第149話 邂逅
「「「へ?!」」」
マリオンは己の口から発されたとは思えないような間の抜けた声を出して固まってしまった。
顔を見合わせたスーザンとジェーンは間の抜けた表情のまま見返してくる。
自身も似たような表情をしているのだろうか・・・
そんなどこか現実逃避にも似た思考を巡らせていると、唐突に噴き出すような笑い声が響いた。
3人は慌てて背後を見ると全身真っ黒の全身鎧を着込んだ人物が口元を抑えて前屈みになっていた。
「あ・・・お構いなく」
「・・・誰?」
「むぅ、そんな事より、落下した仲間達が心配ではないのか?」
無理矢理笑いを咬み殺したような声で発された言葉にベスとサリーの事を思い出し慌てて窓の下を見ると縄梯子の残骸を握りしめ、何が起きたのか理解できないと言った表情で固まっているベスとサリーが居た。
慌てて周辺を確認すると彼女達を追っていたミノタウロス達がかなり近付いている。
「ベス!サリー!2人共起きて!早く逃げるのよ!!」
マリオンの叱責で正気に戻ったのか、弾かれた様に2人は飛び起きると周りを見回し逃げ道を探す。
しかし、マリオンの叱責の最中もミノタウロス達の足は止まることなく彼女達へと向かい、ミノタウロス達による包囲網はジリジリと狭まっている。
「ちょッ、抜け穴なんかないんだけど?隊長助けてぇ~!!」
「喚いていないで突破口を探して!じゃないと本当に死んじゃうよ?!」
「何とかそこから抜け出して一階のどこかの部屋に閉じ篭ればまだ助かる可能性があるわ!頑張りなさい!」
「そんな先の事より!今!この状況を!なんとかしてよ~!」
絶望的な状況の中でも彼女達は喚きながらも諦めることなく包囲の隙間を見付けようと目を皿のようにして必死に足掻く。
そんな様子をマリオンはやきもきしながら見詰める事しかできず、己の不甲斐なさに唇を噛みしめる事しかできなかった。
ベスとサリーが囲まれいよいよかと思われた時、今にも彼女達に襲い掛からんとしていたミノタウロス達の眼前で爆発が起こる。
突然の出来事に何体かのミノタウロスが吹き飛ばされ、残ったミノタウロス達も足を止めてあたりを警戒し始めるが次々と爆発が起こり、ミノタウロス達は慌ててその場から飛び退く。
突然の出来事に驚きはしたが包囲網に穴が開いたことを見逃さずマリオンは素早く声を張る。
「東側に穴が開いたわ!早く逃げて!!」
呆然としていたベスとサリーだったがマリオンのその言葉にマリオンを見上げ、彼女が指し示す方向を確認すると一目散に走り出す。
突然の事で身を守ろうと警戒するミノタウロス達の間をすり抜け闇へと消えて行った。
そんな二人の後姿を見届けるとマリオンは安堵の吐息を漏らし、腰が抜けたように座り込みそうになる。
しかし後ろから乾いた音が2回鳴ったことで反射的に振り返るとスーザンとジェーンが倒れ込む姿と怪しげな闖入者がこちらに向けて手を振り下ろしてくる姿が映る。
「え?」
疑問の声が出るのと背筋に悪寒が走るのはほぼ同時だった。
状況の把握は全くできていなかったが、マリオンは反射的に横へ跳んでいた。
考えて動いたわけではなかったが、気付いたら動いていた。そんな咄嗟の動きではあった。
ただそれだけではあったが、闖入者からの一撃はなんとか躱せた。
突然の凶行に背筋に冷たいものが這う感覚を味わいながらもマリオンはなんとか体制を立て直す。
しかし闖入者は不意の一撃を躱されたにも拘らず慌てる様子もなくマリオンへと向き直り手に持つ奇妙な武器を再び振り上げマリオンへと急接近する。
「ちょっとあなた!何者なの?それにどこから入って来たの?」
「躱されるとは思わなかったが、まぁ、なんだ。ご苦労さん」
思わず口から出た誰何の叫びに闖入者は答えず、独り言ともとれる言葉を吐き出すとマリオンの頭へと叩き付け、マリオンの意識を刈り取った。
