第160話 ミーネの試練 ⑥ 裏-1
はぁ、本当に頭がおかしくなっていたな。
俺は反省する。
ウェイガンの突然の発言でテンパっていたようだ。
自分の責任になるのを恐れた結果、理論武装をし、それでも後ろめたさが拭いきれないから一応の解決策まで用意したんだが、当事者の視点での解決策ではなかったことに気付けなかった。
あの場にミーネがいてくれたことに心底安堵すると共に、あの場にミーネが居らず俺の提案がそのまま実行されたとしたらと考えると身震いがした。
今は丁度話し合いが終わり皆帰路に着いたところ。
俺も例外ではなく、話し合いの最中に泣き疲れたミーネを背負ってお家へとゆっくりと歩いている。
隣を歩くキャシーも俺の何とも言えない雰囲気に話し掛けるのも憚られたようで無言で付いて来ていた。
気不味い沈黙が下りる中、ゆっくりと歩いていたつもりだったが、思いの外早く家に着いてしまった。
しばし玄関の前で留まってしまったが、深く息を吸いこみ意を決して扉を開く。
「只今戻りました。
ミーネは寝ちゃったんで、そのまま部屋に連れて行きますね」
出迎えに来たエロイーズにそう言いながらミーネを背負って客間の寝室へと移動してミーネを下ろしてベッドに横たえると俺はしかめっ面でエロイーズにお願いしする。
「エロイーズさん、すみませんがミーネの着替えとか諸々、よろしくお願いします」
「あら・・・旦那様。何かありましたか?」
一瞬、俺の表情に緊張したように固まったエロイーズだったが、直ぐに表情を和らげて聞いてくる。
「申し訳ない。
少し・・・ではないな。
大分やらかしました。
明日、ミーネが起きたら謝らないといけない」
そう言うとエロイーズは驚く。
「え? 何をなさったのですか?」
「話せば長くなるから取り敢えずミーネをお願いします。
その後で私の部屋にでも来て下さるならお話しますよ。
私も誰かに聞いて貰いたいと思っていたので・・・
キャシーさんもお疲れ様でした。
今日はゆっくり休んでください」
エロイーズは了承の返事を返し、キャシーは無言で頭を下げる。
その言葉を最後に俺はミーネの寝室から出る。
扉を閉めると溜息が出た。
何をやってるんだか・・・
一応最低限のリカバリーはした心算だが、久しぶりに自己嫌悪に陥る。
再び重いため息が漏れるが仕方ない。
重い足取りでリビングを通るとエマが待っていたが、俺の顔を見ると視線を逸らした。
「何かありましたか?」
そう聞くとエマは少し引き攣った顔でこちらを向く。
「いえ、大きな問題はありません。
ただ・・・」
何か言いにくそうにしている。
「ひょっとして生活費が底を尽きましたか?」
「そんな事はありえません!
あのような大金を頂き、その上魔銀のインゴットまで預けて頂いたんです。
それを一月も経たずに使い潰すなんて有り得ません!」
俺は気持ちを切り替えようと軽い冗談を言ったつもりだったんだが、冗談とは思われなかったようだ。
「冗談のつもりだったんですが、本気に取られるとは思わず、すみません」
そう言って頭を下げる。
「え? あ! も、申し訳ございません!」
そう言ってエマが頭を下げる。
「いやいや、ちょっと待ってください。
悪いのは私なんですから謝らないでください」
「いえ、私も・・・」
再度謝ろうとするエマを制止して落ち着かせると、エマに話を促し、聞き役に徹することにする。
どうにも今日は上手く立ち回る事が難しい。
良かれと思って行動しても空回ってしまう。
エマの話が終わると幾つか指示を出して自室へと移動する。
「はぁ、辛気臭い反省はここまでにしよう」
俺は徐に自身の両頬を張ると小気味いい乾いた音が響いた。
中々の痛みだったが、景気付けには丁度良い刺激になった。
「やっちまったことは仕方ない。
うん、仕方ない。
既にやっちまったんだからな。
だが幸い最悪の事態は避けられてる。
なら後はミーネに謝ってリカバリーすればいいだけだ。
よし、後は明日実行するぞ!
