第129話 奴隷商との商談?
「ラク!起きてっかぁ?」
宿屋でドリンクサーバーで炭酸飲料を作っているとボコポさんの声が聞こえてきた。
「え?あ、はい。起きてます」
そう言いつつ扉を開けるとボコポさんが立っていた。
「どうしたんです?」
そう返すと呆れられてしまった。
「お前ぇ、今日奴隷買いに行くんじゃねぇのかよ?」
・・・?
「今って、何時ですかね?」
「昼回ってるぜ?
そろそろ日が傾きそうな位だ」
うわ、しまったなぁ・・・
「すみません、ちょっと作業に没頭してしまって、時間を忘れていました」
「いや、良いんだがよ、それで行くのか?」
「はい、今日窺う事を約束しましたからね。それに時間指定はしていませんから、日のある内なら大丈夫でしょう」
そう言うとまた呆れた顔をされたが、気を取り直すように「わぁったぜ」と言ってボコポは階段を下りて行く。
「あ、用意するんで下で待っててもらえます?」
「あぁ、わかった」
「ありがとうございます」
そう言うと俺は急いで身支度を整え、お金を確認してから階下に降りる。
「お待たせしました」
「おう、そいじゃ、早速行くぜ」
そう言うとボコポは宿を出る。
俺も返事をしてボコポの後を追った。
「ここがマルコムの商館だ」
ボコポの言葉にその建物を眺める。
なんか、イメージと大分違う。
個人的にはもっと小汚いイメージでスラムとかの入り口にあって用心棒っぽいマッチョが立ってる感じだったんだが・・・
「おい、どうした?」
そんな事を考えているとボコポが訝しそうに見てきた。
俺は思った事をそのまま伝える。
「まぁ、確かにそう言うところもあるっちゃぁあるんだがよ。
マルコムんところは代々続く奴隷商なんだよ。
元々ここは鉱山都市だったから奴隷とは縁が深い。
だからマルコムの商館も上級区にあるんだ。
それに大っぴらには言えないが貴族なんかの御用達にもなってんだよ」
「はぁ、結構な大店なんですね」
「あぁ、そうだな。
それと主に奴隷を扱っているってだけで、他の商品も色々扱ってるからなんかいる物とかあったら頼むのも有りだぜ。
ここは今の商業ギルドと違って職人ギルドともそれなりに仲良くやってるからよ」
「なるほど、参考にさせて頂きます」
ふむ、大店だけど地域密着型ってことか?
扱ってるのが奴隷だから他の街とかにも伝手がありそうだな。
炭酸ジュースの材料集めにでも使えるかな?
そんな事を考えながらボコポに付いて行く。
ボコポが商館に入り女性店員に来訪理由を説明すると応接室に通された。
応接室で待っていると頭が少々寂しくなりかけている中年男性と背筋がピンと伸びた初老位の男性が入って来た。
中年男性がソファーに座り、初老の男性はその後ろに控える。
中年男性がマルコムか?
そう思い、まずは遅れた事を謝罪する。
「初めまして、山並 楽太郎と申します。
いやぁー、すみません。遅くなりまして」
「い、いえいえ、時間を指定されていたわけではありませんから問題ありませんよ。
申し遅れましたが、私が当商館の主、マルコム=スタンリーと申します。
以後、お見知りおきください」
そう答えるマルコムの表情は強張っており、額には汗が一筋流れていた。
ん?
熟練の商売人が緊張してるのか?
