第139話 とある貴族屋敷のミノタウロス包囲網
ボコポ達から離れて暫く路地を歩き、辺りに人がいないことを確認する。
流石に危険区域に指定されているので人気は無いが、街の往来で堂々と着替える事に抵抗があったので狭い路地裏を見付けると足早に入り込み『土壁』で路地を遮り、「無限収納」から真っ黒の全身鎧を取り出して着替える。
これならバレない。そう確信すると俺は兜をゆっくりと被った。
これから行うのはサムソンの屋敷の様子見と壁の補強だ。
折角都合良くミノタウロスを隔離できたんだから、暫くは現状を維持してサムソン達にも危険性を実感してもらおう。
景気付けに軽く体を捻り手を叩くと、俺は気合を入れて歩き出した。
時は少し遡り、テイル=マッサーが逃走に徹して孤軍奮闘している頃。
彼が率いていた部隊は這う這うの体で拠点である屋敷の前に辿り着いていた。
屋敷の門を警護していた者が帰って来た部隊の惨状を目にすると応援を呼ぶ為に慌てて警笛を鳴らした。
駆け足で屋敷の門へと殺到する中には巡回中であった小隊長の一人であるコーキンも含まれていた。
コーキンが屋敷の門に辿り着くとテイル隊長と共に出撃した友人のボロボロの姿に驚き何があったのかと問いを発する。
「マシアス!何があった?」
「説明は後だ! とにかく早く中に入れてくれ! 早く!」
友人の剣幕に鬼気迫るものを感じ取り、コーキンは部下に指示を出して屋敷の門を開けに行かせ、門が開き始めると雪崩れ込むようにマシアスが率いてきた者達が殺到し、敷地内へと入り込む。
統率はギリギリのところでまだ失われていないようだが、帰還した者達は何かに怯えたように体を震わせている。
負傷者だけでなく、他の者も相当疲弊している事が伺える。
「負傷者が多い! 応援を呼んで来てくれ!」
「そ、そんな事よりも先に! 先に屋敷の門を閉じてくれ!
負傷者の手当てはそれからでいい!」
コーキンの指示を遮るようにマシアスの怒声が飛ぶ。
マシアスの必死の形相に気圧されコーキンはマシアスの指示を優先するように指示を出して門を閉じさせる。
コーキンの指示により屋敷の門が閉じたことを目視すると、マシアスは力が抜けたように地面にへたり込む。
「おいおい、大丈夫か?」
「あ、あぁ、少し疲れただけだ」
返事はあったが、起き上がる様子を見せないマシアスにコーキンは状況説明を促す。
「何があった?」
コーキンの問いにマシアスは息を整えつつ答える。
ミノタウロスとの遭遇から交戦に至り、成す術もなく一方的に蹴散らされたこと。
そして隊長であるテイル=マッサーが囮となり部隊を逃がしたことを告げる段になるとマシアスの顔は悔しさに歪み、体を震わせる。
「隊長は、最後に『決して交戦するな』と伝えるようにと・・・」
そう言うとマシアスは意識を手放した。
遭遇戦からそれ程時間は経っていないが、生死を掛けた綱渡りを全力で踏破したのだ。
疲労困憊になっても仕方がないだろう。
「何てこった・・・ おい、グリン!聞いてたな?」
コーキンは傍に控えていた部下に声をかけると肯定の返事が返って来た。
「近衛騎士のサムソン殿に報告してくれ! 私は警護の増員を手配する!
残りの者は屋敷の門を全て閉じた後、周囲を警戒!絶対に屋敷の外には出るな!」
言うが早いかグリンは足早に駆け出すと、コーキンはその後姿を見つつ警護の増員を進める為に走ろうとして思い出す。
「疲れただろう、マシアスお前は少し休め」
コーキンは倒れたマシアスに声をかけると全速力で走り出した。
コーキンが警護の増員に奔走し、増援を連れて屋敷の門に近づくと、何やら剣呑な雰囲気が漂っていた。
「おい、何があった?」
コーキンは手近にいた騎士に声をかける。
「こ、コーキン小隊長!?」
騎士はコーキンを見ると背筋を伸ばすが、一度背後を振り返るとコーキンに近付き、小声でコーキンに伝える。
「実は、ホフマン副長が来てマシアス小隊長が撤退された事について詰問しているところでして・・・」
その内容にコーキンは苦虫を嚙み潰したような表情になった。
王都第1騎士団第1大隊所属第3中隊 副長 デブニー=ホフマン。
テイル=マッサー中隊長が不在の際には代理として指揮を執る人物である。
コーキンはマシアスとホフマン副長を視界に入れると、意を決して声をかける。
「ホフマン副長! 何事でしょうか?」
デブニー=ホフマンは声を掛けられた方向を向き、コーキンを視界に入れると片眉を不愉快そうに跳ね上げる。
「何事か? ですか。コーキン小隊長」
「私はマシアス小隊長にテイル隊長の出撃について詳細を確認していたのですよ。
そして現在のテイル隊長の状況もです。
なにせ隊長に何かあった場合は私が指揮を執ることになるのでね」
そう言ってホフマンはマシアスを一瞥すると獲物を見付けた蛇が獲物を観察するような視線をコーキンに向けてくる。
デブニー=ホフマン。
野心家で何よりも自身の出世を最優先に考えており、部下は出世の道具としか思っていない。
そしてそれを隠そうともしない彼の為人は騎士団の中ではそれなりに知られており、周りからも良く思われてはいない人物でもある。
斯く言うコーキンもホフマンの被害に何度もあっている内の一人で、彼をよく思わない一人でもあった。
「そして現在、マシアス小隊長の報告により隊長の生存は極めて絶望的であり、指揮を執れる状況でもない事が判明しました」
「は! しかしマシアス小隊長よりテイル中隊長から最後の命令が出ております!