明日の俺!頼むぞ!
今日の俺はもう駄目・・・だから美味しいものを食べて寝よう」
そう宣言すると部屋を出て食堂に居たランドにオツマミを持って来てもらえる様にお願いして自室へと戻り、テーブルの上にドリンクサーバーと自前のコップを取り出して炭酸とジンジャーシロップを混ぜてジンジャーエールを作る。
暫くボーっとして過ごしていると、エロイーズがノックをしたので入室を許可する。
「お待たせ致しました」
「ご苦労様です。
特に待たされていないので気にしないでください。
ミーネは寝ていますか?」
「ありがとうございます。
ミーネ様は大分お疲れだったようですね。
着替えの最中も少々ボーっとしておられましたので、着替えが終わり横になると直に眠られました」
「そうですか、ありがとうございました。
エロイーズさんも座ってください」
そう言って椅子に座る様に促すと、躊躇う素振りを見せるので再度促して座ってもらう。
さて、どう話そうか。
そう考えているとランドがオツマミを持って現れた。
「旦那~、盛って来たぜぇっと?! エロイーズも居たのか?」
「ランドさん。旦那様への言葉使いに気を付けてください」
俺の部屋にエロイーズが居る事に驚いたランドにエロイーズが言葉使いを指摘する。
「すまねぇな、敬語なんて慣れねぇもんだからどうしてもな・・・」
「それなら尚更普段から敬語を心掛けないと身に付くものも身に付きません!」
エロイーズの言葉は結構きつい感じがする。
ランドも困り顔で謝っているが流石にな。
そう思ってフォローに入る。
「まぁまぁ、人前でもないんですからこの屋敷の中くらいは良いじゃないですか。
私も皆さんから敬語を使われ続けるのはどうにも居心地が悪くていけない。
ランドさんも話し方を突然変えるのも難しいでしょうし、そもそもランドさんは料理人として私が買ったんですから、普段は客前に出ることも無いですし、敬語は徐々に覚えればいいでしょう?
あ、慣れないなら、いっそエロイーズさんがランドさんに教えてあげてくださいよ」
「え? 私がですか?」
途中までは私の取り成しに不満そうな顔をしていたエロイーズだったが、最後の言葉に驚きの声を上げる。
そんな彼女に俺は出来る限りの営業スマイルで「えぇ」と即肯定すると、何やら考え始める。
「ちょっと旦那ぁ?!
俺にゃぁ無理だって!
真面に礼儀作法とか習ったことも無いんだぜ?
出来る訳ねぇよ」
「いえいえ、今出来る出来ないの話ではなく、必要だから覚えてくださいって事ですよ。
それにこれは以前あなたが言った『主人と奴隷のケジメ』に当たるんじゃないですか?」
「そ、それを言われると・・・」
ランドにブーメランが突き刺さる。
二人が黙り込んでしまったので私は手を叩いて注目させる。
「はい、ランドさんへの礼儀作法の教育については後程エロイーズさんとランドさんで話し合ってください。
それよりも先にランドさんは早く!私に!オツマミを渡してください!」
語気を強めに言うとランドは慌ててトレーをテーブルへと置いてこれ幸いと逃げ出し、エロイーズも本題から逸れていたことを思い出し、改めてこちらに向き直る。
ランドのお陰で気分は幾分か上向いた気がしたので心の中で感謝した。
まぁ、本人には言わないけどな。
「さて、まぁ、エロイーズさんも座ってください」
そう言って俺は机の上に置かれたオツマミを見る。
そこにはフライドポテトにチーズ、ソーセージ、煎り豆に干し肉と・・・匂いからすると酢漬け?漬物かな?