「いやぁ、思わず笑っちゃったよ。くふッ、思い出しても笑える!」
ベスとサリーが縄梯子を上り始めた所からタイミングを見計らい縄梯子を切り落とした時のマリオン達の表情を思い出すと暗い笑いが込み上げて来る。
倒れた3人の女騎士?兵士?の伸びた姿が視界に入る度に思い出し笑いで込み上げて来る笑いを楽太郎は何とか咬み殺すと深呼吸をして心を静める。
「はぁ、客観的に言えば俺がやったのって悪巫山戯にしか見えないだろうが、こいつらを逃がすわけにはいかない。
こいつらが逃げるってことはミノタウロス達が街に解き放たれるって事だ。つまりこいつらを逃がせば街が危険に晒される。そんなリスクは負えない。まぁ、これも因果応報って奴だ。大人しく諦めてくれ」
楽太郎は他人を害することへの言い訳なのか、決意の再確認なのか、意志がぶれない様にする為か、言葉に出すことでサムソン達をこの屋敷に閉じ込めると言う目的をはっきりとさせる。
とりあえず地上に落とした2人はミノタウロスの包囲網は抜けたがミノタウロス達の追撃は継続中。
そのまま命を懸けた追い駆けっこへと移行した。
次にやる事は3階にいる兵士達を伸して適当な部屋へ放り込む。そして廊下にミノタウロス達を解き放てば取り敢えず暫くは大人しくなるだろう。
楽太郎は改めて「隠密」スキルを使用して廊下に出ると忙しなく歩き回る兵士を片っ端から叩き倒しては近場の部屋へと放り込む。
何回か悲鳴っぽい声が上がるが無視して続け邪魔ものを片付ける。
さて、下に向かうか。
そう思い階段の方へと足を向けるとガヤガヤと下から誰かが駆け上って来る音が聞こえてきたので気配を殺し「隠密1」スキルで姿を消した。
「急げ!もう後が無いぞ!ここが最後の踏ん張りどころだ!絶対にここで抑えるんだ!」
「マリオン!マリオン!
状況はどうなってる!
こっちはもう限界が近い!どうなっているんだ!」
そう言ってサムソンが声を張り上げている姿が見えた。
相当焦っているようでその視線は定まらずあちこち見回しているのが分かる。
「くそ! おいマシアス!一人選んで右側に走らせて状況確認させろ!
残りはここを死守だ!ジェシー!お前の隊は盾で奴等を押し止めろ!
マシアスの隊は槍で奴等を突き落とせ!
俺は左側の状況を確認する!ここの指揮はマシアスに任せる!」
「「「了解です!」」」
楽太郎は人の悪い笑みを人知れず浮かべる。
都合よくサムソンが離れた。これでこいつ等を片付け易くなった。
ここまで邪魔をしてくれたサムソンには腹に据えかねるものがある。
こいつ等みたいに簡単に伸して終わらせるには業腹だ。
そう思いながら余計な者達の排除に動く。
サムソンとは逆の方向に走って行った一人を後ろからど突いて意識を刈り取ると近くの部屋へ放り込む。
その後は中央階段に戻り後ろから一人ずつ意識を刈り取る。
対峙していたミノタウロスには取り敢えず殺気を飛ばし怯ませ、その間に障害物を近くの部屋へ素早く放り込むと行く手を阻むものがなくなった3階にミノタウロス達が入り込む。
サムソンが一つ目の部屋を開けるとそこにマリオンと2人の女性兵士が転がっていた。
「な?!マリオン!?」
思わず周りを見回す。窓は開け放たれた状態ではあるが、部屋には他に誰もいないようだ。
サムソンは慎重にマリオンへと近づくと様子を確かめる。
どうやらこれと言った外傷は無さそうだが、暫くは起きなさそうだ。
他の2人も確認するが同じように外傷はなく、意識のみ刈り取られているようだ。
閉じ込められた空間の筈なのに何故?
・・・襲撃者?・・・?!
不味い!
ミーネ様が危険だ!
急がねば!
思うや否や俺は真っ先にミーネ様の所へと駆け出した。
やはりおかしい。ミーネ様の部屋の前に護衛を立たせていた筈なのに誰もいない。
私は逸る気持ちを抑える事が出来ずやや乱暴に扉をノックする。
「ミーネ様、失礼します。サムソンです!
