第161話 ミーネの試練 ⑥ 裏-2
「そう言う事でしたか・・・
それでミーネ様が追い込まれてしまったと言う事ですね」
告解とも懺悔とも言えない俺の話を長々と聞いて納得したような表情でエロイーズが確認をする。
「えぇ、そうです。
私もミーネが泣き叫ぶ姿を見て冷静ではなかったことを自覚しましたよ。
その後は自己嫌悪で頭が一杯です。
自己保身に走った挙句、子供に責任取らせようなんて外道な事をしようとしていたんですから・・・」
「確かにミーネ様の事を抜きにすれば旦那様が最初に出された作戦は実行し得る中で恐らく最速最短で確実性の高い作戦だと思います。
ですが、ミーネ様の負担を考えると流石に厳し過ぎるかと・・・」
「ですよねー、ありえませんよねー
あー、マジでやっちまった・・・」
エロイーズは自虐する俺にフォローを入れているのか追撃をしているのかわからない言葉を掛けて来る。
フォローのつもりかもしれないが、そんな言葉が今の俺には刺さるわけで、正直落ち込む。
「で、でも旦那様はまだお若いのですから、間違う事もありますよ。
それに過ちに気付いてそれを認める事が出来た上に直ぐに撤回されたんですから、これから挽回すれば大丈夫ですよ」
うぅ、見た目若くても中身は35のおっさんでそれなりに社会人経験があるんです。
とは言えなくて余計後ろめたさが増した感じがして唸る事しかできない。
くぅぅぅぅ!
「はぁ、なのでミーネが起きたらまず謝罪しようと考えています。
何をどうやってもミーネに大きな責任を担ってもらう事になりそうです。
今回、親殺しや兄弟殺し等の最悪の状況は回避しましたが、それでも自身の親兄弟を断罪することを望まれている状況に変わりはありませんので・・・」
俺のその言葉にエロイーズは少し考えてから聞いてくる。
「旦那様はミーネ様に謝罪した後、どうするつもりなのですか?」
「別に何もしないですよ」
「そんな無責任な事をなさるのですか?」
驚愕の表情を浮かべるエロイーズに困惑する俺。
「無責任って、別に私の問題ではないですよね?
今回の問題はこの国の人間が解決すべきものであって、私には関係のないことですよね?
確かにミーネには申し訳ないとは思っていますが、私はこの国を維持する方法として私の考えをお伝えしただけです。
私の案を採用するかどうかはこの国の人間が考える事です。
その結果、ミーネの進む未来が茨の道であってもそれはこの国の人間が望んだことです。
そしてその道を歩むかはミーネの気持ち次第です。
その選択の結果に私が責任をとる必要はないと考えています。
それに他の方には散々言っていることですが、私は他国の人間です。
私は今回、解決策の提案をしましたが、本来であれば他国の人間が国の政治にかかわる事は内政干渉と取られる行為です。下手をすると今回の件で私が所属する国(この世界にはないけどね)が非難される恐れもあります。
私だけでなく、祖国を巻き込む等、私にはできません。
それに正直ゴルディ王国が亡ぼうが残ろうがどうでも良いと考えています。
ミーネには悪いですが、直接的に被害を受けている身としては暗愚が治める国など滅んだ方が世の為だとも思っています」
俺の祖国発言で一瞬怯んだエロイーズだったが、それでも意を決したかのように真剣な表情で訴えて来る。
「しかし、先日旦那様はミーネ様を保護されました。
この時点で旦那様は既に今回の件に関わっていますよ?」
「それは悪魔のダンジョン攻略に必要だったからですよ。
私はボコポ氏の依頼を受け、悪魔のダンジョン攻略をすることを約束しています。
なので悪魔のダンジョン攻略に支障が出る問題については率先して解決する必要があります。
細々としたものも含めて様々な妨害をこれまでもミーネ達王侯貴族から散々に受けています。
それでも悪魔のダンジョン攻略の為にと色々と労力を割いてきました。
私の家から魔物が一匹でも居住区に出たら街の住民に被害が出る。それ処か下手をすればこの街が壊滅します。
そんな不安定な状況では悪魔のダンジョン攻略どころじゃないでしょう?
だから私は私の家から魔物が出ないように準備をしました。
この街に来た兄弟子の教え子達に鍛錬の代価として私の家を守らせたのもその一つです。
その準備一つとっても邪魔は入りました。
知ってますか?
