第148話 空回りしものの抵抗 2
俺が次の戦場に辿り着いた時、やはり兵士達はミノタウロス相手に善戦?していた。
いや、善戦と言うか、必死に抵抗しているが、何と言うか先程の戦闘にあった悲壮感がない。
ないと言うより前向きな必死さが感じられる。
何かおかしい。そう思っていると誰かの檄が飛ぶ。
「ここが正念場だ!死守しろ!ここさえ守り切れればまだ希望はある!俺たちは生き残れるんだ!」
説明ありがとう。そう思い声の方を見るとサムソンだった。
・・・やはり、何かやろうとしているのか。
目標はここから逃げ出すことだろう。
となると脱出する手段が見付かったのか?
俺はサムソン達の少し上を見て更に上へと続く階段を見付けて少し考えて思い付く。
ふむ、ミノタウロス達をここで足止めして屋敷内に留めれば外にいるミノタウロスの数が減る。
そうなれば3階から縄かなんかを垂らして伝って下りれば数が減った外のミノタウロス達に囲まれることもなく、追われるが逃げ出せる可能性がでてくる。と言う事か・・・
そのことを思い付くと同時にもっと楽な方法もあっただろうことにも気付く。
ダンジョン産の魔物は基本的に建造物の破壊を進んで行う事をしない。
なので、本当ならこの屋敷の1階へと繋がる階段を全て壊して直接2階へ上がれないようにしてから足の速い数人に外でミノタウロス達の敵意を集めて屋敷の1階へ詰め込んでしまえば脱出は出来た筈。
因みに集めた者達は取り外し可能な梯子や縄梯子なんかで繋いでおけば2階に上がった後に外せばミノタウロス達は上がって来れない。
まぁ、最初に集めに行った際に捕まれば死ぬかもしれないがそれでも200人を救う事を考えれば大した犠牲でもないんじゃないかな。
そう考えた時、なぜ実行しなかったのか?と疑問が湧いたが、直ぐに理解する。
自分達が傷つきたくなかったってことか。
サムソン達騎士団は自分達の中で解決し、街の住人を守るのではなく、自分達が助かる為に街の住人を犠牲にすることを選んだ。
国民を守るべき騎士団が己可愛さに国民を危険に晒した。
ただそれだけの事なのだろう。
ただそれだけ・・・
それだけ・・・
だが、俺はその事に腹が立つ。
権利を享受しているくせに責任を放棄する。
唾棄すべき存在に、軽蔑すべき存在に、やるせない思いで胃がムカつき、怒りの感情が頭の中を駆け巡る。
殺したい。いや、殺すだけでは飽き足りない。
だが、人殺しになんかなりたくない。
でも怒りをぶつける対象が必要だ。
でも殺したくない。
全身が怒りで震える。
それでも人殺しと言う禁忌の行動に対する忌避感と嫌悪感が勝ったようだ。
気付いたらハリセンを握りしめていた。
1人たりとも逃がさない。
そう決意すると俺はハリセン片手にミノタウロスを飛び越え、一旦サムソン達をスルー。
気配を消しつつできる限り奥へと急ぐ。
急いだ先には1階への階段があり、兵士がそこでもミノタウロス達と一進一退の攻防戦を続けている。
懸命に防衛している兵士の内の1人に狙いをつけて後ろに立つとハリセンを数回左の掌に軽く打ち付けると大きく振り被り兵士の後頭部目掛けてハリセンを叩き付けた。
辺りに小気味良い破裂音が響き渡る。
一拍おいて振り返った兵士の頭を次々と叩き続け兵士を一掃する。
兵士が居なくなり防御柵を越えてきたミノタウロス達にもハリセンを叩き付ける。
流石にミノタウロス達の意識を刈り取ることは出来なかったが殺気を向けるとたじろぎ後退る。
その隙に楽太郎は手早く兵士達を近くの部屋へと放り込み、さっさと踵を返して中央の階段、3階へと急ぐ。
マリオンはサムソンの作戦内容の説明を受けた際、素直に『これなら助かるかも?』と、希望を見出した。
だからこそ作戦の中でも特に重要な任務を任せられた事に歓喜したし、それと共に指名された重責に身が引き締まる思いもした。