緊急事態の為、無礼とは思いますが扉を開けさせていただきます!」
そう言うと私は扉を開けた。
するとそこには怯えたミーネ様と護衛に立てていた女兵士が二人倒れていた。
「ミーネ様!ご無事ですか?!」
私は慌てて声を掛け、ミーネ様へと駆け寄る。
近くで確認するが、ミーネ様は震えてはいるが、怪我等なさそうだ。
内心安堵するとミーネ様が驚いた顔でこちらを見る。
「サ、サムソン?な、何があったの?」
安心させるべきかと一瞬迷ったが、ここは正直に話そう。
「実は、只今屋敷内に魔物の侵入を許してしまった状況でして、ミーネ様にはこのまま暫くはお部屋で退避して頂きたく」
「え?なんで?なんで魔物が屋敷内に入って来たの?!」
ミーネ様の顔が泣きそうに歪む。
「実は食料も間もなく底を尽いてしまう状況であった為、この屋敷からの脱出を試みておりました。
しかし、予想以上に魔物の警戒は強く、逆に侵入を許してしまったのです。
今も騎士団が必死に抵抗していますが、中々戦線の維持も難しくなんとか脱出の準備をしている最中なのです」
「な、何も聞いていないのだけど?」
その言葉に私は自分の落ち度に気が付いた。
この屋敷で一番の裁定者はミーネ様であったと言う事を・・・
私が謝罪の言葉を発そうとした時、入り口の扉を開ける音が聞こえ、振り返ると一人の男が立っていた。
「ふむ、首謀者の部屋はここだな?」
そう言って全身黒い鎧を纏った男が一匹の魔物、ミノタウロスを引き摺りながら入って来た。
部屋の中を見回すと部屋のベッドに小学生くらいの少女が一人、そのベッドの左右に控えるようにメイドさん?のような恰好をした女性が二人。そしてその近くの床に寝かされている女騎士?が二人。そしてサムソンがこちらを振り返って来た。
「さて、貴様等には相応の報いを受けてもらおう」
俺は断罪の声を上げたが、サムソン達は俺が言っている意味が分からない。とでも言った表情でこちらをポカンと見返してくる。
「貴様等には相応の報いを受けて「待て!」・・・」
聞こえていないのかと再度口上を述べようとした俺の言葉を中断するサムソンに少し腹が立つ。
「なんだ?」
「貴様こそ何を言っている!ここをどこだと思っている!
このゴルディー王国第3王女で在らせられるミーネ=フォルマー=ゴルディラン様の居室だそ!
そんな魔物を連れてこんなところまで侵入して来るとはなんという不届き者だ!」
サムソンの口上に怒りが込み上げる。
「貴様こそ何を言っている!この大罪人共がぁぁぁぁ!」
俺の殺気混じりの怒声に部屋の中にいた者達が全員腰を抜かす。
サムソンは辛うじて立ってはいるが全身が震えている。
「き、貴様、な、何を根拠に我らが大罪人等と言っているのだ・・」
「何を根拠に?だと?」
俺は更に語気を強める。
「貴様等が己の命可愛さに魔物を街中に解き放とうとしたではないか!
数万の民が暮らす街に魔物を解き放ち、恐怖のどん底へと落そうとしたではないか!
これが大罪ではないと言うのかぁぁぁぁ!」
俺の怒声にサムソンが反論しようとする。
「いや、そんなことはしていない。
俺達はこの屋敷から脱出しようとしていただけだ」
「ほぉ、ではこの屋敷に隔離されていた魔物がいるのに塀を壊したのは何故だ?
塀が壊れればそこから魔物が出て行くとわかっていただろう?」
「そ、それは、ミーネ様をお救いする為に必要だったんだ・・・」
歯切れ悪く言い返すが、俺の怒りの炎に油を注ぐようなものだ。
「民を守るべき王侯貴族が、守るべき民を、街を犠牲に助かろうと?
たった一人の王族の為に数万人を犠牲にすると言うのか?
民から搾り取った血税で好き放題に生きてきた癖に義務を放棄するのか?」
「そ、それは・・・」
「確か貴様は魔物を倒しダンジョンを攻略する為にこの街に来たのだろう?」
「そ、そうだが?」
「ならばなぜ戦わぬ?
戦って倒せば良いではないか?
