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第146話 内なるものの空回り

 俺の号令と共に放たれた魔法攻撃で塀に穴が開いた。


「よし。これで助かった」


 元はあの女の提案だが、作戦を進言したのは俺、デブニー=ホフマンだ。


 つまり作戦が上手く行けばすべて俺の手柄だ。


 これで前回の失態も挽回できるし生き残れる。


 俺の出世もまだまだこれからだ・・・


 閉ざされかけていた俺の明るい未来が再び輝き出したことに思わず笑みが浮かぶ。


 後は同じように幾つか穴を開けてミノタウロス達が敷地外に出るのを待つだけの簡単なお仕事だ。


 ・・・


 そんな事を考えていたのが悪かったのか、愉悦に浸れたのはほんの僅かな時間だけだった。


 俺は笑顔のまま次の標的に向かって指示を出そうとした瞬間。恐ろしい獣の咆哮が響き渡る。


 その咆哮の圧に恐怖し身を竦ませた次の瞬間、爆音と衝撃が全身を襲った。


 ・・・


 何が起きた?


 訳も分からず、呆気にとられていると二度三度と次々に爆音が響き、その都度衝撃が走る。


 あまりのことに訳も分からず身が竦み何も考える事も出来ないまましばらく縮こまっていると、サムソンの「総員、状況の確認急げ!」の大声が俺の意識を強引に現実に引き戻した。


 意識が戻ると俺は床に座り込んでいたが、じんわりとケツに痛みを感じる。


 ケツの痛みが現実味を感じさせてくれたが、状況から俺は無様に尻もちをついてしまった事に気が付いた。


 まずい!そう思うや否や俺は誤魔化すように慌てて素早く立ち上がり窓から外の様子を確認する。


 塀に開いた穴を見ると凄い勢いで土塊が穴を塞いで行くのが見て取れた。


「な?!あ、穴が塞がっていくだと?!」


 作戦は成功した筈だ。実際、塀に穴が開いている。


 なのになんで開いた穴が塞がっていくんだ?


 あの土塊はどこから湧いてくる?


 信じられない・・・


 俺の声に他の兵も窓から塀を見て絶句するが、「い、一階の壁が壊されています!あ、穴が開いています!」と言う声が上がり一斉に足元に視線を移すと瓦礫が散らばっているのが見えた。


 思わず呆けてしまっていたが、「ヴモォォ!」と言う先程とは違うミノタウロス特有の咆哮にビクリと身を竦ませ、思わず咆哮が上がった方に目を向ける。すると複数のミノタウロス達が近付いてくるのが見えた。


「ミノタウロス達が近付いてきます!」「い、一階の壁に穴が開いています!このままだとミノタウロスが・・・」


 次々と上げられる言葉は既に耳に入らなかった。

 既に、自分が見ている光景すら信じられない。


 ほんの少し前までは未来が拓けていた筈なのに・・・


 これは何かの間違いだ。

 なんでこんなことになる?


 何故?どうして?と次々と疑問が頭を巡る。


 勿論答えなんて出ない。そんな事に意識が囚われていると、いきなり暗く重い、死そのものを煮詰めたような強大な殺意が向けられた。


 あまりの負の重圧に耐え切れず俺の心は押し潰される。


 な、なんだこれ? こ、怖い・・・な、なんで俺が?!


 身体が震えていることにも気付かず、俺は涙を流しながら、わけもわからず悲鳴を上げ、誰とも知れず助けを求め、絶叫する。


 そして、そこで俺の意識は途切れた・・・














 最初、作戦は成功したかに見えた。


 思いの外、あっけない程に簡単に塀が壊れて穴が開いた。


 それまでの俺の葛藤は何だったのか。


 思わずホッと息をいた瞬間、何かの叫び声が響く。


 俺はその咆哮に身構え、窓の外を注視すると、続いて爆音と衝撃に襲われた。


 何とか踏ん張り、立ち続け、衝撃が収まった頃を見計らい指示を出す。


 そして俺自身も現状の把握に努めようと動き出す。

 周囲の被害状況を確認していると、デブニーが声を上げた。


「な?!あ、穴が塞がっていくだと?!」


 俺はその声に慌てて窓の外を見て思わず舌打ちをした。


 やはり見張られていたのか。


 おそらくダンジョンの魔物の特性を利用して街の各所でミノタウロス達を隔離しているのだろう。


 その一つがこの屋敷と言う事だ。

 そうしてなんとか街を守っているのだろう。


 魔物を倒せなくても犠牲を覚悟すれば誘導して隔離することは出来るだろう。


 そうして犠牲を出しながらもウェルズの街はギリギリで保たれている。


 そういう事だ・・・


 つまり・・・我々は、見限られたのだ。


 思わず天を仰ぎ見て心痛を堪える。


 何故俺が・・・


 理不尽だ!と思いたかった。だが、そこには当然だと納得する自分もいる。


 そもそも悪魔のダンジョン攻略のショートカットなど無理なのだ。


 私自身、十分に理解している。


 それなのに、それでも、そんな無理を通そうと我々はウェルズの街を危険に晒し続けたのだ。


 ウェルズの住民からすれば、我々は自身の命を危険に晒し続ける極悪人でしかない。


 そんな悪行を続けた挙句、ウェルズに犠牲を強いた我々は、少なくともウェルズの街の住人に助けられる資格も、文句を言う資格も無いだろう。


 彼らの行動を非難することは出来ない。


 頭ではわかっている。


 解ってはいるが、心では、感情では納得できない。



 今回、俺が実行を決意した作戦は確かにウェルズの街を危険に晒した。


 ウェルズの住民からすれば利己的な目的でウェルズの街を地獄に変えるような作戦だ。


 彼等からすれば俺は悪魔のような人間に見えるだろう。


 だが、俺は近衛騎士だ。


 悪行を為した俺の、最後に、たった一つ残った、近衛騎士としての本分だけは貫き通す!


