんから、我々は仲間じゃないですか♪
エリーさんも座ってお茶でも飲みましょう」
私が優しく諭すとエリーはガックリと肩を落とし、無言で椅子に座ると項垂れた。
そんなエリーに更に話し掛ける。
「正直、ミーネの先祖やら親やらのやらかしが酷すぎて胸糞悪いんですよ。
しかもそれを幼いミーネにわかり易く教えなきゃいけない。
お前は先祖代々神の恩恵を受けながらその神に後ろ足で砂を掛け続けた悪辣で愚かな一族の末で、遂にその代償を支払う事になりました。
そんな一族の末であるお前には先祖代々長きに渡って犯し続けた罪の清算をして貰います。
なんてことをまだ何もしていないミーネに言わなければいけないんですよ?
私だって出来る事ならこんな役回りなんてやりたくないんですよ」
そう言ってため息を吐き、お茶を飲む。
しばしの沈黙が流れた。
エリーも俺の立場とミーネの状況を何となくでも理解したのか、こちらを非難するような視線はなくなった。
その後は軽い雑談をしていたが、やがてミーネも持ち直したのか、話を聞ける状態になったようでエロイーズが声を掛けて来たので再度テーブルへ集まり話を再開する。
「さて、先程はすみませんでした。
しかし、ミーネ、これから話す内容はあなたの未来に関わる大事な内容になります。
嫌な事や不安な事を私は言いますが、気をしっかりと持って聞いて下さい」
そう言うとミーネは不安そうな暗い表情ではあるが、しっかりと頷いた。
「さて、ゴルディ王国はゴドフリール王が誓約を誓ってから約300年の間、そんな不誠実な対応を続けてきました。
その結果、200年前の大きな魔物の暴走以外は小規模の魔物の暴走が数回ありましたが、大きくは悪魔のダンジョン攻略は進みませんでした。
奴隷を投入することは場当たり的には成功したかに見えていました。
しかし、今回、悪魔のダンジョンの大規模な変遷により事態は急展開を迎えました。
変遷とはダンジョンの進化ともいう現象でダンジョンそのものが大きくなったり、更に深い階層が生まれたり、中の構造がより複雑になったり、出て来る魔物が強化されることで攻略難易度も大きく上がります。
今回の悪魔のダンジョンも同じような事が起こりましたが、一つだけ大きく異なる事がありました。
今回の変遷で悪魔のダンジョンの深層階層と古くに作られた地下通路が繋がってしまったのです。
これにより深層階層の強力な魔物であるミノタウロス達が地上へと出て来てしまいました。
ミノタウロス達についてはミーネも良く知っていますね」
そう聞くとミーネは頷く。
「奴等のレベルは80を超えています。
この街の最精鋭の冒険者でもレベル60台が数人程度しかいません。
因みにゴルディ王国の国軍内でもレベル50台が精々と言った所らしいので正直対抗できる人間はこの国には居ませんでした」
「え?でもラクタローは簡単に倒していたよ?」
「言い方が悪かったですね。
私はこの国の人間ではないので、『この国の人間にはいない』と訂正します。
あと、国外の人間であっても当時は私以外にミノタウロスを倒せる人物はいませんでした。
そんな状況であった為、職人ギルドや神殿関係者を含め多くの街の者は原因である地下通路を潰すことを提案し方法を考えていました。
私もその時、所用でこの街から離れていたので直接対応することが出来ませんでした。
あの時街を離れなければまた違った状況になっただろうとは思いますが、今更ですね」
俺は思わずため息を漏らしてしまったが、何食わぬ顔で続ける。
「まぁ、その後はミーネも知っているでしょう。
あなたの手で勅命が下されました。
危険な地下通路を潰すことを禁じられ、ウェルズの街は危険な魔物の跋扈する街へと変貌してしまったのです。
言葉を飾らず、率直に言わせて貰うなら、正直あの勅命は真面な為政者が出すものとは思えない非常に危険な命令でした。
お題目として悪魔のダンジョン攻略を迅速に進める為と掲げているのに、その後方支援の拠点ともいえる街を危険に晒すという何ともお粗末な内容。
しかも街の治安を守る兵や衛士はミーネ、お前の住む屋敷の警備と貴族街を隔離するのに精一杯で問題の屋敷の警備までは手が回らない状態で屋敷の警備は神殿関係者と私が用意した冒険者のみ。
それにも拘らず王都からやって来た騎士共はお前の住む屋敷に駐留しこの街の治安活動に全く応じなかった。
普段悪魔のダンジョン攻略をしている者達がこの街の治安維持に駆り出され、それでも足りずに私が私費で冒険者を雇う始末。
