第140話 宴会と布石と繋がりと
外からでも熱気と喧騒がしっかりと伝わる程に騒がしい例の酒場に入ると、予想通り決闘場は大いに賑わっていた。
俺は賑わう店内をゆっくりと歩きながら空席を探すと、見知った人物を見付けたので近付き挨拶をする。
「こんばんわ」
「お?! おぉ、ようやく来なすったか。まぁ、座んな!」
「ありがとうございます」
そう言って俺は空いている席に着いた。
「今日は本当に助かりました」
そう言って俺は改めて今日無理に仕事をしてくれたヤコボ親方に礼を言う。
「いやいや、わしの方こそ良い仕事をさせてもらったわい。
少しの無茶で街の為になり、わしの株も上がる。良い事尽くめじゃて、かっかっか!」
そう言って笑い、ヤコボ親方は酒を呷った。
自身の利益を伝えることで相手を慮るヤコボ親方の言葉に人の好さが滲み出ているように感じられた。
「ぷはぁ、うまいのぉ~ おーい!そこのお姉ちゃんや、注文よろしくのぉ~」
酒を飲みほしたヤコボ親方は近くにいた店員に注文取りをお願いする。
「ラクさんも注文するじゃろ?」
そう言ってこちらに顔を向ける。
「はい、ありがとうございます。ただ、呼び名に『さん』は要らないので出来れば『ラク』か『ラクタロー』でお願いします。親方」
「そうかの?では遠慮なくラクと呼ばせて貰おうかのぉ~」
そう言って笑っていると店員が寄ってきた。
「お待たせしました~!って、ラクタローさんじゃないですか!っとお久しぶりです。ご注文をどうぞ~」
明るい笑顔でそう答えたのは以前ゾンビと化した店員の1人であるロマーナだ
俺は挨拶もそこそこに腹に溜まりそうな美味しいものを頼む。
「了解でーす!ヤコボさんはエールですか?」
「うむ、それとフライドポテトを頼むのぉ~」
「了解でーす! ではしばしお待ちを~」
そう言ってロマーナは笑顔で去っていく。
ポテトが注文される瞬間を見れたことが少しうれしくなる。
ゾンビ化の懸念が少しだけ頭を過るが、ヤコボ親方なら大丈夫だろう。
そんなことを思っていると乱闘場の方から大きな歓声が聞こえた。
「おぅおぅ、ボコポの奴も若い衆相手に楽しんどるのぉ~」
そう言ってヤコボ親方が楽しそうな顔になる。
「ヤコボ親方もやっぱりドワーフなんですね」
そう言うと少し変な顔をされた後、大声で笑われた。
「わしゃぁ根っからのドワーフじゃからのぉ~! どれ、わしもドワーフらしい所を見せんとのぉ!」
う~ん。なんか変なスイッチ押しちゃったかな・・・
「いやいやいや、親方、明日もお仕事がありますよ!」
「なぁ~に、あんな洟垂れ小僧どもには負けんわい」
そう言ってゆっくりと乱闘場へ向かって行くヤコボ親方の背中を見つつ『こりゃ止められないな』と判断した俺は軽く声援を送っておくことにした。
ヤコボ親方を見送りつつ乱闘場を眺めると丁度ボコポが満足したのか乱闘場から出てくるところで、スコティと多分ヤコボ親方の弟子かな?が闘っていた。
中々良い勝負をしているので見ていると、乱闘場に着いたヤコボ親方が乱闘場へとこっそりと入場して組み合っている2人の頭を掴むと腕力にものを言わせて二つの頭をぶつけ、よろめいたところに蹴りを入れて二人を場外に投げ捨てた。
「ひゃっひゃっひゃ。貧弱じゃのぉ~、わしの若い頃はこの程度で倒れんかったもんじゃがのぉ~」
そう言ってバック・ダブル・バイセップスのポーズをとると全身の筋肉を盛り上がらせる。
気のせいか身体も数倍大きくなったように見えた。
「か、〇仙人かよ・・・」
思わず思ったことが口から零れてしまう。
なんとも言えないリアル〇仙人を見た感動と驚きで固まってしまった。
「さっさと掛かって来んかい! 若造どもがぁ!」
ヤコボ親方の発破に対しドワーフが乱闘場に殺到する。
最初のドワーフは正面からのタックルを仕掛ける。
それに対し、ヤコボ親方はタイミングを合わせて膝蹴りをかます。
そして二人目の拳打を半歩体をずらして躱し、空振りした相手の拳を掴んで投げ飛ばす。
「まだまだじゃのぉ、ひゃっひゃっひゃっ」
余裕綽々にそう言って笑いながらヤコボ親方の無双が始まった。
呆然とヤコボ親方の蹂躙劇を眺めているとボコポが俺を見付けてやって来た。
「ようやく来たかラク、遅かったじゃねぇか!」
「えぇ、予想外の寄り道をする羽目になりまして・・・」
俺が遅れた事情の顛末までをボコポに話すと丁度ロマーナが頼んだ注文品を持ってきた。
「はい、ラクタローさんのご注文の品でーす!」
そう言って色々な料理を並べ、最後にエールとポテトを置いて行く。
