第125話 サムソンサイド
「はぁ、なんでこんな事になってるんだ。
ただの視察旅行だった筈なのに、なんでこうなった?」
サムソンは葡萄酒を一息に飲み干すと、遣る瀬無い思いと共に愚痴が零れ、そのまま天井を仰ぎ見る。
本来サムソンはゴルディ王国の第3王女、ミーネ=フォルマー=ゴルディランの専属護衛として今回の視察旅行に同行していた。
名目は王家の視察ではあるが、実際はミーネの息抜き旅行だった。
ゴルディ王国は北西のジルキル帝国との小競り合いはあるがそれ以外の隣接しているスキーム王国や神聖王国サスティリア・ミルス共和国等との関係は良好で国としてはそれなりに安定していた。
そんな中での視察旅行なので護衛もそれ程危険はないと判断されていた。
近衛騎士にとっても無事視察が終われば魔物退治よりも危険が少なく武功が立てられる美味しい仕事に思えただろう。
近衛騎士団の中でも有望であったサムソンもそう考え志願した。
そして運良く護衛に選ばれ、内心喜んだものだ。
が、今となっては後悔している。
王都を出て東側のミルス共和国方面の視察をしている頃は何事も無く拍子抜けするほど楽だった。
それが南側の神聖王国サスティリア方面に向かうにつれ、魔物との遭遇率が少しずつ増え、西側へと向かう頃には野盗と遭遇戦を演じる羽目になる。
あの冒険者のラクタローがいなかったらかなり危なかっただろう。
だが、それ以上に最悪だったのはウェルズの街で起こった悪魔のダンジョンの変遷。
これが本当に最悪だ。
ただの視察旅行だったものが、急遽悪魔のダンジョン攻略に変更されてしまった。
その上、現地に着いたら現場が私有地で大金貨1800枚の土地だった。
その補償金として渡されたのが金貨30枚。
1/600の金額で召し上げれるわけないだろう?
正直、国に恥を掻かされた感が半端ない。
ラクタローに鼻で笑われて憤ったが、俺だって同じ目に遭ったら鼻で笑う。
いや、確実に激怒するだろう。『馬鹿にしてるのか?!』ってな。
そう考えるとラクタローが取った行動は意外と大人の対応だった。
俺はその日の内に王都へ補償金の大幅増額の手紙を書いて送った。
ウェルズの職人ギルドのギルド長やキュルケ神殿やウェイガン神殿の神殿長クラスも聞いていた事を追記したので王国の威信を保てる金額を用意してくれる事を祈るばかりだ。
はぁ、正直、あのラクタローと言う少年には申し訳ない事ばかりしているな。
道中助けられた相手なのだから、本来は丁重に扱うべきなのに失礼に失礼を重ねている。
国からの命令だからとは言え、正直胃が痛い。
何とか個人的に謝罪する場を設けられれば良いのだが・・・
そんな思いに暫し浸り、気持ちを切り替えて現状を考える。
最初に攻略に乗り出したウェルズの冒険者達は全滅した。
王都から派遣された冒険者達は早々に逃げ帰った。
何か前情報でもあったかの様な潔い引き際で被害が無かった。
だがその後は例の貴族屋敷の警備に当たっている。
一応王都には現状を報告し、悪魔のダンジョン攻略の中止を意見具申しておいた。
もし、仮にそれでも攻略を進めるのであれば自分には無理なので他の人員を派遣することも勧めた。
正直、あの貴族屋敷にいたミノタウロスを見ただけで理解した。
『あんなの倒せるわけがない』と。
あんな化け物が跋扈するダンジョンを誰が踏破出来るんだ?
おそらく悪魔のダンジョンは攻略できないだろう。
300年前にあった神託を思い出す。
「『速やかに最奥にあるコアを破壊し、消し去れ』か、なんでさっさと攻略しなかったのか・・・」
そう思い先人へ恨み言を述べそうになるが、神託の後半部分を思い出し、自重する。
『ダンジョンは成長する。
どちらのダンジョンも放置せし時、ダンジョンは暴走し、汝らに牙を剥くだろう。
努々(ゆめゆめ)忘れる事なかれ。』
結局、攻略を諦め場当たり的な対応で逃げてきたこの国のツケが回って来ただけの事だ。
そうは思うが、なんでだ?なんで今なんだ?!
やるせない思いに震え、拳を握る。
「むぅ・・ぐぅぅ・・・」
何とも言えない不快感にイライラと焦燥に駆られていると、扉がノックされた。
「誰だ!」
俺は乱雑に誰何すると返事があった。
「サムソン様、商業ギルドギルド長のカタリナ=スフォルツェンド様と冒険者ギルド・ウェルズ支部のギルド長のサントゥス=クレメンス様がお見えになりました」
こんな時間に何の用だ?