生き残れる。その希望を胸に部下への指示内容を考える。
まずは縄梯子を掛けて安全に下りられる場所の確保だ。
時刻は深夜。辺りは完全に夜の帳に包まれているが幸いなことに夜目が利く部下が数名いる。
マリオンは早速夜目の利く部下へと指示を出し、他の部下にも縄梯子を用意させる。
そして今回の作戦に関して部下へと説明する。
そして各部屋に避難している者に知らせる為に部下を走らせる。
ここからは時間との戦いとなる。マリオンもわずかな時間が永遠とも感じられることがあると言う知識は持っていたが、自身が体験することとなった今回。報告を待つマリオンは非常にヤキモキして待っていた。
そして待望の報告が入る。
「報告!西側は普段より数は少ないですが視界内に魔物は2体見られます!北側にも2体発見しました!」
「報告!東側も視界内に2体発見!南側は1体発見しました!」
・・・安全な方角は無い。
普段に比べれば格段に数は少ないがそもそもが圧倒的な実力差のある魔物だ。
1体いるだけでも絶望的に感じられる。
ミノタウロスと言う魔物はそれだけの強さがありながら仲間を呼ぶと言う狡猾さがある。
そもそも1体しかいない南側を強行突破しようにもその1体を相手取っている間に仲間を呼ばれてお終いだ。
一気に顔色が悪くなる。これでは作戦が・・・と焦るマリオン。サムソンから受けた言葉、作戦内容、唯一の希望が・・・と頭の中で様々な思考が感情と共にぐるぐると回り出す。
絶望し始めたマリオンだったが、思考が少しずつ整理され始めるとある閃きがおりてくる。
「ベス、サリー!任務だ。これから北側に縄梯子を掛ける。お前達にはそれを使って地上へ降りてもらう。そして魔物達を南側に誘導し集めるのだ。ベスは西回りで魔物達を引き付け南側へと誘導。サリーは東回りで同じように魔物を誘導して南側へ向かへ。私達はお前達が地上に降りたのを確認後、速やかに南側へと向かい縄梯子を掛け直す。お前達はその縄梯子を上って戻れ。二人は無事戻ったら北側に魔物が居ないか索敵しろ」
「「は!了解です!」」
「スーザンとジェーンはベス達のサポートに回り縄梯子を上手く使え。ベス達が戻ったらスーザンは私に報告しろ。ジェーンはベス達と一緒に縄梯子を回収し北側の索敵に当たれ!」
「「は!」」
マリオンの指示を受けた彼女達は短く敬礼すると即座に行動へ移す。
彼女達が去り行く姿を見送りながらマリオンは残りの者達にも指示を出し、それが終わるとベス達の後を追った。
マリオンがベス達の入った部屋へ辿り着くと丁度窓際から縄梯子を下ろしている最中だった。
マリオンに気付いたスーザンが敬礼をしようとするがマリオンは首を振りやめさせ小声で確認する。
「どう?ミノタウロス達にはまだ見つかってないかしら?」
「はい、縄梯子も音を立てない様に慎重に下ろしているので今のところ寄ってくる気配はありません」
「そう、順調のようで何よりだわ」
「あの、隊長。その口調の落差はあまりにも・・・」
しまらない。そう反論をしようとしたスーザンの言葉を最後まで言わせずにマリオンが返す。
「なによ。ここには身内しかいないんだからいいじゃない。前から言ってるけど私って命令口調があんまり好きじゃないし、身内にまで気張ってたら余計に疲れちゃうじゃない」
不貞腐れるように言うマリオンにスーザン達は肩を竦めて嘆息する。
「締まらないわねぇマリオン。今だって軍事行動中なんだから気を引き締めないとダメじゃない」
それでもサリーは優しく窘めるが、マリオンは気にしない。
「そう言うならサリーだって上官に対してタメ口使ってる時点で不敬罪でしょ?」
お道化るように言うマリオンの言葉に苦笑が洩れる。