そんな状況で悪魔のダンジョン攻略なんてした事のない素人がやって来たって攻略なんて出来るわけがないと言うのに・・・
実際、第一陣でやって来た冒険者達は屋敷の中を様子見しただけで全員降りました。
そして三流以下の冒険者が集められた第二陣の冒険者は契約違反を犯し街を危険に晒して今は牢獄の中。
王都から来た騎士団は腰抜けで一当たりしただけで逃げ出し、ミーネの屋敷に籠城。
その挙句、街を破壊して自分達だけ助かろうなんて、騎士とは名ばかりの卑怯者の集まりでしかない。
一事が万事神々どころかこの街の住民の神経を逆なでする様な行い。
流石の神も不快な思いをしたそうですが、それでも直接的な罰は与えませんでした」
「え?それはどういうこと?」
「ウェイガン・・神は言っていましたよ。
『直接的な神罰は与えなかったよ。代わりに称号を贈ったんだ』とね。
つまり、称号と言うのはその人物がそれまでに行って来た行動の結果として送られるものだからね。
良い行いも悪い行いもどちらも評価され、それに見合った称号を得るんだ。
あまり言いたくはないが、私の称号は『聖人』と言ってね、神々と関わりを持ったり、正しい行いを続ける事で得られたりする称号、らしい。
まぁ、称号を得ること自体、並大抵の事では得られませんがね。
一応、私の称号の事は秘密ですよ」
そう言って俺は冒険者カードの称号欄を閲覧可能にして3人に見せると、エロイーズとエリーは目を見開いて驚きに身を震わせる。
「だ、旦那様が・・だったなんて・・・」
そんな声が零れる中、ミーネは今一つと言った表情だ。
「ミーネにもわかり易く言うと、その人の評判の様なものが称号を見せる事で一目でわかる様になるってことだよ。
例えば誰かに優しくしていると誰々はとても優しいって言われるようになったり、些細な事で誰かを怒鳴っていたりすると誰々は怒りっぽいって感じの評判が立つのと同じようなものだよ。
称号は自分の達成した偉業や普段の行いがそのまま評価されるものだから、特段悪い事をしていなければ問題ないものなんだ」
そう言うとミーネは理解したのか納得顔で何度も頷く。
「さて、そこで問題なのが、神が称号を贈ったのはこの国の王侯貴族とウェルズの街に直接・間接問わず関わっている者達に対してです」
その言葉に全員が押し黙る。
「その上で今回断言できるのは今回の悪魔のダンジョン攻略を肯定し、推し進めた者達には軒並み『背信者』と『人類の敵』の称号が送られています。
因みに王侯貴族の4割が悪魔のダンジョン攻略中止派で攻略推進派が3割、残りは中立派の風見鶏と言う感じだそうですが、今回の悪魔のダンジョン攻略に賛成したのは攻略中止派と推進派の半数との事です。
つまり少なく見積もっても王侯貴族の半数強が『背信者』で『人類の敵』となっていると言う事です。
因みに、ミーネ、あなたには非常に、非常に残念なお知らせではありますが、あなたのご両親とお兄さん達は全員アウトです。
お姉さん達は『背信者』となっていますが、『人類の敵』は付いていないので半分アウトと言った所です。
そしてミーネ、とても大切な事ですが、もし、あなたがこのまま何もしなければ、ご両親も、ご兄弟も、誰も助かる事はありません」
真剣な表情でミーネを見詰めてそう伝えると、事の重大さを理解したのだろう。
恐怖に打ち震え歯をカチカチ鳴らして顔を蒼白に染め上げながらも、なんとか涙を堪えて俺を見返してくる。
「ここまでは昼間の会議でもお伝えした通りです。
ですが、そこでミーネ、あなたにお聞きしたい。
確実にとは言えません。
ですが、もし、もし、あなたのご家族が助かる可能性が僅かにでもあると言った場合、あなたは助けたいですか?」
俺はそこで言葉を切り、ミーネの返答を待つことにする。
しばしの静寂が流れた後、ミーネは応える。
「助けたい」
「その方法はあなたに多大な負担を掛けます。
ご家族から誹謗中傷の言葉を掛けられ、裏切者扱いされる可能性が高いです。
そこまでしても、確実に助けられると言う保証はできません。
寧ろ助からない可能性の方が大きいと思います。
その覚悟はありますか?」
短い沈黙の後、小さい声が響いた。
「それでも、助けたいです」
「わかりました。
では、覚悟してください。
あなたはこれから血に塗れた覇道を歩むのですからね」
そう言うと、俺はこれからの計画をミーネに伝え、その補佐にエロイーズとエリーを付ける。
こうして夜中近くまで密談を続け、翌朝、俺は計画を実行に移すことにした。