 『ミーネ様を守り切り、生き延びていただく』それだけが、悪行を為した俺の、騎士としての最後の意地だ。


 だから、みっともなくても、どれだけ人に迷惑を掛けようとも、最後まで足掻く。



 そう決意を胸に秘め、心を落ち着けたところで、次々と状況報告が上がる。


「ミノタウロス達が近付いてきています!」「い、一階の壁に穴が開いています!このままだとミノタウロスが・・・」


 状況は刻一刻と悪化している。指示を急がなければ・・・


 そう思い声を上げようとすると、殺気と呼ぶにはあまりにも悪意に満ちた重圧が撒き散らされた。


 俺は何とか耐えようと歯を食いしばるが、立っていられず片膝をついてしまう。

 少し体が震えているが何とか耐えられたようだ。


 気合を入れるように自身の頬を叩く。


 そして周りを見ると悪意の重圧に耐えられなかったのだろう。魔術師や兵士が数人倒れていた。


 そうして被害状況を確認していると突然近くで悲鳴が上がる。


 そちらを見るとデブニーが錯乱したように叫び声を上げていた。


 結局こいつの口車に乗せられたせいで、またも危地に立たされたのか・・・


 デブニーの狂ったように叫ぶ姿に苛立ちを覚え、思い切り殴り飛ばす。


 デブニーは数メートル転がると気絶したようでピクリとも動かなくなり、少しスッキリした。


 そして俺はゆっくりと声を上げる。


「さて、諸君! 大変なことになった!

 君達の指揮官であったホフマン副長は戦線復帰が難しくなったようだ。

 本来であれば君達の中から新しい指揮官を選出するのだが、そんな時間は無い。

 よって、不本意ではあるが近衛騎士である私が一時的に君達の指揮を執る!」


 俺がデブニーを殴ったことに対してか、それとも俺が第3騎士団の指揮権を握ろうとしていることに対してかはわからないが、場が騒めく。


「異論は認めない!

 だが、安心してくれ。

 私が指揮を執る間は諸君の行動については私が全責任を負う!」


 強い口調で断言すると誰も異論を挿まなかった。

 まぁ、こんな危険な状況では誰も責任者にはなりたくないだろう。


 俺は異論がないことを確認するように周囲の顔を見回し一つ頷くと、その場にいた者達も頷き返す。


 そして一呼吸おいて俺は残った第3騎士団の者達に指示を飛ばしていく。


「まずは戦えない者を扉のある部屋へ避難させろ!

 避難させたら扉を閉めて決して開けるなと伝えるんだ!マシアス!」


「はい!」


「お前の小隊が避難誘導に当たれ!途中ミノタウロスと遭遇した場合は戦えない者の避難を優先しろ。そして出来るなら奴等を屋敷から遠ざけるんだ。方法は任せる」


「了解しました!最善を尽くします!」


 そう言ってマシアスは敬礼する。


「コーキン!」


「はっ!」


「お前の小隊は倒れている奴等を適当な部屋に放り込んで扉を閉めて鍵を掛けろ。できるだけミノタウロスとは交戦するな。そしてマシアス同様、出来るなら奴等を屋敷から遠ざけるんだ」


「了解しました!」


 コーキンは言葉短く答えると敬礼する。


「マリオン! オレリー! お前たちの小隊はミーネ様の警護だ。

 敵を一切通すな。部屋の前で死守しろ」


 マリオンは女性だけの小隊の隊長で女性の要人警護の経験も豊富なので大丈夫だろう。

 そしてオレリーは魔法兵のみの部隊の隊長だ。魔法兵なので前線で身体を張る事は絶望的。

 小隊規模に満たない人数だが魔法使いは貴重な人材でもあるのでいざと言う時の為に温存する。


「「了解しました!」」


「では指示を受けた者は早速行動開始だ。行け!」


「「「「は!」」」」


 マシアス達は返事と共に足早に去っていく。



 そして俺は彼らの後姿を見送った後、残った者に視線を向ける。



「さて、残った諸君。

 君達には名誉を与えよう。

 奴等、ミノタウロスと戦う名誉だ」


「マケール!」


「はっ!」


「貴様は小隊3つを連れて東の階段を守れ」


「了解しました!」


「セブラン!」


「はっ!」


「貴様は小隊3つを連れて西の階段を守れ」


「了解しました!」


「残りは俺と共に中央の階段を死守する。

 死んでも敵を通すな! さぁ、命の張り時だ!」


「「「イエス!サー!」」」


 こうして俺は騎士団を鼓舞しつつ絶望との戦いに身を投じる。









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ホラーが大丈夫な人はこちらの短編もよかったらどうぞ。
ナニかがいる。
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