「それにね、こんな時だからこそ適度に息抜きしなくちゃ持たないわよ? 特にあなた達には大役を振ったんだから、ね?」
マリオンの軽口に皆が一斉に息を呑む。
しかし、口端を吊り上げたマリオンのドヤ顔を見ると途端に脱力してしまう。
その後も軽口を叩き合いながら作業を続け、暫くして縄梯子が地面に到達する。
マリオンは改めてベスとサリーに向き直る。
自身の命令でこれから命を懸ける友人に心の中では申し訳ないと思いつつも、それを表情には決して出さない。
ベスとサリーもそれを察してか感情を表に浮かべる事はせず、二人はただ頷いた。
そしてマリオンは意を決すると宣言する。
「さぁ、準備は出来たわ。ベス、サリー。準備は良い?」
「「はい」」
「必ず戻って来なさい。では、行け!」
その言葉を合図に外の様子を確かめてからベスが窓から躍り出る。
そして器用に縄梯子をスルスルと降りていく。
ベスが2階の中程まで降りると今度はサリーが続き、二人は出来るだけ音を立てない様にしつつも素早く降りて行く。
ベスは着地すると素早く木陰に隠れ辺りを確認する。幸いまだ見付かっていないようで魔物が近寄ってくる気配はない。
続いて降りて来たサリーはベストは反対側の木陰に隠れる。
降下前に魔物の位置は大体把握している。
2人はお互い身振り手振りで合図を送り、縄梯子が引き上げられ始めるのと同時に立ち上がり走りだす。
ベスは反時計回りに走り西側に近い魔物へと向かう。
そして薄ぼんやりと人影っぽいものが見え、速度を落として静かに近付いて行くといきなり咆哮が迸る。
ベスは驚きの表情で固まる。
見付かった?! どうしよう?
そう思ったのも束の間、人影っぽいものは身を屈めたのかと思ったら爆音と共に急接近。
短い悲鳴を上げながらも慌ててベスは横っ飛びで躱し、転がりながらもなんとか体勢を立て直してとにかく逃げ出す。
足の速さには自信があったベスではあるが、流石にレベル差が倍近くある為、アドバンテージだと思っていた速さは全く役に立たず、魔物の突進速度に只々ドン引きするしかない。
知っていた筈だが、理解は出来ていなかった。
あんな巨体で突っ込まれたら、私、死んじゃう!
想像以上の恐ろしさに寒気がする。でも今は立ち止まっていられる場合じゃない。立ち止まったら死んじゃうよ?!
こんなのやってられるか!とマリオンを罵る言葉が口から迸るがこれは仕方ない。
仕方ないのだ。
それでもベスは自身の生存を掛けてマリオンへの呪いの叫び声と共に西側を目指す。
そしてベスは既におびき寄せる必要が無い程に叫びを上げ、追いかける魔物も威嚇とも合図ともわからない咆哮を上げてベスに突撃を繰り返し続けた。
サリーは時計回りに走り出したが、最初の1体を釣り出すのは慎重にやろうと思い、北側の1体目が居るであろう付近に近付くと走るのはやめて辺りを警戒しながら歩いた。
そしてようやく魔物であろう影を発見した頃、西側から咆哮が鳴り響いた。
え?!と思う暇も有らばこそ、目の前の影が西側に向かって走り出すのが見えた。
まずい。私が引き付けないといけないのに。
事態が急展開することに思考が追い付かない。
どうしよう?なんて思っている内にも影は遠ざかってしまう。
慌てて追いかけようとして任務を思い出す。
私は東側の魔物を誘導して南に連れて行かなければならない。
でも目の前の魔物を追いかけると反対方向に行くことになる。
その事に思い当たり、少し冷静に考える。
恐らく先程の咆哮はベスが上手く西側にいる魔物を引き付けたと言う事だ。
その咆哮に呼ばれて移動した先程の魔物はつまりベスが引き付けてくれた?と言う事か。
結論。放っておいて大丈夫だ。問題ない。
それよりもベスの動きが思ったより早い。
彼女より遅れて南側に到着したら1人魔物に囲まれて縄梯子に辿り着けない可能性も・・・?!