俺は相手の素性を知り、気を引き締める。
「わかった、中に通せ」
そう言って入室を許可すると妙齢の美女と左目に眼帯をしたスカーフェイスの男が入って来た。
「こんな時間にお目通りいただき、ありがとうございます」
「お忙しい中、申し訳ない」
女は妖艶な雰囲気を纏っているが、壮年の男は眉間に皺を寄せ、剣呑な雰囲気を纏っている。
何とも微妙な空気が流れるが、誰も言葉を発しない。
仕方なく俺は空咳を1つ吐き気持ちを仕切り直す。
「さて、なんのようかね?」
そう促すとカタリナが話しだす。
「はい、今回は大変申し訳ないのですが、悪魔のダンジョンについてお願いをしに参りました」
「悪魔のダンジョン?」
「えぇ、例の貴族屋敷についてです」
そう言われて考える。
確かウェルズの冒険者達がほぼ全滅し、王都の冒険者達も侵入を諦めたので今は封鎖している筈だ。
見張りはラグン子爵と各神殿に任せているが、何かあったのだろうか?
「何かあったのかね?」
「実は・・・」
そう言ってカタリナが話したのはとある冒険者PTについてだった。
なんでも急に実力が伸びた冒険者PTが2つあったそうだ。
それで他の冒険者が酒の席で強さの秘密を聞き出したところ、『ミノタウロスと戦ってレベルを上げた』と言う言質が取れたそうだ。
本来ミノタウロスは1匹でも出たら村が全滅するレベルの魔物だ。
LV60前後の4~6名のPTが2組でなんとか倒せるレベルだ。
LV40前後だと4~6名のPTが10組いてもギリギリ倒せるかどうかと言ったところだ。
そんな魔物を倒してレベル上げだと?
あまりの胡散臭さに自然と顔が歪む。
「その2つのPTのレベルは幾つだ?」
「半年前までは平均60前後と40前後でした」
俺は鼻で笑う。
「ありえんな、1匹を相手にするならともかく、あの化け物共が闊歩する中どうやって倒すと言うんだ?
それこそ囲まれて終わりだろう?」
そう言うとサントゥスが苦笑する。
同じ思いなのだろう。
「ですが、その2組のPTは今LV100前後になっています」
「なんだと?!」
俺は心底驚く。
「ほ、本当なのか?」
そう言ってサントゥスの方を向くと、頷き返してくる。
「なら、そいつらに攻略を任せれば・・・」
「断られました」
「なにぃ?!」
「先に受けた依頼を実行中の為、受けられないと言われました」
「そんなもの後回しで良いだろう!こっちは王国の最優先事項だぞ?!」
「今回の依頼はギルドが仲介しておりませんので途中キャンセルはさせられません」
「キャンセル料くらい出す!
なんとかならないか?」
「土地の召し上げに金貨30枚しか用意できない王国が出すのですか?」
そう言ってサントゥスが揶揄する。
「貴様!不敬だぞ!」
「不敬も何も事実でしょう?
大金貨1800枚の土地の召し上げの補償金が金貨30枚とは・・・」
笑いを堪えるサントゥスに怒りが湧く。
「サントゥスさん、挑発はその辺でやめて頂けますか?」
「すまんな、つい口が滑ってしまった」
「サムソン様もご気分を害したと思います。
本当に申し訳ございません」
そう言って妖艶な美女が謝罪をすると、サントゥスも謝罪の言葉を述べる。
「申し訳ない」
サントゥスの全く感情の篭っていない謝罪の言葉であったが、これ以上の徴発に乗るのは良くない。
大きく息を吸い、心を落ち着ける。
「それで、そいつらを攻略に参加させることはできないのか?」
気持ちを切り替えて続きを切り出す。
「無理ですね。
今回の依頼は金銭では解決しません。
彼等にとってはある種の試験も兼ねているようなので無理でした」
その言葉に深いため息をつくと、カタリナが声を掛けて来る。
「それで相談なのですが、例の貴族屋敷を冒険者に解放しては貰えないでしょうか?」
「解放だと?
しかし、そんな事をして街に被害が出たらどうするんだ?」
「その通りだ。
解放するべきではない」
貴族屋敷の解放に反対した俺の意見に同調したのは以外にも冒険者ギルドのギルド長サントゥスだった。
俺が意外そうな顔を向けるとサントゥスが答える。
「前回の攻略で冒険者がほぼ全滅している。
あいつ等はギルドの中でも上位の存在だったんだ。
そんな奴等が呆気なく嬲り殺しにされた場所が街中にあるんだぞ?