現に貴様等が戦わず3流冒険者が例の貴族屋敷に入った所為で街は大変なことになったんだぞ?
国を守る騎士がなぜ戦わぬ?」
「そ、それは・・・勝てないから」
「冒険者の第一陣も勝てないとはっきり言っていた筈だ!
それでも第二陣を突っ込ませたのは貴様等だろうが!
ならば貴様等も命を懸けて戦わんか!
筋が通らんだろぉがぁぁぁぁ!」
思わず鎖に繋いだミノタウロスに腹パンをかましてしまった。
ミノタウロスは悲しい呻き声を上げて頽れる。
その様子にサムソン達が青褪める。
あ、因みにこのミノタウロスは兵士達を片付けた後、階段を上がって来たので殺気をぶつけると何匹かは怯え出して下の階へ戻って行ったが、何匹かはこっちに襲い掛かって来たのでそれぞれ数発ぶん殴って追い返し、手近にいた一匹を捕まえたものだ。
捕まえた後も結構暴れたので左右から頭をぶん殴って両方の角をへし折ったら何故か大人しくなった。
それでもサムソン達を見たらやる気を出し始めていたので威嚇には十分役に立ったかな。
サムソン達は自分達では全く歯が立たなかったミノタウロスに素手で殴って悲鳴を上げさせている楽太郎にドン引きした。
しかし、命を諦める訳にもいかないので言葉を振り絞る。
「し、しかし、王命なのだ。私達にはどうすることも出来なかったんだ」
「ならば王命に従い大人しく魔物と戦って死ねばいいだろうが?」
「な?!」
「そもそも王が判断を間違えたのならそれを諫めるのが臣下の務めだろうが?
それが出来ず王命に従うのであればその結果も受け入れるのが筋だろう?
そしてお前たちが全滅すれば王も間違いに気付き次の手が打てる。
そうじゃないのか?」
「・・・」
サムソンは反論できない。
悔しそうに下唇を噛んでいる。
「では、戦え」
そう言って握っていたミノタウロスを縛る鎖を離す。
「ヴモォォォォォォ!」
解き放たれたミノタウロスが雄叫びを上げるとサムソンが剣を抜く。
ベッドの脇に控えていたメイドさん?は悲鳴を上げるが、足が竦んで動けない様子。
そして子供はベッドにいる所為か叫び、布団を被って蹲る。
・・・それじゃ普通に殺されるんだが?
その時、入り口の扉の裏側に何かを感じる。
俺は咄嗟に動くと扉に拳を叩き付けると、『ぎゃぁ!』という声と共に女が姿を現した。
「な?!」
俺は思わず声を漏らしてしまったが、なんでこいつがここに居るんだ?
「貴様は誰だ!」
それでも俺は何とか誰何の声を上げる事が出来た。
しかし女は気絶したようで返事はない。
目の前で倒れているのは何回か顔を合わせたことはあるが、あまり、と言うか全く良い印象のない人物。
カタリナ=スフォルツェンドが折れた杖を抱えて倒れていた。
うーん。なんでこいつが・・・
そんな事を思っていると、何かが壁にぶつかる音がして見てみるとサムソンが壁に激突しており、ミノタウロスがベッドの方へ向かい始めていた。
おっと、こりゃいかんな。
そう思い急いでミノタウロスの鎖の端を拾い上げて引き寄せる。
ミノタウロスは急に首を絞められ、慌てて後退すると俺の近くに寄って来る。
そして俺はカタリナを引っ掴むとメイドの方へ放り投げる。
メイドが短い悲鳴を上げるが無視。
次いでサムソンも同じようにメイドの方へ放り投げる。これで倒れている女兵士含めて一つ所に纏まった。
そして今度はベッドの布団を徐に剥ぎ取る。
「いやぁぁぁ!」
甲高い悲鳴が上がる。
「うるさいぞクソガキ!」
「た、助けて、助けて、助けてぇぇぇ!」
俺の怒鳴り声にパニックを起こしたように叫び出す子供。
大人げない自覚はあったが、俺は無言で殺気を子供に向ける。
「ひぃっ!」
そう言って静かに震える子供。
「そうだ、静かにしろ」
そう言うと子供が何度も頷く。
「お前がミーネだな?」
「へ?」
「お前がミーネだな?」
「あ、は、はい」
「今の状況を理解しているか?」
「状況?」
「お前達が死ななければならない状況だ」
「はぃ?」
その驚いた表情に逆に俺が驚く。
誰も教えていないのか?