思い至るが早いか、サリーは慌てて東側に駆け出す。
暫くするとサリーもベスと同様にマリオンへの怨嗟の叫びを上げる事となる。
ベスとサリーが地上へ降り、走り去る姿を祈りを込めて見送るとマリオンは残った者に指示を出す。
「さぁ、お前達、ここからは時間との闘いだ!急いで梯子を回収して反対側へかけ直せ!」
スーザンとジェーンはマリオンの言葉使いに一瞬緊張したが、マリオンの鋭い視線にハッと意識を切り替え、短く返答すると縄梯子を巻き取り始めた。
最初は音を立てない様に慎重に慎重にと巻き取っていたが、遠くで牛の雄叫びが上がるとマリオンの「急いで!早く!」と言う叱咤と共に一気に巻き取り速度を上げる。
からからからんからん
乾いた音を忙しなく響かせながらもなんとか縄梯子を回収。
「スーザン、ジェーン。急いで反対側に掛けて!でも音は立てない様に慎重に!」
「「は!」」
スーザンとジェーンは片手で敬礼をすると部屋を小走りで出ていく。
その後を追ってマリオンも部屋から出るとその場にいた部下に指示を出す。
「偵察班、北側に魔物がいないか偵察を命じる! 魔物がいてもいなくても必ず報告しろ!」
「了解です!」
「行け!」
素早く指示を出すとマリオンは状況の確認をする。
「状況はどうなっている?」
「は、階下の戦況は今のところ善戦しておりますが長くは持たないかと、避難指示につきましては3階にいる非戦闘員への説明は終わっており、全員を近くの部屋へと移動させている最中です」
「順調と言う事ね」
「その通りであります!」
「了解だ、引き続き進めろ」
マリオンは予定が順調であることを確認すると返事も待たずにスーザン達の後を追った。
そしてスーザン達に追い付くと2人の作業も丁度終わるところであった。
「間に合ったようね」
「えぇ、なんとか・・・」
ホッとした所為か誰ともなく安堵の吐息が漏れる。
緩んだ雰囲気になるのも束の間、外の魔物に気付かれない様にゆっくり、慎重に松明を窓の外へと向け、ベスとサリーが駆け戻るのを今か今かと待ち続ける。
どれだけの沈黙が下りただろうか。
マリオン達が何かあったのかと焦れていると遠くから牛の雄叫びと甲高い悲鳴が左右から重なる様に聞こえてきた。
「ようやく来たみたいね」
「えぇ、あ、ベスが見えたわ!」
「こっちはサリーよ!」
二人を見付け声が弾むスーザンとジェーンにマリオンも安堵しかけるが、ベス達の状況は切羽詰まっているようだ。
叫びながら顔に恐怖を張り付けたまま走り込んで来る。
そんな2人も松明を見付けたようで猛スピードでこちらへと向かって来るが、後ろから迫るミノタウロスの突進を躱すようにジグザグに走る所為で、徐々にしか近付けないようだ。
見る事しかできない焦れったくももどかしい時間が続く中、最初に縄梯子に飛び乗ったのはベスだった。
それから殆ど間を開けずにサリーも辿り着き必死に登って来る。
やれやれ、これで一安心だ。
そう思いマリオンが安堵の息を吐くのと同時、ブチブチッと縄梯子が切れた。
「「「へ?!」」」
間の抜けた声が響く中、地上へと落ちていくベスとサリーの悲鳴が絶望と共に木魂した。