「お?このエールとポテトってラクのか?」
「いえ、今あそこにいるヤコボ親方が頼んだものですよ」
「ならいいか! 姉ちゃん!エールとポテトを追加で頼む。それとエールは大至急で頼むぜ!」
そう言うとロマーナの返事も聞かずに届いたばかりのエールに口を付けてポテトをかじり始めた。
・・・まぁ、俺のじゃないしな。
「しかし、さっきの話だが、また面倒な事になりそうじゃねぇか」
「それなんですが、今回はサントゥスでしたっけ?冒険者ギルドのギルド長は」
「あぁ、そうだ」
「あの方、今は牢の中ですよね?」
「あぁ、不幸中の幸いって言えばいいのか、現場の一部始終をキュルケ教とウェイガン教の関係者複数人が見ていたからな。罪としては職人ギルドのギルド長である俺に対しての脅迫罪に暴行罪、それとお前さんへの暴行罪で牢の中だ。お前を襲った他の冒険者達は殺人未遂で牢の中だぜ」
「ふむ、なるほど。・・・ではサントゥスの罪に殺人教唆を加えてください」
「殺人教唆?」
「えぇ、『殺せ』って冒険者達に命じた罪です」
「なんでだ?」
「責任者には責任をとって頂かないとね。冒険者たちを纏める立場の人間がギルド長なんですから、それらの行動を制御する義務があるんですよ。その為の権力と責任が与えられているんです。権力を行使しながら『制御できませんでした』ってことはその責任を取る必要があるでしょう?」
「ふ、ふむ」
「それに今回は責任者が暴走した結果、その下が更に暴走してやらかしたんですから、その責任は暴走した責任者である冒険者ギルドのギルド長が責任を取るのが当然の流れでしょう?」
そう言うとボコポも多少の違和感を感じてはいるが納得はしてくれた。
「それと、幾つかお願いしたい事があります」
俺はボコポに今回の件について幾つかの要点を含めて情報を噂でも良いので街の人達に周知してもらえるようにお願いをする。
今回の件で言えば既に一度失敗しているダンジョン攻略を何の捻りもなく1回目よりも実力の劣る連中を使ったことで街が壊滅する危機を呼び込んだことを伝えるのだ。
そこで重要なのが、職人ギルドと宗教勢力が真っ向から反対したこと。
それでも権力者と武力と経済力が無謀なダンジョン攻略を強引に進めたこと。
そして無謀なダンジョン攻略を強引に進めた結果、大失敗したこと。
その大失敗に対して権力者と武力と経済力が何もできなかったこと。
反対した職人ギルドと宗教勢力がダンジョン攻略が失敗することを見越して街への被害を最小限に抑えられるように奔走していた為、街への被害を最小限に止めることに成功したこと。
そしてその事実のもみ消しに冒険者ギルドが動き、職人ギルドの邪魔をしたこと。
その結果、冒険者ギルドのギルド長や冒険者達が実力行使に出た結果、暴行・殺人未遂で捕まったこと。
最後に王都から来た騎士団は街に出てきた魔物に蹴散らされ拠点にしていた屋敷に逃げ帰ると魔物に囲まれて屋敷から出られなくなったこと。
その隙をついて職人ギルドと神殿勢力が道を塞ぎ、外に出ていた魔物を隔離することに成功したこと。
街への被害を最小限に抑えられたが今も予断を許さない状態が続いており、権力者と武力と経済力がまた馬鹿な事をしでかした場合、本当に街を放棄する必要が出てくる可能性が高いこと。
以上の11点を盛り込んで今回の件の情報を街に流してもらう事を丁寧に伝えた。
ボコポは最後の『道を塞いだ』件に関して俺の手柄だと言い中々納得してくれなかったが、職人ギルドと神殿勢力とした方が俺がやったと言うよりも街の人達が納得し易いこと。
俺が冒険者登録をしていることで強引に冒険者ギルドの手柄にされる可能性があること。
そうなった場合、今後の事態収拾を図るのに大きな障害になること。
なによりそうなる事が俺にとっては非常に腹が立つことを伝えて納得してもらった。
「さて、そろそろ飯を楽しもうぜ」
そう言うとボコポは酒杯を掲げる。
「まぁ、急な事態だったけど今日は本当にお疲れ様です」
お仕事のお話はこれで終わりと言う事でお互い笑顔で「乾杯」をした。
そして俺は食事に勤しみ、ボコポは酒を楽しむ。
食事も進み、お腹も満たされてきた頃、乱闘場のヤコボ親方からお誘いが掛る。
「おーい!絶対王者そろそろ儂とやらんかね?」
その言葉に俺は顔を顰める。
「ヤコボ親方、悪いとは思いますが、今日は疲れてるんでパスしますよ」
「まぁまぁ、相手はこんなヨボヨボ爺の儂じゃぞ? こんな爺にビビっとるんか?」
・・・筋骨隆々でポージングされてるのにヨボヨボ爺と言い張る爺とはこれ如何に?