俺は少し訝り、「鑑定」する。
----------------------------------------
名前 :マルコム=スタンリー
性別 :男性
年齢 :38
種族 :人間
職業 :商人
称号 :
レベル:24
ステータス
HP : 298/298
MP : 299/299
STR : 346
VIT : 274
INT : 490
AGI : 202
DEX : 298
MND : 250
LUK : 53
特記事項
****の呪い(制約)
「え?呪い?」
俺は思わず呟いてしまった。
その言葉にマルコムと初老の男性の表情が驚きに固まる。
「ん?どうしたラク?」
ボコポは聞き返してきたが、マルコムと初老の男性は固まっていた表情が一気に青くなる。
「いや、マルコムさんがですね・・・」
思わず声に出してしまったが、言っていいものかと言葉を濁してマルコムさんの方を見ると、「な、な、な、なんで?」と掠れた声で呟いていたが俺の視線に気付き、怯えたような視線を一瞬向け、次いで諦めたように話の続きを促してきたのでボコポに答える。
「呪われているんですよ」
「何?!ほ、本当なのか?」
ボコポが驚きマルコムに確認すると、マルコムが「そ、そ、そうで・・・す」と気不味そうに答える。
「マルコム、何やらかしたんだ?」
ボコポが問い詰める。
「実は、少し前の商談で騙されまして・・・
呪いの掛かった品を買い取ってしまったんです」
「なに?お前ぇ程の商人がか?!」
ボコポが信じられないと言った表情で驚くが、俺としては「騙される事は誰にだって起こり得る」と考えているので特に驚きはしなかった。
それに初対面だしね。
「私もその手の商品には十分注意していたつもりだったんですが、上手い事騙されましたよ」
そう言うとマルコムは溜め息を吐き、深く息を吸うと幾分か和らいだ表情でこちらを見る。
「それで、楽太郎さん。
今回の商談なんですが、無かった事にして頂けないでしょうか?」
「はい?」
唐突に提案された内容に驚く。
「正直、どう切り出そうかと色々思案していたんですが、私が呪われている事が事前にバレているのであれば話が早い。
私がヘマをして入手した品と言うのは先程のふぐぁ!」
話の途中でマルコムが悲鳴を上げて転げまわり、それを慌てて初老の男性が支える。
ボコポはその様子に驚いて呆然としている。
そして俺は慌てて彼のステータスを見て戦慄した。
----------------------------------------
名前 :マルコム=スタンリー
性別 :男性
年齢 :38
種族 :人間
職業 :商人
称号 :
レベル:24
ステータス
HP : 248/298
MP : 299/299
STR : 346
VIT : 274
INT : 490
AGI : 202
DEX : 298
MND : 250
LUK : 53
特記事項
****の呪い(制約)
HP、50も削れてるって・・・
全体の1/6もかよ?!
6回で死亡ってか?!
俺は素早くマルコムにヒールを掛けると、汗は掻いたままだが苦痛は取り除けたようでマルコムはソファーにゆっくりと座り直したが、息は荒いままだ。
このまま話を続けるのは少し辛そうだ。
その間に考えるか。
うーむ、恐らくマルコムは呪いで発言に制限を受けているのだろう。
話の流れからすると恐らくキャシーとエマが原因の呪いって事か?
このまま購入すると俺にも呪いが掛かるって事なのか?
もしそうならマルコムは呪いが伝染しないようにキャシーとエマを売りたくない。
好意的に捉えれば呪いの拡散を防ごうとしている。って事になる。
穿って考えると、俺以外に嵌めたい相手がいて、そいつに売るつもりだから売れない。って事も考えられる。
取り敢えず商談を断りたい理由を聞いてみたいがマルコムの様子を見るに受け答えすると呪いが発動しそうで気が引けるな。
核心に触れないように聞いてみるか。
「マルコムさん。正直に答えてください。
私にキャシーとエマを売りたくないのは既に他の方との売買契約が成立しているからですか?」
「ち、違います」
これで穿った方の考えが外れたか。
「ふむ、それならキャシーとエマは今後も戦闘奴隷として悪魔のダンジョン攻略に使われるのですか?」
この質問にマルコムは脂汗を流し、逡巡した後、回答する。
「いえ、既に私が国から買い戻しておりますので、私の手元に残しておきます」
うん?
どういう事だ?
俺が驚いた表情をしているとボコポが助け舟を出す。
「ラク、悪魔のダンジョンに送られる戦闘奴隷は基本的には国が買った奴隷なんだ。
数が多いから奴隷商が国から委任されたって事で再契約を省いてそのまま悪魔のダンジョンに送るんだ。
確かそうだったよな?」
ボコポがマルコムに確認すると、マルコムが首肯する。
「あぁ、なるほど。再契約しなければ呪いは移らないって事か」
つまりマルコムは呪いの元凶であるキャシーとエマをコッソリ処分する為に悪魔のダンジョンに送り、その後は人知れず呪いを解いて何事も無かったようにしたかったんだろう。
しかし、実際はキャシーとエマは処分できず、本人達が購入主まで見付けて帰ってきてしまった。って事で頭を抱える羽目になったって事か。
・・・なんか、こう考えるとゲスいなマルコム。
思わずジト目でマルコムを見てしまうと、マルコムは居心地悪そうに身動ぎする。
