第126話 マルコムの苦悩 3
「はいぃ?!」
私は執務室でキャシーとエマの報告を聞き、驚きのあまり奇声が漏れた。
「な、な、な、なんだと?」
あまりの事に動揺し、声が上ずる。
「ですから、悪魔のダンジョンの40階層に到達しました」
「そ、それはわかった。
いや、それも十分驚きの成果なんだが、もう1つの方だ」
「私達を見初めて頂けた方がいました」
・・・
き、聞き間違いだよね?
最近疲れてたし、きっと聞き間違いだよね?
そう一縷の望みを掛けて再度確認する。
「ほ、本当か?」
「本当です。
この度、私達を見初め、是非買い取りたいとおっしゃって下さった方が現れました」
「オォォォォォォオォ、ノォォォォォォォォォ!!!
ガッデェェェェェム!!」
思わず頭を抱え、勢いで机に頭を叩き付けてしまう。
・・・
と、取り敢えずキャシーとエマには買い取りについて了解し、一旦部屋から退出させた。
なんてことだ。
まさかこんなに早く40階層まで到達するとは・・・
いや、そっちじゃない!
今は現実逃避をしている場合じゃない!
しっかりしろ!
気合を入れる為に自身の頬に平手を入れるとパァンッと良い音がした。
はぁ、まさか、まさかこいつ等を買い取ろうとする好事家が悪魔のダンジョンに潜っているなんてぇ・・・
「あ、ありえない・・・」
彼女達を売る=呪いが伝染する。
買い手が誰であれ呪いの商品を売った事がバレるのも時間の問題だ。
そうなれば私の商人としての信用は地に堕ち、取引をする者は居なくなるだろう。
こ、このままでは・・・
「ジェローム・・・なんとか、なんとかならんか?」
縋る様にジェロームの方を見る。
「旦那様、正式な誓約書も交わしております。
履行するしかありません」
ジェロームは私に頭を下げ、視線を合わせずに答える。
終わった・・・私の商人人生が終わった。
「い、いよいよ身代を我が子に移す時が来たか・・・」
「旦那様?!それは無理です!
そんな事をしてもスタンリー商会の信用が地に落ちる事に変わりがありません!」
「ぐぅぅぅぅぅ・・・」
俺は頭を掻き毟る。
なんとか、スタンリー商会が生き残る道はないのか・・・
私はどうなっても良い。
先祖が代々繋いできた我が商会を存続させ我が子に継がせねば・・・
私の失態ですべてを失っては、お爺様に、親父に、申し訳なさ過ぎて死んでも死に切れんわ!
そう思いながらも思考をフル回転させ、頭を掻き毟りながら考える。
考えるが良い考えが何も思いつかない。
「ちくしょぉぉぉぉぉ!」
絶望に打ちひしがれそうになっていると、ジェロームが声を掛けて来る。
「旦那様、こうなれば1つ、賭けに出てみませんか?」
「賭けだと?」
「えぇ、もう我々のみでの解決はできません。
ならばキャシー達を見初めたと言う方に正直に呪いの事を伝えては?」
・・・むぅ。
確かに正直に呪いの事を話して買い取りを断らせる事は出来るだろう。
だが、それには私が呪われている事を伝えねばならん。
口止め料は払うが、果たして誰にも言わないでくれるだろうか。
いや、呪いの事を伝えた後で直に我が子に身代を移せばスタンリー商会は生き残れる・・・かもしれない。
「旦那様、身代を移すのは厳禁ですよ」
「何故だ?!」
「申し訳ありませんが、まだ5歳になられたばかりのトーマス様では商会を引っ張って行く事は出来ません」
「だが、後見人がいれば問題ないだろう?」
「その後見人のなり手がおりません」
「はぁ?」
「普通は呪い関係のトラブルで信用の落ちた商家の後見人になど成りたがる者はおりません。
それ以前にそんな商家の後見人になりたがる輩など信用できますか?」
ジェロームのその言葉に黙る事しか出来なかった。
何故なら、良い様に身代を食い潰される未来しか想像できなかったからだ。
「旦那様の呪いの事が周囲に洩れたとしても旦那様が先頭に立っている限り、
規模はかなり縮小せざるを得ませんが、それでも我が商会は生き残れます」
諭すようにジェロームが言う。
「・・・そうだな。
どう転ぶかは相手次第だが、私も腹を括ろう」
「旦那様・・・」
ジェロームはそう言うと私に対し、頭を下げた。
失うものは多いだろう。
だが、必ず取り戻して見せる。
そう決意をし、両手に視線を落とすとそこには・・・
「私の髪がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
マルコムの悲痛な叫びが奴隷商館に響き渡るのだった。