よく見ると乱闘場の周りには既に死屍累々と化したドワーフの徒弟達が転がっている。
「はぁ、大分出来上がってますね・・・」
「はは、まぁ、昼間はあんな緊張感のある現場で仕事したんだ。ヤコボ親方も久しぶりに気が高ぶってるんだろう。相手してやってくれねぇか?ラク」
・・・
「これは貸しにしますよ」
ボコポの台詞に軽口を叩いて乱闘場へと向かう。
「さて、ではお相手しますかね、ヤコボ親方!」
そう言ってリングインすると、親方との勝負が始まった。
・・・親方との勝負は結論から言うと、俺の勝利で終わった。
闘いの最中、俺のバックキックを躱して背面からバックドロップを決めようと踏ん張ったヤコボ親方がギックリ腰を起こしてそのまま棄権となったのだ。
何とも締まらない唐突な終わりに俺自身も消化不良を感じたが、勝負は勝負だ。
俺の勝ちが確定した後、直に回復魔法で治療したが明日も仕事をしてもらう手前、再挑戦は自重して頂いた。
その後はいつもの如くドワーフの徒弟共が群がって来たのでそれなりの時間相手をして乱闘場を出ると親方達と一緒に飲食を楽しみ、乱闘場へとヤジを飛ばしながら楽しい時間を過ごした。
宴会中にでた仕事の話について、ふと思い付いたのでヤコボ親方に聞いてみる。
「ヤコボ親方、明日からの作業ですが、人手は足りていますか?」
「人手かの? まぁ、急な話じゃったからのぉ、万全とは言い難いがなんとか回せるとは思うのぉ」
「では1人だけですが、私の方から使って頂きたい人材がいるのですが、お願いできますか?」
そう言うとヤコボ親方は少し渋い顔をする。
「使うのは構わんがのぉ、どれくらい使えそうなんじゃぁ?」
「この街出身で腕の方は確かであると言う事は聞いているんですが、具体的に何ができるかは聞いていませんでした」
「ほぉ、それなら名前を教えてくれんかのぉ、この街の職人だったなら名前で大体の腕はわかるからのぉ」
「名前はゲルトと言います」
「はぁ?」
ヤコボ親方の顔が強張り、ボコポの顔はニヤ付きゲルトとの出会いの説明を促された。
固まったヤコボ親方に多少の違和感を覚えつつ、ゲルトの奴隷購入時の状況説明をに始まり、彼の実力についての確認もして欲しいことを伝えた。
暫く一方的に話続けてしまったが、ヤコボ親方の表情は話の最中も驚いたままだった。
「ヤコボ親方?」
「あ?・・・あぁ、すまんのぉ。少ぉし驚いてしまってのぉ。実はゲルトは儂の弟子なんじゃよ・・・」
そう言って何とも言えない表情になる。
「彼奴には悪いことをしたと思っとるんじゃ・・・」
そう言ってヤコボ親方はゲルトの事を話し始めた。
当時のゲルトは親方の右腕的存在だったそうだ。
本人も向上心が強く腕も良い為、親方も独立することに反対はしなかったそうだ。
ただ、ゲルトが独立した時期が悪かった。
その頃、ヤコボ親方は仕事の斡旋や依頼内容・手続き等、様々な事で『カタリナ=スフォルツェンド』からの細々とした嫌がらせにより、商業ギルドとの衝突が続いていた。
そして険悪な関係が激化する中、ゲルドが独立したのはヤコボ親方が『カタリナ=スフォルツェンド』と決定的な仲違いをした翌日だった。
ヤコボ親方は多くは語らなかったが、恐らくヤコボ親方への警告、ないし報復のつもりだったのだろう。
ヤコボ親方達ドワーフは頑丈だ。
多少の事故等では擦り傷程度は負うだろうが、そんなものは直に治るし仕事が出来なくなる程の怪我はしない。
事実の証明と言う訳ではないが、乱闘場での闘いが全てを物語っている。
故にヤコボ親方達はカタリナが実力行使に出る事は無い。出来ないと思っていた。
カタリナが報復するとしたら仕事の斡旋を減らす、受注の横やり等だろうと高を括っていた。
