第132話 もやし
「ほら、怖くないからサクッといっちゃってください」
「む、無理です!」
「両手でしっかり握って、狙いを付けて一息に突っ込むだけですよ」
「ひ、ひぃぃ、怖いですぅぅぅぅ」
「大丈夫ですから、一度やってしまえば後は楽になりますから、頑張っていっちゃってください」
震える彼女に俺は出来るだけ笑顔で手に持った一物を突き付ける。
「ヒィッ?!」
彼女は必死に突っ込んだ。
「ヴモォォォォォォ!」
俺が突き付けた一物から悲鳴が上がる。
「さ、刺さりませ~ん」
黒鉄製の槍を必死にミノタウロスに突き刺そうと頑張っているエリザベートが震え声で答える。
うーむ、確かに穂先がミノタウロスの胸で止まっていて刺さっていない。
思った以上にミノタウロスは皮が硬いようだ。
となると、他の柔らかそうな所を突くか。
「それじゃ、心臓は諦めて目を狙いましょう。
エリーさん、的が大分小さくなりましたが、しっかり狙って突っ込んでください」
そう言って俺はミノタウロスの左右の角をそれぞれ左右の手で掴むとズイッとエリーの方に突き出す。
するとミノタウロスが苦悶の表情で「ヴォモォォ!」と威嚇するように叫ぶ。
「ヒ、ヒィッ?! こ、怖いんですけど!すんごく怖いんですけどぉぉぉぉぉぉ!
な、なんで、なんでこんなことにぃぃぃ!」
まぁ、抵抗できないように両手足を圧し折っているとは言え、LV80オーバーの化け物を間近で見れば一般人なら漏らしても不思議じゃない・・・かもね。
因みにエリーとはエリザベートの事で、最初はエリザベートさんと呼んでいたが何度か噛みそうになったら本人から「呼びずらいのであればエリーとお呼びください」と言われたので有り難く縮めさせてもらっている。
まぁ、そんな感じで彼女は恐怖心と必死に戦いながら黒鉄製の槍をミノタウロスの目玉目掛けて突き込もうとしているが、ミノタウロスも槍が近付くと必死に抵抗するので中々目玉に突っ込めずにいる。
ミノタウロスも必死に抵抗していたが、俺が抑えているのもあり何度目かの突きを躱せず目玉に穂先が命中すると「ヴモォォ!」と絶叫するが、中々死ななかった。
なのでエリーには更に深く突っ込んだり槍を刺したまま上下に動かしてかき回すよう指示をすると、牛、じゃなくてミノタウロスは声にならない悲鳴を上げてようやく絶命した。
「ふぅ、ようやく1匹目を殺せましたね」
そう言ってエリーの方を見ると、なんか、エリーの立っている地面が濡れているような・・・
き、気のせいだろう。きっと見間違いだろう。
そしてそっと目を逸らそうとすると彼女と目が合う。
一瞬固まった後、俺は優しく彼女の肩に手を置く。
「あ、あぁ~っと、そろそろ次の獲物を捕らえに行きますから、大人しくここで待っていてくださいね。
くれぐれもここから動かないようにして下さい。そうでないと、本気で死にますから」
そう言って離れようとすると彼女は顔を引き攣らせて懇願する。
「ご、ご主人様!お願いですから、ここから出してください!