「もう1つ質問ですが、どうしてキャシーさんとエマさんを引き続き悪魔のダンジョンで使い潰さないんですか?」
「それは・・・」
マルコムが言葉を濁すが、俺はそんなマルコムに厳しい視線を向けると、暫らくして観念した様に答える。
「キャシーとエマは40階層まで攻略してしまいました。
そうなると国も犯罪奴隷でもない限りは優秀な人材として抱え込んでしまうんです。
そうなると再契約をしなければなりません。
なので万が一の保険としてそうなった場合、高額で買い戻せるように根回ししておいたんです」
ふむ、呪いが移る前に対処できるように手を打つ。
ヤリ手と言うのは満更嘘でもないらしい。
「それでキャシーさんとエマさんを手元に残すのはなぜですか?」
「私は奴隷商です。
人そのものをお金に変える職業柄、恨まれることの多い仕事をしています。
だからこそ、先祖代々、信用第一と考えて商売をしてきました。
今回の件は嵌められたとは言え私が間抜けだったのでしょう。
真っ当な商売人として彼女達をお売りする事はしたくありません」
「使い潰す気でいたのにですか?」
「私は奴隷商です。
奴隷はあくまでも商品です。
売る事も出来ず、誰の為にもならないのであれば処分するのも致し方ないと考えています」
・・・確かに売れない商品は捨てられるだろう。
だが、その商品が人となるとマルコムに同意できない。
キャシーとエマは既に顔見知りだ。
この先、不幸になる事が決まっているのに『何もしなかった』では俺の心の平安が保てなくなる。
自分のチキンハートが恨めしいが、それを無くしたら自分では無くなる気もする。
うーん。迷う。
正直、今までのマルコムの発言は結構ゲスい発言が多い。
ただ、俺の中の倫理的にゲスいと言うだけで、この世界の奴隷商としては間違っていないのだろう。
俺はマルコムを信用できるのか。
この1点が悩ましい。
正直、マルコムの呪いを解く事は出来る・・・と思う。
なので呪いを解くのは吝かではないのだが、この人物を信じても良いのか判断に迷う。
一応、今までのボコポとの会話から悪人ではなさそうなんだけど、会話の内容に些か不快感がある為、不安を感じるんだよなぁ。
倫理観の違いだとは思うんだけど、どうしても・・・
なので少し、判断材料が欲しい。
と言う事でボコポに聞いてみよう。
「ボコポさん、少し質問なんですが、このマルコムさんは信用出来る方ですか?」
「お前ぇ、本人目の前にして正直に答えられると思ってんのか?」
ボコポはチラッとマルコムの方に視線を向けると、マルコムは一瞬驚くがすぐに愛想笑いをした。
「ボコポさんなら明け透けにものを言えると思ってますけど?」
「・・・まぁ、たしかにな」
そう言ってボコポは頭を掻く。
「それで、どうなんです?」
「まぁ、信用できると思うぜ。
付き合いもそれなりに長いし、この街の顔役の1人でもあるしな」
「では1つお聞きします。
もし、今後『マルコムさんが私を一方的に利用したり、騙したり、私との約束事を反故にした場合、ボコポさんにも責任の一端を背負って貰っても良いですか?』と聞いた場合、了承できますか?」
そう聞くと、ボコポが真剣に考え始める。
「うーむ、つまりマルコム関連でのトラブルが起きた場合、俺にケツ持ちしろって事だろ?
それくらいなら受けてやれる程度には信用してるぜ」
「ふーむ、わかりました。
ボコポさんがそれだけ信用を置いているのであれば私も信用しましょう。
それとボコポさん、試すような真似をしてすみませんでした。
マルコムさんとの間でトラブルがあっても責任は問いませんから、安心してください」
ボコポの返事に覚悟を決めると、俺はマルコムの方に顔を向け、真剣な表情になる。
「ではマルコムさん。これから私が話す事や行う事は他言無用でお願いします。
お約束頂けますか?」
そう聞くと、マルコムはどんな話なのかと興味を持ったようで「約束します」と即答した。
「わかりました。あ、そちらのあなたも他言無用でお願いしますね」
俺が初老の男性に声を掛けると初老の男性も「承知しました」と即座に答えた。
「ではサクッと本題に入りますが、マルコムさん」
「はい」
「多分ですが、私はあなたの呪いを解くことが出来ると思います」
その言葉にマルコムが一瞬息を飲み、表情が固まる。
「ほ、本当ですか?!」
しばしの沈黙の後、大きな声でマルコムが身を乗り出すので、俺はそれを押し留めつつ答える。
「え、えぇ、多分できますよ」
「しかし、元々私は呪い対策のアイテムを収集しておりましたが、それでも呪われたのです。
それにこの半年、必死で解呪のアイテムも集めましたが、全く呪いが解けませんでした。
本当に解けるのでしょうか?」
そこまで強力な呪いなのか?
「まぁ、試す分には問題ないでしょう?
解けなければこの件は無かった事にしても良いですよ?
その代り呪いが解けたならキャシーさんとエマさんを買い取らせてください」
「・・・それならお願いします。
呪いを解いてください」
マルコムはあまり期待していないような顔で頭を下げてきた。
俺の言葉を信用していないのはまるわかりだ。
まぁ、半年も時間を費やして呪いが解けないんじゃそうなるのも頷ける。
俺自身も初めて使う魔法だから絶対成功するとは言えない。
過度の期待をされないだけマシと考えよう。
「わかりました」
俺はそう答えるとマルコムの解呪の為、魔法を使う事にした。