137話 テイル=マッサーの受難2
ミノタウロス達を誘導するように殺気を放ちミノタウロス達を移動させると一つの反応が取り残されていた。
ふむ、街の人が取り残されているとは考えにくいので、おそらく冒険者か神殿関係者だろう。
そう考えて取り残された反応に向かっていくことにした。
暫く歩いて最初に目に入ったのは真っ赤なマントだった。
牛の前で赤マントをヒラヒラさせるって、どこの闘牛士だよ。
思わぬ勇者をよく観察しようと目を凝らすと白銀の全身鎧を着込んでいた。
おそらく王都から来た騎士の一人だろう。
そう結論付けると、俺の気持ちは一気に冷えてしまった。
なんて事はない。今回の事件の引き金を引いた馬鹿の一人がそこにいるのだ。
思わず殴り倒しそうになるが、我慢する。
後々問題になったらそれこそ面倒だ。
それに何やら呟いている。呆けているのか?
後々自宅の近所になる場所だ。
こんな所で死なれたりしても後味が悪いので声をかけることにした。
「おや、無事だったんですねぇ、意外としぶとい」
男は驚いた顔でこちらを見る。
我ながら刺々しい発言だが、殺気を撒き散らしながらなので多少感情が外に出るのは諦める。
「何を言っている?」
男から発された言葉に失笑してしまった。
「いやいや、赤マントで牛を挑発して生き延びるなんて、中々の勇者ですよ。
いや、騎士様でしたっけ?
あなたは王都から来た騎士様ですよね?
お仲間さん達と一緒じゃぁなかったんですか?」
口から思わず皮肉が漏れる。
不味いな、怒らせてしまったかな?
皮肉を言ったことに対して少しだけ後悔したが、騎士は怒り出すことも嫌悪を示すこともなく、現状に至った経緯を教えてくれた。
話を聞いて少し頭が痛くなったが、結果的に標的がこの騎士、テイル以外が一か所に集まっていることが分かったんだ。
俺としては問題ないだろう。
さて、仕事に戻るか。
そう思いその場を離れようとするとテイルに声をかけられた。
「ま、待ってくれ」
振り返ると何とも複雑そうな表情のテイルがさらに声を上げる。
「すまないが、助けてくれないか?
正直、体力の限界なんだ」
・・・
まぁ、こいつは中々に面白い目にあったようだ。
話の中でもこいつの行動自体には悪い印象は受けなかったが、最悪の事態を招いている元凶に加担したのだ。
因果応報と言う事だろう。
本来俺が助ける義理はないが俺にとって邪魔になる可能性があるからな、ここは一旦助けて遠くに避難させるか。
「わかった。
この地区は一か所以外封鎖されているから、そこまで連れて行こう」
「いや、この地区のとある屋敷まで連れて行ってくれないか。
そこに第3王女もいるのです」
「・・・この地区は今、非常に危険な状態にあるんだ。
安全な後方に退避した方がいい」
「いや、危険であるからこそです。
そこには私の精鋭部隊200名が駐留しています。
今回の騒動を治める為にも武力は必要です」
「いや、あのぉ、申し上げにくいんですが、その精鋭部隊でミノタウロスに勝てるんですかね?」
俺の皮肉交じりの言葉にテイルは言葉に詰まる。
どうやら勝てないと言う事はわかってるらしい。
「無駄に死ぬ必要はありませんよ」
「し、しかし、私は騎士なのです。
主君を見捨てて生き延びることはできません!」
・・・参ったな。
テイルが目的地としている屋敷とはサムソンが滞在している場所でもある。
正直、「では、お好きにどうぞ」と言って見捨ててもいいんだが、行く先が同じなので結局行き先が分かれることがない。 つまり同行するしかないのだ。
因みに、現在件の屋敷前には俺が殺気で追い込んだミノタウロスが10匹程集まっている。
・・・まぁ、いいか。
取り敢えずやる事をやって後は流れに任せよう。
俺は考えるのをやめた。
代わりに如何にも仕方ないといった表情を顔に張り付け、肯定の返事を返した。