彼等が強くなったことが広まると、彼等に悪魔のダンジョンを攻略させようとあれこれ手を伸ばしてきたんですよ。
挙句、彼等に嫉妬した阿呆共が彼等が強いのは私の家の魔物を狩ってレベルアップしたからだ!とか抜かして私の家への侵入許可を冒険者ギルドが商業ギルドを巻き込んでサムソンに直談判したらしいです。
その結果、2回目の攻略が行われ、冒険者達が魔物から逃げ出す為に私の家の塀をぶち壊して街に魔物が大量に流れ込む事態に発展しました。
その事態を収めたのも職人ギルドと神殿関係者と私と街の衛兵です。
奴等は自分達の尻すら拭わず逃げ出したんです。
その逃げ出した先でも魔物に囲まれるなんて間抜けな事態を引き起こしたんですから、笑えますよね?」
そう言って嗤ってやるとエロイーズの表情が引き攣った。
「まぁ、これ幸いと魔物が移動できない様に隔離したのは私なんですけどね」
そう言うとエロイーズの顔色が蒼くなる。
なんだかエロイーズの顔面が忙しい事になっていて面白い。
「そして先日は、とうとう自分達の死が直前に迫って来ると街を危険に晒してでも助かりたい一心で隔離している塀を壊して逃げ出そうとする始末。
民を、国を守る騎士団を名乗るなら最後くらい潔く魔物と戦って死ね!
それが出来ないなら誰にも迷惑かけない様に餓死でもしてろや!」
思わず怨嗟の声を上げるとエロイーズは身震いする。
「まぁ、そんな事を次々と引き起こしている元凶はサムソンって奴なんですがね、先日もお伝えしたように奴はミーネの名前を都合良く使って好き勝手し放題だったんで、そのお題目であるミーネを保護することで奴等の動きを封じようと思っただけです。
元々ミーネを救うと言う意図は無かったんです。
私としては偶々巻き込まれた子供がいたので保護しただけで、ミーネ個人を保護した訳ではありません」
そう言い切った私にエロイーズは困ったような、値踏みするような視線を向けて来る。
いや、違うか、うーん。
なんか、やんちゃをする子供を前にどうしようかと考えているお母さんの視線とでも言えばいいのか・・・
うん? それって俺がやんちゃな子供って事か?
そんな益体のない事を考えているとエロイーズが切り返す。
「では保護した後にミーネ様を鍛えようとしているのはどうしてですか?」
「それは・・・はぁ、私が一番困っているのは自宅に開いた悪魔のダンジョンに繋がる穴を塞ぐ事を禁じられていることです。
しかも国王からの勅命です。
この国に住む人達からすれば逆らう事の出来ない命令です。
勅命で穴を塞げない所為で無駄にこの街が危険に晒されています。
正直、こんな暴挙に出る王がいるとは思いもしませんでした。
街中に魔物が出て来る穴が開いたと言うのに、よりにもよってその穴を塞ぐ事を禁じる阿呆が王とは・・・」
俺のその言葉に視線を向けられたエロイーズは俺の目を見返すことが出来ずに下を向く。
「穴を塞ぐ。
たったそれだけでこの街は今まで通りの平穏な日常に戻れるんです。
そしてこの街が平穏になれば私もボコポ氏の依頼である悪魔のダンジョン攻略に乗り出すことが出来るようになる。
ならばその勅命を王族であるミーネに撤回して貰おうと考えました。
なのでミーネを鍛えたんです」
俺の回答にエロイーズは考えるような素振りを見せるが、それでもわからなかったのか微妙な表情で更に聞いてくる。
「申し訳ございません。
それがミーネ様を鍛える事とどう繋がるのでしょうか?」
「単純な話ですよ。
ミーネが王女であっても現国王の勅命を勝手に取り下げるんです。
王都に戻ったらミーネはその責任を問われるでしょう。
力のないままのミーネであったらどんな目に遭わされるかわかりません。
だから、ミーネにはわかり易く力を付けてもらい、ケチを付けて来た国賊共をその圧倒的暴力で叩きのめさせる予定でした。
その上で、こんなに力を付けたミーネでさえ逃げ回る事しかできないような地獄がウェルズの街に現れていたと伝え、己らの愚かさを、如何に暗愚であるかを身をもって思い知らせてやる計画でした。
言葉の通じない暗愚であっても身体で覚え込ませてやれば暗愚共であっても流石に理解するでしょう?」
そう答える俺にエロイーズはドン引きした。
「ミーネ様に親兄弟を叩きのめさせる気だったんですか?」
「子供の癇癪くらい、親なら笑って許してやるのが世の常ですよ。