「お前はなぜここに来た?」
「わ、私は色々な貴族領へ視察に行くよう父上、国王様に言われて視察の旅をしていました。
でも、途中サムソンが父う、国王の勅令を賜ったと言うことでウェルズの街に来ました」
「その際の王命は覚えているだろう?」
「は、はい」
その返答に俺は溜息を吐いた。
「その王命によってこの街は今危機的状況に追い込まれているのだ」
「?」
・・・何もわかっていない様子に俺はさらに深い溜息を吐いて状況を説明していくことにした。
王命によって高レベルの魔物、ミノタウロスが街の貴族屋敷の中に出現していること。
そのミノタウロスに最初に王が集めた冒険者は倒すことができないと判断し、討伐出来なかったこと。
貴族屋敷の所有者への補償金が全く足りていないのに王命によって不当に召し上げられたこと。
それについてサムソン・ミーネが妥当な金額を掛け合うと言いながら2カ月以上たっても全く音沙汰がなく、支払う意思が見られないこと。
ダンジョン攻略どころかミノタウロスの討伐すら出来なかったのに再度冒険者を集め貴族屋敷に行かせたこと。
そしてその冒険者がやらかして街にミノタウロス達が解き放たれたこと。
それを職人ギルド・キュルケ教・ウェイガン教が協力し、なんとか貴族屋敷とこの屋敷にミノタウロス達を隔離したこと。
その間、領主や騎士団達は街に対し何も貢献していないどころか街に被害を与え続けていること。
そして今現在、騎士団がミーネの命を救う為に街の住人を犠牲にしようとしたこと。
それらを順を追って説明した。
話が進むにつれてミーネの表情が強張っていく。
どれだけ街の者がミーネ達を疎んでいるかを理解したのだろうか。
「わかったか?これがお前達が大人しく死ななければならない理由だ」
「で、でも、わたし、何も悪い事してない」
「いや、何もしていない事が罪だ」
「ど、どうして?」
「お前の着ている服は誰から与えられたものだ?」
「え?それはお父様・・・」
「そう、国王だ。つまりお前が来ているもの、今まで食べてきたものは全てこの国の民から搾取した血税で賄われたものだ」
「?」
「お前達王族や貴族は生活する上で必要なものを何一つ作り出していない。これはわかるか?」
「うん?」
俺は深くため息を吐く。
「王族や貴族は小麦を作れない。衣服を作れない。家を作れない。これはわかるな?」
「は、はい」
そう言って頷くミーネ。
「では、どうして王族や貴族はそれらを税として取り立てる事が出来るんだ?」
「・・・わかりません」
俺が更に溜息を吐くと申し訳なさそうに下を向いてミーネは震えた。
「単純だ。力があるから、武力と言う名の力があるからだ」
「そ、そんな!」
ミーネが驚いたように目を見開く。
「何を驚くことがある?
事実だ。
まぁ、力があるからと暴力で奪っているのであれば強盗や盗賊なんかと同じだが、仮にも『王族』や『貴族』と名乗るんだ。『盗賊』と『貴族』の違いは何だと思う?」
そう聞かれてミーネは戸惑う。
答えを出そうと必死に考えるが、中々思い付かない。
貴族は尊いもので王族はもっと尊いとは教えられた。
でも、その理由は教えられていない。
「こんな簡単な事もわからぬとは、この国の王侯貴族は何を学んでいるんだ・・・はぁ、
いいか、『盗賊』は民を守らない。奪うだけだ。自分達が良ければそれで良いと考えて襲い奪う。
だが、『王族』や『貴族』は違う。民から税として奪う代わりに命を賭して民を守る。
だからこそ民は『王族』や『貴族』を敬うのだ。だからこそ多少の我儘も許されているのだ」
その言葉にミーネは衝撃を受ける。
でもなぜ自分が死ななければならないのかと憤慨もする。
「で、でも私は何も知らない。知らなかった。
それなのになんで死なないといけないの?」
「知らないからだ。
お前は先程王命で視察に出たと言った。
その後、王命でここに来たと、そしてこの街で一番偉い人間であり、ダンジョン討伐の責任者なのだ。
その責任者が何も知らないと言うのは罪だ。
全てを部下に委ねたのなら、その結果の責任もお前が取らねばならん」
「そ、そんなのおかしいわよ!」
「何がおかしい?」
「そ、それは・・・だ、だって、私まだ子供なのよ?」
「お前と同じ年頃であれば庶民は皆、何某かの仕事をしている。
それに子供であっても王命で視察に出たのであればそれは仕事だ。
分不相応であったなら断ればいいのだ。
断ることも出来ずに仕事を受けたのであれば、それはお前の責任だ」
「な、なんで?なんで私が・・・」
「今回の件であれば、まず最初に失敗した時にダンジョン攻略が無理だと王に諦めさせれば良かったのだ。
それをしなかったのがお前の間違いだ。
次に、2回目のダンジョン攻略において冒険者の質は明らかに1回目より劣っていた。
それなのにダンジョン攻略に騎士団を出さなかった。
これが2つ目のお前の間違いだ。
最後に、この屋敷のミノタウロス達を倒すのではなく、街に解き放とうとしたことが3つ目にして最大の間違いだ。
民を守るべき者が民を犠牲に生き延びる。そんなことは、許されない!