そして目的地の100メートル程手前でテイルと共に身を隠している。
「さて、テイルさん。目的地は見えてますが、現状も見えてますよね?」
「・・・あ、あぁ」
「・・・どうします?」
「・・・」
俺の質問に何も答えられないテイルが全身から滝のような汗を噴き出して固まっていた。
えーっと、現状を説明すると、目的地の前にはミノタウロスが12体集まっていた。
もちろん目的地の門は固く閉ざされており、中に入ることは難しいだろう。
そしてミノタウロスが集まっているので中から外に出ることも難しい状況だ。
まぁ、そうなるように俺が誘導していたんだけどな。
「さて、見ての通りここは危険です。
私は少しやる事があるのでここで上手く隠れてて下さい」
そう声を掛けたが、テイルには届いていないようだ。
仕方ないのでテイルを軽く小突くと「なんだ!」と声を上げるが、現状を思い出して口元を抑える。
俺は先程と同じ説明をしてこの場を離れようとすると、声がかかる。
「な、何をするつもりなんだ?」
不安そうにテイルが声をかけてくる。
はぁ、面倒な奴だ。
「街を守る為に必要なことをしてくるんですよ。
上手くすれば奴らを閉じ込められますからね」
「むぅ?」
疑問符を顔に浮かべるテイルをその場に残し、俺は迂回して屋敷を挟んだ反対側、屋敷から50メートル程離れた通りに出るとミノタウロス達が気付く前に素早く『土壁』を使って通りを封鎖した。
暫く様子見をしたが、幸いな事にミノタウロス達は通りを塞がれたことに対して気にした様子を見せなかった。
ふむ、どうやら奴らはこの場所もダンジョン内だと錯覚してくれているようだ。
俺はそう結論付けると元の場所に戻ることにした。
「な、何をしたんだ?」
戻って早々テイルに詰問された。
「何をって、街を守る為にミノタウロス達を隔離する壁を立てたんですよ」
「な、なんだと?!」
俺の答えにテイルが血相を変える。
「あ、あそこには姫様が!
だ、第3王女が居られるのだぞ!」
「だから何です?」
俺の言葉にテイルが絶句する。
「俺は街を守る為に行動しているんですよ。
あなた達では倒せないんだからミノタウロス達が集まってくれているなら閉じ込めてしまった方が安全でしょう?」
俺は上から目線で言葉を重ねる。
「い、いや、しかし・・・
姫が、ミーネ様が危ないんだぞ!」
「ならあんたが助けに行けばいいじゃないですか」
そう言うと何かを言おうと口をパクパクさせるが、声が出ていない。
「ほら、敵は向こうですよ。
姫様を助けるんでしょう?」
そう言ってミノタウロス達が屯する屋敷の方を顎で示すと、テイルは固まる。
「ほら、早くしないと!」
俺は笑いを堪えながらテイルの背中を押すと必死に抵抗された。
「き、きさっ!きさッま!
貴様は!姫を見捨てるというのか?!」
「えぇ、そうですね。
端的に言えばその通りですね」
俺の返答にまた絶句するテイル。
「貴様ぁぁぁ!!」
一拍置いて絶叫するテイルを殴りつけて俺は慌てて『土壁』で通りを塞いだ。
「この馬鹿が!
こんな最前線で大声で喚くんじゃない!」
怒鳴りつけ、殺気を向けるとテイルは大人しくなった。
テイルも状況を思い出したようで、殴ったことを非難することはなかったが、それでも納得はしていないようだった。
「全く、これだから物事を理解していない阿呆は嫌いなんだよ」
俺の言葉に訳が分からないといった顔をするテイル。
「一つ聞くが、俺がお前等の姫を助ける理由があるのか?
もっと言うと、お前の仲間を助ける理由があるのか?」
その言葉にテイルは驚き、声を発する。
「何を当たり前のことを言っているんだ?」
「何が当たり前なんだ?」
即座に切り返した言葉にテイルは面食らっているようだが、俺からすれば当然の疑問だろう。
そして中々返答が返ってこないので俺が言い募る。
「そもそも俺の最初の質問に答えていないんだが?