現状でも何か事が起これば対処もできない状況なのにそれを悪化させようとしているんだ。
誰だって止めるに決まっている。
俺はこの阿呆に同じことを依頼されてな、余りにも馬鹿馬鹿しいので断ったんだが、
そうしたら今度はあんたにお願いしに行くって言うんでな、俺の冒険者ギルドは協力しない事を伝えに来たんだよ」
「それでも冒険者が個人的に依頼を受ける事は可能ですわ」
「確かに、ギルド内でも貴族屋敷の解放を肯定的に捉えている者もいる。
例の2PTの実力を見せつけられた冒険者達は特にな。
だがギルド長として俺はお前さんの依頼をギルドで請け負う事は無い。
だからギルドを通さない依頼と言う事であれば冒険者達の自己責任だ」
そう言ってサントゥスはカタリナを睨み付けるがカタリナは微笑むだけだった。
しかし、この女、何を考えている?
冒険者が無駄死にするだけで商業ギルドにとっても利益が無いだろう。
「カタリナ殿、現状では冒険者達に貴族屋敷を解放することの意味は無い様に思われるが?」
「いえ、意味は御座います。
冒険者達に解放されれば先の2PTの様に常識外れの実力を身に付ける者が現れる可能性が出てきます」
そう言われれば確かにそうなんだが・・・
「いや、確かにその2PTは異常な実力を身に付けたのは事実だが、その為にどれだけの犠牲を払えと言うんだ?」
サントゥスが即座に切り返した。
「今の冒険者達は玉石混交と言うよりも石が殆んどですわ。
宝石すらただの石から丁寧に磨かれて玉になるのよ?
なら冒険者達にも磨かれる場が必要ではないかしら?」
「それなら神のダンジョンで十分だろう!」
「神のダンジョン?
確かにあそこは資源の採掘場としては優秀でしょう。
ですが人を磨くにはあまりにもぬるい環境です。
あんなところでダラダラしている者を私は冒険者とは認めたくありませんわね」
そう言ってカタリナは蔑むような視線をサントゥスに向ける。
「神のダンジョンを攻略する冒険者が冒険者ではないだと?」
サントゥスが疑問を呈する。
「えぇ、先程神のダンジョンを攻略と仰いましたが、実際は全く攻略が進んでいないじゃありませんか?
神のダンジョンに潜っては日銭を稼ぐだけで下層への挑戦を全くしない。
そんな者達を冒険者と呼べなどと、片腹痛いと思いません?」
確かに神のダンジョンの攻略階層はここ数十年更新されていない。
サントゥスもそれはわかっているのだろう、少し渋い顔をしている。
「だからと言って街を危険にさらす事と同義に扱われても困るのだがな?」
俺がそう言うとカタリナの視線がこちらに移る。
「その通りですわね」
「ならば現状、街を危険に晒してまで許可を出す訳にも行くまい」
「ですが、既に街は危険に晒されていますわ?」
「なに?」
「悪魔のダンジョン攻略と言う名目の為にダンジョンに開いた穴を塞げないのですもの。
既にこのウェルズの街は何時魔物が溢れてもおかしくない程の危険に国の指示によって晒されているのです」
「そ、それは・・・」
確かにカタリナの言った事は正鵠を射ている。
事実、穴を塞ごうとした神殿関係者がラクタローの行動を押し留め、王国の命令を優先させた。
他ならぬ俺が指示したのだ。
その事実は覆らない。
「でしたら、いつ均衡が崩れるかもわからない綱渡りをするより、多少の危険を冒してでも対処できる強者が育つ可能性に掛ける。
その方が余程有益だと思いません?」
そう言われて言葉に詰まる。
既に俺の心は折れている。
個人的には穴を塞ぎたい。
もしくは穴が塞げないのであれば貴族屋敷の周囲を分厚い壁で囲って魔物が出て来ないようにしたい。
だが、現状、王国がそれを許可しない。
つまり穴を塞げない。
であれば、カタリナの意見も考慮に値するのではないか?
そんな事を考えていると、再び扉がノックされる。
「なんだ?」
「サムソン様、王都より勅書が届きました」
「そうか、すまないが暫し席を外す」
「「お気になさらず」」
俺は席を外し、部屋を出ると勅書を受け取り執務室へと向かう。
一旦人払いをし、勅書の内容を確認する。
・・・
最悪だ。
俺の報告書は真面に取り合って貰えなかったらしい。
いや、何処かで握りつぶされた可能性もある。
念の為、同じ内容のモノを隊長にも送ったんだがな・・・
王国は更に冒険者をこの街に送り攻略を推進するようだ。
一体、この国は何を考えているのだろう。
そんな事を思いながら、カタリナの提示した選択肢しか残されていない現状に憤りを感じる。
どうにもならない現状に、胃の辺りが痛み始める。
全く、王国の判断なら従うしかない。
だが、あの女の思い通りに動かざるを得ない状況が恨めしい。
痛む胃を押さえながらサントゥスとカタリナが待つ部屋へと向かう。
はぁ、なんでこんな事に巻き込まれてしまったのだろう・・・