テイル隊長からは「決して交戦するな」との命令です!」
コーキンの言にホフマンは一瞬眉を顰めるが、直ぐに表情を繕い反論する。
「確かにその命令は出ていますが、テイル隊長が不在の今、指揮権は私に『敵襲!敵襲あり!西方より向かってきます!』」
敵襲の言葉に場が一瞬凍り付き、そしてコーキンが真っ先に動き出す。
「門を死守しろ!総員臨戦態勢に移れ! 敵の数はどうだ?」
「は!西方よりミノタウロス2体!こちらに近付いて来ています!」
「了解だ!見張りは決して目を離すな!他の者も周辺を警戒しろ!決して手を出すんじゃないぞ!」
一通り指示を出した後でホフマンを無視して命令を出してしまったことに気付き、慌てて謝罪をする。
「ホフマン副長! 差し出がましい真似をしてしまいました。申し訳ありません!」
コーキンが敬礼をしつつ頭を下げるとホフマンは一瞬身を震わせるが直に取り繕うように咳払いをする。
「う、うむ。今回は緊急でのことなので不問とする。
だが、敵襲となれば私が指揮を執るしかあるまい」
「ありがとうございます!」
・・・・・・
その後の何とも言えない気不味い雰囲気の中、ホフマンは一つの命令を出した。
「コーキン小隊長、貴様の小隊を使って負傷者を後方へ移動させ手当てにあたれ」
「は!了解しました!」
去り行くコーキンの後姿を見送るホフマンの顔には人が見れば寒気を催す薄ら笑いが浮かべられていた。
「ようやくチャンスが来たか・・・」
そうぽつりと呟くとホフマンは自身の出世の為、ミノタウロスを殲滅せんと行動に移るのであった。
サムソンの屋敷へ到着すると、俺は茫然とした。
土壁を越えた先に居るはずのミノタウロスは存在せず、奴の屋敷の門扉は固く閉じられたままになっている。
ただ、その横の壁には大穴が開き、その先から騒がしい物音に悲鳴や怒号が聞こえてくる。
・・・
とりあえず穴塞ぐか。
そう思い門扉の隣に空いた大穴の前まで歩くと軽く足先で地面を叩き『土壁』を発動して壁の穴を塞ぐことに成功する。
次に門扉も塞ごうと思い移動すると門扉から一人の騎士?が吹き飛ばされてきたのでそれを半身を捻って避け、吹き飛ばされてきた先に目を向ける。
そこにはこちらに向かって突進して来るミノタウロスが見えた。
一匹だけか。と思っていたらどうも新しい標的に俺がなってしまったようで、進行方向を僅かに変えて俺へと向かって突進を続けてくる。
倒すのは簡単だが、そうするとミノタウロス包囲網が一匹分薄くなる。それは嫌だな。
・・・倒すのではなく、屋敷の敷地内に戻そう。
そう決めると、俺はミノタウロスの接近に合わせて横にステップして躱すと同時に奴の片角を掴み横っ腹に体当たりする勢いを利用して進行方向を強引に反転させて敷地内へと誘導し、勢いを衰えさせることなく奴が敷地内へと突っ込むのを見送り、門扉を『土壁』で塞ぐと再度こちらに突進してこないか様子を見る。
・・・暫くしても突進されるような様子はなかったので多分大丈夫だろう。
その後、屋敷内の喧騒をBGMに俺は屋敷の周りの壁や塀を『土壁』を使って補強し、高さも嵩増しして作業を終え、ホッと一息つくと、道に転がっている騎士が視界に入った。
忘れてたけど、ここに放置すると余計な事をしそうだ。
そう思い、騎士が生きていることを確認すると俺は騎士が見えない所まで離れ、急いで黒鎧から着替えると騎士の足をもって引き摺りながら危険区域を抜けることにした。
本当に久しぶりの投稿です。
なろうの書式コード忘れてますわ。