第151話 ミーネの試練 ②
久しぶりに会話のある朝食を食べ終えて少し満足した後、少し食休みをとる。
ミーネには鍛錬の準備をさせ、俺はこの後の予定を考える。
まずはボコポの所に行って俺の今後の予定や、サムソン達の昨日の行動等を伝えて対策を考えたり、ウェイガン教等の他の勢力との調整を頼む予定だ。
その間はミーネの鍛錬についてはキャシーに任せよう。
取り敢えず俺が見本を見せて基本の切り方の説明と実践はキャシーに任せる。
ボコポの所から戻ってきたらミーネの型を確認して今後のキャシーの教育方針を固める予定。
・ミーネの出来が悪ければキャシーにも厳しく指導。
・ミーネの出来が良ければハードな実践トレーニング。
・良くも悪くもない、中途半端な出来であれば両方。
まぁ、基本の切り方は米の字のように切る8種類の斬撃に突きを足した9種類の斬撃を教えるだけなので、型が正しく出来ていれば問題ないと判断する予定だ。
そんな感じであれこれ考えているとミーネの準備が出来たようでエマが呼びに来たので中庭へと移動する。
近付くとミーネは動き易そうなズボンに厚手の長袖を着ており、防具は籠手と具足のみ。どちらもミーネには大きいようで紐で無理矢理固定しているようだ。
確かに家には子供用防具なんてないからな・・・
うん。見なかった事にしよう。
「待たせたな」
「いえ、問題ありません」
そう言ってキャシーが返事をする。
「さて、早速鍛錬を始める。準備はいいか?」
「「はい!」」
そう言ってミーネとキャシーの返事が返って来る。
「よし、ではまずミーネには、特別ハードコース(肉体的怪物)編を実行する。
「「え?!」」
「今回は残念な事に時間が無い。なので技術的な指導は最低限の基礎のみ!
殆どの時間はレベルアップに充て、身体能力の底上げを図る!
そして充分なレベルに到達したと判断したら後は只管実践あるのみ!」
「そしてキャシーについてはミーネへの最初の指導結果によって鍛錬の内容が変わるので心してミーネを指導するように!」
俺の発言に呆然とするミーネとキャシー。
「貴様等!呆けている時間はないぞ!特にミーネは本来1週間掛ける内容を特別に3日に凝縮したのだ!
無駄な時間は1秒たりともないと思え!」
「えぇぇぇぇぇぇー!」
悲鳴を上げるミーネを軽く睨むと悲鳴が止まる。
「ではまず斬撃の型を教える!」
そう言って俺は木剣を手に取りミーネとキャシーから少し距離をとって冗談に構える。
「これから9つの型を見せる。
ミーネはしっかりと目に焼き付けて覚えるんだ。
キャシーは既に知っているだろうが、この型をミーネにしっかりと覚えさせるんだ。
わかったな!」
「「はい!」」
「まずは真っ向切り!」
俺は掛け声と共に其々の基本動作を行う。
真上から真下への真っ向切り。
真下から真上への切り上げ。
右上から左下への袈裟切り。
左下から右上への逆袈裟切り。
右から左への一文字切り。
左から右への左一文字切り。
左上から右下への左袈裟切り。
右下から左上への左逆袈裟切り。
最後に突きを放ち、これで9種類の基本動作が終わる。
「これが基本の9種類の斬撃だ。
注意することは切る対象に対してしっかりと刃を立てる。
剣の軌道がぶれないようにする。
切る前から切った後までの動作で体幹が揺るがないようにする。
この3つを注意して鍛錬するんだ」
俺の動きを見逃すまいと真剣に見入っていたミーネとキャシーは俺の声にハッとして頭を上下に動かす。
その動きに少し不安を覚えたが、頭を上下に振っているならわかったと言う事だろう。
「では、私は用があるので出掛けてる。戻るまではキャシーがミーネの指導をすること。
戻ってきたらミーネの型をテストするからしっかりと鍛錬するように」
そう言って二人の返事を待たずに踵を返すと近くで見ていたエマと目が合う。
「どうした?」
「い、いえ、ありがとうございました」
「うん?まぁいい、と言う事で少し出掛けて来る」
「わ、わかりました」
こうして俺は家を出ると仮面を外してボコポの工房へと向かった。
「・・・と言う感じで昨日の夜は大変でしたよ」
俺が昨日の顛末を話し始めるとボコポは最初、顔色を青くしていたが、その表情は次第に怒りへと傾いて行き、最終的には全身で怒りを表すようになっていた。
「な、なんて連中だ!」
そう言って目の前の机に拳を叩き付けるボコポ。
その衝撃で机が割れ、ボコポの手に小さくない裂傷が走る。
突然のことに俺が吃驚すると、ボコポが詫びを入れる。
「す、すまねぇラク。驚かすつもりは無かったんだが、ついな・・・」
「あー、まぁ、吃驚はしましたが特に問題ないですよ。それよりその手の方が問題ですよ」
そう言って俺はボコポの手を治す。
「すまねぇ、助かるぜ」
「どういたしまして。