そんな事を考えながらエロイーズ用のジンジャーエールを用意する。
「あ、それは私が「あぁ、良いから任せて」・・すみません」
エロイーズの発言を遮り用意を進める。
フォークとスプーンは一人分しかなかったので俺の分は自分で用意する。
「さて、まずは乾杯でもしますか」
そう言ってコップを掲げるとエロイーズも戸惑いながらコップを掲げる。
「お疲れ様でーす」
そう言ってエロイーズのコップに自分のコップを軽く当てる。
「お、お疲れ様ですって、まだ夕食前ですがよろしいのでしょうか?」
「大丈夫ですよ。
お酒じゃないですから」
「そ、それなら大丈夫ですね」
お酒じゃないと聞いたエロイーズは少し残念そうな顔をしたが、直ぐに気を取り直してジンジャーエールを一口含むと表情を驚きに変える。
「え?何これ?!」
思わず素の反応が出たのか、そう言って直にもう一度口を付けるとまた驚く。
「お味の方はどうですか?」
「え?あ、はい。
最初は何かが口の中に弾けてビックリしました。
でも、もう一度味わってみると、甘いのに辛い? そんな感じで味として正反対に思える味が混ざっていると言うか何と言うか、どう言い表せば良いのか難しいのですが、美味しいです。
それに、呑み込んだ後もこう、喉の奥を一瞬焼かれる様な感じがするのに、それでいて不快ではなく、寧ろ心地よい喉越しに感じられ、とても爽快な気分になります」
「思った以上に饒舌に味を表現してくれたが、気に入ってくれたようで良かった。
おかわりもあるから遠慮しないで飲んでね」
「ありがとうございます」
そう言うと笑顔で最初はゆっくりと味わうようにちびちびと飲んでいたが、徐々にコップの底が上がって行き、エロイーズはジンジャーエールを一気に飲み込む。
一気に飲み干す程気に入ってくれてよかった。
うん? 一気に・・・?! あ、忘れてた。
「そんなに一気に飲むと『ゲブゥッ』・・・うん、そんな感じでゲップが出るから」
思ったよりも豪快に出たげっぷに思わず出そうになる笑いを堪える。
「も、申し訳ござゲフゥッ・・・いません」
慌てて謝るエロイーズは真っ赤にした顔を両手で覆うと俯いてしまった。
笑いの不意打ちにも何とか耐えてエロイーズを慰める。
「あー、まぁ、慣れないと出ちゃうんだ。
まぁ、慣れてても一気に飲むと出るんだけど・・・あー、まぁ、ごめんね。
そう言う飲み物だから最初の内はげっぷが出ても気にしないで良いから、ね」
そう言うがエロイーズは顔を上げてくれない。
うーん。どうしよう。
「あー、そうだ。
美味しいオツマミもあるよー
ほら、フライドポテトはどう?
ソーセージもあるよ?
なんなら・・この漬物でもいいんだよ?」
思わず思い付いたくだらない下ネタを頭から追い出す。
言わなくて良かったけど、そんなことを思い付いたこと自体恥ずかしい。
頭の中で馬鹿馬鹿しい事を考えていると、エロイーズが無言でフライドポテトに手を伸ばす。
俺はそれを見ない振りしてエロイーズが食べるのをじっと待つ。
「美味しいです」
「良かった。
まだあるから、しっかりお食べ」
俺の返事が正解だったのかはわからないが、エロイーズはその後もポテトを食べ続ける。
その様子を暫く眺めた後、声を掛ける。
「そろそろ落ち着いた?」
「・・・はい」
「ポテトばっか食べてたから喉渇いたでしょ?飲み物は他のにする?」
そう聞くと一瞬表情が固まるが、直ぐに返事をする。
「いえ、その、先程と同じものでお願いします。
それと、申し訳ありませんが、先程の飲み物の名前を教えて頂けませんか?」
「あぁ、名前を言ってなかったね、ごめんね。
ジンジャーエールって言うんだ」
「ジンジャーエール。
ジンジャーエール。
ジンジャーエール。
・・・覚えました」
エロイーズにジンジャーエールの名前を教えた後はお替わりのジンジャーエールを注ぐとエロイーズの前に差し出した。
「それじゃ、そろそろ本題に移ろうか」
俺がそう言うとエロイーズは背筋を伸ばした。
「はい」
「今日の集まりで決まった事と私がやらかした事を伝えるよ」
俺はそう前置きしてから話し始めた。