わ、私には耐えられません!」
彼女の心の底からの願いだろう言葉に対し、俺は出来るだけ優しそうな笑顔を作って諭すように答える。
「大丈夫ですよ。後4匹程仕留めれば終わりますから!」
「そ、そんなぁぁぁぁぁ!」
彼女の絶叫が貴族屋敷中に響き渡り、俺は慌てて彼女の口を塞ぐ。
「静かにしないとミノタウロスが寄って来てしまいますよ」
「?!」
俺の言葉にエリーは慌てて口に手を当てて身を竦めるが、それは少しばかり遅かった。
俺が後ろを振り返ると10を超えるミノタウロス達がこちらに気付いて近付いて来るところだった。
「も、もう、おしまいよ・・・」
エリーが絶望を顔に張り付かせて呟くが、俺はそれに苦笑で応える。
「そこの木の陰に隠れて見ててください。
丁度向こうから来てくれましたから」
彼女の絶望を湛えた瞳に笑いかけ、俺は天秤棒を取り出すと足早に新たな獲物の元へと歩き出す。
そして数分後には四肢を圧し折られ、逃げる事はもちろん動く事すらできなくなったミノタウロス達が地面に転がっていた。
そして俺はエリーに向かって優しい笑顔で声を掛ける。
「さぁ、止めを刺して行ってください。
先程よりも楽に殺れるはずですから」
「は、はひぃ」
表情筋が痙攣でもしているかのように引き攣ってはいたが、何とか返事を返したエリーは槍を手に黙々と止めを刺して回った。
と言う感じで奴隷のレベル上げを行った結果、多少のリアクションの差はあれど1週間ほどで奴隷のレベルは大体50前後となった。
一応、元冒険者達はLV60~70前後くらいになっている。
急激なレベルアップでそれぞれが戸惑って居たり、浮かれている者も居るが、俺はしっかりと釘を刺したのでミノタウロスや他の魔物と遭遇しても上手く逃げてくれるだろう。
せっかく手に入れた奴隷なんだから早々に死なれても困るしねぇ。
まぁ、そんな訳で従業員の育成をしつつボコポに預けてあったレイモンとサトゥーカエデの木の植え替えも行った。
マルコムに確認したところ、最初は訝しそうにしていたが本来は貴族屋敷に植える予定だったことを伝えると快く敷地内に植える事を了承してくれたので空いた時間で植え替えを行った。
流石に短期間で2度も植え替えをするので育ってくれるか心配だったので効くかわからなかったけど回復魔法を掛けた。
それが良かったのかはわからないが2、3日後にレイモンの木は小さな実を付け、サトゥーカエデの木も心なしか植え替えた時より元気そうに見えたので大丈夫だろう。
もう少し育ったらメープルシロップも採れるかな?
レイモンの木とサトゥーカエデの木の管理を農家やってたラルスにお願いすると「は、畑も作って良いですかね?」と言われたのでマルコムに確認して了解を貰った。
するとラルスはお礼を言って喜んでいた。
なんでも土いじりが楽しいんだそうだ。
なので庭木の管理もお任せした。
1人では大変だろうからエリクとゲルトにもお願いしておいた。
それから暫くの生活費として魔銀を2キロ程キャシーに渡しておいた。
現金の方が手っ取り早いとも思ったが、奴隷達がどういう交渉をして現金化するか少し興味が湧いたのだ。
俺よりも交渉が上手いなら今後はそいつに任せようと言う打算も働いたので全員で相談して現金化するように伝えた。
一応、商業ギルドに卸すのだけは禁止しておいたのでどこで売って来るのか、そして誰が主導するのかと想像して少し楽しくなった。
そうしてなんだかんだ忙しく動き、なんとか1週間でそれなりに家の管理を任せられる体制が出来上がった。
これで漸く俺もダンジョン攻略に専念できる。
さぁ、準備を始めよう。
「と言う事でエリーさん、私はこれから出掛けるのでキャシーさんとエマさんによろしく伝えておいてください」
「は、はい」
その返事を聞くと俺は準備の為に家を出ようと腰を浮かせかけ、大きな物音に驚く。
そして次に響いた大声に固まる。
「し、師匠ぉぉぉぉ!大変です!!
お屋敷が大変なんです!!
助けてください!!」
・・・え!誰? そしてなんだ?
そう思うが、物騒な物音が続くので慌てて物音がする玄関の方へ急ぐと、そこには我が家の奴隷達を相手に無双するリイナの姿があった。
てか、なんでこんな事になってるんだ?
「何をやってるんです?
リイナさん?!」
俺は良くわからないまま声を掛けるとリイナは襲い来るキャシーとジーナを蹴り飛ばすと大声で爆弾発言をする。
「師匠!大変です!
お屋敷から魔物が出てしまいました!」
「はい?おやしき?
・・・!
な・・・・なんだってー!!」