それよりも昨日は偶々私が様子を見に行っていたので何とかなりましたが、昨日失敗した奴等の動きが読めません。
自棄を起こされでもしたら何をするかわからないのでそちらの監視に手を割く必要が出てきました。
監視の方はお任せしても?」
「あぁー!くそ!! そっちは任せろ!モニカ達にやらせる!」
「それは重畳。あ、それなら昨日の件はキュルケ教かウェイガン教の方が見回りに出た際に偶々見つけて対処したことにしておいてください。多分現場見れば塀が一部崩れて無理矢理塞いだ跡が見付かると思いますから」
「おいおい、奴等じゃミノタウロスに対抗できねぇだろ?」
「あー、ならウェイガン教のノインに押し付けてくださいよ。仮の師匠からの命令だって言えば断れないはずなので」
「あいつか、まぁ、それで良いならそれで話通しとくぜ!」
「よろしくお願いします。
それでですね、先程の話に出てきたミーネなんですがね?」
俺が普通の笑顔から急に悪い笑顔を浮かべたのを見て、スンッとボコポの顔から表情が消える。
「第3王女様か・・・どうかするのか?」
こちらを窺うようにゆっくりと聞いてくる。
感情の乱高下が激しいボコポ。
「えぇ、実は3日程鍛えようかと思いまして、具体的にはレベルを上げれるだけ上げて洗の、じゃなくて思考ゆぅ、でもないな。えーっと、まぁ、こちらの都合の良いようにお願いを聞いて貰おうかと思っています」
「なんか不穏な言葉が出てきたが?」
「まぁ、出来たらいいなーとは思いますが、私ではできないもので・・・なので私からはお願いと言う形で実行してもらう予定です」
そう言って言葉を濁す。
「お前ぇにもできない事があって安心すりゃいいのか、お前ぇに扱かれる第3王女を哀れに思えば良いのか・・・けどまぁ、俺は止めねぇぜ? 俺の無茶な頼みを聞いて貰うんだからな。俺は既にお前とは一蓮托生だと思ってんだ。遠慮なく巻き込めよ」
ボコポはこちらを胡散臭いものを見るような目で見ていたが、最後には覚悟を決めた漢の視線を向けて来る。
「はぁ、わかりました。説明しますよ。あんまり巻き込みたくはないんですけど、そこまで覚悟決めてるなら・・・」
仕方なくボコポにすべてを話すことにしたが、そこで閃く。
そもそもの問題は王族が神との約定を違えてこの街のダンジョンを攻略しなかった事が発端だ。
300年もの間、攻略に本腰を入れる事もなく神を蔑ろにした結果が現状だ。
誰に責任があるかなんてのは明らかであるが、恐らくミーネはまだその事を知らないのではないか?
もし、そうであるならこちらで真実をしっかりと教えればいい。
多分、王宮では神との約定を違え続けているなんて醜聞は禁忌扱いで表立って話されることもないだろう。
だが、ここで問題なのは誰がそれを伝えるかだ。
ここは王や貴族なんかの身分による権威が猛威を振るう封建社会である。
正しいことであっても、力が無ければ力でねじ伏せられてしまう封建社会なのだ。
糾弾する側にもそれなりの身分や社会的立場が無ければ忽ち叩き潰されてしまうのだ。
強い力や高い権威の前では正しさ等、意味をなさない不条理な世界。
・・・こう言うとなんか、どっかの世紀末覇者が現れそうなんだけど。
おっと、いかんいかん。思考が逸れた。
俺は頭を振って逸れた思考を元に戻す。
つまりだ、今回ミーネに説明するのは教会に任せてしまおうと思ったのだ。
俺が説明するよりこの国で信仰されている教会に説明させた方が信憑性が増すだろう。
今回は事情も事情だし、それぞれの教会トップ直々に説明させればミーネも信じる他にない・・・はずだ。
それに奴等を巻き込めばもしもの時でも言い訳は立つ。
よし、これで行こう。
「ふふ、この際ですから、キュルケ教とウェイガン教も巻き込みましょう!」
「はぁ?」
突然の俺の笑顔に不審を覚えたのか、間の抜けた表情でボコポが返す。
が、そんな事はお構いなしに俺はボコポに今思い付いた事を説明し、キュルケ教とウェイガン教への調整を依頼した。
「はぁ、わかった。
お前が言った通りになればこの街も救われるのは確かだ。
俺が必ずモニカとバージェスを説得する。
それで他はもう何もないよな?」
「えーっと、あぁ、ボコポさんに頼みがあったんですよ! ミーネ用の武器を1つ・・・いや、2組ですね、作ってもらいたいんですよ」
そう言ってボコポへの依頼を最後に加え、夜に調整結果を確認する手筈を整えて俺は家へと戻った。
色々と面倒な事はボコポに丸投げをして、俺はミーネを鍛えるのだ。
家へと戻った俺はミーネの型を確認。
うむ、キャシーの鍛錬はミーネ以上に厳しく指導することになった。
切り方の名称ですが、どうも流派等で同じ呼び方でも切り方が真逆の方向だったりします。
なので、楽太郎はこう呼んでいる。と言う事でご理解いただけると助かります。