そんな思惑の中で独立後のゲルドにカタリナは一つの仕事を依頼した。
普通であれば名誉な仕事だ。
この街を治めるラグン子爵の屋敷の改修工事をゲルドに依頼したのだ。
街での一大工事であり、ゲルドの実績を上げるには非常に魅力的な仕事だった。
ただ、問題があった。
本来であれば依頼の受注の際、見積もり等を出してある程度の金額を固め、依頼人と合意の上、前金を受け取り、材料費の発注・納品・着工等と続いて行くらしいのだが、大雑把な工事発注の仕組みとして通常は工事費は前金と後金に別れるそうだ。
見積もりの時点で、後金分には金銭の前借についての含みも持たせてある金額になっているので、契約上は問題がなかった。
ゲルドもヤコボ親方の元で修行していた頃から付き合いのある金貸しの伝手もある。
この依頼の見積もり時にも確認し、金銭を借りることも内約していたので問題がなかった。
この依頼についてゲルドから報告があった時、ヤコボ親方もカタリナがヤコボ親方に屈したのかと笑っていた。
ただ、そこに油断があった。
金貸しから金を借りる際、カタリナが二つの条件を付けた。
一つはラグン子爵の屋敷の改修工事の棟梁はゲルドであり、他の者に陣頭指揮をさせないこと。
もう一つは金貸しからの借用条件に『金銭を返済できなかった場合、ゲルドは奴隷になるがヤコボ親方一派が買い取ることができない』と言う一文を入れること。
この二つの条件が追加された。
ゲルドの腕に問題はなく、ヤコボ親方も仕事が失敗するとは思ってもいなかった。
そして金貸し本人もウェルズで長年に亘り金貸しを家業として続けており、何も問題ないと判断した。
伝手もなく、自己利益優先の末に孤立したカタリナの最後の悪足掻きなのだと思った。
そしてその一文を後々、後悔することになる。
工事が始まり半年が過ぎた頃、ゲルドが通り魔に襲われ毒を受ける事になった。
当初は毒だとは気付かず生活していたゲルドも三日もすると傷口は変色し、水泡のようなものが浮かぶようになり、ようやくキュルケ教に治療してもらいに足を運ぶ。
そこでようやく毒に侵されていることがわかるのだが、解毒は失敗に終わる。
次にウェイガン教にも行くのだがやはり解毒は失敗してしまう。
解毒もできない状態であったが仕事を中断する訳にも行かないゲルドは無理を押して仕事を続け、遂に倒れてしまう。
倒れてしまったゲルドは意識不明となり、キュルケ神殿のトチーノからヤコボ親方が残酷な選択を突き付けられることになる。
右腕が毒により腐っており、我々ではこの毒を解毒することはできません。
このまま毒が体にまで回ってしまったらゲルドさんは死んでしまう事になるでしょう。
今ならまだ右腕を切り落とせば命は助かります。
ご本人は腕を切る事を頑なに拒否されていましたが、我々としては救える命は救いたいと考えています。
しかし、ご本人の意志を捻じ曲げる決断をすることも我々ではできません。
そこで育ての親とも言えるヤコボ親方に判断して頂きたいのです。
大変な事とは思いますが、どうかご決断して頂けないでしょうか。
ゲルドは両親を早くに亡くしており、近くに身内が居ない。
その上、子供の頃からヤコボ親方に世話になりながら大工仕事を学んでいた。
その為、ゲルドの生殺与奪の決断をキュルケ教のトッチーノはヤコボ親方に委ねたのだ。
そして、ヤコボ親方は悩んだ。
片手を失えば大工仕事はできない。
ゲルド自身も手を失う事を拒否した。
しかし、命まで失う事をゲルドが考えていたのか・・・
自身の願望はわかり切っている。
どんな形であれ、ゲルドには生きていて欲しい。
しかし、手を失うと言う事は思い描いていた生活、人生を送れなくなる事をも意味する。
手を失い生き残ったとして、ゲルドは幸せになれるのだろうか・・・