しかも今回は親の方が悪い。
死地に年端も行かない娘を送り込んだんですから、その報いは甘んじて受け入れないとね」
「下手をすれば駄々っ子パンチで死にますが・・・」
「そうなったとしても玉座に胡坐をかいて鍛えなかった暗愚が悪いんですよ。
俺はミーネを利用するんですから、ミーネにもその見返りがないと駄目でしょう?」
そう言う俺に納得したように首を縦に振るが、次の瞬間にはエロイーズが良い笑顔で俺に反論する。
「旦那様は自身の計画の為にミーネ様と関わったと言う事ですよね?」
「そ、そうですね」
その笑顔に俺の顔が自然と引き攣った。
「つまり、ミーネ様は旦那様の計画に巻き込まれたのではないでしょうか?」
そう言われて俺は言葉に詰まる。
エロイーズの言う通りだったからだ。
確かにミーネの保護は意図したものではなかった、だが、ミーネの肩書に目を付けて計画を思い付き実行に移した。
それはつまり、俺が立てた計画にミーネが巻き込まれたことの証明でもある。
つまり、ミーネに関しては俺の所為で今の窮地に立たされていると言えなくもない。
元の計画であればミーネも王宮で暴れることで己の武を示し、正当性を主張することができるし、今回の剣を支持した者達は割を食うかもしれないがそいつ等は俺の敵だからどうなろうと俺は気にしない。
ミーネの家族仲は多少ギクシャクするかもしれないが都市一つの興亡に関わる重大事に比べれば些細な問題だし、自分達の行いの付けが自分達に帰って来ただけの話だ。
だが、現状は俺が最初に計画した内容と似通っているが、色々な面で突き抜けている。
俺の計画だとこの国の首脳陣はミーネにボコられる程度だったが、現状では処刑待ったなし!
下手すれば一族族滅すら待ったなし!
はっきり言って大虐殺!
しかも主導者として神輿に頂くのは『ミーネ』なのだ。
神の名の元に親殺し・兄弟殺しが許される。と言うか強制されるのだ。
そんな茨、いや、地獄の道をミーネに歩かせる状況になってしまった。
・・・どうしてこうなった?
もし俺があの時ミーネをサムソンの元に放置していたらミーネは神輿になる事は無かった。
そもそもの神輿が不在となるからだ。
そう考えれば、確かに俺の所為でミーネはこんな事になったと言える。
俺はどうしたい?
どうするべきかはわかっているつもりだ。
それでもやりたくないと思っている俺がいる。
迷い、葛藤する俺をエロイーズは黙って見守っている。
それでも俺はエロイーズに言葉を返せずに長い沈黙が続く。
俺がどれだけ考え、最善を尽くしても、それが正しいとは限らない。
所詮は凡人一人の考えだ。
今回の件でその思いはより強まった。
他者の賛同を得ることで責任を分散することは出来る。
それでも、他の人に任せるよりは俺の思う正しさを信じて俺がやるべきだと思う。
きっとその方が後悔も少ないだろう。
そう結論を出した。
何せ、自身の身から出た錆なのだから。
「ふぅ、わかりました。
謝罪の後、改めてミーネに現状について確認します。
その上で不足があれば捕捉し、どうするかを問いたいと思います。
その際、ミーネが私に助けを求めるのであれば、私は私の出来る範囲で手助けすることを私の信頼する神である猿田彦様と建御雷様に誓いましょう」
そう言うとエロイーズが安堵と共に優しげな眼差しを向けて来る。
「流石は旦那様です。
私は信じていましたよ。
でもそれって旦那様の言う内政干渉になりませんか?」
「ミーネの要請を受けての行動であれば、問題ないでしょう」
私の答えにエロイーズが破顔する。
その表情と慈愛の籠った眼差しが気恥ずかしく、少々鬱陶しい。
俺はこれで話は終わりだと告げ、後の時間をツマミとジンジャーエールに舌鼓を打つことに集中した。
エロイーズはその後も屋敷内の細かなことを報告することを優先してあまりツマミ等に手を付けないので俺が勧める形で食べて貰った。
最初は遠慮がちに手を付けていたけど、俺が遠慮しない様に何度も勧めることで遠慮なく飲食を楽しんでくれた。
小市民の俺としては人前で一人だけ食べるていることにばつの悪さを感じるから食べて貰っただけだが、普通は主人と一緒の席で食べるのは良くないと小言を言われた。
頭では理解しているがそんなものは知らんよって話だ。
俺は話を逸らかして言質を取られないよう適当に返答した。
そして夕食前にようやくミーネが起きた。