民を守れない、弱い王族に、弱い貴族に、生きる資格はない」
俺の言葉にミーネは震える。
「い、いやよ、死にたくない。死にたくない!」
「死にたくないか?」
そう聞くとミーネは「死にたくない!」とはっきりと答えた。
「死なずに済む方法が一つだけあるぞ?」
そう言うと喰い付くようにこちらを見詰める。
「な、何?」
「強くなるのだ」
そう言うと一瞬呆気にとられた後、声を上げる。
「む、無理です」
「いや、無理ではない。この世界ではレベルを上げるだけで強くなれるのだ。
つまり子供のお前でもレベルさえ上げれば、それだけで強くなれるのだ」
「で、でもレベルを上げるには魔物を倒さないといけないの。
そんなの私には無理です・・・」
消え入りそうな声でそう言う。
「では死ぬしかないな」
そう切り捨てるとまた「いやぁぁ」と泣き始める。
「お前はこのまま諦めて死ぬか。それとも敵を殺す覚悟を決めて強くなり生き残るか。その二択しかない。
そもそも民を守らない王族に価値はない。また弱い王族にも価値はない。
つまりこのままのお前には王族としての価値などない。いや、王族と名乗る事すら烏滸がましい盗人だ。
強くならないのならさっさと死ね」
俺の厳しい言葉にミーネが絶句する。
そして沈黙が流れる。
その間俺はミノタウロスを押さえ付け、ミーネの言葉を待つ。
「民を守らない私には価値が無い・・・」
絶句していたミーネがやがてポツリと呟く。
「そうだ。そして弱いお前にも価値はない」
「よ、弱い私は、価値が無い・・・」
「そうだ。無価値だ」
「む、無価値・・・」
自分に価値が無いとはっきり言われたことで衝撃を受けているようだ。
そして傍に控えるメイド達も何か言おうと口を開きかけるが俺が殺意を込めた視線を向けると再び口を閉じ沈黙を守り続ける。
「でも、それでも、死にたくない」
そう呟き、静かに泣き始める。
「本当に死にたくないのであれば、死に物狂いで強くなるしかないのだ。
それ以外にお前が生き残る術はない」
「・・・やる」
「何をだ?」
「生き残る為に強くなる・・・だって、死にたくないんだもん・・・」
ミーネは涙を堪えて必死に訴える。
俺は内心、ほくそ笑む。
「ふむ、ではお前を試そう。本気で強くなる意志があるのならまずはこいつを殺せ!」
「ヴモォ?ヴモォォォォォォォーーーー!!」
そう言って俺がミノタウロスを指差すと何かを感じ取ったのかミノタウロスが途端に暴れ出す。
鬱陶しいので俺は更に力を込めて押さえつけると「ボキィッ」と音がしてミノタウロスが一際大きな悲鳴を上げる。
どうやら締め上げていた右肩が外れたようだ。
俺は代わりに左腕を取り、再度締め上げる。
その様子を見てミーネもメイドもドン引きしているが、お構いなしに話を進める。
「ミーネ、このナイフでこいつの目を突き刺せ。非力なお前でも目なら簡単に突き刺せる筈だ」
そう言って開いている右手でナイフをミーネに差し出す。
するとドン引きしていたミーネも覚悟を決めたのか頷きナイフを手に取り、押さえ付けられているミノタウロスの顔の正面に移動する。
「うぅ・・怖い」
ミノタウロスと目が合うミノタウロスが威嚇する。
「ひぃぃぃ」
そう悲鳴を上げるミーネを叱咤する。
「押さえ付けられてるこんな獲物に怯えるんじゃない。
今のこいつは威嚇することしかできないんだ。
さっさとナイフを突き刺せ」
俺に叱られたミーネは又も怯えた表情となるが、ミノタウロスよりも俺への恐怖が勝ったようで、真剣な表情でミノタウロスへと両手で握ったナイフを振りかぶる。
「ご、ごめんなさぁぁぁい!」
そう言ってナイフを振り下ろすミーネ。
しかし両目を閉じてしまっているので狙いは外れ、ナイフはミノタウロスの頬を撫でる様に滑っていく。
「貴様!目を閉じるな!しっかりと狙え!