いろいろな思いが過ぎる中、ヤコボ親方は決断をする。
例えゲルドに恨まれたとしてもゲルドの命を諦める選択はしない。
今後も儂が手助けをすればいいだけだ。
そう意気込んでトッチーノに「ゲルドの手を切断し、命を助けて欲しい」とお願いをした。
そしてヤコボ親方はゲルドの代わりにラグン子爵の屋敷改修工事を引き継ぐことを決意した。
しかし、そんなヤコボ親方の意気込みも空しく、カタリナの待ったが掛かった。
契約書の一文にある『棟梁はゲルドであり、他の者に陣頭指揮をさせない』
これを盾にカタリナからヤコボ親方が指揮を執る処かゲルド以外は認めないとして引き継ぐことを拒絶された。
すっかり忘れていたヤコボ親方は血の気の引く思いと共に、誰がゲルドを襲ったのかを察し、怒りが湧く。
しかし、契約書の条件がある限り、ゲルド以外に仕事を続けることができない。
かと言ってゲルドを現場に立たせようにも療養中で意識も戻っていない。
カタリナの悪辣な罠に嵌まってしまったことを腹立たしく思いながらも、カタリナがやったという証拠もない。
怒りに任せてカタリナへの報復をするわけにもいかない。
苛立ちと焦燥に駆られ何とか出来ないかと奔走するも時間だけが流れ、ゲルドが回復した頃には工事は取り返しがつかない程に遅れてしまい失敗。
前金の返還も求められ、発注していた資材やゲルドの資産も押さえられる。
こうしてゲルドには返す宛のない多額の借金だけが残り、奴隷へと落ちた。
今回はヤコボ親方も契約書の一文に気付いていた為、裏をかいてヤコボ親方自身ではなく知人に金銭を渡して間接的に買い取ろうとした。
しかし、そこにカタリナの横槍が入った。
契約書には『ヤコボ親方一派』と言う記述があるため、ヤコボ親方の友人知人も『ヤコボ親方一派』と見做されると言い出してゲルドの買取ができないように邪魔をされた。
これによりそれなりの額でゲルドを買い取り馴染みの金貸しへの補填もしようと考えていたヤコボ親方の思惑も外されてしまう。
また、金貸しも回収出来る筈だった資金も溶けて消え、担保だった腕の良い大工も片手を失う事で二束三文にもならない奴隷へと格下げになり大損をしてしまい商売を縮小する羽目になり、ヤコボ親方との関係も悪くなった。
そして、ゲルドの失敗によりヤコボ親方一派の信用も落ちてしまった。
結果から言うと『カタリナ=スフォルツェンド』にヤコボ親方一派の面目を丸潰れにされ、ヤコボ親方の片腕を捥がれたという事実だけが残った。
ヤコボ親方はその後もゲルドを何とかしようと行動したが、悉くカタリナに邪魔をされて何もできず、金貸しから奴隷商に買われたと言うこと位しかわからなかったそうだ。
そして現在、ゲルドがオレの奴隷となっていると言う事を聞き驚いたと同時に消息が分かり安堵したと言う事だった。
「ゲルドさんは元気ですよ。ただ、大工仕事をするのは久しぶりだと思いますのでお手柔らかにお願いします」
「いや、じゃがのぉ、ゲルドは右腕が、そのぉ、あれじゃろぉ?」
「そのことについても大丈夫ですから、明日にでも直接確かめてください」
俺はヤコボ親方の心配そうな言葉を一蹴する。
ヤコボ親方の話だとゲルドについて何かと『カタリナ=スフォルツェンド』が絡んでいる。
それにヤコボ親方自身もカタリナに監視されてそうなのでゲルドの右腕は既に治しているが、あまりそのことが広まるのはよろしくなさそうだ。
少し悩みながらヤコボ親方の感謝の言葉を聞いたり、ボコポがその様子をニヤニヤした顔つきで眺めていることを突っ込んだりしてその後は食事を楽しんだが、次第に眠くなってきてしまった。
流石に今日は色々あり過ぎた。
俺は先に帰る事を親方とボコポに挨拶をして土産を持って家へと歩き出した・・・