『俺が助ける理由があるのか?』について『当たり前だ』なんて言われても俺にはさっぱり意味が分からん」
俺の言葉にテイルは答える。
「ゴルディ王国の民であれば自国の姫を助けるのは当たり前だ」
テイルは俺に至極当然だ。とでも言いたげな表情で俺に非難の目を向けてくる。
「俺はこの国の民ではなく、一介の冒険者なんですけどね?」
・・・
その言葉に暫し沈黙が流れる。
「いや、それでもだな・・・」
テイルが困ったような声を出す。
「それと、この国の民でも助ける必要はないぞ」
「なんだと?!」
思わずテイルは声を上げる。
「それならあんたが助けに向かったらどうだ?
場所は向こうだぞ」
俺は手振りで促す。
「・・・」
固まるテイル。
「この国の強い騎士であるあんたが助けに行かないのになんであんたより弱い国の民が助けに行く必要がある?」
俺が呆れ声を出すと、テイルは馬鹿にされている事は理解しているようで、顔を顰めるが反論できずに唯々こちらを睨む。
そして黙り込むので俺は仕方なく続けることにする。
「弱い国の民がミノタウロス達に向かった所で殺されるだけだ。
では、そんな命令に従って死んだ国の民に対する責任は誰が取るんだ?」
「そ、それは・・・」
テイルは言葉を返すことができなかった。
「つまり無駄死にすることが分かっているんだから、助けに行く必要なんてないんだよ。
現状、第3王女様だっけ?
それを助けに行けと言う命令は国の民に死ねと言ってるんだ。
そんな命令に誰が従う?」
現状を正しく把握できたのか、何も語らないテイルに俺は終わったとばかりに溜息を付き、ここから離れるよう促すが、移動する気配を見せない。
「ここに居てあんたが死んでも無駄死にだ。
姫様は助けられない」
まぁ、俺ならできるんだが、それをする義理もないし、俺の復讐にならないので今は何もしないがな。
後で俺が強いことを教えないようにボコポ達に口止めをしておこう。
「しかし、ミーネ様はまだ10歳なんだぞ!」
「人は誰でも死ぬ。
遅いか早いかの違いはあるがな」
「ぐぅ・・・」
俺の言葉が刺さるようで、テイルは憤りで体を震わせている。
意外と真面な性格のようだ。
「それに高々200人程度と街の人全員。
どちらかの安全を天秤にかけたら、より人数の多い後者を取るのが普通でしょう?
それともたった200人の為に街を滅ぼすつもりですか?」
そう言われてテイルは暫く髪を毟る様にして頭を抱え、声にならない声で絶叫した。
どこかの国の腐った貴族や王とは大分違うな。
てっきり『王族や貴族とは生まれながらにして尊いのだ!』とか言う謎理論を展開されると思っていたんだが・・・
あっさりと論破できてしまった。
色々とゴネられたらミノタウロス達の中に放り込んで鬱憤晴らしでも、と思っていたんだが・・・
まぁ、これはこれで面白い感じに極まっているからいいか。
予想外に良識がある人物でどことなく哀愁が誘う。
これはこれで見ていると少しだけ気分が晴れる。
頭を激しく掻き毟っているが、禿げる事が怖くないのかな?
まぁ、禿げたら禿げたで面白そうだが・・・
「さて、色々と言いましたが、門を開けなければ暫くは無事でしょう。
あなたの仲間も門を開けるような馬鹿じゃない。
そうでしょう?」
俺の言葉に頭を掻き毟っていたテイルがこちらを見る。
「あ、あぁ」
「それならあなたが王都にでも報告して増援を呼べばあなたの仲間も助かるかもしれませんよ?」
その為にも無駄死にするべきではないと思いますが、どうです?」
「そ、そうか、その通りだな。
増援を呼べばいいのだ。
それまで生き延びて戴ければまだ希望はある!」
あまりにもショックだったのだろう。
増援を呼ぶと言う当たり前のことにも気が付かなかったようだ。
「全ての魔物がここに集まっているという保証はないんですから、我々も引き上げましょう」
テイルにそう告げると、テイルは何かを決意したような表情で黙って後を付いてきた。
まぁ、少ぉし予定と違ったけど復讐の第一段階は無事終了した。