さもなくばお前が死ぬことになるんだぞ!」
「ひぃ、ご、ごめんなさい」
「泣き言は要らん!目を開けろ!そしてゆっくりでいい、こいつの目にナイフの刃を突き立てて力を込めて押し込め!」
そう言ってミノタウロスの頭を右手で上向きに持ち上げ固定する。
「は、はいぃぃぃ!」
「返事は伸ばすな!短くはっきりと返せ!」
「はい!」
ミーネは泣きそうになりながら今度はナイフを両手で持ち、ミノタウロスの目をしっかりと見据えてナイフを前へと突き付ける。
ミノタウロスへの純粋な恐怖か、それとも生き物を殺す事への忌避感からか、ミーネの両手は震え狙いが定まらない。
「目を見開いて刺せ!」
俺の声に反射的にミーネの体が動く。が、またも外れ、ミノタウロスの皮膚に弾かれる。
「当たるまで刺せ!」
「は、はいぃぃ!」
ミーネの目からは涙が流れ、それでも両手は震えながらも何度もミノタウロスの瞳を狙って刺し出される。
そしてようやく瞳に当たると、吸い込まれるように突き刺さる。
「あ!あ、あぁ当たった・・・」「ヴモォォォォ?!」
両手に伝わる気持ち悪い感触に驚いたのかミーネがナイフから手を離す。
その間もミノタウロスは絶叫する。
「もっと奥まで押し込め!」
「は、はい!」
俺の怒声にミーネは反射的にナイフを掴み直すと必死に押し出すようにナイフを突き出す。
「う、うぅぅ、うわぁぁぁぁぁん!」
ミーネは泣きながら、漏らしながら必死に突き出す。
そして、やがてミノタウロスが声を上げなくなり、抵抗する力も抜けて行きぐったりと倒れた。
「よし、よくやった」
俺がそう言うと、何故褒められたのかわからないと言った表情をしたミーネから視線を外すと、近くにいたメイドに声を掛ける。
「おい、こいつの服が大変なことになってるから着替えさせろ」
そう言うとメイドは大きく何度も首を縦に振りミーネの世話をし始める。
少しするとミーネが体をビクつかせた。
恐らくレベルアップしたのだろう。
そう思い[鑑定]スキルで確認してみるとミーネのレベルは27となっていた。
「ふむ、この調子でレベル上げをしつつ教育してみるか、ダメならダメで純粋な恐怖を植え付けて脅せばいい」
言いながらも俺はミノタウロスの死体を[無限収納]で回収し、ミーネの着替えを待つ。
「さて、これから短期集中強化を行う。基本、徹底的にスパルタで進めていくので覚悟しろ!」
「え?」
着替え終わったミーネが絶望の表情を浮かべる。
「聞こえなかったか?これよりお前を強くする。厳しく躾けるので甘えは許さんから、そのつもりでいろ」
「だ、誰か助けて!」
そう言って周りを見回すミーネだったが、メイド達はミーネと目が合うと何も言わず慌てて目を逸らす。
「俺がお前を助けているだろうが!」
「ひぃぃ」
悲鳴を上げるミーネの首根っこを掴むと窓へと進みそこから飛び降りた。




